加筆まとめ⑮
ヒーロー目次◀︎
尸魂界・空座町
森の中に周囲とは不釣り合いな現代的な街並み————尸魂界に転送された本物の空座町だ。見慣れた街並みは昼間だというのに静寂に包まれている。
車の排気音も、人の話し声も、足音さえも聞こえない、まるでゴーストタウンだ。それも当然のこと。街の人間は皆、眠りについているのだから。
『成程、こういう形で転送するのか』
ぐるりと周囲を見渡して、興味深そうにカワキが呟く。
カワキは乱菊と共に穿界門へ消えた藍染を追ってここまで来た。
直前に瀕死の重傷から辛うじて回復したばかりの乱菊は足許も覚束無い。カワキはチラリと乱菊に視線を向けて口を開く。
『ここまで連れて来てくれた事、感謝するよ。だけど……その体では歩くのも苦しいだろう。私は先に行く』
「あっ……! 待ちなさい、カワキッ! 幾らなんでも一人で向かうなんて……!」
青白い顔で制止する乱菊を置き去りに、カワキは霞のように消えて行った。
ゴーストタウンと化した空座町の街中を人間離れした速度で駆けるカワキの視界に無惨な光景が映り込む。
コンクリートの地面に倒れ込む人、人、人————無論、生存者は一人も居ない。皆一様に体が抉れ、血が噴き出し、とうに息絶えていた。
青空を駆けながら眺めるガラス玉のような瞳には何の感情もない。ただ淡々と獲物の痕跡を確認して考察を進める。
『…………藍染の仕業か。ということは、方角は合っているな』
藍染の霊圧は、穿界門を開いた時点で既にカワキの感知範囲を超えている。だが、藍染と行動を共にしている市丸ギンの霊圧であれば感知は可能だ。
市丸の霊圧を辿る判断は正解だったようだと、カワキは地上に降りて身を隠した。慎重に距離を詰めていく。
————見つけた。
「——大したものだ。ここまで近付いても存在を保っていられるとは」
「あんた……誰……」
藍染は有沢や浅野と対峙していた。藍染の霊圧に耐えきれず、有沢は真っ青な顔に冷や汗を流して膝をついている。
⦅何が狙いだ……?⦆
今の藍染は無策で挑める相手ではない。カワキは身を潜めたまま、事の成り行きを見守る。
立ち竦む浅野と座り込んで動けない有沢に微笑みかけて、藍染が声を発した。
「……黒崎一護は必ずここへ現れるだろう。新たな力を携えて。私はその力を更に完璧へと近付けたい。君達の死がその助けになるだろう」
————成程。一護を激昂させて力を引き出したいんだな。
自分に向けられた刀に息を呑んだ有沢は「逃げて浅野!!」と叫んだ。唇を噛んで走り出した浅野を放置して、藍染は有沢を見下ろす。
⦅さて、どうするか……戦うどころか動けもしない者を背に庇って藍染や市丸と戦うのは無謀だ⦆
友人の死が一護にどのような影響を齎すかは定かではない。ウルキオラとの戦いのように、また暴走されては困る。
しかし、まともに動く事もままならない人間を庇って戦うのは避けたい。カワキが動かずにいると近付いてくる霊圧が感知網に引っ掛かった。
⦅これは…………誰だ? いや、確か以前に……そうだ、あの時の人間————⦆
ハッシュヴァルトが連絡役として現世に来たあの日、一護が廃病院で虚に襲われた原因になったという男だ。
どうも、こちらへ向かっているらしい。霊圧を感じ取れずとも異質な気配くらいは感じるだろうに。
⦅……あれに立ち向かうつもりでいるならちょうど良い。もう少し様子見するか⦆
カワキの見つめる先、藍染がゆっくりとした足取りで有沢に向かって歩いていく。万事休すかと思われたそこに、小さな霊子の塊が投げ込まれた。
「!!!」
「お困りの様だねガァ〜〜ル、そういう時はヒーローを呼ぶものだ」
カワキの予想通り、珍妙な格好をした男は、無謀にも藍染に立ち向かう気で此処へ来たようだ。
ぎゃあぎゃあと騒がしい男の登場は藍染の気を引く時間稼ぎにはなった。男が何かを喚いている間にカワキは思案する。
藍染を殺すのは難しくても、足止め程度なら可能だろう。有沢達を殺されては一護がどうなるかわからない。
————あの男を囮に彼女達を逃がす。
「う……ッ」
カワキが方針を固めると同時、騒がしく話していた男の体がぐらりと揺らいだ。
顔色を悪くして、男が藍染を振り返る。
「………………」
「……そろそろ、私の霊圧に耐えられなくなってきた頃か。いやむしろこれまで良く耐えたと言うべきか」
……囮に使う前に潰れられては困る。
神聖弓を手に、カワキが両者の間に割り込んで銃口を藍染に向けた。
『いいや、まだ終わりじゃないよ』
「…………志島カワキか」
『ああ。他の誰に見える?』
現れたカワキに藍染が先程までの微笑みを消して低く呟いた。睥睨する瞳は底冷えするほど冷たい。
それも無理はない事だ。つい先程、不意を突くようにして自分を焼き焦がす一撃を食らわせてきた相手を前に、和やかな会話など出来よう筈もない。
藍染にとって、カワキは不確定要素の塊である。霊圧の上がり方、発揮した技量、その全てが想定外だった。
藍染は込み上げる感情を押し殺して平静を装った。口調は穏やかに、けれど、地を這うように低く冷え切った声色で、藍染はカワキに問い掛ける。
「……酷薄非情な君に限って、友を護りに来た訳ではあるまい。何の用だ」
『不思議な事を訊くね。君を殺しに来た、とは思わなかった?』
「……フン、笑わせる。確かに、君の力は私の想定を超えていた。それは認めよう。だが最早、君は私の脅威ではない」
藍染を見据えるカワキの目もまた、凍るように冷え切っていた。銃口は依然として藍染を捉えたままだ。
ピリピリと張り詰めた空気の中で、有沢は自分が置かれている状況を飲み込むことができず、青白い顔に困惑を浮かべた。
命の危機に現れた友人はいつか見たように銃を構えている。あの時もそうだった。そしてあの時と同じで、交わされる会話の内容は殆ど理解できない。
「……カ……カワキ……?」
「……な……何だねガールはッ!? 危険だ! おもちゃの銃で何とかなる相手じゃない! 一般人はさがっているのだ!!」
『“おもちゃ”、か。弓だよ。一応はね』
「何を言っているんだガール! いいからさがるのだ! ここはガールの様なガールが来る場所じゃない!」
一足先に我に返った男が一般人と勘違いして、自分を逃がそうとしきりに喚く声を聞きながら、カワキが『……うん、そうだね』と独り言のように呟いた。
藍染から視線を逸らさず、照準を定めたままに、カワキは言外に匂わせる形で男に提案を持ちかけた。
『私も、君の後ろに居るその子達を連れて撤退したいと考えていてね。だけど奴から逃げるのは骨が折れる。隙が欲しいんだ』
「……カワキ、さっきから何言って……」
重圧に座り込んで立ち上がることもままならない有沢が、引き攣った表情と震える声でカワキに問い掛けた。
カワキの言葉に隠された意図は明白だ。だが、それを理解したくはなかったのだ。
しかし、先程までの騒々しさとは一転、重々しく頷いた男は静かに杖を構える。
「! ……わかった。私に任せたまえ」
その言葉に『ああ』と返して、カワキは半歩後ろへと下がった。入れ替わるように男がカワキの前方へ歩み出る。
それが意味するところに気付いて、有沢が息を呑んで叫んだ。
「……な……何言ってんの!? 早く逃げなって!! あんたじゃどうにもなんないんだから!!」
「……逃げる? それは、このヒーローに向かって言っているのかね? ……無知なガールだ。教えておこう」
苦しげに汗しながらも、男は笑った。
「戦いから逃げるヒーローを子供達はヒーローとは呼ばんのだよ」
『悪いね。任せたよ、ヒーロー』
杖を突き出す様に構えた男が決死の覚悟で藍染に向かって走っていくのを横目に、カワキが素早く後退した。
座り込んでいた有沢の腕を取ると、強引に引っ張り上げて立たせる。有沢の背中で意識を失っている小川をかついで言った。
『動けるね? 行くよ』
「まっ……待って! 観音寺が!!」
『全滅よりマシだ。走って』
有沢の悲痛な声もカワキには届かない。先程まで藍染の霊圧に潰れかけていた有沢では、カワキの力には抗えなかった。
カワキに強引に腕を引かれて走らされる有沢の耳に、藍染が観音寺を制止する声が聞こえた。
「止すんだ。人間如きが私に触れれば存在を失うぞ」
「観音寺!!」
思わず振り返った有沢の視界に、覚悟を決め、突貫する観音寺の姿が映った。もう間に合わない。そう思った次の瞬間————
「…………ほう」
「間にあったわ……藍染……ギン……!」
「……乱菊」
***
カワキ…一護の暴走を懸念してたつき達を救助に入る。友情を感じているのか、藍染に吠え面をかかせたかっただけなのか……それは神のみぞ知る。
藍染…カワキの霊圧の上昇や実力は正直、想定外だったので「何だこの力は!?」と思っている。自分を焦げハンペンにしたクソガキが目の前でヒーローを見捨てた事に虫唾ダッシュ。
たつき…ヤミー戦でもうっかり巻き込まれ死させられそうになったし、今回も何一つ説明してくれないままヤバイ作戦を勝手に決行するカワキに引いている。