兄貴骨折事件
「凑君、カメラ見ながら歩いてると危ないよ?」
同級生の立花ユイにそう言われたが、凑はうん…と頷くだけだった。
弟の冴が小学1年生となり、それに伴い凑は6年生になった。
学校の外は土砂降りで、そんな雨の中を凑は冴が濡れないように気を使いながら学校まで来ていた。
そのくらい激しい雨が降っていたため、かなり外から入ってきた雨水が廊下を濡らしているのがよく分かる。
冴をクラスまで送り届けた後、凑は自分のクラスへ向かうために階段を登ろうとしていた。
そこでユイから注意されてしまったのだが……そんなことも構わずカメラで撮った画像を確認しながら階段を登る。
そして、あと少しで目的の階に着く、という所で凑は足を踏み外した。
この時、既に160cm程の恵体を持っていたばかりに凄い勢いで後ろに倒れる凑はカメラかばいながらこう思った。
──これが、遠心力か……。
なんか理科の授業で習ったことがあるな…と思った時には同級生達の叫び声をBGMに凑は眠りについていた。
────────
「兄貴!」
「にいしゃ!」
糸師冴、小学1年生。
糸師凛、3歳。
2人は長男である凑の元へ駆け寄った。
階段から滑り落ちた凑はそのまま病院へ搬送、頭を激しく打ち足も折れたために即入院することになった。
冴はその事を家に帰ってから知ることになり、状況をイマイチ掴めていなかった凛は、包帯でぐるぐる巻きになった足と頭を見てすぐに己の兄にとんでもないことが起きたことを悟った。
が、そんな弟達の心配を尻目に凑はカメラを操作し病室の外を撮影し、しっかり撮れているかを確認しているではないか。
「……あ、冴と凛」
2人が病室へ入りしばらくしてからようやく気が付いた凑は、いつものように2人の名前を呼んだ。
「にいしゃん、いたくない?だいじょーぶ?」
「うん、大丈夫」
カメラを枕元に置いて、凑は心配そうに自分を見つめる冴とえぐえぐと泣き始めてしまった凛の頭を撫でた。
「……」
冴は凛がいる手前泣くことも出来ず唇をかみ締めた。
それを察した凑はソっと冴を抱きしめる。
「本当に痛くない?」
「凛には秘密な、実はすっげぇ痛い。
だから、助けて欲しい時は頼むわ」
「わかった」
凑が凛に聞こえないようにヒソヒソと冴にだけその事を教える。
冴は凑が自分を頼ってくれている、ということに愉悦感を抱いた。
基本的に凑は冴も凛も平等に扱う。
よく兄弟あるあるで聞くような「お兄ちゃんだから我慢しろ」なんてことは記憶にある限りでは言われたことなんてない。
だが、こういうまだ幼い凛に任せられないことがある時、凑はこっそり冴を頼りにしてくれるのだ。
それから家に帰って母親から聞かされたのは、どうやら凑は約2ヶ月入院するらしいとのことだ。
あれだけ元気なのだからすぐに帰ってくると思っていた凛は2ヶ月という期間がどれだけのものかよく分からないではいたが、それでも凑になかなか会うことが出来ないことを悟って泣き叫んだ。
凑はそんな凛をどうやって行く泣き止ませていたのだったか……冴は思い出しながら毎日凑がいないことをふと思い出した凛を慰めた。
そのせいか、凛は冴にいつも以上にべったりになってしまったが……。
そんな毎日が続いたある日、冴は夜中に目を覚ます。
喉が渇いたからお茶を飲もうとキッチンへ向かうと、まだリビングに明かりがついている。
何となく、足音を立てないようにしてリビングのドアの前までやってきた。
「凑、やっぱりまだ右耳がほとんど聞こえてないみたいで……」
「手術すれば……」
「足の後遺症も……」
「しばらくは物忘れが激しくなるとか……」
「凑が生きていた事、今はそれが一番だよ……」
両親の声だった。
話し合っていたのは今の凑の容態についてだということはすぐにわかった。
何も悪いことはしていないが、冴は心臓をバクバクといわせながら自室に戻る。
ベッドの上にはぐっすり眠る凛がいた。
「…………」
もし、兄が死んでいたら、どうしよう。
そうだ、確か避難訓練でも何度も聞いた。頭は絶対に守らなきゃいけない所だって……足だって、もし切らなきゃいけなくなったら、もう一緒にサッカーできなくなる。
ポロポロと涙が溢れてきた。
「兄ちゃんに会いたい」
だが、凑に会いに行ける時間は決まっているらしく、凑への負担を考えて今は週に一回程度が限界らしい。
俺の兄貴は世界で一番強い。
そう思っていた時期も、冴にはあった。
だがこの時から徐々に凑は強いのではなく優しいのだということに気付き始めたのである。
優しいから、冴と凛を自身の怪我で怖がらせないように元気な姿を見せていたのだ。
「兄ちゃんが死んじゃったら…どうしよう……」
不安で不安で、仕方がない。
明日、少し無理を言ってでも凑の所へ連れて行ってもらおう、冴はそう心に決めて布団に潜った。
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ちなみに、凛の凑離れ、冴へのブラコンはこの辺りから始まったとか何とか……。