沸き上がるのは

沸き上がるのは


前にあたるお話:血の導きは





 許せなかった。



 百年前のあの夜に既に死んでいる。これは耐えられた。けれど——


「それにしても……平子撫子。あの娘は箱入りだったようだね。あの程度とは……——随分と安穏とした日々を送ってきたようだ」


 ——妹分のことは。


 体内の血が沸騰するような錯覚を覚える。何も、何も知らない癖に。

 何が安穏とした日々だ。何が箱入りだ。


 ——「ぅ……や、いや、こないで……」

 高熱と悪夢に魘されていた夜も。

 ——「なこちゃんはおそと、でれへんの?」

 窓から外の景色を見ていた昼下がりも。

 ——「ひよりねぇ、よるいちさんはねこってどうぶつなんやって!」

 普通の知識すら手に入らないことも。


 妹分は何度も何度も死にかけて、ひよ里は何度も何度も同じ覚悟をしてきた。


 ——なんも知らへん癖に! 百年、百年ずっと苦しんできたことも、なんにも知らへん癖に!


 沸き上がる怒りが視界を赤く染め上げる。

 この男を許してはならないと空を蹴って斬り掛かる。

 誰かに呼ばれた気がしたが、斬魄刀を高く構えて振り下ろし——



「お一人様、おー終い」



 許せなかった。


 遠ざかる意識の中、誰かが自分のことを抱えているのが分かる。

 そのひとは妹分によく似た、金の髪をしていた。




次にあたるお話:黒腔にて


Report Page