第五章

第五章

吉良vsカワキ

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中央地下議事堂


 吉良が無言で斬りかかった。舞うように軽やかな動きで避けたカワキが、吉良に向かって椅子を蹴り上げる。視界を遮る椅子を両断する一瞬の間に、カワキが視界から消えた。


「――! ……まるでコソ泥のような動きだね、旅禍の君」


 返答はない。カワキは室内をぐるりと囲む机の間で息を潜め、吉良の様子を伺っていた。吉良は眉を顰め、冷えた表情で刀を構えてゆっくりと室内を回る。


⦅三番隊副隊長 吉良イヅル――…彼は斬魄刀の能力に関する情報が少なかった……。斬ったものを重くする……だったか?⦆


 カワキはダーテンにも殆ど情報がない吉良の斬魄刀を警戒していた。とはいえ、このままでは埒が開かない。机の隙間から吉良の背に向けて銃身を構える。


⦅あまり時間をかけて、増援を呼ばれても面倒だ。能力の詳細が知りたいところだけど……⦆


 指先に馴染む引き金を引く。青白く光る弾丸が吉良を襲う。滅却師にとって霊子は発するものではなく、吸収するもの――力が完成されていれば霊子の衝撃波は出ない。


「ぐ…ッ!? ――そこか!」

『ダメだな……。本当は、今の弾丸も君に気付かせるつもりは無かったんだけど……』


 かつての自分であれば、それができた筈だった。

 着弾の直前に気付いた吉良に致命傷を避けられ、カワキは物憂げなため息を吐き出す。霊子に満ちた尸魂界は、現世よりかつての自分の活動環境に近い。どうしても感覚がそちらに近付いてしまう。自覚したなら、後は調整するだけだ。そう思ったが……。


「くそ…っ! ――表を上げろ! “侘助”!!」


 思わぬ手傷を負った事で、早々に始解して片をつけると判断した吉良が詠唱する。形を変えた斬魄刀を前に、カワキはベルトからゼーレシュナイダーを引き抜いた。くるくると指先で遊ばせ、爛々とした瞳で太刀筋を見極める。


⦅――せっかくの機会だ。ゼーレシュナイダーなら、重みに耐え切れなくなったら、新しいものと替えれば良い。一度受けてみるか⦆


 情報収集も兼ねて、ゼーレシュナイダーで斬撃を受けてみよう。手にした筒から青白い光が伸び、剣の形をとって吉良の刀を弾いた。吉良は目を瞠ったものの侘助を剣で受けた事にニヤリと笑みを浮かべる。

 二人の他には生きている者の居ない静かな室内に、高い金属音が響き渡った。何度か鍔迫り合いを繰り返した頃、吉良がカワキに問いかける。


「旅禍の君。今、何回受けた? 僕の剣」

『さて。何度だったかな』

「六度だ。君はその変わった剣で六度……僕の斬撃を受けた。銃を剣に持ち替えたのは失敗だったね」


 途端、カワキの手許でゼーレシュナイダーがズシリと重みを増した。なるほど、こうなるのか。カワキは頭の中でダーテンに情報を書き加える。


「斬りつけたものの重さを倍にする。二度斬れば更に倍。三度斬ればそのまた倍。そして、斬られた相手は重みに耐えかね、必ず地に這いつくばり、侘びるかの様に頭を差し出す――故に“侘助”」


 前屈みの姿勢になったカワキに対して、吉良は刀を手にその能力を話した。殺意の篭った眼差しを向けられてもなお、カワキは平静を崩さない。


『そういう仕組みだったのか……。ご丁寧に、解説をどうもありがとう。参考になるよ』

「どういたしまして。だけど礼を言う必要はないよ。――君は今から死ぬんだから」


 律儀に礼と返答を交わす二人の間に、和やかな空気など欠片もない。勝負は着いたと言わんばかりの態度で刀を手にした吉良がカワキに近付いていく。

 首を落とすべく、カワキの手前で足を止めたその時――閃光が吉良の肩を斬り裂いた。


「な…に…!?」

『一本しか持ち合わせがない、なんて言った覚えはないよ。情報は得られた。おしまいにしよう』


 肩の傷口を押さえて飛び退さった吉良の目に、先程まで使っていたゼーレシュナイダーを捨てて、ベルトから二本目を取り出したカワキが映る。唇を噛んで、顔を歪ませながら吉良が唸った。


「先程までは手を抜いていたとでも言うつもりか?」

『それは勝負が着いたらわかる事だよ』


 先程までは守備に回っていたカワキが一転、攻勢に出た。一度、二度。斬り合いでゼーレシュナイダーが重みを増した事を利用して、振り下ろす剣速を増す。扱い切れる重量を超えたら、即座に次を取り出すその猛攻に、吉良はじわじわと追い込まれていった。


(この女…強い……!!)


 徐々に傷を増やしながら、額に汗した吉良が仕切り直そうと刀を弾く動きに合わせて距離を取る。カワキが酷薄な笑みを浮かべて囁いた。


『君が最初に受けたその傷が、何でつけられたものか……もう忘れてしまったの?』

「……! …しまった…!」


 光を放った銃口と目が合って、吉良は己の失態に気が付いた。


「ぐぁ……ッ!」

『粘るね。さすがは副隊長……大した強さだ。私も見習わなければね』


 既のところで致命傷だけは防いだ吉良に、カワキが称賛の言葉を送る。言葉とは裏腹に、その瞳は凍えるように冷たかった。ガチャリと音がして、吉良の額に銃口が突き付けられたその時、二人の他に、生存者は誰も居ない筈の室内に第三者の鋭い声が響く。


「これは一体なんの騒ぎだ!?」

『……! その羽織り…隊長か。目の前の戦いに夢中になりすぎたな』

「隊長! これは…!」


 扉から入ってきた日番谷と松本が、目の前の光景に息を呑み、驚愕の表情を浮かべる。絶命している中央四十六室、血を流した吉良、吉良に銃口を突き付けるカワキ――この構図では、どう見てもカワキが目の前に広がる惨劇を引き起こした犯人だ。

 張り詰めた空気の中で、戦況は一旦 こう着状態となった。


***

カワキ…情報収集に夢中になってたら犯行現場(やってない)を見られた。剣として使ってるけど、ゼーレシュナイダーは矢。つまり何本もある。


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