「危うしMTR部!(後編)」
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~嵐の後・1~
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「はあああぁぁぁぁ~~~~、つっかれたぁぁぁ~~~~!」
“お疲れ様、部長”
「ううぅ、なんで私がこんな目にぃ……
だいたい何ですか、キヴォトス全土を巻き込んだ騒乱って。そんな覚悟あるわけないじゃないですか!
私達はべつに、派手に死ねれば何でもいいって死にたがり集団じゃないんです。
ファイアフライにだってそんな雑なMTRを望むような子は……まあ、そんなに多くはないですよ」
“だけど……よかったの? マコトにあんな取引なんて持ち出して”
「いえ、その……正直、問題は大ありなんですけどね。
マコト議長も言っていたように、これまで私達はあえて権力闘争からは距離を置くことで存在を認められていた部分もありますし……
ですが……MTR部を取り巻く状況が大きく変化してきた今となっては、必ずしもそうも言っていられなくなりましたから」
「まあ……本気でアリウス自治区の復興を目指すのであれば、遅かれ早かれゲヘナとも話をつけておく必要がありましたし?
エデン条約の一件で最も強くアリウスを糾弾していたのがゲヘナの万魔殿でしたから。何か難癖をつけられる前に先手を打った……ということにしておきましょう。……そうでも思わないとやってられないですし。
……それに、マコト議長は敵に回してこそ恐ろしいですが、身内と判断した者に対しては思いのほか寛容な御方ですから。ならばいっそ、懐に飛び込んでしまった方が安全かな、と。
なんだかんだで、三大学園の中で唯一MTR部を公的な部活として長らく認めて頂いていた恩義もありますしね」
「どのみち、MTR部の力だけでアリウスを復興することなど不可能な話ですから。ゲヘナやトリニティのような大勢力からの援助は必要不可欠です。
二大校の間に立って、うまくパワーバランスを取り持ったりだとか……ゲヘナとトリニティの政争を今のアリウスに持ち込むことの是非だとか、考えなければならないことは無数にありますけれど……
まあ、これまで通り、騙し騙しやっていくしかないでしょうね。
……はあ、胃が痛いです」
「……本当、なんでこんなことになっちゃったんでしょうね。
私達はただ、同じ趣味嗜好の人間同士集まって、理想のMTRシチュを静かに語りたいだけだったはずなのになぁ……」
~嵐の後・2~
「……部長」
「おや、どうしました支部長? あなたらしくもなく、ずっと塞ぎ込んでいたようですが……」
「……さっきの話、どこまでが本当だったんですか?
部長がキヴォトス全てを巻き込むような争いを準備していたとか、そもそも部長は一人だけじゃないとか……もう、わけがわからないですよ」
「……………………」
「……いや、あんなのハッタリに決まってるじゃないですか。まあ正確には、嘘と本当が半々、というところですけど」
「分からないですよ! もっと分かりやすく言ってください」
「……実際、MTR部がいくつか表に出せないような後ろ暗い活動をしてきたというのは確かです。
万一キヴォトスのどこかの勢力と事を構えた時に備えて、秘密裏に兵力と呼べるものを備えていたのも……まあ事実ではあります。
ですが……私達が自ら戦乱を望んでいたかと聞かれれば、それは明確にNOです。そもそも私達の望みは良きMTRであって、争いそのものではないのですから」
「あと、MTR部の部長が複数人いるっていうのは完全に出まかせですね。
確かに部内では私の影武者を担う者も何人かいますが……当代のMTR部の部長はあくまでここにいる私個人を指します。
だからといって今ここで私の個人情報を明かせと言われてしまえば、その……困ってしまいますが」
「……あたしには、もう分かりません。
MTR部って、なんなんですか。部長はいったい、MTR部をどうしたいんですか?」
「私の望みは、いつだってシンプルですよ。
私はただ、このMTR部にいる皆の願いを叶えてあげたい。それだけなのです」
~嵐の後・3~
「……それにしても、思い返せば今回の動きには不可解な点が多くありました。
いかにゲヘナの情報網が優秀だったとしても、MTR部の内部事情をあれほど詳しく把握されていたのは私としても予想外でした。
あるいはMTR部の中に情報を流している者がいるのかも……と考えましたが、それもしっくり来ません」
「それに……本気でMTR部を完膚なきまでに潰そうとするつもりなら、もっとやりようはあったはず。
それをわざわざ正面から呼び出して、申し開きの機会まで与えて……
まるで『警告』。誰かが私達に対して釘を刺しているかのような印象さえ受けました」
“…………”
「それに、ヒナ委員長がトリニティやミレニアムを始めとする各勢力にも話を通していた口ぶりだったのも気になります。
ただのハッタリという可能性もありますが……MTR部という共通の問題に対処するためとはいえ、派閥同士のしがらみを抱えるトリニティや、自治区外の政争に不干渉を貫いてきたミレニアムまでもが、こうもあっさりとゲヘナに協力するとは思えません。
我々MTR部に気取られることすらなく、ここまで速やかにキヴォトスのあらゆる勢力と連携することは、いかにマコト議長やヒナ委員長でも……いえ、たとえ連邦生徒会であっても不可能なはずです。
そんなことができる存在が今のキヴォトスにいるとすれば、行方不明になった連邦生徒会長か、あるいは……」
「今回の査問会の裏で糸を引いていたのは、先生、ですよね。違いますか」
“……ごめんね”
「……そうね。そろそろ種明かしをしてもいい頃かしら」
「ヒナ委員長!? それに警備ちゃん、鉄砲玉ちゃんまで!」
「茶番につき合わせて悪かったわね、支部長。それに部長も」
「その……ども、っす」
「……申し訳ありませんでした。皆さん」
“ヒナもお疲れ様。警備ちゃんに鉄砲玉ちゃんも”
「……はあ。酷いですよ、先生もヒナ委員長も。私達、そんなに信用がありませんでしたか?
……まあ、ありませんでしたよね。あはは……」
~嵐の後・4~
「誤解しないで。別に私だって、MTR部が本気で私達の敵になるだなんて考えていたわけじゃないわ」
「……そもそもの発端は、マコトがMTR部の後ろ暗い活動を大々的に告発しようとしていたこと。
私怨も混じっていたとはいえ、主張そのものには正当性があった。大事にされたらゲヘナは勿論のこと、トリニティやミレニアムも知らぬ存ぜぬではいられなくなる。
下手をすればMTR部そのものの存続も危うくなり……最悪、追い詰められたMTR部がキヴォトスの敵と化す可能性すらあったわ。
だから改めてMTR部が……少なくとも現時点では危険な組織ではないと、内外にアピールするための場を設ける必要があった」
“鉄砲玉ちゃんに相談されて、マコトがMTR部を快く思っていないって聞いたから”
“だからヒナとも相談して、お互いに話し合うための場を作ってもらったんだ”
「……要は、私達とマコト議長とで、きちんとMTR部の今後について交渉するための機会を設けたかったと? なんとまあ迂遠なことを……」
“……騙すようなことをしちゃって、ごめんね”
“でも……ちゃんと言ってくれなきゃ伝わらないこともあるから”
“だから部長も、もう少しだけ私達のことを信じてほしいな”
「はあ……せめて、事前に一言くらいは言って欲しかったです。
……でも、私だって皆さんに沢山のことを秘密にしてきていたのですから、おあいこなのでしょうかね」
「……疑ってしまってごめんなさい。でも、私達にだって譲れない一線はあるから。できることなら、あなたたちにはそれを踏み越えてほしくない。
マコトのようにMTR部を快く思わない人間だって少なくないけど……あなたたちの味方をしたいって思っている人だってちゃんといるから。それだけは忘れないで」
「……ありがとうございます。ヒナ委員長」
~帰る場所・1~
「……あの、部長」
「なんですか、支部長?」
「……あたしは正直、マコト議長のことが嫌いでした。どうしてあたし達のことを分かってくれないんだろうって、ずっと不満に思ってた。
でも……今にして思えば、マコト議長は、本気であたし達のことが怖くて仕方なかったんでしょうね。本当は、顔を合わせることさえ嫌だったのかも。
政治だのなんだのの理屈を持ち出されるよりも……ああやって素の感情をぶつけられることの方が、よほど堪えました。
あたしたちは、誰にも迷惑をかけないで生きてるって思ってたけど……
本当はあたしたちの方こそ、MTR部以外の人達のことを、理解しようとしてなかったんじゃないか、って」
「……そうかもしれませんね。
『分かり合う』というのは、一方的に自分の価値観を相手に押し付けることではありませんから。
確かに、マコト議長の主張にも一理ありました。
閉鎖的な環境の中で、自分にとって心地よい繋がりだけに甘えてしまえば……それこそ自分達とは考えの異なる者達を、一方的に悪と断じて排斥することにも繋がりかねない。
それもまた、MTR部が抱える危うさの一つ、なのかもしれません」
「………………」
「自分達が他の誰かからどのように見られているかを気にも留めず、相手の立場や心情も考えず、『どうして分かってくれないんだ』とばかり嘆くのもまた、傲慢なのでしょう。
本当に誰かの理解を得るためには……私達も、私達のことを受け入れられない人間を理解するための努力を怠るべきではない。
たとえ、途方もなく道のりが険しく、虚しく思えるような道筋だったとしても……
仮に、決して理解できないのだとしても。
それでも我々は、互いに理解し合うための努力を絶やしてはならないのでしょうから」
「理解し合うための、努力……ですか」
~帰る場所・2~
「……部長。先生。それから……よかったら、ヒナ委員長も。
せっかくですから……今日はゲヘナ支部で、みんなで一緒にご飯とか食べていきませんか?」
「……どうしたんですか、藪から棒に?」
「……部長。正直、あたしには部長が何を考えてるのか、まだ分かりません。
MTR部が本当はどういう場所なのかすら……もしかしたら分かってないのかもしれない。
でも、一つだけ確かなことは……MTR部のみんなと出会って、あたしは救われたってことですから」
「あのとき部長に拾ってもらわなかったら、今頃あたしはスラム街の片隅で野垂れ死んでたって思います。
MTR部に入って、ゲヘナ支部でたくさんの子達の面倒を見るようになって、あたしはようやく、自分の居場所を見つけられたんです。
今はもう、ゲヘナ支部の……ううん、MTR部のみんなは、あたしの大切な家族だから。
……あたしはそれを、もう二度と失いたくない」
「……支部長」
「今はまだ、分かんないことだらけだけど……これから先、いろんな問題が待ち受けているのかもしれないけど……
お互いに疑い合って、争い合うばっかりじゃなくて……たまには仲良くしたっていいじゃないですか。
だから……まずは一緒に美味しいものを食べて、他愛のない話でもして。
ちょっとずつでもいいから……もっとお互いのことを、知っていけたらななって思うから」
~帰る場所・3~
「……ふふっ、支部長らしいですね。
ええ、そんな席でなら私達も……ほんの少しだけ、腹を割って話せるのかもしれません」
「はあ。風紀委員会も暇ではないのだけど……
でも、そうね。これも要監視対象であるMTR部を監視するための仕事の一環……ということにしておこうかしら」
“それじゃあ、お言葉に甘えることにするよ。よろしく、支部長”
「……はい! 精一杯おもてなししちゃいますから、覚悟しておいてください!
そうと決まったら、早く帰って準備しなきゃ! ほらほら、鉄砲玉ちゃんも警備ちゃんも急いで!」
「はい。でも……」
「えっと、自分達は……」
「あーもう、細かい話はあとあと! 今はとりあえず、あたし達のお家に帰ろう! 家に帰るまでがお出かけなんだから!」
「……それから、部長」
「支部長?」
「……ありがとうございました。あの日、あたしをMTR部に連れてきてくれて。それだけは言っておきたくって」
「……………………」
「あたし、MTR部に入って、初めて知ることができました。
暖かい家があって……帰る場所があるってことは、それだけで幸せなことなんだって」
「あたしは、あたしです。ゲヘナ3年生の自称・帰宅部部長で……MTR部連合ゲヘナ支部の支部長。それが、今のあたし。
そして、そんな『あたし』をくれたのは、部長とMTR部だから。
これから先、何があっても……そのことへの、部長への感謝の気持ちは変わらないって思います」
「だから、たまには日頃の恩くらい、あたしたちにも返させてください。
部長だって……あたしの大切な家族の一人、なんですから」
「……まったく、もう。本当に、支部長らしいですね」
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