第四章

第四章

砕蜂vsカワキ

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双殛の丘


「う…はあ゛…っ」

「…下衆めが」


 砕蜂が清音を足蹴にする。メキメキと骨が嫌な音を立てた。蔑むような目をした砕蜂が、清音を責め立てる。


「貴様等の行いは十三隊席官としての矜持を忘れた恥ずべき裏切りだ。だが安心しろ。これ以上恥を晒さぬ様、今すぐ私が葬ってやる」


 砕蜂の意識が清音に向いた僅かな隙。カワキが射程距離まで接近するには、充分すぎる気のゆるみだった。

 清音にトドメを刺そうとする砕蜂を凶弾が襲う。


「――! ぐッ…何者だ…!?」

『どうも隊長さん。お暇ならお相手願おうか』

「げほっ…がはっ…!」


 間一髪で放たれた弾丸を回避し、砕蜂が清音の上から飛び退いた。鋭い声で誰何する。カワキは銃を持つ手をひらひらと振って、薄ら笑いで答えた。


「…貴様…あの男の仲間か…? “お相手願う”だと……? 貴様一人で私と戦う気か――…舐められたものだな」


 怒気を含んだ声、睨みつける目に怯むことなく、さも当然といったような態度でカワキは言葉を紡ぐ。


『私の他に誰か居るように見えるの? ――ああ…伏兵が恐ろしいなら好きなだけ探すと良い。大丈夫。待っていてあげるよ』


 仕留めるまでは行かずとも、時間稼ぎなり、足止めなりができれば良い。居もしない伏兵を探す事に砕蜂が手間取られるなら願ったり叶ったりだ。

 カワキの言葉は本心から出たものだったが、砕蜂には侮りに聞こえたらしい。額に青筋が浮かぶ。


「よほど殺されたいらしいな……! いいだろう、すぐにふざけた口など利けなくしてやる…!」

『随分と怒ってるね。探し物は苦手だったかな?』


 不快感を露わにした砕蜂に対し、カワキは自らの非礼を詫びるつもりなどさらさらない様子だった。

 地面に倒れ咽せていた清音が顔を上げた。カワキはそちらを一瞥して、すぐに砕蜂に視線を戻す。掠れた声で訊ねる清音にも淡々とした態度だ。


「…あな…たは……」

『君達が朽木さんの救出を目的としているなら逃げても構わないよ。君達が私の邪魔をしないなら、私も君達の邪魔はしない』

「逃がすと思うのか」


 低く唸る砕蜂に涼しい顔のカワキが小首を傾げる。


『片手間で私の相手をしてくれるということ? それならそれで構わないけど』


 わざわざ隙を作るような行動を取ってくれるというなら、こちらに止める理由はない。カワキは正直に答えたつもりだったが、またしても砕蜂の神経を逆撫でする結果となったようだった。


「どこまで私を愚弄する気だ! もういい。今すぐ黙らせてやる」


 砕蜂が動く。瞬歩でその姿を消した。


『速いね。だけどそれだけだ』


 繰り出された手刀を紙一重で避け、その腕に手を添える。グッと力を込めると、勢いを利用してバランスを崩された砕蜂の身体は回転しながら宙を舞った。砕蜂が驚きに声を上げるより早く、強烈な蹴りが叩き込まれる。


⦅激昂してくれて助かったな。動きが雑になる。油断しているうちに片付けよう⦆


 なんとか受け身を取りながら崖側へ転がっていく砕蜂。カワキは間髪入れずに何度も引き金を引く。


「――うっ…! この…!」

『場所を変えさせてもらうよ。ここじゃ戦い辛い』


 弾丸の幾らかは捌き切れずに肌をかすり、砕蜂は傷を負う。カワキは体勢を立て直そうとした砕蜂の足元に向けて、崖を切り崩すように撃ち込んだ。

 遮蔽物のない丘の上では時間稼ぎは難しい。森の方が足止めには適している。


「しまっ…」


 砕蜂がカワキの意図に気付き声を上げるも間に合わない。カワキは砕蜂が落下していくのを見てその後を追った。

 崖下に広がる森の中、カワキは砕蜂と対峙する。弾がかすめた傷から流れる血を拭い、忌々しさを隠さぬ態度で砕蜂が吠えた。


「森へ誘導したのは失敗だったな! 後悔するぞ!」


 砕蜂が抜刀すると、周囲を刑軍が囲む。カワキには想定内の事態だ。予定調和な展開に白けた表情で応じる。


⦅数は――…ざっと30人程か。まあ、おおむね予想の範囲内だな⦆


 砕蜂が動くと同時に刑軍も連携して動いた。カワキは無機質な面持ちのまま、背後に立った刑軍の一人を振り返りもせずに撃ち抜く。ズドンと重い音が響くと同時に、もう片方の手から銀筒がばら撒かれた。


『大気の戦陣を杯に受けよ(レンゼ・フォルメル・ヴェント・イ・グラール)――聖噬』


 詠唱に合わせて周囲の空間が抉れ、巻き込まれた刑軍が悲鳴と血飛沫を上げる。砕蜂がカワキに迫った。


『――君の部下……ありがたく使わせてもらうよ』

「何…!?」


 頬に飛んだ鮮血を拭いもせずに酷薄な笑みを浮かべた蒼と目があった。違和感を覚えるも加速した拳は止められない。

 カワキは適当に刑軍を掴むと、盾代わりに砕蜂の攻撃にぶつける。


「がっ!」

「クソッ…! 卑劣な賊め…!」

『後悔するのは早いんじゃないかな――君が持ってきてくれた“盾”は、まだたくさん残ってるんだから』


 舌打ちを打った砕蜂が部下を下げようとするも、凄まじいスピードで接近した何者かが刑軍を仕留めた。


「すまんが其奴の相手は儂に譲ってくれんか?」

『うん? 私は別に構わないけど』

「貴様……何者だ!」


 訊ねる声に応えて覆面を取る。その下から現れた顔に砕蜂は驚きに目を瞠った。


「…! 貴様は…! 夜一…!!!」

「…久しぶりじゃの。砕蜂」


 何やら因縁がある様子の二人を交互に見て、カワキは戦線を離脱することにした。


『そういうことならお好きにどうぞ。私は他へ行くよ』

「ああ、助かる」

「待てっ! 貴様…逃げるのか!?」


 背後に聞こえる声に耳を傾けることなく、カワキはその場を後にした。街の方へ離脱し、次の動きに頭を悩ませる。

 一護の戦いに加勢しても良いが……。その目が崖の上へ向く。しかしすぐにその目は逸らされた。


⦅どうせなら瀞霊廷内部で騒ぎを起こして、もっと場を混乱させよう。そうと決まれば――狙うのは“頭”⦆


 獲物を定めたカワキの瞳が細められた。頭の中で広げた地図に、目標地点は記されている。


『さて。それじゃあ、敵を撹乱しに行くか』


***

カワキ…煽るつもりはない筈。陛下に似て正直者だから本心言ってるだけ。シンプルに言葉選びがよろしくない。


清音…カワキの事を助けてくれた恩人だと思ってる。そうだけどそうじゃない。


砕蜂…夜一を必死で探して見つけられない所に「探し物苦手か?」って言葉がそれはもうクリティカルヒットした。


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