加筆まとめ⑤

加筆まとめ⑤

見えざる帝国への報告

目次◀︎

空座町


 カワキは総隊長の話を聞いた後、井上と別れて行動していた。浦原商店へ向かった井上を見送って、先程の話を反芻する。


『……どこからどこまでを話すべきか』


 藍染の目的。王鍵の創生法。今の崩玉の状態。決戦時期。総隊長の協力要請……。

 困った。どれも報告すべき重要事項だ。省ける部分がほとんどない。これはもう、腹を括って一連の流れを報告するしかないだろう。しかし――…。


『どうしようかな……説教は嫌だ……』


 こういう重要事項はハッシュヴァルトに直接伝えるべきなのだろう。しかし説教は嫌だ。それはもう、ものすごく嫌だ。書類は論外である。やりたくない。

 自宅へ歩みを進めながら、カワキはうんうんと頭を悩ませる。憂いを帯びた横顔は儚げで、とても仕事から逃がれようと苦心している風には見えない。


『――…仕方ない』


 自宅に着く頃には、カワキも報告からは逃げられないと悟っていた。限られた中で最もマシな選択肢を選ぶしかない。

 今度の報告は長くなる。喉を潤すための酒を用意して、ソファに沈み込むように背を預けた。ため息をついて端末を鳴らす。


《……こちら通信室》

『志島カワキから見えざる帝国へ、いくつか報告がある』


◇◇◇


 男は、見えざる帝国で通信担当に任ぜられた滅却師である。

 今日もいつもと変わらず、機器と向かい合って仕事にあたっていた。室内には、男と同じように仕事をする者が並んでいて、無機質な機械音だけが響いている。

 いつも通り、呼び出し音に返答した。


「こちら通信室」


 平凡な男の平凡な一日は、唐突に終わりを告げた。


《志島カワキから見えざる帝国へ、いくつか報告がある》


――殿下からの入電だ。


 現世で護衛及び諜報任務に当たっている殿下は滅多に連絡してこない。だが、その稀な連絡こそ我々にとっては鬼門だった。

 ただでさえ、殿下はユーハバッハ陛下によく似て、思考の読めない方だ。その上、こちらの事情などお構い無しで情報を投げ込んでくる。正直、不気味で恐ろしい。

 以前も、殿下からの緊急連絡後に同僚が一人減った。よりにもよって今日。それを引き当ててしまったのが、この男だった。


《まず――…藍染惣右介の目的について》

「はっ……!?」


 いきなり飛び込んできた特大の爆弾に声が上擦った。何故そんな重大な報告をここへ寄越す!? 件の同僚が消えた後、殿下にはハッシュヴァルト様に直接繋がる回線が用意されていた筈だ。

 だというのに、何を考えていらっしゃるのか。本当に理解が及ばない。


《藍染の目的は……》

「…おっ…お待ち下さい、殿下! そのように重大な事案であればハッシュヴァルト様へお繋ぎ…」

《しなくていい》


 いいわけがない。そんな話を聞かされるこちらの身になっていただきたい。冷や汗が止まらない。


「…そういうわけには…」

《いいから。ハッシュヴァルトにはそっちから伝えて。陛下にもね。報告を続ける》

「……了解」


 いいわけがないが、殿下に強く言われて逆らえる筈もなく……明日の朝日は拝めないかもしれない。胃がキリキリする。


《藍染の狙いは王鍵の創生。必要な材料は十万の魂魄と半径一霊里の重霊地――そのために空座町が狙われる可能性が高い》

「…おっ…お、お…王鍵……!? 殿下、やはりお待ちくださ…」


 話についていけない。王鍵? 空座町が狙われる? そんな話、端末で報告されても困る。陛下に直接申し上げるべき内容だとしか思えない。

 だが、殿下は待ってくれない。


《大霊書回廊に残された藍染の既読記録に王鍵の創生法があった。これは護廷十三隊総隊長からの情報だ》


 殿下の報告は続く。あまりの内容に、雷に打たれたように通信室が騒めくが、殿下は気にした様子もない。


《涅マユリの調査によると、魄内封印から解かれた崩玉は強い睡眠状態にあって完全覚醒まで四ヶ月はかかる……とのことだ》


 声にもならない呻きを上げるこちらの事などお構い無しで、殿下はつらつらと言葉を紡いだ。澄んだ声は狼狽えたこの耳にもよく通る。


《尸魂界側の想定する決戦時期は冬。黒崎一護を含めた現世の人間に、山本重國から「力添えを」との協力要請があった》


 報告は以上、という短い言葉を最後に、通信は一方的に切断された。

 一体どうしたらいい……もはや、途方に暮れる以外にどうしようもない。


「ど…どうするんだ……!?」

「殿下のご報告だぞ……!? ご命令通りにお伝えする以外にあるか!」

「殿下は何故こちらの回線に……」

「言うな! 殿下の事だ。なにかお考えがあっての行動だろう……」


 機械音が聞こえなくなる程に室内が騒然とする。殿下との会話という緊張から解放され、男は脱力感に包まれていた。呆然として椅子から立ち上がれない。騒いでいた同僚達から気の毒そうな視線が向いた。


――あぁ…なんてことだ……。


 男は今聞かされた内容を、陛下にお伝えせねばならないのだ。殿下と言葉を交わすだけでもすり切れた神経が、陛下への報告という大役に悲鳴をあげている。

 そして陛下の隣にはハッシュヴァルト様が控えている。あの方が、弟子である殿下のことを大層気にかけているのは知られたことだ。あの美貌に凍てつく視線で詰問されると思うと今から吐きそうだった。


――どうか明日を迎えられますように…!


 男は沈痛な面持ちの同僚達に見送られ、死地に向かうような重い足取りで玉座へと向かう。強烈な胃の痛みだけが、男の意識を現実に繋ぎ止めていた。


***

カワキ…ハッシュヴァルトの説教をブッチしてしまったので、こっちの回線に連絡を入れた。仕事じゃなく説教から逃げてる。

「やりたくない事はやりたくないんだ」という考えしかない殿下。


通信担当のモブ…殿下が不気味で超怖い。

「なんでこっちに連絡してくるの??」

「やめて! そんなの聞きたくない!」

と思っている。ハッシュヴァルトから

「何故こちらに連絡を回さなかった?」

と激詰めされると思うと吐きそう。陛下への報告という大仕事に胃が捻じ切れる。


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