第四章

第四章

地下救護牢にて①

◀︎第四章・目次

地下救護牢


 水底から浮上するように目が覚める。カワキは徐に重い瞼を上げると、眼球だけをゆっくりと動かして左右を見渡した。

 剥き出しの壁。鉄格子。格子の嵌められた通気口。――その向こう側の景色から、現在地はおそらく地下牢であると推測できた。


⦅…傷がかなり治ってる…。ここは――…四番隊の地下救護牢か…? 私はどれくらい意識を失ってた?⦆


 脳内でぱらぱらとダーテンをめくって、自分が置かれている場所が何処かを照合する。

 包帯が巻かれ、あちこちが軋む身体を、ゆっくりと動かした。手を突いて起き上がろうとしたところで、手許からガシャリと金属音がする。


⦅…手錠……霊圧の放出を抑えるものか。だけど効果が弱いな。不良品……いや、私の“体質”の影響が出ている…のか…?⦆


 倦怠感が尾を引く頭で、カワキは白い着物と両手にかけられた枷を見下ろして首を傾げた。そこにカタリと物音が響く。同室の者がカワキの目覚めに気付いたのだろう。

 意識が戻った当初から同じ牢に自分以外の気配がある事には気付いていた。物音がした方へすっと視線をずらす。ひどくほっとしたような声がかけられた。


「…カワキ…! …よかった…目が覚めたんだな…。傷は大丈夫か?」

『茶渡くん……無事だったんだね。……私はどのくらい眠ってた?』


 カワキはもぞもぞと姿勢を変えると先程まで寝かされていた簡素なベッドに腰掛ける。安堵にほどけた表情のチャドに問い掛けた。


「…俺のわかる範囲だが……長くても丸一日くらいじゃないか? …本当に酷い傷で……心配したぞ…」


 チャドは濃い心配の色が伺える憂わしげな声音で、カワキの身を案じる。カワキはポツリと『…丸一日…』という呟きを漏らすと、手のひらを何度も握りしめたり、開いたりして調子を確かめていた。


⦅手の動きに支障なし。あとは残った傷だな⦆

「お! 起きたのか! だから言っただろ、そいつならきっと心配いらねえって」


 顔を上げたカワキの目に、壁に備え付けられたベッドが映る。下段では誰かが眠っていて、上段から声がかけられた。

 「よっ」と軽い声がして、上段にいた男が飛び降りる。男も揃いの白い着物に包帯を巻いていた。


「ガンジュ」

『ミイラみたいだね。地下がすごく似合ってるよ』


 カワキは素朴な感想を口にする。ガンジュは顔も、全身も、包帯を巻かれていた。


「うるせえな…お前も似たようなもんだったんだぞ」


 不貞腐れたようなガンジュの声を聞きながら、カワキはきょろきょろと首を動かし、改めて牢の中を確認する。ガンジュがいた正面のベッド。下で寝込んでいるのはよく見ると石田だった。


⦅石田くんも捕まったんだ。…この感じ…滅却師最終形態を使ったのか。見逃してしまったのが残念だ…⦆


 見えざる帝国では既に過去の遺物となったソレを、この目で見る機会を逃してしまったことを惜しく思った。ガンジュに話しかけられ、カワキの意識が会話に戻る。


「ま、連中はよっぽどお前から話を聞きたかったのか、熱心に治療してくれたみてえだがな」

『…話…ああ、なるほど。意識を失う前に“隊長が一人やられた”と話している声を聞いたよ。それのことか』

「ああ。看守達も同じ話をしていた」


 どうやら容疑者候補の筆頭は己のようだとカワキは気付いた。たしかに、カワキは仕事に必要であれば隊長格暗殺にだって塵ほども躊躇はない。しかし、今回の件については本当に何も知らなかった。


⦅…一緒に来た彼らの実力じゃ隊長格は殺せないだろう。…やはり処刑の裏で何か別の案件が動いているのか…? 犯人は誰だ? 目的は?⦆


 じっと押し黙ったまま考え込むが、真相は不明瞭で雲を掴むような話だ。結局は今できることをする以外には無かった。

 ――真犯人がわからない以上、一箇所に長く留まるのは口封じの危険がある。中途半端に傷を負った身体のままでいるわけにはいかない。

 カワキはまず、自分の治療をすることにした。


「ん? おい、何して……は!? どうなってんだ!?」

『騒がしくしないでくれ、ガンジュくん。見張りが来たら面倒だ』

「お…おぉ、悪ぃ…。……じゃねえよ!! この手錠には霊圧を封じる効果がある筈だ! なのに何で治療なんて…」


 突然、怪我を治し始めたカワキにガンジュが仰天する。ぎょっとした顔で目を見開いて、カワキを質問攻めするも、カワキは碌な答えを返さない。


『“何で”って……怪我をしたままじゃいざって時に動けないだろう? 落ち着いて治療ができる今のうちに治すのは、普通の事だと思うけど』

「そういうことじゃねえよ!」

「…カワキ……ガンジュが訊きたいのは動機じゃなくて、手錠をしたまま治療ができる理由の方だ……」


 見かねたチャドが間に入る。カワキは考えるようにすっと虚空に視線をやってから、正面を向いて言った。


『なぜか私の手錠は効きが悪いみたいなんだ。はっきりとした理由は私にもわからない』

「そうか…」


 訊かれて困る質問でもなかったため、カワキは正直に答える。謎が多い不明瞭な回答だったが、二人はひとまず納得したようだ。

 カワキは念のため他の者の治療もする事に決めた。


『二人の傷も治療しよう』

「そりゃ、ありがてえが…病み上がりに大丈夫か?」

「重傷だったんだ、あまり無理は……」


 カワキは心配する二人に『問題ないよ』とだけ返して治療を始めた。なんとなく、黙ったままで治療が進んでいく。

 ふと「…そういえば…」とチャドが言葉を発した。


「…ガンジュから聞いた。カワキが一番に朽木の許に駆けつけたそうだな。隊長格を相手に一歩も引かなかった、と」


 どこか嬉しそうに微笑んだチャドに、カワキは小さく首を傾げてから、思い出したように口を開く。


『ああ、君を置いて行ったのは悪かったよ。私にもっと力があればよかったのだけど……』

「いいんだ、謝らないでくれ…。カワキが無事にあの場を切り抜けられたようでよかった。償いならこの治療で充分すぎるくらいだ」


 やはりカワキにはチャドが微笑む理由はわからなかった。丸く収まったらしいという事だけを理解して『そうか』と一言 相槌を返して治療を続けた。


***

カワキ…手錠の効果の6割くらいをバグが打ち消している。理由は知らん。

容疑者候補の筆頭なので早く起こして話が聞きたいとかなり治して貰えた。自分でも治療する。仲間の治療もそこそこする。


チャド…カワキに置いて行かれた事は気にしていない。カワキをすごく心配してる。


ガンジュ…カワキなら大丈夫だろ! って思ってる。白哉戦を見てたのかもしれん。


前ページ◀︎|▶︎次ページ

Report Page