第三章
一護を逃がせ! カワキ決死の援護①懺罪宮・橋の上
白哉を止めに入った浮竹は、事態を把握しきれていない様子だった。寝込んでいる間に旅禍の侵入が大事に発展していると知り、驚きに目を見開く。
カワキはぼんやりと会話を聞いていた。失血で鈍く朦朧とした思考の中で、現状を把握する。
⦅……逃げる? ……この傷じゃ単独でも隊長格二人を撒くのは厳しい…。逸るな。考えろ。隙を伺え。――…生きている限り終わりじゃない⦆
――冷静に、慎重に。
カワキは手負いの獣のように、自らが生存するための最適解を探る。ふと覚えのある気配に空を仰いだ。
会話の途中だった二人が瞠目する――凄まじい霊圧の持ち主が接近してくる。
⦅…この…霊圧は……⦆
「な…何だこの霊圧は!? 明らかに隊長クラスだぞ!! だが知らない霊圧だ…! 誰だ!? 一体どこから――…」
ぎょっとした浮竹が冷や汗を流す。ルキアの胸に予感が湧き上がった。空を見たカワキがふっと呟く。
「…こ…この霊圧の感覚は……まさか…」
『…一護…』
ルキアの横を通って、何か翼のあるものが羽ばたいた。バサバサと風を切る音がして、空を仰ぎ見たルキアの瞳に蝙蝠のような翼が映る。
翼を手に、大空を舞う一護。橋の上で茫然と立ち尽くすルキア。二人の視線がぶつかった。一護はルキアの前に降り立つも、横を通過して花太郎に声をかける。
「大丈夫か、花太郎。悪い、先に行かせて逆に怖い目に遭わせちまったな。…ガンジュは?」
花太郎は涙目で橋の先に血塗れで倒れるガンジュを指差した。一護は視線の先に、カワキの姿も見つけ、一瞬 目を見開く。カワキが強い視線を返した。
「…カワキ…! ……そうか…」
⦅たしかに霊圧は上がっている…。…だけど……⦆
ルキアの背中に「助けに来た」と声をかける一護を見ながら、カワキの頭の中では思考が渦巻いていた。
⦅腹に包帯。昨日の傷はそこの死神が治療したと言っていた。その話が嘘でなければあの傷は何だ?先程の戦いでの傷だ⦆
雪崩れ込む情報から、もぐら叩きのように次々と疑問を浮かべては解答を導き出す。カワキの中で思考が泡のように浮かんでは消えていく。
そんなことは知る由もない一護の視線が、浮竹と白哉の向こう――血塗れのカワキとガンジュに向いた。白哉を睨み付ける。
カワキの胸に嫌な予感がさざ波のように押し寄せた。――まさかこのまま朽木白哉と戦うつもりか?
⦅一護に治療の心得はない。せいぜい止血程度の筈だ。――そんな状態で隊長格と戦う? 実力の見極めもできないのか? 冗談だろう⦆
弾き出された結論にカワキの心臓がどくんと脈打つ。焦燥が頭をもたげ、重い身体を動かした。一護とルキアの会話が耳に届く。
「来てはならぬと言った筈だ…! あれほど……追ってきたら許さぬと…! ぼろぼろではないか…莫迦者…!」
「…まったくだ。だから…後でいくらでも怒鳴られてやるよ。あいつを――…倒した後でな!」
――予感は現実のものとなった。カワキの顔から感情が抜け落ちる。
⦅できるなら見捨ててしまいたい。だけど一護が死んだら私も終わりだ。更なる力も手に入らなくなる⦆
満たされることのない力への渇望だけがズタズタに斬り裂かれたカワキの身体を支えていた。
一護を目にした浮竹が呆気に取られた顔で訊ねる。
「…白哉。あれは誰だ」
「無関係だ。少なくとも今、兄の頭を過った男とはな。奴は何者でもないただの旅禍だ。私が消す。それで終わりだ」
⦅…この身体じゃそう長く動けない。動くべき時を見極めろ。――確実に撃てる弾は一発だ⦆
二人の会話を聞きながら、カワキの瞳には獲物の隙を狙う剣呑な色が宿っていた。
橋の上で一護と白哉が対峙する。白哉が放つ凄まじい霊圧に膝をつくルキアと花太郎。一護は黙って刀を構えた。カワキはじっとその様子を眺めている。
「…ほう。この霊圧の中で顔色一つ変えぬか…。随分と腕を上げた様子だな…」
一護を褒めるような言葉を口にしつつも、白哉の目は鋭く一護を射抜く。一護はじっとりと冷や汗をかきながらも気丈に振る舞った。
「あのまま現世で安穏と暮らしておれば良いものを…拾った命を捨てる為にこんな処まで来るとはな…愚かな奴だ」
「…捨てに来たつもりなんて無えよ。あんたを倒して俺は帰る」
朽木白哉の言うように、大人しくしていてくれたら楽なのに。そう思いながらカワキは少しずつ霊子の糸を縒り合せていく。
白哉が静かに口を開いた。
「…大層な口を…利くなと言った筈だ 小僧」
以前同様、白哉が瞬歩で一護の背後から攻撃する。
⦅――まだだ。撃つべきは今じゃない⦆
刀を受け止めた一護。白哉とルキアが驚きに目を瞠った。カワキが目には見えないほどか細い霊子の糸を腕に絡ませる。
「…大層な口か? 見えてるぜ朽木白哉」
刀を弾き返す一護。思った以上に腕を上げたと告げる白哉の雰囲気が変わった。
⦅焦りは禁物。あと少し。……今の私でも腕の一本くらいは動かせる筈⦆
「…仕方ない。ならば貴様がその力に自惚れる前に見せておいてやろう。千年あがいても埋め様の無い決定的な力の差というやつを」
白哉が構える。ルキアが必死の形相で警告した。
「だめだ一護!!! 逃げ――」
「散れ」
――ここだ。
血塗れのカワキの腕が、何かに引っ張られたようにぐいっと持ち上がった。花火にも似た音が響く。
今度こそ――カワキの放った弾丸は、確かに白哉を撃ち抜いた。
「…ッ!? ――何だと…? 貴様……」
『あぁ、無念だ。やっと届いた弾丸も…君を撃ち落とすには至らない』
***
カワキ…一護に「え、マジで言ってる?」と思ってる。せっかく白哉に当たったのにダメージがほとんど無くて「私、弱っ!」してる。