加筆まとめ⑤
夜の女子会1目次◀︎
浦原商店
「え!? お、おい! どうした井上!? 井上っ!!」
カワキが駆け出した井上に追いつくと、浦原商店の店舗部分、その扉付近に立って涙を流す井上の姿が見えた。近くには狼狽するルキアも居る。
『井上さん、泣いているの?』
「カ…カワキ! いいところに……一体、何があったのだ!? 井上が……」
『……とりあえず場所を移そう。話はそれからだ』
戦線から外されることが泣くほど悔しいのなら、井上の戦意は折れていない筈だ。何とか井上を立ち直らせるべく、カワキは移動を提案した。
◇◇◇
ビルの屋上に並んで座る。月明かりの下で、井上が先ほどの出来事を話した。
「何だと!? 浦原の奴め、そんな事を…許せんな…」
事情を聞いたルキアが浦原に憤慨する。カワキもルキアの言葉に頷いた。
カワキは一護のお守りで手一杯なのだ。井上が治療をしてくれれば、それだけ仕事がしやすくなる。浦原の口出しで、井上が居なくなったら仕事が増えてしまう。
しかし井上は苦笑いで口を開いた。
「…ううん。いいの…なんか…こうして話したらちょっと落ち着いちゃった…」
何もよくない。カワキが困る。
常に一護を優先順位の上位に置いている井上は、護衛任務において、とても都合が良い。カワキには考えられないことだが、井上はきっと、自分の命よりも一護の命を優先する。回復能力があっても四番隊じゃこうはいかないだろう。
『――私は……いつも一護の為に一生懸命な井上さんが好きだよ。次の戦いでも一緒に居てほしい――…君が居ないと困る』
他人を励ました経験なんてないから、何て言えばいいのかわからない。正直に今の気持ちを伝えた。
海のような瞳が、月光にキラキラ輝いて真っ直ぐに井上を見据える。井上の大きな瞳が薄く涙で潤んで、何かを堪えるように唇をきゅっと結んだ。
「…カワキちゃん…あたし……」
井上の脳裏を浦原の言葉が掠めた。言いかけた言葉が喉元で止まる。
――「力の足りない戦士なんて足手纏いだと言ってるんスよ」
ルキアが怒ってくれたのが嬉しかった。カワキのかけてくれた言葉が嬉しかった。
……みんなと一緒に戦うと、胸を張って言いたかった。けれど――
――あたしは…二人みたいに戦えない……みんなの足手まといになるのは嫌だ……。
井上はカワキの視線から逃れるように目を逸らして俯いた。ゆっくりと首を振って言葉を紡ぐ。
「これで…良かったんだよ、きっと…だってあたしに力が足りないのはほんとの…」
「よくない!!」
立ち上がったルキアが、井上の胸ぐらを掴んで迫った。カワキがルキアの豹変した態度に軽く目を見開く。井上も驚いて言葉を止めた。
「お前は今迄ずっと戦ってきたではないか!! 尸魂界まで乗り込んで戦ってきたではないか!! それをそんな簡単に切り捨てられて悔しくはないのか!!」
「く…くやしくないよ…」
困惑した態度で答えた井上に、ルキアが大声で怒鳴る。カワキは黙ってその様子を眺めていた。
「嘘をつくな!!」
「う…嘘じゃないもん!! くやしくなんかないもん!! ただ…ただみんなと一緒に戦えなくて…淋しいだけだもん…!」
淋しい……。カワキには、井上の言葉の意味は理解できなかった。けれど、一つ、理解できたことがある。
――一緒に戦えなくて淋しい、か……戦えないことに納得してしまっている……。
――彼女の戦意は、既に折れてる。
『井上さんは、それでいいんだね……?』
「うん…淋しいのよりいやなの…足手まといになるのはもっといや…黒崎くんやみんなの…足手まといになるくらいなら……」
井上が涙目で不器用な笑顔を見せた。
「淋しいほうがずっといいよ」
『――…そうか、よく解った』
井上の力は有用だ。しかし、その精神は戦士ではなかった。戦意のない者を無理に連れて行っても荷物が増えるだけだ。
惜しいとは思うけれど、仕方がない。
『井上さんの不在は痛いけど戦えないならそれでも良いよ……君の選択を尊重する』
へたり込む井上にカワキはそう告げた。その肩をルキアがぽんと叩く。
「待て、カワキ」
『?』
「…聞け、井上」
ルキアが井上と視線を合わせるように、ゆっくりとしゃがみ込んだ。俯いた井上の顔を覗き込む。
「戦いに於いて足手纏いなのは力の無い者ではない、覚悟の無い者だ。…尸魂界での戦いで、足手纏いになった者など一人として居はしない」
カワキは黙ってルキアの言葉を聞いて、尸魂界での戦いを思い出す。
――そうかな……。
⦅ガンジュくんとか、土壇場ですごく喧嘩してたような……あと一護の霊力調整がド下手で墜落したり……まあ…いいか…⦆
もう過ぎたことだ。カワキは気にしないことにして話の行く末を見守る。
「一護も、カワキも、茶渡も、石田も…そして井上、お前も。誰か一人でも欠けていたら…今の私は此処には居ない」
ルキアの手が井上の頬に触れた。優しい月明かりに照らされて、ルキアが親しげな微笑みを浮かべる。
「…決戦に向けてできることは必ず有る筈だ。一緒に探そう……井上」
「…朽木さん…」
何だかわからないが井上がやる気を取り戻したようだ。やはり、カワキには誰かを励ますのは向いていないのかもしれない。
そう思っていると、井上達の真横に何者かが降り立った。
「な…!?」
「…ひ…ひよ里ちゃん…!?」
着地した部分のタイルが割れる。
敵意を感じなかったからか、接近されていることに気付かなかった。だが、その姿は最近読んだダーテンに記載があった特徴を持っている。確か――
『君は――』
猿柿ひよ里。平子の仲間。かつて浦原が隊長を務めていた頃の副官。おそらくは、彼女も現世に潜伏していたのだろう。
カワキがうっかりその名を口にするより先に、ひよ里が井上を掴んで言った。
「連れてくで! ハッチが用事あんねんて!」
「え? ハッチさんて…うわあ!!」
『あ』
井上が拐われてしまった。護衛対象ではないので見捨てても構わないのだが、もし本当に井上が立ち直っているのなら、ここで失うのは惜しい。
「…………! …な…何者だ一体…!?」
『知り合いみたいだったね』
呆気に取られるルキアに、カワキが声をかける。
『何にせよ、井上さんに戦う意志が戻ったのなら、次も一緒に戦場に来てほしい……追いかけよう』
「……そうだな!」
カワキの言葉に、嬉しそうな顔でルキアが頷く。滅却師と死神、相容れない関係の二人は肩を並べて夜の街を駆けて行った。
***
カワキ…井上には一護の救護係として一緒に来て欲しい。でも本人が諦めたらすぐに「そうか、なら仕方ない」するドライ。
井上…ルキアとカワキ、二人ともめっちゃ戦えるので引け目を感じている。カワキがヤミーをハチの巣にしたので椿鬼は元気。
ルキア…カワキが井上に対して「一緒に戦おう」と言ってるのが嬉しい。井上を励まして立ち直らせてくれた。