心の孔、揺るがぬ玉座

心の孔、揺るがぬ玉座

原作25巻217話〜222話あたり

一応前にあたるお話:ヴァイザード便覧



 仮面の軍勢、アジト。

 撫子は問題集の冊子パラパラと開きつつ、スーパーひよ里ウォーカーなる機械をこぐ一護に声を掛ける。

「がんばれ一護ォ! アタシも勉強しながら応援しとるからなァ!」

「ふっ、ほっ、オウ、ふっ、はっ」

「ええと問題問題……」

 ちょくちょく声を掛けつつ問題集を解こうと、一護が機械を懸命にこぐ音とその息遣いをBGMに設問へと挑む。



「昼メシ遅いのォ……ひよ里オマエなんか食うもん作れや」

「一護! 君ならできるで! 肩に斬魄刀乗っとんのかい!」

「ハゲか。なんでウチが何か作らなあかんねん。つーかたとえ作ってもオマエにだけは食わせへんわハゲ」

「ラヴ、キミこないだ出たプリンス・オブ・ダークネスの新譜聴いたかい……?」

「ぶふっ! つーかローズオマエ今週ジャンプ読んだ⁉︎」

「いや……ていうかキミいつもボクに読ませてくれないじゃ……」

「これスゲーなブハハハハハハハハハハ‼︎」

「一護ォ、頑張れェ! オマエならまだまだ行けるで! うわ証明問題やんメンドクサ」

「リサ、オマエ今日当番だろ。撫子に投げっぱにしねーでちゃんとあの死神ヤローの面倒見ろよ」

「見とるやんうるさいな。撫子も勉強しとるやん」

「見てねーだろオマエが見てんのエロ本だけじゃねーか。撫子はそもそも当番じゃねえ」

「うるさい消えろジャマすんな。かけ声でもかけたらいいんやろ。ほれワンツー、ワンツー」

「一護ォォ! ファイトやでぇ! アタシの頭脳もファイトや! 証明問題がなんぼのもんや!」

「ハハハハハハハハハハハ‼︎」



「やっ……て……られっか‼︎」

 こぎ続ける徒労と、撫子のどこかズレた応援と、そっちのけでワイワイと喋っている仮面の軍勢の面々に我慢の限界が来たのか、一護はウォーカーを蹴り飛ばした。

 ひよ里は近くに居た平子を盾にしてウォーカーの直撃を防ぐ。

「がふっ」

「何すんねんコラぁ‼︎ ナメたマネしとるとシバくどハゲ‼︎」

「……こ……こっちのセリフや……っ」

 平子は鼻血の流れる鼻を片手で抑えている。撫子は内心合掌した。痛そうだ。

「こっちのセリフだコラァ‼︎ 『虚の抑え方叩っ込んだる』とかエラソーなコト言いやがったクセになんで丸一日以上も手作り丸出しのインチキダイエットマシーンこぎ倒さなきゃいけねーんだよ⁉︎ アホか⁉︎ ていうか言われるままにこいだ俺もアホか⁉︎」

「どうどう、一護どうどう」

「そーやっ! オマエがアホや‼︎ オマエだけがアホや‼︎ そんでハゲや‼︎ こちとら修行つけたってんねんからゴチャゴチャぬかさんと言うこときかんかい‼︎」

 一護とひよ里の口論は白熱していく。

「ハゲハゲうるせーよ八重歯‼︎」

「髪の毛ちゃうわハゲたツラしてるゆうてんねん‼︎ あとヤエバはうちのチャームポイントやハゲ‼︎」

「またハゲって言った‼︎ こんなモンのどこが修行だ‼︎ 撫子はこれやったってのかよ⁉︎」

「え、やってへんけど」

「やってねーのかよ‼︎ やっぱり修行にならねーんじゃねーか‼︎」


 撫子は一護とひよ里の言い合いからコソコソと抜け出すと、白とハッチが買ってきたお弁当を受け取る。

「どーも『スーパーひよ里ウォーカー』がお気に召さないみたいだぜ」

「え⁉︎ いまさら⁉︎」

「今更やんなァ」

「私はひよ里サンがウォーカーの説明をちゃんとしないのがよくナイと思いますガネ……」

「同感だな。あいつはいつも一言も二言も足んねえよ」

「でも一護もウォーカーの作りについてはもう気付いとると思うけど」


 取っ組み合いの喧嘩に発展していた(ひよ里の優勢だった)一護とひよ里だが、ひよ里が転がっていたウォーカーを一護にぶん投げる。

「ええから……四の五の言わんとブッ倒れるまでこがんかい‼︎」

「ごッ‼︎」

「うわクリーンヒットやん」

 いたそー、と口にしながら撫子は弁当の包装を剥ごうとしてやめた。この喧騒の中で弁当を食べようものならヘンなところに入りそうだ。


「てンめ……」

「……待てや一護。その『ポンコツひよ里ウォーカー』は」

「『スーパー』‼︎」

「こっから先の修行の基礎や。そいつを何日こぎ続けられるかでこっから先の修行のレベルを決める。ひよ里の言う通りや。四の五の言わんとポンコツひよ里ウォーカーこいでみい」

「スーパーや言うてるやろ殺すぞハゲマコ‼︎」

 ひよ里の言葉をスルーして平子は続ける。

「虚化の制御を教えたるんは最低三日以上ブッ通しでこぎ続けられるようになってからや」

「ふざけんな‼︎ こんなモン三日でも一週間こぎ続けられるに決まってんだろ‼︎ 丸一日もこいでりゃわかる! こいつは触れるだけでメチャメチャに霊力を消費する、そういう作りになってる機械だ! こいつで何日目でブッ倒れるかで俺の最大霊力量を測るのが目的だろ⁉︎ けど今の俺の霊力なら最低でも五日は堅てえ‼︎ こんな計測イミねーんだよ‼︎」

 ——やっぱり気付いとった。

 撫子は一護を見る。霊力にはまだまだ余裕があるようだ。確かに五日は堅いだろう。

「撫子でもいい、教えてくれよ! 虚化の制御ってやつを‼︎ こっちには時間が無えんだ‼︎ オマエら『仮面の軍勢』の遊びにつき合ってるヒマなんか無えんだよ‼︎」

 一護の発言に一部メンバーの顔が険しくなる。しかしそこに平子の一喝が響き渡る。

「やかましい‼︎」

 険しい表情を浮かべていたメンバーも虚をつかれたようになる。

「“時間が無い”やと……? 『崩玉』の覚醒期間も知らん奴がよう言うわ」

「……待て、今何て言った……?」

 崩玉。

 先の尸魂界での騒動で、藍染惣右介が手に入れたもの。それを何故、仮面の軍勢が知っているのか。

「崩玉のことも虚化のことも、よう知りもせんとゴチャゴチャぬかすな言うたんや!」

「……何だよ……何でオマエ……崩玉のことなんか知ってんだよ……」

「知っとるわ。崩玉も、破面も、藍染惣右介も」

「……」

「よう知っとる。何年も何年も以前からな」

 平子は一護の前へとひと息に移動して、一護の顔の前にその手を翳した。

「詳しい話は“また今度”や。ちょっと時間かけて俺らのやり方に魂魄なじませた方がええやろ思ててんけど、考えてみたらオマエは今迄死神化も始解も卍解も、とんでもないスピードで手に入れてきてんねやったな」

「なんで……そんなことまで知って……いや、」

 ——撫子か!

 一護は撫子に視線を投げる。その表情は目が伏せられているせいか不明瞭で、何を考えているのかはわからない。

「成程オマエの言う通りとっとと虚化を教えたった方がオマエの性には合うてんのかも知れへんな。——いくで一護。後悔しなや」


 一護の意識が落ち、崩れ落ちる。それをラブが担ぎ上げた。撫子は背伸びして、開いたままの目を閉じてやる。

「ハッチ、二重断層結界や」

「はいデス」

 ハッチが二度柏手を打つと、アジトを丸ごと覆う結界が形成される。撫子含む仮面の軍勢は、アジトの地下へと降りていく。


 辿り着いたアジトの地下は広々とした荒野のようで、一護が起きていたら浦原商店の地下勉強部屋との類似点を指摘していただろう。


 ラブが担いでいた一護を地面に下ろす。すぐ側に、斬魄刀も置かれた。 

「……ハッチ、ここにも結界や」

「エ〜〜〜〜……」

「えーー言うな! オッサンがえーー言うても何もカワイないぞ! ……それから、一護の五体に封印や」

「……ハイ」

 ハッチは縛道の手陣を組み、詠唱を開始する。

「鉄砂の壁 僧形の塔 灼鉄熒熒 湛然として終に音無し、縛道の七十五‼︎ 『五柱鉄貫』」

 組んだ指の隙間から丁度五つの光が出現する。そのまま腕を地面に叩きつけると、地面の五つの光に対応するように、倒れている一護の上方に五つの光が現れる。上方の光から一護目掛けて縛道の柱が降り、五体に突き刺さっているかのような形で封印が施された。

 さらに『五柱鉄貫』の柱ごと周囲を囲む結界が張られる。

「ハッチの鬼道はいつ見ても見事やなあ。アタシこうは行かへんねもん」

 撫子は小さく呟いて、結界内部の一護を見る。今のところ変化はない。

「なあオカン、アタシ他の人が内在闘争しとるの見るの初めてや。どんな感じなるの?」

「せやったな。ま、見れば解るで」

「ふーん……」

平子に向けていた視線を一護に戻したその時。


 倒れ伏したままの一護の霊圧で大気が揺れ始める。

「——来たで!」

「ねえねえ! 斬魄刀隠しといた方がいんじゃない?」

「イミねーよ、ムダに暴走半径広げるだけだ!」

 一護の伏せていた顔が上がる。既に仮面が顔面左側を覆っていた。

 ついに鬼道の鉄柱が砕け散り、虚化した一護が起き上がった。一護の意識は戻ってはいない。

 リサが結界に近付き、ハッチに声を掛ける。

「鉢玄ここ開けやあ。今日当番やしあたしから行くわ」

「はいデス」

 ハッチがリサの目の前に結界内部への入り口を開ける。

「殺さんとけよ」

「あたしが死なへんかったらね」

「リサ姉、大丈夫やと思うけど気ィつけてな」

「当たり前」

 リサが結界内部へと足を踏み入れると、結界の入り口が塞がれる。

 虚化した一護が斬魄刀を拾い、リサへ飛びかかろうとする。対するリサは冷静に、自分の斬魄刀を抜き放った。

「もう知っとるやろうけど矢胴丸リサや、よろしく」



 撫子は母の側に座り込んで、結界内部の戦闘を見る。

 互角、なのだろうか。

「ねえオカン、皆こうやって内在闘争しとったの?」

「一度完全に虚化するからなァ。ここで喰われたら終いや。逆に喰い尽く——」


 平子が突然言葉を切った。視線は結界へ向けられている。撫子もそちらを見て、絶句した。

「なん……や、アレ」


 一護の心臓の位置あたり。そこに虚の孔のように見える黒が浮かび上がっている。そこから湧き出るように白い虚の力が這い出て、黒い円の周辺を縁取る。

「……始まりよったか」

「あれが完全虚化……?」

「いや、まだや」

 平子の返答に撫子は結界内部で姉貴分と戦っている友人を見る。

 内在闘争はまだ始まったばかりだ。




**




「……二……一……十分」

 腕時計を見ていた拳西が十分の経過を告げ、立ち上がる。

「ハッチ! 交代だここ開けろ! 撫子! 計時!」

「はいデス」

「任されたで!」

 放り投げられた腕時計をキャッチする。


 拳西と入れ替わりに出てきたリサは息を整え、平子へ質問する。

「休息時間は?」

「撫子抜いて八人でローテーションやから十分×八で八十分や!」

「×八ちゃうわハゲ。本人抜いたら七人やろ」

「十分×七で七十分やっ!」

「ハッチ計算に入れとるんか……オカンアタシは?」

「オマエは回道係や。回復してやり」

「はーい。リサ姉〜!」

 言われた通り、リサを治療するために駆け寄り、回道を発動させる。

「……あんたの友達、思っとったよりだいぶ強かった」

「うん、でも今は虚化しとるし、いつもならもっと……」

 ちらりと結界の中の拳西と一護を見る撫子。先程より、明らかに一護の虚化が進んでいる。

「! 更に虚みたァになっとる……!」

 ——虚化制御の為の内在闘争の限界時間は一時間前後やって聞いとったけど……アタシとハッチ抜いて十分×六で一ターン六十分なら……。

 撫子と同じことを考えていたのか、リサが呟く。

「……次にあたしまで回ってきたら……終わりやな」




**




 ——交代して入ったラブの時点で六十分やったから……次は最初に戻ってリサ姉やな……。

 撫子はラブと入れ替わりに出てきたメンバーに回道を掛け終え、立ち上がる。


「……拳西、今迄のあたしらの内在闘争の最長時間はどんなけやった?」

「……ひよ里の六十九分二秒だ」

「今何分や」

「六十八分四十四秒」

「……そうか……」

 リサと拳西の話を聞いて、少し不安になる。一護は戻って来ないんじゃないか、と頭を過ぎるのだ。撫子は結界内部の一護を見る。殆ど虚の見た目になっている。

 ——ホンマに大丈夫なのかな。内在闘争がこないに危ないもんやと思ってへんかった……。

 撫子にとって、初めて見る他者の内在闘争だ。それに加えて、撫子は内在闘争を殆どしていない。彼女の内側の虚は多少は協力的であるため、ここまで暴走したような状態になるとは思っていなかった。


「虚閃や! 羅武っ‼︎」

 リサの鋭い声に思考が引き戻される。虚化した一護がラブに向けて虚閃を撃とうとしていた。

「わかってら‼︎」

「虚化すんのラブっち⁉︎」

「あたり前だろ! いくらラヴでも虚化ナシであの霊圧は防げないよ!」

 ラブが虚化しようとしたその時、虚化した一護の左肩に異変が現れる。内側から力でも掛かっているのか、罅割れだした。

「!」

「何や……⁉︎」

 罅割れは止まらず、虚化した一護の体を凄まじいスピードで覆っていく。

「ハッチ‼︎ 結界からラブ出したりィ‼︎」

 ひよ里の声にハッチは結界からラブを脱出させる。

 いよいよ全身が罅割れた一護が絶叫をあげ、力が結界内部で弾ける。


 結界内の砂埃が晴れ、中心に居る一護の姿が見えた。その姿は未だ虚のままだ。

「まさか……」

 ——一護が内在闘争に負けた?

 最悪の結末が撫子の頭を過ぎる。しかし虚化した一護は微動だにしない。

 次の瞬間、一護の形を残した虚が剥がれ落ち、仮面を着けた一護が現れる。剥がれ落ちた虚の外殻はあちこちに罅が入り、やがて灰のように散り散りになった。

「……だ、脱皮?」


 平子がハッチに声を掛け、結界を解除させる。

 ゆっくりと平子が一護に近付く。あと二メートルというところで、糸が切れた人形のように一護が倒れ、平子は足を止める。

 倒れた衝撃で仮面が一護の顔面から外れる。仮面は骨のような音を立てて一護の頭部近くに転がった。

「一護!」

「なこっち……。ベリたん大丈夫かな……ハッちん……」

「しィっ……」


一護の様子を静観していた平子が声を掛ける。

「——気分はどうや……一護」

 うつ伏せの状態だった一護はゆっくりと顔を横に向けて応えた。

「——あァ……悪くねえ」

 その顔に、虚化の兆しはない。

「……そうかい」

 平子は笑んで、娘を呼ぶ。

 撫子はすぐに一護の横に跪き、回道を発動させた。

「……無事でよかったわ。一護になんか有ったらアタシ織姫ちゃんやチャドくん、石田に顔向けできひんもん」

 一護はそれに笑って、自身の斬魄刀を掴んだ。

「……悪りィな……させねーよ」

 一護が斬魄刀に向けて小さく呟いた言葉に、撫子は何も聞かず、何も言わないことにした。



次にあたるお話:ヴァイザード便覧!!

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