ザエルアポロ戦 続
「な……なんで逃げてるでヤンスか⁉︎ なんで〜〜〜⁉︎」
撫子が回道をかけ終えた後。一行は部屋から出て階段を登っていた。
「当然だろ! 僕らの目的は井上さんと平子さんの救助だ、十刃を倒すことじゃない!」
「せやで! アタシが合流したから助けるのはあと織姫ちゃんだけや、サクッと救助して逃げるのが一番や!」
「ああ。それに能力も使えないあの部屋であいつの帰りを待つ義理はないさ」
「全くだ、ついでにルキアと茶渡のヤローも助けなきゃなんなくなったみてえだしな!」
「……そうだね……ともかく急ごう! 全てはここから出てからだ!」
階段を登り切ったところに、扉がある。次の部屋に続くであろうその扉を先頭の石田が開け放つ。
しかし。
「……なん……だと……?」
「……これは……!」
「ここってさっきの……」
一行の目の前に広がっていたのは、先程死闘を演じた部屋だった。
「——おかえり。散歩は楽しかったかい? さて、そろそろ第二幕といこうか」
そこには衣服を新調したザエルアポロがいる。
「わざわざ説明してやる程のことも無いとは思うが、一応話しておこう。この宮の中は僕自身の肉体のように思うがまま。全ての壁面にはカメラが埋め込まれ、全ての回廊は僕の意のままに組み替えられる。君達を残して部屋を出れば君たちが逃げるのは、開いた龍の口から蠅が逃げるくらいに当然のこと。その君たちを走る回廊ごと移動させ最終的に元の場所に戻るようにしただけのことさ」
ザエルアポロは一行の顔を見回す。
「だから、そんな顔をするのは止してくれないか。『長い廊下を走り回って』『長い階段を駆け上がって』『辿り着いたのが元の部屋』なんて『性質の悪い冗談だ』とでも言いた気な顔は」
ザエルアポロが、腰の斬魄刀をゆっくりと見せつけるように抜いていく。
「そんな些細な事よりも——君達のような低劣種が、この僕をこれ程迄に苛つかせ、あまつさえ全力で戦わせようとしている……その事の方が余程——『悪い冗談』だ」
ザエルアポロが斬魄刀を逆手に持ち、鋒を自分の口へと向ける。
「——啜れ、邪淫妃」
言葉の終わりと同時に、ザエルアポロが斬魄刀を自らの口の中へと突き刺すように呑み込む。
次の瞬間、ザエルアポロの胴体が風船のように膨らんで、悲鳴とも断末魔とも嬌声ともつかない叫びが上がる。
聞くに耐えない音を立てながら、ザエルアポロが組み変わって行く。
「……な……何だ……こいつは……⁉︎」
恍惚としたように息を吐くザエルアポロ。口元には笑みすら浮かんでいる。
「……お待たせして済まなかったね。いよいよ、お待ちかねの第二幕の開演だよ——ああ、いや、済まない。訂正しよう。正しくは、いよいよ第二幕の——終演だ」
ザエルアポロがお辞儀をするように上半身を前へと倒すと、その背中からなんらかの液体が噴出する。
「!」
「何だ⁉︎」
「知らないよ‼︎」
「うわああああ〜〜‼︎」
液体は四方八方へと飛び散る。
「避けろっ‼︎ 何だか知らないが全部かわすんだ‼︎」
「そ……そう言われても……」
「こんなのムリでヤンス〜‼︎」
「全員下がっとき!」
撫子が一歩前へ出て、両腕を前へ突き出す。
——円閘扇やと範囲が狭い。この変な汁が鬼道系やってこと祈るしかない!
「平子さ……」
「縛道の八十一、『断空』! これで……!」
「オ……オイそれ本当に断空か?」
「え?」
阿散井の疑問の声に断空を見る。
撫子が発動させたそれは——小さかった。
「いや小っさ‼︎ うそやろなんでこんな時に!」
然う斯うしているうちに、ドンドチャッカに液体がかかる。するとそのドロリとした液体は見る見るうちに色を変え形を変え、ドンドチャッカとよく似た姿になる。
「‼︎ オ……オラが出てきたでヤンス‼︎」
「……な……」
残る面子も大なり小なり液体を浴びてしまい、自分とそっくりな何かが多数現れる。
ザエルアポロの高笑いが部屋に響く。
「……さて、登場人物も出揃った。早速始めてもらおうか。見て解るだろうが自分と同じ能力を持った敵だ。半端な戦いは死を誘うぞ……だがまあ喜んでくれ、君達に一つ嬉しいお知らせだ。君達の能力を封じていたこの部屋の仕掛けを“解除”しておいた」
「!」
「さあ、思う存分自分自身と全力同士で殺し合ってくれ給え。クはははははははは‼︎!」
「くそ……ッ」
「“敵と戦う前に自分と戦え”……か。まるで禅問答だな。確かに……『悪い冗談』だ」
**
一番最初に動いたのは撫子だった。
自身の霊圧のせいで肩と背中部分が無残に弾けた白い衣服。その残っていた左腕部分を自ら千切り、布地を噛んでさらに細く長く手で破いた。
裂かれた白い布は五人分だ。
「石田! 阿散井君! ペッシェにドンドチャッカ! これどっか分かりやすいとこに結んどき! これで見分ける!」
「おお!」
「させると思うかい?」
ザエルアポロが触腕を二本伸ばし、片方で撫子の首を捕まえ、もう片方で五人分の布を掠め取る。
「ぅぐッ」
「撫子!」
「平子さん!」
「困るなあオヒメサマ。せっかく役者が揃ったんだ。台無しにしないでくれよ」
「く……やかましわ、オマエの遊びに付き合うてる暇なんかないんや……!」
撫子の首に巻き付いた触腕はゆっくりと絞める強さを増していく。だが撫子の顔に浮かんだのは苦悶のそれではなく、ニヤリとした表情だった。
「うぅ……! ……オマエら、十刃は、アタシを、殺さんように、藍染から……っう、命令されとるんやろ……アタシに対して、これ以上、なんも、できひんやろ……」
触腕でザエルアポロの方へ引き寄せられ、手で触れるほど近くへと移動させられる。顔が近い。ザエルアポロの指が、つうと撫子の体をなぞる。
「僕らは確かに命令されているよ。『双虚嬢を殺すな』ってね……一つ思い違いをしているようだねオヒメサマ。殺す以外は何をしても良いってことさ。今すぐ胎を掻き混ぜてやってもいいんだぞ」
ザエルアポロの手が丁度撫子の下腹部あたりをくるりと触る。
——気持ち悪い。撫子は気色悪さで泣きそうになるのを堪える。
「——キッショいねん。触んなや。けどまあ……捕まえてくれてどうもありがとう」
「……何?」
「オマエの話が長くて助かったわ。お陰で調子戻ってきたわ。……オマエ、アタシの事も解析した言うてたな。斬魄刀の能力も、や。それなら——」
撫子は右手で己の首に巻き付いた触腕を、左手でザエルアポロの首に触れる。
「これはどうや? ——瞬閧」
瞬間、高濃度に圧縮された鬼道が肩と背中から噴出し、黒色のそれは瞬時に撫子の手足へと流れ——両手で炸裂する。
「チィッ!」
炸裂の直前、ザエルアポロは撫子を捕まえていた触腕を自切し、首に触る手を払いのけると同時に撫子を別の触腕で打ち払い、距離を取る。
放り出された撫子は受け身を取って体勢を立て直す。
「平子さん!」
「げほっ、……平気や!」
調子が戻ってきたと言った通り、撫子は向かって来た自分のクローンの頭を容赦なく蹴り飛ばした。首が折れる嫌な音が響く。
「邪魔やで。——縛道の三十、『嘴突三閃』! なんやいっぱいおって邪魔やし、大人しくしとき! そっちも! 縛道の三十、『嘴突三閃』!」
クローン達が鬼道によってどんどん壁に磔られてゆく。
「縛道の六十二、『百歩欄干』!」
「『百歩欄干』!」
「『百歩欄干』」
「……『百歩欄干』」
「し、しんどくなってきよった……なんぼおんねんコイツら! 『嘴突三閃』!」
撫子は肩で息をしながら鬼道を打ち込む。鬼道の威力や規模も安定してきた。
なにやら阿散井とペッシェとドンドチャッカが戯れている(ように見えた)ところに石田が割って入る。
「何をしてるんだ君達は! 現時点で僕が把握した本物とクローンの相違点を伝えに来た! 聞け!」
「ホンマに⁉︎」
「まず僕と阿散井君のクローンは目元以外にはわずかに頭髪の質くらいしか違いが無く判別し辛い! この二種類は後に回そう!」
「アタシのクローンは⁉︎」
「本物以外が大体壁に磔になってたり床に倒れてたりする! 平子さんは今まで通りの対処で大丈夫だ!」
「わかった! 引き続きボッコボコにする‼︎」
「次にドンドチャッカのクローンだが……クローンは背中のまだら模様が無いんだ! これは非常に判別しやすい!」
「まだらじゃないでヤンス! 水玉って言ってほしいでヤンス〜〜〜‼︎」
「そして最後にペッシェのクローン! これはさすがに皆気付いてると思うが……見ての通り……ニセモノはズボンをはいているんだ‼︎」
「「「なにィ⁉︎」」」
「……」
「ああっ! ホントだ‼︎」
「ホントでヤンス‼︎」
「ムウ……ッ! あまりにも違いが大きすぎて気付かなかった……!」
「気付いていなかったのか……今まで一体何を見て戦ってたんだ……」
「なんやろね……『嘴突三閃』」
「しッかしでけーミスだぜこりゃ……あの野郎もしかしてバカなんじゃねえか……?」
「そのでかいミスに気付かなかったのは誰だ?」
「バカではない」
いきなりザエルアポロがするりと会話に割り込んで来た。
「うおおう! 聞いてたのかよ‼︎」
「そいつらのフンドシと背中の斑点は僕の美感にそぐわなかったのでね……排除したまでのことさ」
「クローンなのにてめえのシュミで服装変えるのがバカだっつッてんだ‼︎」
「斑点じゃないでヤンス‼︎ 水玉でヤンス〜〜〜‼︎」
「はいはいドンドチャッカは水玉や、かわええね!」
「酷いでヤンス撫子が投げやりでヤンス〜!」
「ごめんな! さっきから鬼道使いまくりで疲れとるんや!」
阿散井のクローンが本物に斬り掛かり、本物が刃を受け止める。
「石田! 撫子! どうにもここでこの人数相手じゃ狭すぎる! 脱出するぜ‼︎」
「どうやって⁉︎ 脱出ならさっき失敗したろ‼︎」
「ちょっとな……俺に考えがあるんだ……! 卍解‼︎ 狒狒王蛇尾丸‼︎」
撫子も石田も呆気にとられる。阿散井の卍解は規模が大きい。つまり。
「阿散井君ー⁉︎」
「ばっ……ここで今そんなもの使ったら……」
本物の阿散井の卍解に呼応するように、クローン達も卍解し始める。
「卍解‼︎」
「卍解‼︎」
「「卍解‼︎」」
「卍解‼︎」
斯くして、ザエルアポロの宮は崩れ落ちた。
**
「ふう……思った通りだぜ……俺のコピーだけあってさっきからどうも攻撃をマネされてる気がしてたんだよなぁ……試しにと思って卍解したらやっぱりマネしてきやがった……」
石田が瓦礫の下から、撫子がハッチ仕込みの簡易的な結界の中から出る。
「げほっ、ごほっ」
「ごほっ、うえっ、埃が……ッ」
「よォ! 生きてたか‼︎ どうだったよ俺の頭脳プレーは⁉︎」
「どこが‼︎」
「頭脳プレーやなくてただのパワープレーやろ‼︎」
「ホントに君は何と言うか……黒崎とよく似てるな!」
石田と撫子はそれぞれ自身の服の埃を払う。
「ハッ! よせよ! 一護の名前出されちゃホメられてる気がしねえぜ!」
「当たり前だ! 貶してるんだよっ‼︎」
「ドンドチャッカとペッシェは……まァ大丈夫だろう、あいつら結構頑丈だからな。問題はザエルアポロだ。気をつけろあの野郎のことだ、絶対足元からいきなりドカンとくるぜ!」
ある意味その言葉どおり、ザエルアポロは触腕で自分を包み込むようにして瓦礫の下から出てくる。
「……やれやれ……」
触腕が開き、本体が出現する。
「僕の宮をこんなにしてくれちゃって……藍染様に何ていったものか……不愉快だよ」
ザエルアポロが指を鳴らすと、周囲のクローンが風船のように破裂する。
「……クローンが……!」
「……止めよう。どうにもさ、つまらない戦い方だと思ってたんだ」
ザエルアポロが立ち上がる。
「僕が直接やろう。見せてあげるよ、この邪淫妃の本当の力をね」