第三章
リベンジ 朽木白哉との再戦懺罪宮・橋の上
知らず知らずのうち、僅かに口角が上がっていた。体の奥から湧き上がる衝動で血が熱い。
カワキはガチャリと音を立ててスライドを引く。凪いだ水面のように落ち着きを取り戻した水浅葱の瞳がキュゥっと細められた。
「…生きていたか…。運の良いことだ。だが…その豪運も、どうやらここまでのようだな」
『言うね、朽木白哉。だけど一つ、訂正を――私の運が良いんじゃない、君が私を仕留め損ったんだ』
ぴくりと眉が動いて、白哉の目に剣呑な光が宿る。静かな怒りを含んだ声は、刺すように鋭い。
「死の淵を垣間見てもなお、減らず口は治らぬか……よかろう。今度こそは確実に…その息の根を止めてやろう」
カワキの靴が橋を蹴った。軌道を予測させないように上体を左右に揺らして、手すりの上も含め、縦横無尽に駆ける。白哉が腕を振ると花びらのように千本桜の刃が押し寄せた。
『素晴らしい力だ』
カワキが走る勢いを速め、迫る花弁に飲まれる寸前 崖下へ飛び降りる。橋桁に手をかけて、勢いのままに橋の下を回り、逆側から飛び出した。
「――!」
瞠目した白哉が視線をやった先、重力など存在しないように逆さに舞い上がるカワキの姿があった。澄んだ青空にふわりと黒髪が踊る。――銃口が光った。
「……っ…!」
⦅…防がれたか……! 同じ手は二度も通じない。このまま畳みかける…!⦆
放たれた弾丸は戻ってきた花弁に飲まれ、既の所で届かなかった。カワキが橋の上に降り立つ。
細い橋の上で千本桜を避ける術は限られている。同じ手はもう通用しないだろう。そのことを悟ったカワキは一気に距離を詰めた。
「…なるほど、たいした曲芸だ。だが所詮は曲芸、そのような技が私に届くことはない」
『さすがは隊長格だ。自分の弱さが嫌になるよ』
頬に、肩に、腕に、幾筋もの赤い線が走る。駆ける勢いを緩めず、カワキは静かに呟いた。後ろ手にベルトから細長い棒のようなものを引き抜く。手の中でくるりと回して握る。
桜吹雪の隙間、二人の眼差しが交錯し――
「これで幕引きだ」
『――ああ…本当に嫌になるなぁ…』
ゼーレシュナイダーが白哉を裂くよりも、桜の花びらがカワキに届く方が僅かに早かった。凪いだ瞳を伏せ、微かに笑みさえ浮かべたカワキが呟く。
血を流し、ぐらりと体幹が揺れ、手すりに手をついてずるずると座り込んだカワキ。花太郎は呆然とその様子を眺め、ルキアは鋭く息を呑んだ。
「もうお止めください!! 兄様!!!」
宣言通りにカワキの息の根を止めようとする白哉。ルキアが悲痛な声で叫ぶも止まることはない。カワキは霧がかかったように霞む意識の中で叫び声を聞く。
⦅…静血装を使えば今の私でも防げただろうか…? …いや……陛下の命が果たせなければ結果は同じ事だな……⦆
「兄様…っ!!」
カワキは千切れていく思考を手繰って生存の道を探す。これから起こる事を予期したルキアが白哉に呼びかけながらぎゅっと目を瞑った。
「ふうっ!」
場違いなほどに穏やかな声がして、白哉の腕が掴まれる。
先程から接近していた霊圧はこの男のものか。カワキが目だけで白哉を止めた男を見遣る。
⦅…この男は……たしか……十三番隊隊長 浮竹十四郎…⦆
「…やれやれ、物騒だな。それくらいにしといたらどうだい朽木隊長」
***
カワキ…血装を使う=陛下の命令に背く、なので血装が即死スイッチと化している。
白哉…「初見で千本桜に接近するだと…」と攻略法がバレてる疑惑にヒヤッとした。カワキの防御力が足りてたらヤバかった。