第三章
一護を逃がせ! カワキ決死の援護②懺罪宮・橋の上
白哉は信じられないものを見る目でカワキを見る。この時ばかりは目の前の少女が人間かどうか疑った。
「…その身体で…」
美しいばかりで人間味に欠けた表情。血の滴る睫毛の下で己の無力を嘆く青い瞳はガラス玉のよう。血塗れの腕を無理矢理に動かす様は操り人形のソレに見えた。
少女はどこまでも作り物めいていて不気味だった。
『一護を死なせるわけにはいかないんだ。しくじってしまったけれど、指一本動けば引き金を引ける。これが銃の良いところだよ』
「カワキ! そんなボロボロなのに無理すんな!」
助けられた一護が困惑と心配の色を浮かべて叫ぶ。カワキは力無い笑みで答えた。
『それこそ無理な相談だ。なにせ命がかかってる』
一撃で片をつけられなかった以上、無理は承知で立ち向かうしか生きる道は残されていない。カワキはそのつもりで軋む身体を叩き起こす。
全身を操作するために、霊子の糸を視認できるまでに増やす寸前、白哉の刀が包帯のようなもので包まれた。
「よくやったカワキ。お手柄じゃ」
その場の全員が驚きに息を呑んだ。現れた夜一は一護を庇うように前に立つ。
思わぬ援軍の登場にカワキも驚いた。ぱちぱちと瞬きを二つ。直接 人型を見るのは初めてだったが、その容貌はダーテンに記載のあった通りだ。
『夜一さん…で合ってるかな? …そうか…なるほど…。どうやら私は賭けに勝ったらしいね…』
「ああ。おぬしが時間を稼いでくれたお陰で何とか間に合った。ようやったの」
カワキの問いかけに答え、労いの言葉をかける夜一。気を取り直した一護が口を開いた。
「…夜一さん。助けに来てくれたんだろ? サンキューな。でも悪い、どいてくれ。俺はそいつを倒さなきゃならねえんだ」
「…倒す? おぬしが? あ奴を? …愚か者」
白哉を真剣な顔で見据えた一護。夜一が振り返ってそう言うと、残像を残して姿を消した。
「え…」
『――!』
束の間、夜一の手が一護の腹に突き刺さる。開いた傷口から鮮血が舞った。カワキが瞠目する。
意識を失った一護を夜一が肩に担ぎ上げた。
⦅……いや、落ち着け。仕留める気なら狙うのは首か胸だ。腹を狙ったということは――⦆
「…薬か。強力な麻酔系の何かを内臓に直接叩き込んだな。…彼を治す気か。夜一」
真剣な面持ちで訊ねる浮竹の問いに、夜一は答えなかった。背後から白哉が張り詰めた空気で言葉を発する。
「治させると思うか。させぬ。兄はここから逃げることはできぬ」
「…ほう。大層な口を利くようになったの、白哉坊。おぬしが鬼事で儂に勝ったことが一度でもあったか?」
面白そうに笑った夜一に、白哉は静かに苛立ちを混ぜた言葉を返した。
「…ならば試してみるか?」
二人が瞬歩で背後を取り合う。白哉の刀が届いた――そう思われるも斬った先にあるのはひらひらと舞う布だった。
「すまんの、カワキ」
『いいよ。私の失態は私の責任だ』
去り際、カワキの耳元を謝罪の言葉が撫でた。カワキは何の事はない口調で自己責任だと返す。屋根の上で夜一が宣言した。
「3日じゃ。3日で此奴をおぬしより強くする。それまで勝手じゃが暫しの休戦とさせて貰うぞ。追いたくば追ってくるが良い」
その言葉にカワキは目を伏せて今後の算段をつける。意識に霞がかかり始めていた。
⦅3日か。その間に次の動きを決めておく必要があるわけだ。その前に――…まずはこの場を生き延びることが先決だな⦆
「“瞬神”夜一。まだまだおぬしら如きに捕まりはせぬ」
◇◇◇
姿を消した夜一。白哉もすぐに立ち去った。
頭を掻いた浮竹が部下の二人を呼び、治療の指示を出す。この頃には、カワキの意識も朦朧としていた。
「…あ…あの…」
「“なぜ僕達を助けるのか”か?」
血塗れのカワキとガンジュを何とも言えない顔で眺める浮竹の背中に、花太郎が躊躇いがちに声をかける。
「! …あ…。…はい…」
「助けるとも」
浮竹は振り返らず答えた。続く言葉を耳にしながらカワキの意識が煙のように薄くなる。
「藍染をやった犯人がわからない以上、異分子である君らが犯人の情報を持っている可能性は高い。調査もなしには殺せないさ」
⦅…藍染……。…たしか……隊長格に…そんな名の者がいたような……。…殺されたのか…? ……私達が犯人だと疑われている……⦆
視界がゆらゆらと揺れて輪郭を失っていく淵で、音だけが聞こえていた。暗く、深く、闇の底へ揺蕩う意識で考える。
何かの嫌疑がかかっているならそう簡単に殺されはしまい。少なくとも事情聴取はある筈だ。
「それに何より――」
――たとえ手段は悪くとも君らは俺の部下を牢から救い出そうとしてくれた。そんな奴らを見殺しになんてできるもんか。
花太郎を振り返り笑いかける浮竹の言葉の続きを聞く事はなく、カワキの意識はそこでプツリと途切れた。
***
カワキ…一護が死んだら任務失敗になってしまうと思って頑張った。
白哉…「えぇ…まだ動くの…」と引いた。