届かない手

届かない手


前にあたるお話:ザエルアポロ戦 十二番隊長参戦



「お……おい……大丈夫なのか……? 斬魄刀折れたぞ……」

「フン。折れたんじゃない折ったんだヨ。柄さえあればまた創れる、逆らった奴には一度折るくらいが丁度良い仕置きだヨ」

 ——それでええんかなぁ。蝕鈴、アタシは大事にするからな……!

 逆らったら一度折る例の他に、斬魄刀よりも素手で戦った方が強い例も知っている撫子は、自分の斬魄刀は大切に扱おうと心に決めた。

 涅は何かを探して瓦礫をどけようとするが、

「……」

 どけられない。

「ネム! 此方へ来いネム‼︎」

 しかしネムはザエルアポロのせいで乾涸びている。とても動ける状態では無かった。

「ちっ……全く……手間のかかる奴だヨ……」


「うっ♡」


「え」

 艶めかしい声が聞こえて、撫子はそちらを見る。

 ——なんか描写できないことしとるー⁉︎ 石田も阿散井君もガン見しとるし⁉︎ 分かるけど‼︎ せめて目を逸らしィ‼︎

「あッ、ぅぐっ♡ うッ、あはっ♡」

「ひゃあ……あわわ」

 思わず撫子は自分の目を手で隠す。隙間からがっつり見えているが、慌ててそれどころではなかった。


「あう……うあああああーーっ♡♡」

 そして。

「「「なおったーー‼︎」」」

 涅ネムはやけにツヤツヤな状態で蘇った。

「な……なんでだ⁉︎ 今の動きのどこで治した⁉︎」

「何だネ……この程度の事も見てわからんのかネ……屑が」

「わかるわけないだろ‼︎ 今映せないことしてただけじゃないか‼︎」

「フン……マァ良い。凡人に私の技術を解説してやるだけ無駄な事だヨ。ネム、ここを掘り返せ」

「はい、マユリ様」

「……」

「あんまり興奮すんな石田……毒は消えてもまだ内臓潰れてんだぞ俺達……」

 復活したネムが片手で瓦礫を掘る。すると瓦礫の下から破面が出現した。ペッシェとドンドチャッカだ。

「ジャジャーーーン‼︎ グレート・デザート・ブラザーズ三分の二復活‼︎ そういやコイツらいつの間にか居なかったなあとお嘆きの諸君の為に今ここに華麗に蘇っフォワーーーー‼︎」

 ネムが瓦礫を掘り出す要領で破面二人に攻撃を仕掛ける。

「待て待て待ておちつけっ‼︎ 初対面だからわからんかも知れんが我々は味方だ! みーかーたっ‼︎」

「邪魔だネ……ついでに一緒に掘り返してしまえ」

「はい」

「まってーーー‼︎ わ……わかった! よーくわかった‼︎ 途中から来たお前達は我々が何者か知らんのも無理は無い! よし! 説明しよう‼︎」

「知っているヨ……“死に損ない”だろ?」

「ひどい‼︎ そうだけどそうじゃないよ⁉︎ ひい‼︎ ギャーーー‼︎」

 ネムが再度瓦礫の掘り出し、一際大きな瓦礫を放り投げる。

「……フン」

「何だこの扉……⁉︎ あの崩落の中で……どうしてここだけこんなに無傷で残ってるんだ……⁉︎」

「フン、決まっているヨそんな事。科学者が自らの研究室を作るとき、他の何処よりも堅牢に作る場所……それは高価な実験機器の部屋でも無ければ、夜通し書いた論文の書庫でも無い。我々が最も壊されたくないのは世界の縁まで這い回って蒐めた研究材料の保管庫だヨ」

 重厚な扉が涅の手によって開かれる。

「……‼︎ これは……‼︎」

「……ホォラ」




**




「…………………………はぁ」

 ——石田っておっぱいデカい方が好きなんやろか。


 足の腱を壊されたものの、何とか上半身は起こせた撫子。

 処置の初期段階を終え、黒いコードのような物を上半身に直接巻き付けられた石田を見ている。


 戦闘が終わったため、撫子は他の割とどうでもいいことに思考を割いていた。


 ——あのネムって人とか、織姫ちゃんとかよりは小さいもんなアタシ……それなりにある方やとは思うけど……どうなんやろ……。好みの範囲か……? いやアタシ何考えてんねん……!

 ——というか石田、なんやぐるぐる巻きにされとるけど上は裸やん……! うわ、思ってた以上にガッシリしとる……! ひょあ……目に毒や……!

 一人百面相している撫子に気付いたのか、石田が声をかけた。

「? どうしたんだ平子さん」

「……な、なんでもなーい」

「?」

 戦いを終えた周囲は、少しだけ穏やかな空気が流れている。少しくらい、喋っていても平気だろう。

「……なァ、石田はさ——」

「撫子様」

 好きなコとか居てる? そう続けようとした言葉は第三者にかき消される。


 十刃の一人。第三十刃、ティア・ハリベル。

 その手が、撫子の肩に置かれた。

「——藍染様がお呼びだ」


「っ平子さんッ‼︎」

 処置がひと段落したとはいえ未だ満身創痍のまま、石田は撫子へと手をのばす。

「石田……!」

 撫子も逃れようと石田の方へと手を延ばした。

 しかし、石田の手はあと少しのところで届かず、撫子はそのまま破面と共に消えた。

「平子さん‼︎ ……くそっ……!」

 届かなかった手は拳となって瓦礫の大地に叩きつけられた。




**




「おかえり、撫子」

 連れてこられたのは藍染惣右介の目前。足の腱が破壊されたままの撫子はその場に座り込んでしまう。

「散歩は楽しかったかな」

「……お陰様でなァ。刺されたりニセモン作られたりいろいろ潰されたり選り取り見取りやったわ」

 藍染は僅かに顔を顰めた。

「ザエルアポロの宮に行ったのか。あれ程言ったというのに。父親を心配させるものではないよ」

「単なる偶然や。それにあの変態はもう居らん。父親ヅラしなや」

「御転婆も程々にすることだ」

「ハァ、どーも」

 撫子は藍染を睨みつけていると、背後に二人分の霊圧を感じ取った。

「おかえり、織姫」

 振り返ると織姫を連れ戻したのだろう十刃と、織姫当人が居た。

「織姫ちゃん!」

「撫子ちゃん……」

「どうした。随分と辛そうな顔をしているね」

 藍染は織姫に近付こうとし——

「……織姫ちゃんに何する気や」

 己の娘に阻まれた。

 撫子は腰の斬魄刀を抜き、牽制するために藍染と織姫の間に刀を割り込ませていた。しかし藍染は刀を気にせず、そのまま織姫へ言葉をかける。

「……笑いなさい。太陽が陰ると皆が悲しむだろう。君は笑って、少しの間ここで待っているだけで良い」

「……その太陽陰らしとる張本人がよく言うわ」

 撫子の悪態には反応せず、藍染が踵を返し階段を登る。

 撫子の傷を診ようと撫子の隣へしゃがみ、双天帰盾を発動させる織姫。

「ただ我々が空座町を滅して来るまで」

 藍染の言葉に織姫は顔をあげ、藍染に視線を遣る。

「空座町を……滅す……?」

「そうだ。空座町を滅して王鍵を創生する。要、天挺空羅を」

「はい。……縛道の七十七、『天挺空羅』」

「——聞こえるかい? 侵入者諸君。ここまで十刃を陥落させた君達に敬意を表し、先んじて伝えよう。これより我々は現世へと侵攻を開始する」

「なっ……織姫ちゃんの力で崩玉を覚醒させるまで侵攻は……!」

 撫子は座ったまま織姫を見る。その表情には驚愕が浮かんで見えた。

 ——織姫ちゃんも何も知らへんみたいやな……。

「井上織姫は平子撫子と共に第五の塔へ置いておく。助けたければ奪い返しに来るがいい。彼女は最早用済みだ」

 用済み、の言葉に撫子の表情が険しくなる。

「は……? 用済みやと……?」

「彼女の能力は素晴らしい。“事象の拒絶”は人間に許された能力の領域を遥かに凌駕する力だ。尸魂界上層部はその能力の重要性を理解していた。だからこそ彼女の拉致は尸魂界に危機感を抱かせ、現世ではなく尸魂界の守りを堅めさせる手段たり得た。そして彼女の存在は尸魂界の新規戦力となるであろう“死神代行”含む“旅禍”を虚圏へとおびき寄せる“餌”となり」

 ——アタシを使って仮面の軍勢引き摺り出そうとしとったのと同じか!

「更にはそれに加勢した四人もの隊長をこの虚圏に幽閉する事にも成功した」

「どう言うことや藍染……! “餌”やと……? ……ふざけんな! それだけの、たったそれだけの為に織姫ちゃんを攫ったって言うんか……‼︎ 藍染!」

 撫子は声を荒げる。両足が無事だったなら、藍染に攻撃を仕掛けていた。

 藍染は一歩黒腔に踏み出す。

「護廷十三隊の素晴らしきは十三人の隊長全てが、主戦力たり得る力を有しているという事だ。だが今はその中から三人が離反し、四人が幽閉。尸魂界の戦力は文字通り半減したと言って良い。——容易い。我々は空座町を滅し去り、王鍵を創生し、尸魂界を攻め落とす。君達は全てが終わった後でゆっくりとお相手しよう」

 藍染の背を見遣る撫子。鬼道を仕掛けようとも考えたが、藍染には効かないだろうことを考えてやめる。

 藍染が東仙と市丸を伴い現世へと移動し、黒腔は閉じられた。


「……織姫ちゃん、ありがとね。足も喉も治ったみたいや。織姫ちゃんは怪我しとらん?」

「うん、あたしは大丈——」

 バキン、と音を立てて藍染が座っていた椅子の向こうから、破面が出現した。

「な——アイツは——!」


 無表情を貼り付けた破面、ウルキオラがそこに立っていた。




次にあたるお話:激突の先触れ

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