射程距離
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空座町・郊外の洋館
「くそ……っ! さすがに強えな……!」
『……外に逃げたか。面倒なことを……』
逃げる銀城を追って、カワキも突入時に叩き割った窓から外に飛び出した。
夜風が艶やかな黒髪を撫でて、舌打ちの音をかき消す。
『全く、手間ばかりかけさせてくれるね、銀城空吾。大人しくしていれば、お互い、楽に済んだものを……』
当然、カワキが考える“楽に”とは、自分の手間が少なく、そして、銀城にとっては痛みが少ない終わりのことである。
銀城がそんなものを受け入れる筈は無いのだが。
洋館の外では一護が月島秀九郎と戦っていた。そして、彼に操られた仲間達とも。
カワキは、銀城に洋館の外で戦う者達と合流されては困るのだ。
一、敵戦力の増強。
二、銀城を仲間だと思い込んでいる一護が吐くであろう戯言。
三、護衛対象である一護自身にカワキの仕事を邪魔されること。
カワキがすぐに思いつくだけでも、困る理由はいくつもあったし、なんと、二と三には前科もある。
(また邪魔をされては面倒だ)
億劫な気持ちになったカワキは、すぐに銀城を始末したいと考えて、夜空を蹴ると銀城の背後へと素早く迫った。
「ちっ、もう追いついて来やがったか!」
瞬く星のように、ライムグリーンの光を空に散らしながら、銀城は必死で逃げる。
予想以上のカワキのスピードに、銀城の背中を冷や汗が流れた。
銀城を見るカワキの目には、冷淡な殺意だけが浮かんでいる。
どんどんと縮まっていく距離に、銀城は自分の顔が引き攣ったのがわかった。
(ダメだ……! 追いつかれる!)
銀城がそう覚悟を決めた時、悲鳴を押し殺したような叫びが、距離を狭める二人の間に割って入った。
「やめろ、カワキ! 銀城、今助け……」
『! 一護!』
カワキが焦りに目を見開く。
一護がカワキを止め、銀城を助けようとしたことに、ではない。カワキが焦ったのは、一護の背後に月光を反射した月島の刀が見えたからだ。
斬られかけている一護は、自分の身よりも銀城を気にして迫る刃に気付かない。
カワキは考える。
月島の能力は精神干渉の類のはずだ。
(——だけどもし、あの刀が見た目通りに殺傷能力も持ち合わせていたら?)
戦闘に必要となる技能の数多くを修めたカワキでも、治療できる傷には限度というものがあるのだ。
普段なら、カワキでは治しきれない重傷は井上がいる。生きてさえいればなんとかなった。だが、井上が敵の手に落ちた今は違う。
最悪の想像がカワキの頭をよぎり、焦りが首をもたげた。
一護の危機はカワキの危機なのだ。他人の命に振り回されることの、なんと不自由なことか。
ギリ、と奥歯を噛んだカワキが、月島を撃つより早く——動いたのは銀城だった。
「…………くそっ……」
身を呈して一護を庇った銀城の肩から胸にかけて、深々と刀が突き刺さる。
それは奇しくも、井上が斬られたあの時と同じ光景だった。
カワキはこれを見るのは二度目になる。
(仲間を斬ってどうするつもりだ?)
カワキの予想では銀城空吾と月島秀九郎は裏で繋がっている。斬る意味など無い筈だ。
今更になって、銀城の記憶や精神に手を加えたところで何が変わると言うのか。
だが、月島は重傷を負いながらカワキの刃から逃がれて井上を斬り、銀城は現在に至るまでカワキに尻尾を掴ませなかった。
両者とも油断ならない敵だ。ここで意味が無い行為をするとは思えない。
ならば、あれは斬ったフリか、それとも斬ることで現状を打破できるような何かがあるのか——
どちらにしろ、起こったことへの結論は出ている。
(してやられた。失敗は取り返さないと。大丈夫、あそこはまだ——……)
銃口が青白く光った。
『私の射程だ』
「がぁ……ッ!」
「銀城!!」