月を蝕め

月を蝕め


前にあたるお話:染まるは血の色




 無機質な広い部屋に剣戟の音が幾度も響いている。


 撫子が破面に拉致されて約一ヶ月。先日連れて来られた織姫のお陰で義骸の不調は目立たない程度に落ち着いた。

 しかし義骸の不調とは別物の不安定すぎる霊圧や、体の奥をぐるぐる回るような不快感は続いている。


 ほぼ日課のように藍染と打ち合いを続けているが、未だに藍染に一太刀も入れることはできていない。

 それでも虚圏に来たばかりの頃よりは、体捌きが熟達してきている。

 特に斬術については、家族に基本だけは教わったが、結局白打と鬼道で戦ってきたとは思えないほど上達した。

 目の前のいけ好かない男の指導は的確だったのだろう。それはそれで嫌な気分にはなるが。


 一歩踏み込み左下から斬り上げる。しかし見透かしたように避けられる。

 再度撫子は距離を取り、下段に構えた。

「……くそッ」

 なんだコイツは。撫子は藍染の手元を睨む。

 中途半端に離れれば鋭い突きが飛んでくる。

 懐に飛び込めば柄の頭で打たれる。

 瞬歩で後ろを取ってもすぐさま対応してくる。

 今まで見たことのある斬術が、まるで児戯のようにすら見える。

 速く、重く、鋭い。

 藍染の剣は、目の前に雷でも落ちるような恐ろしさを感じさせた。


「——どうした? もう終わりかな、撫子」

「アホ、今考えとるんや」

 藍染はつまらなそうな目をして、斬魄刀を鞘に納めた。


 ——来た!

 それを待っていた。

 瞬歩で懐に飛び込む。

 藍染の手が柄に伸びる。

 浅打を握っていない左手で藍染の斬魄刀の頭を抑える。

「破道の——」

「遅い」

 斬魄刀を抑えていた左腕を掴まれ、外側へと引かれ体勢を崩される。

「うあッ」

 そのまま片手で床へと転がされた。


「真っ先に斬魄刀を抜かれないように抑えたのは悪くない。確かに私以外であれば有効だろう」

「……あっそ」


 体格も上、リーチも上、剣の腕も上、ついでに霊圧も上。


 撫子は起き上がり、自身の浅打を見る。未だ応えない浅打。

 もし、始解が出来たなら。

 京楽春水から受け取った浅打は、以来ずっと寝食を共にしてきた。ローズのお古のギターケースに入れて、学校にだって持って行った。

 あと、少し。きっとあと少しで応えてくれるはずだ。


 撫子は正眼に浅打を構える。そして、刃禅の時と同じように浅打に意識を潜らせる。

 ——応えて欲しい。

 ——あのいけ好かない男を一発でも引っ叩く力が欲しい。

 ——応えて。

 ——応えろ……!


「染まれ——」

 気づけば口を衝いて出たのは解号だった。

 柄巻が、鍔が、鞘が、浅打から斬魄刀へと変化している。

「——蝕鈴!」



 握っていた浅打——否、斬魄刀はその容を変えている。

 刃はない。それどころか、刀の形をしていない。ちょうど撫子の脳裏にはダンベルが過った。仮にダンベルだとしたら軽すぎし、金ピカのダンベルは趣味がよろしくないと思う。

「……なんやこれ」

 金ピカダンベルの両端は形がそれぞれで違った。突き出て内側へカーブを描く4本と中心の一本の刃で刺せということだろうか。なら反対側の鐘はなんなんだ。鈍器として使えというのか。

 始解により姿を変えた斬魄刀をまじまじと見ていると、藍染の視線が手元に注がれていることに気付く。

「……なんや」

「随分と変わり種だと思ったものでね。——成程、五鈷鈴か」

 藍染は目を細め、一人で納得した雰囲気を出しているが、斬魄刀の持ち主は納得していない。

「ごこれい、ね。どーも」

 左手に収まっている蝕鈴に視線を落とす。サイズ感は拳西の断風の始解に近い。

『——嫌やわ、だんべる? なんて。ウチは重しやあらへんのに』

 聞こえるこの声はなんだろう。おそらく、藍染には聞こえていない。つまり、この声は。

『その通り。蝕鈴云います。あんじょうよろしゅうねがいます、撫子はん』

 斬魄刀の声だ。ならばと撫子は心の中で訊いてみる。

 ——これで殴ればええの?

『そない野蛮なことしまへん。鐘は鳴らすためのもんやろ? マァ、あの白いお方から撫子はんが殴る蹴るの戦いが得手やって聞いとります。ウチは旦那はんの斬魄刀。好きに使て?』

 確かに白打は得意だ。とはいえ、それは今不安定な霊圧と体調のせいで使用に耐えない。

 ——せやったら鳴らしてみるか?

 試しに蝕鈴を振ってみるものの、音は鳴らない。

 ——鳴らへん……いや、もしかして。

 撫子は試しに蝕鈴に霊圧をこめて振る。リーン、と澄んだ音が鳴る。

 藍染の方を見る。

 ——あれ?


 藍染が動いていない。

 音が鳴ったらそれをどうこう言ってきそうな男が、一言も発していない。

 じっと藍染を見ていると、やっと藍染が口を開いた。

「何か変化があったのか?」

「……」

 撫子の中に一つ仮説が生まれる。

 ——時計があれば確認できるんやけど。


 蝕鈴に霊圧を込めて鳴らし、藍染に肉薄する。

 ——やっぱりや! 蝕鈴の音聴いたら影響が出る!

 藍染は動かない。そのまま右の拳を顔に向かって——


「成程」


 ——右の腕を掴まれている。

 顔を殴ってやろうとしていた右の拳は、藍染の頬に触れたところで止まっている。

「君の斬魄刀は——音を聴いた者の時間認識を狂わせるものらしい」

「なん…っ」

「褒めてあげよう。私に触れることが出来たのだから」

「ッんなもん、要らへんわ……!」

 撫子は腕を掴む手を振り払い、再度霊圧を込めて蝕鈴を鳴らす。

 ——だいたい三秒や。三秒の隙を突けば!


 三。

 藍染の右側に回り込む。

 二。

 拳に鬼道を込める。

 一。

 藍染の右頬を捉え——

  零。

「惜しかったね撫子」

「……!」

 拳が止められている。蝕鈴を鳴らしてから三秒、動く気配はなかったのに。

「ッなんで、」

「君がとるだろう行動を考えれば、防ぐことは造作もない」

 そう言って藍染は撫子を弾き飛ばす。

 受け身を取った撫子は蝕鈴を左手で握り込む。

「……まだや」

 正面、藍染を睨む。

「おいで、撫子」

 藍染の言葉と同時に駆け出す。


 鏡花水月と蝕鈴が、火花を散らしてぶつかり合った。

 


解号「染まれ」

斬魄刀「蝕鈴」 ショクレイ

蝕…月蝕から。鏡花水「月」(藍染)に対する対抗心の現れ。

鈴…五鈷鈴から。鈴だけど鐘。

具象化した姿…ストレートおかっぱ黒髪に藍色の着物、その上から白い僧袈裟を装着している少女。京都弁。

霊圧消費がエグい斬魄刀。娘ちゃんが数回鳴らしてるけど実際は平均的な死神であれば一回鳴らすのが限度。

鐘の音を聞いた相手の時間認識(体感時間)を狂わせる。体感◯秒を聴いた相手に強制する。

今の所周囲にデバフを撒き散らす斬魄刀。

今後修練を積んだら誤認させられる秒数が増えたり特定の人だけに聴かせることも可能かもしれない。


上が聴いた人下が鳴らした人。わかりづらいね…

主な運用方法は時間認識狂わせてる間に鬼道の詠唱を済ませておいたり、負傷者を回収したりになる。

なお超速理解する藍染には初撃以外効かない。


次にあたるお話:下手人はだれ?

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