加筆まとめ⑮

加筆まとめ⑮

思い上がり

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尸魂界・空座町


「……で、状況は?」


 寂れた路地裏に学生達が集まっている。一見すると学校をサボった学生達の集まりに見えるが、彼らの顔色を見れば、それが間違いであることは一目瞭然だ。

 座り込んだ少年——小島に有沢が端的な言葉で訊ねると小島は至極冷静に答えた。


「ケイゴから大体はね。とりあえず、一番重要なのはヤバそうなのに命狙われてるってこと」


 小島はそこで一旦、言葉を区切った。

そして路地の入口で銃のようなものを手にして佇む友人——カワキに目を向ける。

 凛とした横顔は何もない方向——正確に言うと自分にはわからないだけで何かあるのかもしれない——を鋭く見つめていた。

 何かを警戒する様子、手に持った武器、慣れた立ち居振る舞い。きっと彼女が一番状況を正しく把握している筈だ。

 そう判断した小島は、カワキを見上げて判断を仰ぐ。


「……って認識で合ってるよね?」

『ああ、合っているよ。藍染に捕まったら終わりだと思って行動してほしい』


 振り返ることもなく、カワキが答えた。視線は何もない場所——藍染が居る方角に固定されたまま、小島達を顧みる気配すらない。

 カワキの返答に頷いた小島は持っていた鞄を開けると、逆さまにして棒状のものを取り出した。それを指差して笑顔で言う。


「だからホイ。人数分のスタンガン」

「それはどっから持ってきたのよ」


 呆れた顔の有沢が先程の藍染との邂逅を振り返って「ムリだって」と切り出した。


「そんなもん効く相手じゃないんだから。そいつが近付くだけで、こっちは動けなくなるし。観音寺の棒なんてそいつに近付いたら灰になったんだから」


 自分の背後に立つ観音寺を指差して有沢が無謀を諌める。きょとんとした顔をした小島はあっさりとした調子でスタンガンを放り投げた。


「そんなどチートな奴なんだ。人間じゃないね。じゃあコレは置いてこ」


 調達したスタンガンが通じないと知り、準備が振り出しに戻ったと頭を捻る。

 ふと、カワキの持つ銃が目に入って小島は「あ」と呟いてポツリと問いかけた。


「……その銃ってさ、本物?」


 彼女がこうして手にしているということは、おそらくあの銃は“ヤバそうなの”——藍染を相手にしても効果があるのだろう。

 何をもって銃、もとい神聖弓を「本物」と呼ぶかは認識が分かれるが、小島の推測そのものは正解だ。

 カワキは彼らに神聖弓や滅却師について教える必要は感じなかった。注釈を入れることはせずに「本物の神聖弓」という意味で『本物だよ』と返す。

 小島の顔に僅かな期待が滲む。


「それって他にもあったり……」

『君達には使えない』


 霊子で構成された銃。当然、カワキなら複数構築することも可能だ。だが、いくら構築したところで、滅却師ではない彼らには、そこに番える矢は作れない。

 入れ物だけがあったところで、それこそ「おもちゃ」も同然だと、カワキは小島の言葉をバッサリと切り捨てた。

 小島は「どうして自分達には使えないのか」とは訊ねなかった。ただ、蜘蛛の糸がぷつりと切れたことに、少し声のトーンを落として肩を竦めた。


「………………そっか」


 黙って話を聞いていた有沢が不安げな顔で蹲る本匠に怪訝そうな顔を向けた。普段は明るく口数の多い本匠が黙り込んでいるのは珍しい。

 有沢は本匠を気遣うように声を掛けた。


「どうしたの千鶴、ボーッとしちゃって」

「……そ……そりゃボーッともするわよ! 放心してんの! 話が全然つかめないの! なんであんた達ソク順応してんのよ!!」


 混乱に顔を歪めて大声を上げた本匠は、ばっと顔を上げてカワキを見た。

 カワキがこの場で最も冷静で、訳知り顔をして見えたのだ。手にしたものも、普通の学生が持っていて良いものではない。

 本匠はまくし立てるように問い詰める。


「その銃はなに!? “藍染”って誰!? 命を狙われてるってなんなのよ! あたしが知らないこと、何か隠してんでしょ! 説明してよ!!」

『………………』


 カワキは凪いだ瞳で本匠を見下ろした。整った顔からは感情を読み取れない。ただ静かに本匠を見つめていた。

 説明を求められても今は一から説明する余裕はない。それに、カワキは藍染の動向を探ることに集中していたかった。

 薄々、一護やカワキが関わっていることを察している有沢、浅野、小島の3人も、何を言えばいいかわからず目を逸らす。

 結果として路地裏には気まずい沈黙だけが横たわった。眉を下げた有沢が、「……それは……」と口を開こうとした時、目を細めたカワキが上から言葉を被せた。


『その続きは今日を生き残れた時に』

「……え?」


 突然、話の論点を生死に戻したカワキに視線が集まる。カワキが静かに息を吐いて武器を握り直すと同時に、有沢や浅野も、カワキの言葉の意味を理解した。

 押し潰されそうな重圧。生きていく上で大切な、何か重要なものが軋む嫌な感覚。二人は恐怖に引き攣った顔でカワキが見ていた方角と同じ方向を見た。


「……き……きた……っ」

「な……何!? 何が来たの!?」

『藍染だ』

「はあ!?」

「あたしも説明できるほど解ってないの! いいから立って! 逃げるよ!!」

「あ……あとでちゃんと説明してよね! わかんなくていいからさ!!」


 臨戦態勢を取ったカワキが移動を促し、浅野が声を張り上げた。


『行くよ』

「い……急げ!!」


 有沢が動き、小川を抱えた観音寺もそれに続く。混乱していた本匠も、一旦疑問を置いて立ち上がる。小島は路地に置かれたビール瓶を手に取ると最後尾を駆けた。

 狭い路地裏を学生達が固まって逃げる。カワキは彼らの走る速度に合わせて先頭で誘導しながら背後の浅野の声を聞いた。


「とりあえず、このまま路地だ! 建物の裏を回って見つからないように町外れまで行こう!」

『…………』


 ————霊圧を探れば位置なんてすぐにわかる。身を隠すという意味じゃ無駄だと思うけど……障害物が多いのは悪くない。

 視線を前に戻し、曲がりくねった路地裏を走るカワキ。幾つかの角を曲がり、また次の曲がり角に差し掛かった時————


『! 止まって』


 カワキは直前で僅かに目を見開いて踏み出そうとした足を止め、後ろを駆ける浅野達を片腕で制すると同時、前方に幾つもの神聖滅矢を放つ。

 青白い光が尾を引く弾丸、銃声、そして弾丸が硬質なものとぶつかり弾かれる音。およそ日常の中で目にする機会も耳にする機会もないソレに、後ろを走っていた学生達はビクリと肩を震わせた。


「うわっ!?」

「きゅ、急になに……」

『……ちっ』


 舌打ちしたカワキのすぐ後ろから困惑と驚きが入り交じる目を向けた浅野と有沢。しかしその視線はカワキを通り越し、前方に現れた人影を捉え——瞬間、驚きは別種のものへと変わった。


「!!!」


 ————藍染だ。

 向かう先に突如として瞬間移動でもしたかのように現れた目下最大の危険。藍染の顔を知る浅野と有沢の表情が怯えや恐怖、焦燥に染まっていく。

 目前の男に躊躇なく発砲したカワキと男を見て血の気が引いた二人の顔に、事情を知らぬ本匠は「……なに……!? あれがそうなの……!?」と困惑を露わにした。

 カワキが撃ち放った神聖滅矢を斬魄刀で弾き返した藍染は、余裕ありげに微笑むと穏やかに学生達に言葉を掛けた。


「“見つかった”と思ったかい? 違うよ。私が捜す真似事を止めただけだ」

『状況は振り出しに戻っただけ。悪化した訳じゃない。焦らず落ち着いて行動して』


 パニックを起こして群れから逸れる者が出てはカバーしきれない。カワキは藍染を見据えたまま、言葉を被せるように学生達に声を掛ける。

 その時、藍染に向かってビール瓶が投げつけられた。自棄になったかと思いかけたカワキだったが、予想を裏切る暢気な声にきょとんとした様子で目を瞬いた。


「うわ。ホントに灰になるんだ」


 触れる前に灰になったソレが描いた軌道を辿って、有沢と浅野が呆気に取られた顔で振り返る。視線の先に居るのは小島だ。

 能面のように微笑みを崩さない藍染に、小島は軽い声を上げて缶を転がした。


「じゃ、こっちで」


 パキッと軽い音で開封された缶から白い煙が噴き出して狭い路地に満ちる。視界を塞ぐ煙に、カワキは小さく口の端を上げて呟いた。


『いいね、悪くない判断だ』

「ホラみんな逃げてっ!!」


 小島が呆気に取られる者達の背を押して路地から押し出す。今度は最後尾となったカワキは隠し持っていた銀筒に手をやると口の中で呪文を唱えた。


『……大気の戦陣を杯に受けよ(レンゼ・フォルメル・ヴェント・イ・グラール)』


 路地裏の角を曲がる直前に、小島が火をつけたライターを煙に投げ込むのに紛れてカワキが銀筒を投げる。


『————聖噬』


 ——ドォン!! と轟音が響き、周囲の建物を揺らした。爆風に髪が舞い上がる。路地から土埃が濛々と立ち込める非日常の光景に、有沢が茫然として小島に言った。


「……ム……ムチャクチャするわね、あんた……」

『いや……藍染はあれじゃ死なない。様子見なんて時間の無駄だ。走って』


 有沢達はカワキも攻撃を加えていたことには気が付かなかったようだ。気付かせる必要はないと、カワキはそれについては何も言わず、逃走を促した。

 カワキの予想通り、立ち込める土埃の中から白い靴先が見えた。カワキの銀筒での攻撃は無傷とはいかなかったようで、傷を再生させながら藍染が路地から歩み出る。

 不愉快そうに睨みつける反転した瞳は、カワキに向いていた。


「……人間如きが思い上がるなよ」

『まさか正面からまともに当たるとはね。思い上がりはどちらかな。そうだろう? 藍染惣右介』


***

カワキ…全然説明してくれない。パニックになっている人も居るのに藍染を警戒するのに忙しくて放置。色々言葉が足りない。水色が攻撃する時にどさくさ紛れに銀筒をシュートした。ギッチギチに霊圧を込めたのか藍染にそこそこのダメージ。


藍染…霊力ほぼ無い人間の抵抗だと楽観視して避けなかったら、これ幸いと便乗してきた霊圧お化けの攻撃も当たっちゃった。「あいつ本当に何?」と思ってそう。


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