「危うしMTR部!(中編)」
Index: 「危うしMTR部!~万魔殿狂騒曲~」
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~交渉・1~
「……なるほど。お話はよく分かりました」
「!?」
「マコト議長が懸念されていることはごもっともです。ですが……それは誤解なのです」
「見苦しいぞ! この期に及んでまだシラを切り通すつもりか?」
「何と申されましても、私共は自らの身の潔白を訴える他ありません。
私達MTR部に、ゲヘナや他の自治区に敵対しようという意思など無いのですから」
「ですが……それでもマコト議長が我々の存在を認めないと仰るのであれば、私共はそれに粛々と従わざるを得ません。
……心苦しいですが、仕方のないことです」
「ほう? 罪を認め、ゲヘナからの退去を受け入れるというのか?」
「……はい。それがマコト議長のご意向であれば」
「ただ……私共の同胞がゲヘナを離れる前に、少しだけ私から、今後のゲヘナの在り方について、懸念を述べさせて頂ければと思います」
「何だと?」
「……小耳に挟んだ話では、近年のゲヘナでは生徒の政治への無関心と投票率の減少が深刻化しているとか。
直近の信任投票の投票率は……確か3.8%でしたか?」
「キキッ、それがどうした? 無関心であるということは即ち、今の政治にさしたる不満が無いということだろう?
それこそ我ら万魔殿の統治が優れているという何よりの証拠ではないか!
そもそも、政治に無関心であることは有権者に与えられた権利だ! それを代行するために万魔殿があり、このマコト様がいるのだからな!」
「……はい。ゲヘナの政策や政治体制に関して、私共の方からこれといって意見するつもりはありません。
ゲヘナの中で最も信任を集めた者が議長となり、学園全体の意思決定を行う。実に民主的なシステムです」
「ですが……マコト議長。このゲヘナにおいて我々MTR部の思想に共鳴する者達は、おそらく議長がご想像されているほど少数派ではありません」
「何だと?」
「MTR部ゲヘナ支部は大所帯です。所属している部員数だけなら、各学園にあるMTR部の支部の中でも最大でしょう。
そして我々に共鳴する者は、何も正式な部員だけとは限りません。
表立って部に所属してはいなくとも、我々の思想や境遇に強く共感する生徒達もまた、このゲヘナには数多く存在しているのです」
「マコト議長は先程、我々MTR部全員をゲヘナからの退学処分にすると仰いましたが……
そうした我々の思想に賛同する者達が、果たしてゲヘナの全校生徒の『何割』を占めているのか、マコト議長は正確に把握しておられますでしょうか?」
~交渉・2~
「き、貴様……このマコト様を脅迫するつもりか!?」
「まさか。我々はマコト議長の政権を支持しております。今までも、そしてこれからも。我々がゲヘナと共に在り続ける限り。
そのマコト議長が我々を不要であると判断されるのは心苦しいですが……それがマコト様の決定であるのならば、我々はそれを受け入れましょう。
ですが、我々がゲヘナを去ったあと、残された者達がどのような行動を起こすのかだけは気がかりです。
……どのみち、ゲヘナを去る我々にはどうしようもないことですが」
「ッ……貴様! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?
これまで貴様らのような胡乱な集団が、曲がりなりにもゲヘナや他の学校から活動を黙認されてきたのは、貴様らが各自治区の政治活動に不干渉の姿勢を貫いてきたからだ!
それをゲヘナの内政に干渉したなどという噂が立ってみろ! 貴様らのような獅子身中の虫の存在など、あらゆる自治区や勢力が認めはしない!
トリニティやミレニアム……否、キヴォトスの全ての学園が貴様らの敵に回るだろう!
このキヴォトスに貴様らの安住の地など、どこにもなくなるぞ!」
「……あるいは、そうかもしれませんね。
ですが……たとえキヴォトスの全てに否定されようとも、私達は私達の在り方を貫くでしょう。
私達の教義は、死から目を逸らさないこと。
それは即ち……いつでも『その時』の覚悟はできているということです」
「な……!?」
「もしもキヴォトスが我々を受け入れないというのなら、我々もまた、我々であり続けるための決断をしなければなりません。
この世界にとって……我々自身の存在を、決して忘れえぬものとするために。
……たとえ、その果てにキヴォトス全土を巻き込んだ戦乱が待っていたとしても」
「ッ……! 貴様、は……」
~仲裁~
「……とうとう尻尾を出したな。やはり貴様らのような奴らに温情など掛けていたのが間違いだった!
キヴォトス全土を巻き込む戦乱だと? ……上等だ! このマコト様が、ゲヘナがそんな脅しに屈すると思ったら大間違いだ!
……イロハ! 待機中の万魔殿の戦車隊に指令を出せ!
もはや体裁などどうでもいい! 今すぐこのイカれた狂信者どもをゲヘナから、いやキヴォトスから抹殺して……」
“落ち着いて、マコト”
「ッ……先生! なぜそんな連中に肩入れする!
生徒を導く立場である先生が、キヴォトスを終焉に導きかねないテロリスト共の味方をするというのか!?」
“少なくともこの場において、私の役目はただの立ち合いだよ”
“マコトの敵になるつもりも、MTR部の敵になるつもりもない”
“私はただ、二人が話し合うのを見届けに来ただけだから”
「話し合いだと!? この期に及んで、何を……!」
“それから……部長も。めっ、だよ”
「……ごめんなさい。少しばかり、捨て鉢な言い方になってしまいましたね」
~弁明・1~
“部長”
「……はい、先生」
“マコトの言っていることは正しい? 君達MTR部は、本当にこのキヴォトスを戦火に包むことを望んでいるの?”
「……全てが事実無根であるとは申しません。
ですが……先程も申しましたが、全ては誤解なのです。
思うに……マコト閣下は大きな勘違いをなさっているようです。
私達はマコト閣下が思っているように、キヴォトスを終末へ導く闘争など望んではおりません」
「白々しいと言っているだろう! ならば、貴様らが水面下で進めている準備は何だと言うのだ!」
「……そう、ですね。元はと言えば、このような誤解を招いたのも私達の秘密主義が招いた、身から出た錆でもあるのでしょう。
まずは一つずつ、誤解を解かせて頂くことから始めましょう」
~弁明・2~
「確かにMTR部はその活動上で、理想のMTRシチュを求めるべく戦闘行為を行うことがあります。
ただ……その行動は個々人の自由意思に委ねられており、それを強制する権利は部長である私にすらありません。
そもそも彼女達の活動は、各校の治安維持組織への協力や指名手配者の捕縛、傭兵業など……至って合法的なものです。
私の警護を務める者達にしても、あくまで私が個人的に雇用している秘書兼護衛役であり、それ以上の意義はありません。
……立場上、無頼の輩から襲撃を受けることも珍しくはありませんので」
「情報網……まあそういう言い方もできるでしょうか。
我々はもとより、同好の士で集まってお互いの趣味を共有するための部活ですので、多くの学園の生徒達が交流を目的として参加しています。
ですので、学校の垣根を越えての情報交換や噂話が盛んである、ということは確かでしょうね。
……もちろん各校の機密情報を知り得る者は多くはありませんし、仮に知ったとしても、そうした情報をMTR部内の活動内で他者に明かしたり聞き出したりすることは、原則として禁止されていますから」
「それから、矯正施設……ですか。
確かに、部内で問題を起こした生徒を一時的に隔離し、反省を促すための施設は存在します。
……黎明期には些か過激すぎる措置を取っていたことも事実ですが……現在はせいぜいセラピーの一環として体感型ゲームや映画の上映会などのレクリエーションを行っている程度ですよ。
その件に関して沙汰が必要であるというのであれば、部長である私がその責を負いましょう」
~弁明・3~
「そして、戦闘用のパワードスーツやオートマタですが……
現在、我々MTR部はウォッチャーやミレニアム支部を中心として、傷病者や高齢者などの要介助者が健常者と変わらない日常生活を送れるよう、機械義肢や介護用ロボットの開発および配備に注力しています。
その過程で既存のパワードスーツやロボットの改良も行っていますが、それらは必ずしも戦闘のために用いられるものではありません。
巡航ミサイルに関しては……おそらくはウォッチャーの特殊葬儀サービスの一つである『流星葬』に利用するための小型ロケットのことを仰っているのではないかと」
「旧MTR部が保管していた蔵書……アレに関しては我々も扱いには困っているというのが実状ですね。
なにせ一冊一冊が人一人の一生を克明に記録したものですので、確かに軽々しく目を通せるような代物ではありません。
実際に、感受性の強い人間であれば読んだだけで気分が悪くなってしまう、という前例も少なからずありましたので。
ただ……歴史的、文化的な観点からおいそれと破棄するわけにもいかないため、旧アビドス支部から回収し、現在もMTR部内で管理しております。
ああ、ちなみに蔵書が科学的観点から危険なものでないことは、ミレニアムのセミナーの方々にも調査・確認の上で承認を頂いておりますので、詳細に関してはかの方々にお問い合わせ頂ければと」
「それにしても、超自然の兵隊……ですか。どこでそのような噂が立ったのかは分かりませんが、少々現実味に欠けるお話ですね。
……ああ。現在あの写本を補完している地下図書館は、紙媒体を長期保存する関係上、照明が薄暗い上に空調も低温に保っているため、時たま『幽霊が出る』だなどという噂が流れることもありましたので……もしかしたら、それが独り歩きしたものかもしれませんね」
「最後に、アリウス自治区の旧メメント・モリ支部から発見されたAL-0S……いえ、戸守アロスについて。
彼女に関しては、一時期ゲヘナに短期留学し、風紀委員会へと出向していたことがありましたね。
……空崎ヒナ委員長にお伺いいたしますが、あなたの目から見て彼女は、本当に危険な最終兵器のように見えましたか?」
「……そうね。不安定で危なっかしい、という意味では危険とも言えるわ。
最初は先生から言われて警戒していたけど、でも……
確かに少し我慢弱いところはあるけど、最終兵器なんてとんでもない。
多少の問題行動はあるにせよ、感情豊かで思いやりのある……良い子に見えたわ」
「それに、戦闘力と言う面で見ても、キヴォトスを焼き尽くすと言うには、少しばかり足りないわね。
彼女に与えられた武装や能力は、おそらく純粋な戦闘用のものではない。
一般の不良生徒や暴走オートマタ程度ならともかく、三大校の主力部隊クラスを相手取るには明らかに力不足よ。
むしろ、ミレニアムの彼女……天童アリスの方が、潜在的な危険度としてはよほど高いでしょうね。
……少なくとも、直接戦うことになったとしたら、私にとっては脅威ではないと断言できるわ」
~責任の在り処・1~
「ハン! 黙って聞いていれば、なにもかも詭弁ではないか!
仮に貴様の言葉が全て真実だったとしても、それらが貴様の一存でたちどころにキヴォトスを脅かす戦力に早変わりすることに変わりはない!
貴様らがそれを戦乱に用いないと言う保証がどこにある!?」
「……確かにマコト様の懸念はごもっともです。
それでも、重ねて申し上げるほかありません。私達はこのキヴォトスの敵ではないと」
「口だけなら何とでも言える! だが、誰がそれを証明できる?」
「……残念ながら、提示できる証拠はありません。
やらないことを証明しろと言われても、それは悪魔の証明に他なりませんから」
「キキッ、何一つとして根拠も出せないくせに、ただ信じろと? 虫のいい話もあったものだな!
……ならばせめて、この場で貴様が信頼に足るだけの人間なのだと証明してみせろ!」
「と、いうと?」
「貴様の秘密を明かして貰うぞ! ゲヘナ万魔殿議長・羽沼マコトの名において問おう、MTR部の部長よ。
……貴様は一体、何者だ?」
「……………………」
「信じて欲しいと言うなら、今この場で貴様の正体を明かしてみせろ! まずはそれが礼儀というものだろう?
名前を、素顔を、所属を、学年を、種族を、出自を、過去を! 貴様がこれまで私達に、キヴォトスに隠してきたことの全てを!
そもそも貴様は本当にキヴォトスの学生なのか? いや……本当に人間なのか?
秘密ばかり着飾って、どこの誰とも知れぬ人間の言うことなど、誰が信用できるものか!」
「……なるほど。マコト様のお言葉は道理です。
ですが……それは少しばかり、難しいですね」
「キキッ、見たことか! 結局のところ、やましいことがあるから正体を明かせないのだろう?
それこそがMTR部が危険な組織であるという、何よりの証ではないか!」
~責任の在り処・2~
「……いえ。極論、この場で『私』の本名や通っている学校を明かすこと自体は問題ありません。
ですが……私が何者であるかを明らかにしたところで、それは『MTR部部長』の正体とイコールで結ばれることはありません。
なぜなら、MTR部の中において『部長』と呼ばれている者は……私一人ではありませんから」
「……はあ!!?」
「ど、どういうことだ!」
「言葉通りの意味です。MTR部の部内に『部長』と呼ばれている人間は複数人存在します。
そもそも……『MTR部の部長』とは何者かについて語るのは、難しい問題です。
『MTR部の部長の正体は秘匿しなければならない』……それがMTR部連合の中でも絶対視される掟の一つであり、それは部長を名乗る私自身とて例外ではありません。
『私』という個人の正体が明らかになった時点で……私は『部長』の資格を失いますから」
「ですから、MTR部の部長として私の正体を暴くことも、私を拘束することすら無意味です。
仮に私がこの場から戻らなかったとしても……MTR部の中からまた別の『部長』が現れ、その任を全うするだけでしょう。
突き詰めれば、MTR部の『部長』という存在は……『MTR部連合』という集団を統制するための、ただの記号に過ぎませんから」
「……ふざけるのもいい加減にしろよ! さんざん貴様らの戯言に付き合ってきたが、今度ばかりは堪忍袋の緒も切れた!
MTR部のトップがただの記号だと!? 貴様らのような寄り合い所帯の責任者すらそんな勝手な理屈でコロコロ入れ替わるなら、それはもはや『組織』とすら呼べはしない!
そんな子供じみた屁理屈が通用すると思うなよ! あのレッドウィンターのチビですら、組織のトップとしての最低限の分別があったぞ!
無駄に膨れ上がった狂信者集団の、そのトップの正体すら不明瞭……責任の所在すら明確ではないという!
ならば万が一貴様らが暴走した時、誰がその行動に責任を持つというのだ!」
「……………………」
~責任の在り処・3~
“……その時は、私が責任を持つよ”
「なッ……先生!?」
“私がこの子たちの傍にいる限り、MTR部の皆には危険なことはさせない”
“もしも誰かを巻き込むような危ないことをしそうになったら、その時は私が責任を持って止めるよ”
“私は、この子たちの『顧問』でもあるからね”
「……MTR部連合の活動には、シャーレの先生が全責任を負う、と言うの?
先生、それが何を意味するのか分かっているのかしら」
“……”
「連邦捜査部『シャーレ』の名のもとにMTR部の存在を認めるということは、大きな問題よ。
これまで中立を保っていたシャーレが、特定の勢力に……しかも、ほとんどの学園から存在を疎まれているMTR部に肩入れすると取られかねない姿勢を見せたのなら、シャーレの立場も大きく変わるわ。
シャーレや、その上部組織である連邦生徒会そのものに反発する勢力も出てくるでしょう。
ゲヘナや他の自治区……連邦生徒会との関係だって、今まで通りにはいかなくなるわ」
“私の在り方は、いつだって変わらないよ”
“シャーレは連邦捜査部であり、あらゆる学園や組織の垣根を超えた『部活動』だからね”
“だから、私がMTR部の子達を手伝うように、これからはMTR部のみんなにも『シャーレ』の活動を手伝ってもらう。ただそれだけだよ”
“他の学園のみんなと同じように……MTR部の子達だって、私の大切な生徒だから”
“……確かにMTR部は危なっかしいし、全ての人に受け入れられるわけじゃないことも分かってる”
“だけど、それでも今のキヴォトスには必要な存在だと思うんだ”
“だから……道を踏み外さないよう、誰かが傍で見守っていなきゃいけない”
“きっとそれが、彼女達と向き合うって決めた、私の責任だから”
「……そうね。先生がそこまで言うなら、私ももう一度だけ、彼女達を信じることにするわ」
「な、何を言っているヒナ!?」
「確かにMTR部の全てを手放しで認められるわけじゃない。
でも……私だって好き好んで彼女達と敵対したいわけじゃない。これでもそれなりに恩義も感じているしね。
私達はまだ、彼女達のことを何も知らない。今のまま結論を出すのは、あまりにも早計よ。
きっと私達には……お互いに歩み寄るだけの時間が必要なのだろうから」
~マコトから見たMTR・1~
「くそっ! おかしいぞ貴様ら! どうかしている! どいつもこいつも何故そんな連中の肩を持つのだ!」
「……もういいでしょう。ここらへんが潮時ですよ、マコト先輩。
どのみち先生に味方について貰えなかった以上、表面上は何も問題を起こしていないMTR部の子達を強引に退学処分にするわけにもいきませんし、ここは一旦大人しく……」
「黙れイロハッ!!!」
「!?」
「何がMTR部だ……何が看取られだ! ふざけるな、ふざけるなよ!」
「そもそも貴様らは履き違えているぞ。貴様らが少数派であるのは時代のせいか? 生まれのせいか? やむを得ぬ事情があったからか?
違うだろう! 他の誰でもない貴様ら自身が、自らの意思で多数派から外れた道を選んだからだ!
その結果として周りから白い目で見られようが、石を投げられようが、そんなものは貴様らの自己責任だろう!」
「どれほど綺麗事を掲げたところでこのマコト様の目は欺けんぞ!
貴様らがどれだけ弱者を装い、虐げられる者達の味方を気取ろうとも、それは貴様らがイカレたカルト集団であることの免罪符にはならない!
ただ集まっておかしな性癖を語るだけの部活なら、諜報活動や武器弾薬など不要なもののはずだろう?
本気で慈善活動がやりたいのなら、MTRなどという頭のおかしい理屈を掲げることにどんな必然性があるというのだ?
キヴォトス全土に厄災を振りまきかねない兵力と資金力がありながら、恵まれない人間を助けるためには誰かの施しが必要だと? 冗談も休み休み言え!」
「貴様らの主張はいつだって矛盾だらけだ!
周りに理解されない、分かってほしいだのと嘯きながら、肝心なことは秘密にして何一つ周りに明かそうとはしない!
そのくせ自分達は数多の組織にいけしゃあしゃあとスパイを送り込み、周りの人間ばかりを自分達に都合のいいように動かそうとする。
社会的な弱者を甘言で囲い込み、恩義で縛り、過激な思想を植え付け、洗脳し……死すらも厭わない尖兵に仕立て上げる!
貴様らのやっていることは所詮、貴様らの古巣であるアリウスの連中と何ら変わりはしない!
どう言い繕ったところで、貴様らはイカレた思想を掲げてキヴォトスの転覆を目論むカルト集団以外の何者でもない!
そんな連中の何を信じろと?
何を理解しろと言うのだ! 言ってみろよっ!!!!」
~マコトから見たMTR・2~
「はあ、はあ、はあ……ッ!」
「……マコト先輩」
“……どうして、マコトがそこまでMTR部のことを嫌うのか、分かった気がするよ”
「なん、だと……?」
“マコトは……MTR部のみんなのことが怖いんだね”
「!?」
「な、何を馬鹿な! このマコト様に、恐れるものなど何も……」
“……マコト”
「ッ……ああそうさ! 私はそいつらが、MTR部のことが怖いよ!
だが、その何が悪い!」
「そこの鉄砲玉を出禁にしてからというもの……私はずっと、貴様らが何者であるかについて考えてきた……」
「考えた……!? マコト先輩が、自分の野望以外のことを……」
「うるさいぞイロハ! 今は真面目な話をしているのだ!」
「……最初は貴様らをいいように利用してやるつもりだったさ。
今日まで貴様らの存在を認めてきたのも、いずれはゲヘナの利になりうるという打算あってのものだ。
だが……貴様らの実態を知り、考えれば考えるほどに分からなくなった。
私には、貴様らのことが全く理解できん。貴様らの価値観も、行動も、目的すらも、何もかも。
互いに理解し合えないものと、手を取り合えるはずもない。いずれは互いの主張と存在を掛けて、争い合う道しか残されていない。
ならば機先を制し、こちらから先に仕掛けるしかあるまい……!」
~マコトから見たMTR・3~
「ですが、私達に争う意図は……」
「うるさい! 貴様らのような何を考えているか分からない連中の言葉など、誰が信じられる!?
何がMTRだ! 何が死から目を背けないだ! 死ぬことが怖いだなんて当たり前のことだろう!? そこから目を背けることの何が悪い!
人間ってのは、死にたくないから生きるものだろう? 生きてるからこそ楽しいものじゃないのか?
貴様らが死からの逃避だなんだと叫ぶ、その恐怖こそが、私達が生きる理由そのものではないか!
人はただ、生きるために生き、幸福になるために生き、より善き人生を送るために生きる。
その前提を共有しているからこそ、人間は互いに分かり合い、時に手を取り合い、時に争い合いながらも、社会という集団を形成できるのだ!」
「だが、貴様らは違う! 嬉々として死について語り、あろうことか理想の死に様を迎えることこそが至上の幸福であるかのように嘯く!
そんな頭のイカれた連中が大手を振って歩き回り、羽虫のように数を増し、当然のように隣人面して自分達の日常の中に紛れ込んでいる。
それを恐ろしいと思って、何が悪い!
仮に立場が逆だったとして、貴様らは学友の中に理解できないバケモノが平然と混じっているのを受け入れられるのか?
『誰にも迷惑かけずに、ただひっそりと自分達の趣味を語っているだけ』? だったら誰の目も耳も届かないところで、貴様らだけでやっていろよ!
面と向かって『あなたに死ねと命じられて死にたいのです!』なんて笑顔で言われた人間の気持ちが、貴様らに分かるか!? 分かるまい……分かってたまるか!」
「それは……」
「……貴様らの答えなど分かり切っているぞ。『あれは一部の人間が勝手にやったことだ。我々の全てがそのような考えの持ち主ではない』……そんなもの、貴様らの勝手な言い分ではないか!
同じように頭のイカれた連中同士で集まって、誰にも否定されない世界でただひたすらに思想を語り合う。それはさぞや心地いいことだろう!
だがな……そんなものは所詮、貴様らの間でしか通用しない狂った理屈だ! そんなものがキヴォトスの、世界の常識だなどと思い上がるな!
貴様らが『ただの趣味』だと嘯く行動が! 貴様らの存在そのものが! イカレた連中を惹きつけ、つけ上がらせ、暴走させるのだ!」
「どうせ貴様らは誰かが否定してやらなければ、永遠に自分達は可哀想な被害者なのだと信じ込み続けるのだろう。
だったら何度だって言ってやる! 貴様らの言っていることに道理など何一つとしてありはしない!
命の冒涜者であり、死に取り憑かれた狂信者! 理想のためなら他人の迷惑も顧みない、頭のイカレたカルト集団! 貴様らがそれ以外の何だと言うのだ!」
~二つ目の古則~
「……………………」
「……………………」
「……あたし、たちは」
“……マコト”
「…………申し訳ありませんでした、マコト議長」
「!?」
「私共の振る舞いが、マコト議長やゲヘナの皆様に不快な思いを与えてしまったのであれば……MTR部連合の部長を名乗る者として、重ねてお詫びいたします。
誠に、申し訳ありませんでした」
「何の冗談だ? 貴様が、今さら謝罪など……」
「……いえ。議長のお考えは……当然のものです。
どれだけ取り繕おうとも、我々はこのキヴォトスの理から外れた狂人の集まり。
キヴォトスの理(ジャンル)そのものに弓を引く叛逆者と言っても過言ではないのかもしれません。
ですが……その上で、改めて申し上げます。私たちはマコト議長やゲヘナ、キヴォトスそのものと敵対する意思はありません。むしろ、共に手を取り合いたいと考えています」
「笑わせるな! 何もかも嘘偽りと隠し事だらけの貴様の言葉を信じろというのか? くだらん腹芸もいい加減にしろ!」
「……マコト議長は『二つ目の古則』をご存知ですか?」
「……は?」
「『理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか』……
七つの古則と呼ばれる命題の一つ。一般的には『不完全な命題』として知られています」
「フン、いかにもトリニティあたりの好きそうな戯言だな。だが、私はそんな言葉遊びに興味はない!」
「ええ。マコト議長のお気に召すものでないことは分かっています。
ですが……私個人としては、『そもそも理解を得る必要は無い』といいうのが回答です」
「……何だと?」
「所詮、私達は別個の人間なのですから、互いを理解できないことの方が自然なのです。
どれほど言葉を尽くそうとも理解し合えない相手もいる。互いに尊重し合うとは……裏を返せば、互いに妥協し合うということなのですから。
ですが……たとえ完全に理解し合うことが叶わずとも、私はこのキヴォトスの皆様と手を取り合いたい。
互いに歩み寄る努力を止めず、お互いにとって不幸にならない落としどころを見つけたい。
先生が、私達にそうしてくれたように」
~取引・1~
「お話は変わりますが……マコト議長は、昨今のトリニティの内情についてご存知でしょうか?」
「……は?」
「現在、トリニティ内部ではアリウスとの和解に向けての動きが高まりつつあり、近いうちにアリウス復興を目的とした大規模な使節団を送ることが計画されています。
そして、その動きには我々MTR部も微力ながら関わっていることも……おそらくマコト様やゲヘナの情報部ならば、既にお耳に入っているかと」
「いきなり何の話を……」
「……嘘ではないわね。情報部の方からも報告が上がっている。そこにMTR部が関わっていることも調査済みよ」
「はい。その上でご提案があります。マコト様。
我々が主導する、アリウスとの和解と復興のためのムーブメント……そこに、ゲヘナ学園にもお力添え頂けないでしょうか?」
「!!?」
「ふざけるな! 言うに事欠いてトリニティと協力しろと? しかも、あのアリウスと和解だと? 何を馬鹿な!
あのエデン条約の一件でこのマコト様を騙してくれた恨みは忘れんぞ! あんな死に体の自治区がどうなろうと、私の知ったことではない!」
「……もちろん、かつてのアリウスが許されざる罪を犯したことも理解しています。
ですが……だからこそ、マコト様がアリウスに対して寛大なお立場を示して頂けることが肝要なのです。
ほぼ自治区としての機能を喪失しているとはいえ、アリウスの生徒には訓練された精強な兵士が多く在籍し、先のクーデターでは人知を超えた未知の兵力や兵器を保有していることも確認されています。
仮にアリウスが再びトリニティの一部として取り込まれるようなことがあれば、拮抗しているゲヘナとトリニティのパワーバランスにも大きな変化が齎されることは疑いようがありません」
「……!」
「ですが、それは裏を返せば……アリウスという特異点一つの扱いで、ゲヘナとトリニティの力関係はいかようにも変化するということ。
仮にトリニティよりも先にゲヘナがアリウスを手中に収めてしまえば、逆にゲヘナの方がトリニティに対して優位に立つこともできるでしょう。
何よりもアリウス自治区は、今だ全容の解明されていないカタコンベを通じて、トリニティ自治区と直結している。
アリウスを制するということは即ち、トリニティの喉元に牙を突き立てる橋頭保を手にするということでもあります」
「かのアリウスの地を発祥とする我々MTR部と手を組めば、歴史的経緯を持つトリニティだけでなく、ゲヘナもまたかの地へと介入する大義名分を得ることができる。
……長期的な視点から見れば、マコト様やゲヘナにとっても、悪い話ではないと思いますが」
~取引・2~
「……正気の沙汰とは思えんな。
ゲヘナと手を組んだことがトリニティや他の勢力に知られれば、貴様らの立場も危ういだろうに」
「はい。これは我々にとっても危険な橋ではあります。
マコト様が仰られたように、これまで我々が辛うじて黙認されてきたのは、我々が人畜無害な弱者だからに他なりません。
ひとたび間者のような真似をしたと明るみに出れば、それこそキヴォトスのあらゆる自治区を敵に回しかねませんから」
「……貴様らの魂胆が読めん。ただ部活の存続の為にそこまでするか? このゲヘナに協力して、貴様らが得る見返りは何だ?」
「私達も必死なのです。嫌われ者の弱者なりに、このキヴォトスの片隅でひっそりと生き延びていくために、いつだって足掻いているのですから。
……確かに私達はアリウス自治区の復興を望んでいますが、アリウスが再びトリニティの支配下に置かれることは、私達にとってもあまり好ましい事態ではありません。
私達はただ、私達が私達で在り続けられる居場所が欲しい。……本当に、それだけなのです」
「だから、このマコト様に便宜を図れと?
フン、信用できんな。……第一、貴様らが今の話と同じことをトリニティにも言っていないという保証がどこにある!」
「それはまあ、当然の懸念ですが……そこはただ、私達を『信じて』ほしいと言うしかありませんね」
「信じろ、だと? このマコト様が、貴様らを?
……キキッ、キャハハハッ、キャーッハッハッハハッハ!!!!」
「ああっ、マコト先輩がとうとう壊れた……!?」
「……面白い。今日聞いた中では、一番面白い冗談だったぞ。MTR部の部長よ。
だが、そうだな。……MTRがどうたらというよりは、よほど分かりやすいか」
~悪魔との契約~
「……私はお前達が大嫌いだ、MTR部部長」
「ええ、存じております」
「そうだろうな。では……このマコト様が最も好きなものは何だか分かるか?」
「……?」
「それはな……『野望』だよ」
「確かに貴様らのことは気に喰わんさ。
だが……このマコト様は己の野望のために利用価値のあるものを、つまらん感情ひとつで無下にするほど愚かではない」
(……そうかしら?)
「……キキッ、貴様らが何を企んでいるかは知らんが、このマコト様を都合よく利用できると思うならやってみるといいさ。
万魔殿を、ゲヘナを侮ってくれるなよ。貴様らは今、幾万の悪魔を統べる地獄の軍団の王と契約を交わしたのだ。
いずれ貴様は身を以てその重みを知ることになるだろう。
せいぜい、その時になって後悔しないことだな!」
「……ええ。覚悟の上です。私とてMTR部の部長を名乗る者ですから。
理想のためならば……たとえ悪魔とだって契約いたしますとも」
「全ては、このマコト様の野望のために」
「ええ。そして、私達の良きMTRのために」
「ただ、互いの利益のためという、シンプルな共通項。
たとえ理解し合えずとも、そのためならば、私達だって手を取り合えますから。
ですからまずは……手を取り合うところから、始めることにいたしましょう」
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