ザエルアポロ戦 十二番隊長参戦
「……ど……どうしてお前が……こんな所に……⁉︎」
——アタシの義骸解析したがってた人やな……。
「何だ、知り合いか滅却師」
「知り合い? ハテ、知らんヨそんな下等種は」
「何だと……!」
涅と石田のやり取りを見て、ザエルアポロが会話に割り込む。
「まあまあ、仲間割れは止してくれ見苦しい。さあ、改めて訊こうか。君は一体誰——……いや、やはり訊くのは止そう。所詮君も僕に消されるだけの存在。名など訊くだけ無駄な事だ」
「そうかネ。だが私の方は君の名を聞かせて貰わないと困るんだがネ」
「……何故?」
「何故? 馬鹿かネ君は? そんなもの決まっているじゃないか。君を瓶詰めにした時に瓶に名前を書く為だヨ」
「……ハッ」
**
ザエルアポロの手にあるのは涅マユリを模した人形だ。
「残念だよ、とても。隊長格といえど所詮この程度……僕の能力の前には手も足も出ない」
ザエルアポロがミニチュアの臓器を潰せば、涅マユリの臓器も潰れる。
隊長格といえど、阿散井と石田と撫子三人がかりでも勝てなかった相手だ。
苦戦を強いられている様に、見えていた。
「マ……マユリ様……っ」
「クハハハハハハハハッ‼︎ 無様だな隊長格‼︎ その毒々しい外見はまさしく見掛け倒しという訳だ‼︎」
「ぐうう……おのれ……! なんてネ」
先程まで苦しんでいたのは何だったのか、ベロンと舌を出しておどける。
「フウゥ〜〜〜……ヤレヤレ……と」
何事も無かったかのように涅マユリは立っていた。
「何だと……お前……何故まだ立てるんだ……⁉︎」
「……何が?」
「ちっ」
ザエルアポロは幾つかのミニチュア臓器をいっぺんに潰すと、涅マユリが吐血する。しかし。
「……止め給えヨ。もうその芸には飽きたんだ」
何も堪えていない。
「……く……!」
「起きろネム」
「……はい」
おそらく涅と同様に効いていないであろうネムが体を起こした。
「くそッ‼︎」
悪態を吐きながらザエルアポロは涅人形とそのミニチュアの内臓を踏み砕く。
「何故だ‼︎ 内臓も腱も全部潰した‼︎ なのに何故お前は死なない‼︎ 一体何の能力だ‼︎」
「五月蝿い奴だネ。何の能力でも無いヨ。ただ君の能力はもう見飽きたと言っているだけだ」
「何……だと……?」
「私はとても用心深い性格でネ……一度戦った相手には必ず、戦いの最中にある仕掛けを施しておくんだヨ。そこの滅却師」
「!」
突然の指名に、撫子は石田の方を見る。
「石田?」
「奴の体内に私は無数の監視用の菌を感染させている」
「な……っ⁉︎」
「え⁉︎」
「君らの戦いはその菌を通して全て観察させて貰ったヨ」
——これアタシが藍染の娘やってこともバレとるんやろな……。
「だから虚圏へ来る直前に、全ての腱と臓器にダミーを一つずつ揃えてから来た」
「‼︎ バカな……僕がこの能力を見せてからまだ一時間も経ってないぞ……そんな短時間でそんな真似……できる訳が無い……!」
「それができるから此処に居る訳だが」
そう答えた涅に石田が待ったをかける。
「ま……待て‼︎」
「何だネ……五月蠅いヨ」
「うるさい⁉︎ まだ一言しか喋ってないだろ! 菌て何だ‼︎ いつの間にそんなものつけた⁉︎ あの戦いの最中にか⁉︎ 僕は何も聞いてないぞ‼︎ 観察って一体どの程度見えてるんだ⁉︎ 普段の生活も観察してるんじゃないだろうな⁉︎ 人権侵害だ! 今すぐ外せっ‼︎ 大体お前は……ってさっきから何だその顔⁉︎ 人の話聞いてるのか⁉︎」
「……黙れ外道」
「先に言われたーー‼︎ 外道はお前だろ‼︎ お前が……うっ、げほっごほっ」
「やめろ石田‼︎ もう喋るな‼︎」
「内臓潰されとるの忘れたんか⁉︎」
ザエルアポロから意識が一瞬逸れた。その隙に、ザエルアポロの触手がネムを捕える。
「ハッ! 油断だな隊長格‼︎ 部下の足元に気配りが足りないぞ‼︎」
捕えられているネムはあくまで平静だ。
「……貴方は勘違いをしておいでの様です。私を捕えても人質にはなりません」
「黙れ‼︎ 僕はお前に喋ってるんじゃない‼︎」
「……全くどいつもこいつも……」
涅がゆっくりと斬魄刀を抜き放つ。そして。
「ピイピイと五月蝿い事だヨ。卍解——金色疋殺地蔵」
黄色い赤子の様な巨体が出現する。
「……な……何なんだこいつは……⁉︎ 一体どこから……‼︎」
突如現れた金色疋殺地蔵に動揺しているザエルアポロを尻目に、金色疋殺地蔵が口から霧を発生させる。
「これは……‼︎ このガスは病原菌か……‼︎ くそっ‼︎ こんなもの……すぐに解毒して……時間さえあればすぐに……くそっ……」
繰り返し悪態を吐くザエルアポロが見上げた時には既に手遅れだった。
「くそオオオォォォオオオ‼︎」
ザエルアポロの叫びは、金色疋殺地蔵に呑まれて消えた。
**
「ん〜〜〜聞こえる……聞こえるヨ……まだ続いている様だネェ……野蛮人共の戦いは……」
金色疋殺地蔵が顔を上げると、その口内にザエルアポロがあった。口から見えている触腕と片腕も、すぐに金色疋殺地蔵の口内へと消え、そのまま喰べられた。
「……喰われた……」
「! 阿散井! 君も毒にやられてるぞ‼︎」
「なに……うぶっ⁉︎ な……なんでテメエらは平気なんだ……⁉︎」
阿散井は吐血しながらも石田と撫子に訊く。
「アタシは多分霊圧で抑えられとるんやと思うけど……」
「僕は一度あの霧にやられてる! 恐らく抗体ができてるんだ! そんな事より早く解毒剤を! おい! 涅マユリ‼︎」
それぞれの理由で毒が効いていない二人。しかし。
「がはっ‼︎」
「ぅげほっ‼︎」
「石田ぁーー‼︎ 撫子ぉーー‼︎」
残念ながらそれは間違いだった。
「何を呑気な事を言っているんだネ。毒の配合など一回ごとに変えるのが常識だヨ。それから義骸の霊圧なら抑えこみできないようにしてある」
「こ……この野郎……!」
「れ、霊圧で全部なんとかなる訳やないもんね……」
「『抗体ができている』? それをさせないのが腕という奴だヨ」
「いいから早く解毒剤を渡せ‼︎」
「あの……マユリ様……申し訳ありません……これを解くのに……お手をお貸し頂けませんか……マユリ様……」
涅の後方、触手に捕まりぶら下がったままのネムが声をあげた。
それに気付いた石田が涅に言う。
「……おい! 聞こえてるんだろ? 助けてあげたらどうだ!」
「……五月蝿い奴だネ。ホレ、解毒剤だヨ」
「わあっ! 投げるな‼︎ ていうかそうじゃなくて‼︎ 僕らじゃなくて彼女を——」
「ぐうッ」
突如としてネムが苦しみ出す。
「ぅあ"……あ……ぁあ"……っ」
「何だ……様子が変だぞ……! おい! 涅マユリ! 早くあの触手を解いてやれ‼︎」
涅は動かず、ネムの様子を観察している。ネムの腹部が突然大きく膨れ、苦悶の声をあげる。
ネムを捕まえていた触手からさらに細い触手が伸びている。そしてその細い触手に口が現れた。
「僕を殺したと思ったか?」
「この声……」
「ザエルアポロ……!」
「教えよう、この『邪淫妃』の最も重要な最も誇るべき能力の名は“受胎告知”。敵に僕自身を孕ませる能力だ」
撫子は身震いする。ザエルアポロとは、ここまで悍ましい破面だったのかと。
「臍から体内に侵入し内臓に“卵”を産みつける。産みつけた“卵”は母体の全てを奪って急速に成長し、やがて母体を死に至らしめ、生誕の時を迎える」
ネムの口からずるりとザエルアポロが現れる。
「……ひっ……」
「君には使えないから怯えなくてもいいよオヒメサマ。……さて、自己紹介からやり直そうか涅マユリ」
「……ホウ」
**
「理解できているか? 涅マユリ」
ザエルアポロが「不死と完全」「完璧な生命」について涅へと講釈を垂れている。
一方撫子は、無事な腕で阿散井と石田の近くまで這っていく。自分以上にボロボロな二人に回道をかけるために。
「二人とも……無事? ザエルアポロはアタシ達に興味なくしたみたいやし、今からでも少し回復を……」
「そういうお前は平気なのかよ撫子……」
「平子さん、今は自分のことを優先して……」
「アタシよりボロッボロなのに何言うてんの、げほっ、アタシは両足と声帯だけやし、声帯の方はギリギリなんとかなっとる。重症の阿散井君と石田を優先するのは当然やろ……」
未だ掠れる声で応え、回道をかけようと手を延ばそうとして——
突然、金色疋殺地蔵が涅を襲わんと動き出し、押し潰す。
「なっ——⁉︎」
「奴の卍解が——⁉︎」
「涅さん!」
涅を押し潰した金色疋殺地蔵はしかし、突如としてボコボコと変形し、ついに破裂した。
「どうなってやがるんだ……?」
阿散井の言葉に応える者はいない。何が起こっているのか、この場にいる者では涅マユリ当人以外誰も分からないからだ。
「何だ……? ザエルアポロが……」
「動いてへん……涅さんがなんやしたんかな……」
動きを止めたザエルアポロ。彼に何が起こっているのか、倒れ伏した三人には理解が及ばない。
非常にしぶとく厄介な十刃だったザエルアポロとの戦いは、途中介入した涅マユリの手によって、あまりにもあっけなく、静かに決したのだった。