下手人はだれ?
十刃会議と血溜まりの花——アタシなにしとんのやろ。てかなんで?
撫子は藍染に連れられ、十刃の集会へと強制参加になった。抵抗はしたが無意味だった。
「お早う十刃諸君。敵襲だ。先ずは紅茶でも淹れようか」
——なに紅茶なんぞ淹れようとしとんのコイツ……しかも侍従級破面が手分けして淹れとるし……。
藍染は席へ向かう。市丸と東仙がテーブルから離れた壁際に立っているので、撫子もそれに倣い壁際に並ぼうとして、藍染に呼び止められる。
「撫子、君はこちらだ」
思わず舌打ちしそうになるのを堪える。表情は堪えられなかったかもしれないが。
結局、藍染の斜め後ろに立つ羽目になった。
「全員に行き渡ったかな? ……さて、飲みながら聞いてくれ。要、映像を」
「……はい」
東仙が壁際の装置を動かす。するとテーブルの中央が開き、映像が映し出される。
「侵入者は三名。石田雨竜、」
「!」
——石田。
「茶渡泰虎、」
——チャドくん。
「黒崎一護」
——一護。
——織姫ちゃんを助けに来たんやな……! みんな……‼︎
知った名前を聞いて、撫子は少し目頭が熱くなった。
「……こいつが……」
「敵ナノ?」
「何じゃい。敵襲じゃなどと言うからどんな奴かと思うたら。まだ餓鬼じゃアないか」
「ソソられないなァ、全然」
「……ちっ」
好き勝手品評する十刃。
「侮りは禁物だよ。彼等はかつて『旅禍』と呼ばれ、たった五人で尸魂界に乗り込み護廷十三隊に戦いを挑んだ人間達だ」
「五人……二人足りませんね。残る二人は……?」
「井上織姫と……そこに居る撫子様だ」
「……チッ」
撫子は名指しされて思わず舌打ちする。
「撫子。舌打ちするものじゃないよ」
「あーはいはい。藍染サマにおかれましては父親ヅラするもんじゃないと思いますゥ」
何処からか強い殺気が突き刺さる気がしたが、気にしないでおく。
ガタッと誰かが立ち上がる。そちらに目を向けると、第六十刃のグリムジョーが部屋の出口へと移動しようとしている。
「どこへ行くグリムジョー」
「殺しに行くんだよ。入った虫を叩くのは早いに越したこたねえだろ?」
「藍染様の御命令がまだだ、戻れ」
「その藍染様の為にあいつらを潰しに行くんだろうがよ」
——ここでやらんで外でやってや……。
グリムジョーと東仙のちょうど中間くらいが撫子の立ち位置だった。霊圧で威嚇するのはやめて欲しい。撫子は内の虚が怒るのではないかと気が気でなかった。
「グリムジョー」
「…………はい」
「私の為に動いてくれるのは嬉しいが、話が途中だ。今は席に戻ってくれないか」
藍染がゆっくりとグリムジョーに振り向く。
「……どうした。返事が聞こえないぞグリムジョー・ジャガージャック」
藍染の霊圧が膨れ上がる。
——オマエもか! 霊圧で威嚇しなや‼︎
撫子の霊圧が藍染のそれに少し似ているせいか、そこまでの重圧には感じない。ただ、姉である虚がいよいよ怒りそうだ。
藍染に引っ張られて撫子の霊圧が一時的に跳ね上がりそうになる。
こうなると義骸に不具合が出始めるので、撫子自身も霊圧を抑えるように調整しだす。
藍染の霊圧の圧力でグリムジョーが膝をつく。
「——そうか、解ってくれたようだね」
——オマエが圧かけたからやろ……。
グリムジョーが肩で息をしているのを見て、撫子は何ともいえない気分になる。
「十刃諸君、見ての通り敵は三名だ。侮りは不要だが騒ぎ立てる必要もない。各人自宮に戻り平時と同じく行動してくれ。驕らず、逸らず、ただ座して待てばいい」
「……」
「恐るな。たとえ何が起ころうとも私と共に歩む限り、我等の前に敵は無い」
**
「——よし、居らんな」
撫子は藍染の目を掻い潜り、虚夜宮内を移動する。
脱走は実のところ両手で足りない程度には実行し、同じく連れ戻されている。自身にあてがわれた部屋の周辺であれば、充分に把握していた。
一護達が虚夜宮に侵入した。
それを聞いて、こっちに来るまで待とうとは思わない。こちらから行くのだ。
しかし、すぐ行動を起こしても藍染の目にとまるだけだ。だからこそ少し時間を置いてから動き出した。
——こっちから織姫ちゃん連れて合流すればええねんな。
撫子の考えは、井上織姫を連れて一護たちと合流し、虚夜宮を出ようというもの。そうしたらみんなで現世に戻れば良いと。
一つ問題を挙げるとすれば、織姫の居場所がわからないこと。
撫子は織姫の部屋に行った事自体はあったが、そこまでの道は目隠しをされ、先導する破面に着いていく、という手順を踏んでいた。
だから、撫子は織姫の居場所がわからない。
だが幸運にも虚夜宮は殺気石で出来ていないため、霊圧を探るのも容易い。
——でも何処に居るんやろ、織姫ちゃん……。
探れど探れど織姫の霊圧をキャッチできない。
——宮自体が違うんやろか……。
そうして角を曲がり、さらに進もうとして。
ど、と何か鈍い音が撫子の耳に届いた。
——なに?
違和感を感じて、自分の体を見る。
「え、」
胸から刃が生えている。
それは背中から胸を貫通した刀身だ。
「あ、え、」
じわじわと白い衣服の胸元が血で染まる。
「だ、れ、……?」
振り向いて下手人を見ることもできず、刃が抜かれる。
「あ……?」
撫子はどさりとその場に崩れ落ちる。意識が遠くなっていくのに、そう時間は掛からなかった。
「い、ぃ、だ、おね、えちゃ……」
誰かの名前を読んだ音は形になる事なく。
虚夜宮の無機質な壁に吸い込まれて消えた。
どくり、と拍動する。
それは、倒れ伏した少女からだった。