加筆まとめ⑤
報告への反応目次◀︎
見えざる帝国
side ユーハバッハ
ここ最近、現世に送った可愛い娘からの近況報告は物騒極まるものとなっていた。今日もまた、例に漏れず、取り戻した鼓動が止まってしまうかと思う報告が届いた。
「殿下から藍染惣右介の目的を掴んだとのご報告が入りました! 情報の出処は護廷十三隊総隊長 山本元柳斎重…」
「――何だと?」
カワキがあの男と話したのか――?
千年前、この身と部下達を焼き尽くした炎の熱を思い出す。身を焼く熱とは裏腹に頭は冷静に冷えていった。
――山本重國と話した……ということは、奴とも顔を合わせて言葉を交わしたのか?
雀部長次郎。山本重國の腹心。私を背後から貫いた男。……カサネを手にかけた、憎き仇敵。奴とカワキが関わったと考えるだけで背筋がゾッとした。
奴らはカワキの生家の事を知っている。カサネの顔も――覚えているかはわからんが――目にした事がある筈だ。
「カワキが奴らと直接話したというのか? まさか……カワキの出自や我らとの関係に気付かれたわけではあるまいな?」
山本重國――奴は鬼だ。いくら老いたとは言え、真実を知られれば、カワキが死神共にどのような目に遭わされるか……。
カサネの最期が瞼の裏によみがえり、眉根が寄った。
「…い、いえ! 殿下からは、そのようなご報告は入っておりませんっ!」
「そうか……ならば良い。報告を続けよ」
「はっ!」
ひとまず安堵に息を吐いた。部下に報告の続きを促す。
王鍵の創生法。藍染の狙い。現在の崩玉の状態……。どれも重要事項ばかり。この短期間でこれほどまでに情報を集めるとは流石は我が娘だ。
「藍染惣右介は空座町を狙うか……」
カワキには黒崎一護の護衛を命じて現世に送り出したが、あの子は賢く、引き際を判断できる子だ。どうにもならない場合、命を落とす事になる前に見えざる帝国へと帰って来るだろう。
そう考えていると、傍に控えていた半身――ハッシュヴァルトが鋭い声を上げた。
「何故すぐに私を呼ばなかった――…!」
「は…はっ! ハッシュヴァルト様に繋ぐなと、殿下からのご命令でしたので……」
「――――……。……次に同じようなことがあれば、すぐに私に知らせろ。カワキが言うなと命じたとしても、だ」
念押しをするその顔は苦々しい。無理もない。ハッシュヴァルトはカワキが幼い頃から、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。父である私と同様、カワキの身を案じているのだろう。
離れていても我が子達の仲は良好なようで何よりだ。自然と口角が上がった。
ハッシュヴァルトの叱責に怯んだ部下が気を取り直して報告を続行する。信じ難い内容が耳に飛び込んできた。
「黒崎一護を含めた人間に山本元柳斎重國から「力添えを」との協力要請があったとの事です! い…以上が殿下からのご報告となります!」
「馬鹿な、あの山本重國が――」
――「力添えを」? あの男が。人間に。本当にそのような言葉をかけたのか?
――そのような事があるものか!
そう叫び出しそうになる衝動を、ぐっと堪える。奴は敵を討つに利するものは全て利用する男だ。現世の人間を巻き込むことに疑問はない。だが……だが!
「あの山本重國が――…人はもとより部下の命にすら灰ほどの重みも感じぬ男が……人間に、助力を請うような言葉を――」
私の知る山本重國であれば、人間だろうと問答無用で参戦させた。いや、かつてのあの男ならば敵が動くのを待たずに動いたに違いない。
――虚圏か、空座町か……或いはその両方を、燃やし尽くしていた筈だ!
ましてや、滅却師であるカワキにまで、助力を請うなどと……。考えられぬ――
「へ…陛下……」
戸惑いを乗せた部下の声に、ハッと我に返った。驚きのあまり、報告を終えた後に退室の許可を出していなかったな……。
「ご苦労。下がって良い」
「はっ! 失礼いたしました!」
部下が退出した事にも気付かぬ様子で、ハッシュヴァルトは何やら考え込んでいるようだった。やはり、お前も驚くか。
とても信じられないような話ではあるが真実なのだろう。カワキが、我が最愛の娘が、私に嘘をつく筈がないからだ。
――近いうちに、カワキに里帰りするように連絡をとるか……。
――久しぶりに親子の会話を楽しみたい。
離れて暮らす娘の顔を思い浮かべた。
驚くばかりの報告ではあったが、カワキを呼び戻す良い口実になる。ここしばらく会っていない娘を想って、ユーハバッハは目を閉じた。
◆◆◆
side ハッシュヴァルト
その日、玉座の間に激震が走った。
次々と述べられる衝撃的な報告の数々に瞠目する。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。ハッシュヴァルトは眩暈がしそうだった。
――藍染惣右介が王鍵の創生を狙っているだと……?
――その為に、空座町を狙う……。
王鍵についての話は、もちろん衝撃ではあった。しかし今のハッシュヴァルトの頭の中心を占めるのはカワキのことだ。
「何故すぐに私を呼ばなかった――…!」
「は…はっ! ハッシュヴァルト様に繋ぐなと、殿下からのご命令でしたので……」
「――――……。……次に同じようなことがあれば、すぐに私に知らせろ。カワキが言うなと命じたとしても、だ」
「はっ!」
迂闊だった。カワキの性格を考えれば、通信室に事前に手を回しておく必要があることくらいは予想できた筈だ。予め、連絡があれば知らせよ、と命じておかなかった己への苛立ちで奥歯が軋む。
叱責に怯えた顔で部下が報告を続ける。
「黒崎一護を含めた人間に山本元柳斎重國から「力添えを」との協力要請があったとの事です! い…以上が殿下からのご報告となります!」
「馬鹿な、あの山本重國が――」
瞠目した陛下が唸るような声で言った。低く響く陛下の声すら、ハッシュヴァルトの耳を通り過ぎていく。
ハッシュヴァルトの意識のほとんどは、カワキへの心配で満たされていた。
――……山本元柳斎重國から、黒崎一護への協力要請――…。
藍染惣右介は破面を従えていると言う。その藍染が空座町を狙い、黒崎一護が戦場に出れば、当然、カワキは護衛任務を完遂する為に応戦するだろう。
――力の大半を奪われ、血装を封じられ、そんな状態で……天敵である虚と……?
ハッシュヴァルトの脳裏を掠めたのは、かつて見えざる帝国に居たカワキの兄弟達の姿。カワキが成人する頃に、揃って姿を消した彼ら……。
――彼らも、虚に……。
あり得ない話だ。本来なら、そのようなことが起こる筈はない。彼らは皆、充分な能力を持ち、尸魂界にある見えざる帝国で暮らす純血統滅却師だった。
それが無断で現世に出奔した挙句、ただの虚に、兄弟が全滅するまで追い込まれた――そんな事態、起きるわけがない。
であるならば、この事件は誰が仕組んだものだったのか……言うまでもない事だ。
今、カワキが置かれた状況が、あの時のものと重なって見えた。
――まさか…陛下はカワキにまで――…。
ザッと血の気が引いた。手足が末端から冷えていくのが自分でもわかった。心臓が早鐘を打つ。
陛下がカワキを手元に置いて養育したのは特異な体質――虚への耐性を持つことが理由だった。とは言え、耐性は完璧なものではない。
――もしも……。
――もしも陛下が、この期に及んでカワキに血装の使用を許可しないまま、任務続行を命じられたのなら。それはつまり――
金糸の睫毛に覆われた新緑の瞳が、不安に揺れた。そんなものはただの妄想だ、と自分に言い聞かせようにも、過去の出来事が邪魔をする。
無事を確認したい。そうして、この暗雲のような気持ちは杞憂だったのだと。悪夢を見ただけだと。そう、思いたかった。
最後にカワキの声を聴いたのは、死神が現世へ派遣されたあの日――破面の襲撃があった日だ。実際に会って顔を見たのは、その一ヶ月以上も前になる。
――どうして私に何も言わない。
――なぜ見えざる帝国に戻って来ない。
――カワキ……。
訊きたいことは山ほどあるというのに。
ハッシュヴァルトは、その白皙の美貌を憂わしげな色に染め、ひたすらにカワキの身を案じていた。
***
陛下…山爺のチョコラテ化にめちゃくちゃ驚いている。カワキは賢い子だからヤバイなら血装も使うし、一護を見捨てて帰って来る筈だと思っている親バカ。
ハッシュヴァルト…陛下がカワキの兄弟を虚耐性を見る為の実験に使って全滅させたと思っている。さらには「カワキにも耐性チェック目的で無茶な戦いをさせるつもりでは?」と名推理。全部、陛下の血装縛りが悪い。ポテト説は有力説。
モブ…必要なことだけを言い、余計なことを言わないモブの鑑。でも命がかかってるので殿下の命令はチクる。