第六章
一護を守れ 藍染との戦い双殛の丘
「…あいつが……藍染か」
「ああ」
相変わらず貼り付けたような微笑みを浮かべる藍染とは対照的に、一護達は厳しい表情で会話を交わす。
「………。二人共、まだ…逃げる体力残ってるか?」
「残ってるが逃げねえぞ」
『一護が逃げるなら一緒に逃げてもいいけど』
それぞれの返答に、前を向いて刀を構えていた一護が面を食らった。今はそんな場合じゃ無い、とでも言いたげな顔で「お前らな…」と振り返る。
「まだ策はある。この折れた蛇尾丸でやれることは、まだあるんだよ。戦うぜ俺は。オメーだってわかってんだろ。逃げてもムダだってことぐらいよ」
『阿散井くんの言う事は一理ある。逃げるにしても、戦うにしても、一筋縄じゃいかない相手だ』
真剣な顔で自分も戦うのだと宣言する恋次の言葉をカワキが横から肯定した。
「だったら倒すとまでは言わねえが、あいつら何とか動けねえようにして堂々とここを下りようぜ」
『“動けないように”というのも難しいと思うけどね。……さっきの鬼道で他の者も連絡は聞いた筈だ。時間稼ぎで充分だよ』
「…はっ! しょーがねえなっ、そんじゃいっちょ…共同戦線といくか!!!」
恋次が折れた刀を縦に構えて手を添えた。そのまま横に倒して腕を突き出す。
「この技を使えるのは一回だけだ。だがこいつを喰らえば敵は必ず隙ができる。藍染隊長は強えェ。できる隙はほんのわずかかもしれねえが……その隙を衝いてくれ」
「――わかった」
カワキは恋次の言葉を半信半疑で聞いていた。何をするつもりかは知らないが、藍染の力量を考えると、恋次の攻撃で隙などできるとは思えない。ならば、己がするべき事は何だ。――決まっている。
『君は私が守る。一人で突っ込むのは無しだよ』
一護が頷いて、足元の砂がざりっと音を立てた。恋次が折れた刀を地面に叩きつけるように突き刺す。
「――いくぜ蛇尾丸……狒牙絶咬」
藍染の周囲に散らばった蛇尾丸の破片が浮かんで、藍染に引き付けられるように押し寄せる。藍染は白けた顔で飛んでくる刀の残骸を見ていた。
直撃した瞬間、舞い上がった土埃の中に一護が突進する。カワキもゼーレシュナイダーを手に続いた。
『――! 下がれ一護!』
土埃が晴れた先で藍染が微笑んでいた――指先一つで天鎖斬月を受け止めて。
いち早く気付いたカワキが刀から手を放して退けと叫ぶ。一護が驚きに声を上げるより早く、藍染が刀を横薙ぎに払った。カワキが割り込む。
『――っ…! …ぐっ…!』
「――カワキ!!!」
一護を庇ったカワキが腹を大きく斬り裂かれた。その事に一護が気を取られた隙に、藍染が再び刀を一閃する。一護の腰が削られたように抉れた。
「おや。腰から下を落としたつもりだったが…浅かったか」
「――そ……そんな……バカな…」
恋次が目を大きくして固まった。藍染が天鎖斬月を放すと一護は膝から崩れ落ちる。恋次の視界から藍染が消えた。直後、恋次の首の近くから血が噴き出す。
(…一護…カワキ…恋次…! …体が…動かぬ…!)
尻もちをついたまま、倒れていく仲間を見ているしかできないルキアに、藍染が近付いて行く。身体中から汗が吹き出した。藍染の手がルキアの首輪を掴む。
「さあ。立つんだ、朽木ルキア」
無理矢理ルキアを立ち上がらせる藍染を視界の端に捉えながら、カワキが一護の様子を探る。
⦅…あの傷はまずい――! まだ息はあるか……?⦆
一護は荒い呼吸を繰り返して、痛みに顔を歪めていた。カワキが安堵の息を吐く。カワキは自分の傷口を押さえながら、這うようにして一護へ近付いた。
⦅すぐに止血を――⦆
カワキが一護の傷に手を伸ばす。その手がぴたりと動きを止めた。一護の手が刀を握ろうとしたからだ。カワキの頭の中を嵐のように疑問符が駆け巡る。
⦅――何をしてる? どうして止まらない? その傷じゃ起き上がる事もできないのに?⦆
何故。どうして。疑問の渦の中に納得のいく解答は無い。カワキには一護の考えが理解できなかった。
背後で聞こえた刀が擦れる音に藍染が振り返った。地面を血で染めて、滝のように汗を流しながら、一護が立ちあがろうともがく姿が見える。
「可哀想に。まだ意識があるのか」
一護は荒い呼吸で苦痛に顔を歪めながらも、力強いその目は藍染をきつく睨み付けていた。カワキもまた地面に倒れたまま、視線は前を向き、手には銃を握っている。
「――? …どこかで――…いや……」
血塗れで倒れながらも抵抗の意志が消えないカワキの姿に、藍染が既視感を覚えたように訝しげな態度でぽつりと呟く。すぐにかぶりを振って微笑み直した。
「実力にそぐわぬ生命力が仇になっているね。だが無茶は止した方がいい。君の体は今、背骨で辛うじて繋がっている状態だ」
⦅――そうだ。精神論で何とかなる怪我じゃない⦆
カワキが胸の内で一護にかけられた藍染の言葉を肯定する。藍染が一瞬だけ見せた妙な態度に気付く余裕はなかった。「良いじゃないか」と藍染が続ける。
「君達はもう充分役に立った。そこで大人しく横になっていたまえ。君達の役目は終わりだ」
刀を納めながら笑顔で告げる藍染に、一護が掠れた声で途切れ途切れに訊き返した。
「…役…目………だと……!?」
「そうだ。君達が侵入してくることはわかっていた。その場所もだ。西流魂街に現れる、と」
藍染の口から語られた事実は、一護が受け入れるには大き過ぎる衝撃を与えた。カワキは見定めるような瞳で、何も言わずに藍染の話を聞いていた。
***
カワキ…一護を庇って大怪我を負う。一護がまだ諦めない事に「?」が飛びまくり。
藍染…ズタボロでも生きる気力はバッチリなカワキにデジャブ。まだ気付いていないが、ホワイトがカワキの兄弟を全滅させたのでその光景が頭を過ったと思われる。