第六章

第六章

藍染vsカワキ

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瀞霊廷内部


 展開した破芒陣が東仙を灼き尽くす。天を衝くような眩く青白い光が路地とカワキの横顔を照らした。ほんの数分の間に洪水の様に情報を浴びせられた恋次とルキアは唖然とした表情だ。


「そっ…そうだ! 四十六室が殺されたって何の話だよ!? ルキアの処刑に東仙隊長が手を回してたって……もうわけがわかんねえよ!」

『私もだよ。結局、何が何だかわからないままだったな……。どうも黒幕は他にいる様な気もするし……』


 憮然とした態度で首を傾げるカワキの言葉に、ルキアが「く…黒幕…?」と呟いて顔を引き攣らせた。思い出した様に『あ』と口を開いたカワキが振り返る。その唇が言葉を紡ごうとした時、低い男の声がした。


「やあ。阿散井くん。旅禍の少女。朽木ルキアを置いて退がり給え」


 弾かれた様に振り返ったカワキが反射的に引き金を引いた。声の主が敵か味方か、その確認などするまでもない。――敵だ。それもとびきり厄介な類いの。


「随分な挨拶だ」

『悪かったね。次はきちんと当てるよう努力しよう』


 先程の発砲など無かったかの様に、平然と佇む男の姿を見て、カワキの背に嫌な汗が流れる。頭の中でけたたましく警鐘が鳴って、銃を持つ手に力が入った。


「…あ…藍染隊長…!? なんで生きて……いや、それより今…何て…!?」


 男の姿に茫然と固まっていた恋次が我に返る。動揺が抜け切らない震えた声で、男の名を呼んだ。


⦅“藍染”……この男が……。殺害は偽装か⦆


 カワキの中で点と点が繋がっていく。一連の騒動はすべて、目の前で微笑む男の企てだったのだと。


「…妙だな。聞こえていない筈はないだろう? 仕様のない子だ。二度は訊き返すなよ。朽木ルキアを置いて退がれと言ったんだ…阿散井くん」


 穏やかな声の中に重圧を感じた。戦うには今の自分は力不足だ。しかし、ここで退いては、そう遠くないうちに一護がこの男に無謀な戦いを仕掛けるだろう。尸魂界に侵入してからの戦いがいくつも脳裏に甦る。


⦅目的は不明。だけど、朽木さんを双殛で殺す事に何らかの意味がある筈だ。……あそこには一護が居る⦆


 これだけの力を持つ藍染が、四十六室殺害や自らの死を偽装してまで手間をかけ、双殛を使っての処刑にこだわった事には理由があるとカワキは睨んだ。

 その時、脳内に女性の声が響く。天挺空羅により、一連の事件が藍染の仕業であると連絡が入った。藍染は敵だと確信して、恋次は固い表情で口を開く。


「断る」

『右に同じく。朽木さんは渡さない』

「…何?」


 微笑みは崩さない。けれど訊き返す声は冷たく、地を這うように低かった。


「…断る。…と言ったんです、藍染隊長」


 冷や汗をかき、顔を強張らせながら、恋次が藍染の要求を拒否する。カワキは無言で銃を構え、その言葉を肯定した。藍染が微笑みを深くする。


「…成程。君は強情だからね、阿散井くん。君もだ、旅禍の少女。払う埃が一つでも二つでも、目に見える程の違いは無い。朽木ルキアだけ置いて退がるのが厭だと言うなら仕方無い」


 刀に手をかけた藍染が微笑みながら歩みを進める。恋次はルキアを抱えたまま刀を構え、カワキは銃口の狙いを定めた。


「こちらも君達の気持ちを汲もう。朽木ルキアは抱えたままで良い。腕ごと置いて退がりたまえ」


 言い知れぬ威圧感を発しながら、すらりと腰の刀を引き抜く。カワキがすっと恋次の前に手をやった。


『君は下がって、阿散井くん。チャンスがあれば走るんだ。朽木さんを放さないでね』

「お前……」

「おや? 言っただろう。払う埃が一つでも二つでも違いは無いと。二人がかりで構わないよ」


 自分達を庇うように前に出たカワキに、恋次が感じ入ったように呟く。藍染は意外そうにカワキを見た。


⦅出し惜しみはしない――!⦆


 無言のまま二丁の銃身が跳ねた。静かな路地に銃声が響き、無数の弾丸は藍染の姿を覆い隠すように炸裂する。恋次は閃光と爆音に顔を覆った。


「やったか……!?」

『いや……仮にも隊長格がこの程度の筈はな…』


 カワキの肩口から血が噴き出した。恋次とルキアが息を呑んで、目を大きくしたカワキが傷を押さえる。

 ――見えなかった。気付かなかった。血が溢れるまで。痛みが走るまで。


「街中というのは少々場所が悪い。然るべき場へ移動しよう。部下を待たせているんだ。要、動けるね?」

「…っ…! …はい…」


 苦しげな息を吐きながら、東仙がよろよろと傷だらけの身体を起こした。手にした布が広がっていく。風を起こし、周囲の埃を舞い上げながら、ドームのようにその場の全員を囲むと強く光を放った。

 ――視界が戻った時、そこは双殛の丘だった。


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