ザエルアポロ戦 屋外1
「おや、済まない。聞こえなかったみたいだね」
残っていた阿散井のクローン一体は、ザエルアポロが指を鳴らすと破裂する。
「ちっ……ニセモノだっつッても自分が破裂すんのを見るのは気分のいいモンじゃねえな……」
「さて、お待たせしたね。お見せするよ、この邪淫妃の本当の力をね」
その言葉にしかし、石田と撫子は距離を取り、阿散井も構えをとる。
「せっかくの心遣いを申し訳ないが……生憎こっちはそんなものなんかに興味は無いんだ。お披露目は邪魔させて貰うよ」
「破道の七十三、『双蓮蒼火墜』!」
「そういうこった‼︎」
其々の攻撃がザエルアポロへと迫る。しかしザエルアポロが操る巨人二体に阻まれる。
「‼︎」
「……申し訳ないのはこちらの方さ。悪いが君達に選択権は無い。鑑賞会は強制参加だよ」
瞬間、石田と撫子の背後から羽のような触腕が現れ、二人を纏めて呑み込んだ。
「! 石田‼︎ 撫子‼︎」
「ううっ……うぶ……」
「んー! んんーーー‼︎」
「くそっ‼︎」
阿散井は二人を助けるため蛇尾丸で攻撃しようとして、
「うおっ⁉︎」
二人が触腕から吐き出され、阿散井は攻撃を止める。
阿散井は左手で石田を、右手で撫子をそれぞれ瓦礫に倒れない様に支えた。
「フフ……ごちそうさま」
ザエルアポロの背から生えている触腕。それに実のように連なる触手のうち二本が不自然に膨らみ、破裂する。
破裂した場所からザエルアポロの手に落ちたのは二体の人形。一つは黒髪で眼鏡をしていて、もう一つはうねる金髪の人形だ。
「⁉︎ 石田と撫子の人形……⁉︎ 石田! 撫子! おい、石田! 撫子! 起きろ‼︎」
「う……」
「んん……」
「大丈夫かオイ⁉︎ 意識は……」
「……大丈夫だ……耳元で騒がないでくれ……」
「……アタシも大丈夫や……」
「はぁ〜〜〜〜〜い僕はここだよぉ〜〜〜〜アタシもここだよぉ〜〜〜〜」
ザエルアポロが二体の人形を片手に持って掲げて、人形遊びの様に揺らす。
「……何の真似だ……」
「んん? 何って、返事をしただけさ。君が呼ぶもんだから」
「全ッ然似てへんかったな……」
「御苦労様、石田君に双虚嬢。今をもって君達の『石田君』と『双虚嬢』としての役目は終わった。これからは“彼ら”が『石田君』と『双虚嬢』だ」
「何を……」
ザエルアポロは石田人形の側頭部を撫でる。そしてそれは、人形に対応した石田本人も感じた。
「あったろ? “触られた感触”が。さっきの説明は上手くなかったかもしれない。簡単に言えばこれは君の五感を支配するコントローラーだ。つまり」
今度は強く額を爪で引っ掻く。
それは人形を通して本人にフィードバックされ、石田が額に傷を負った。バランスを崩して石田が瓦礫に倒れる。
「石田っ‼︎」
「こういうことだ。更に……」
ザエルアポロは石田人形を両手で持つ。
「何を……してんだてめえ……」
人形の腹部を開けようとしている。
「やめろ‼︎」
人形は上と下で真っ二つに分離して——
「‼︎ くそっ‼︎」
石田本人には何の影響も与えていなかった。
「……」
「馬鹿め。何を慌ててる? この人形は元々そういう構造なんだ。腹を割ったら本人も真っ二つになるとでも? まあいい。ほら、見えるかい? この中に小さなパーツがたくさん入っているのがさ」
「……それが何だ?」
「カラフルで綺麗だろう? 子供のおもちゃみたいでさ。こいつがこの人形の楽しいところでね。……まあ君らの様な馬鹿には見せた方が早い」
ザエルアポロはパーツをひとつ摘む。
「……ふん、“胃”か」
ザエルアポロの指が、パーツを砕く。
それは石田本人へとフィードバックされ、胃袋が潰れる。石田が吐血する。
「石田‼︎」
「石田っ⁉︎」
「ぅぐ……ああ……っ」
撫子は石田に駆け寄る。胃袋が消滅した訳ではないなら、回道で応急処置ができるはずだと、回道を発動させる。
「ああ、君はコッチだよ、オヒメサマ」
「は……?」
「君の内臓のミニチュア、硬くて壊し辛いだろうしね」
「何すん……っ!」
「どうした撫子!」
石田に回道をかける手が止まる。阿散井に返事をすることもできなかった。
誰にも直接触れられてはいない。いないはずなのに、撫子は己の身体を這い回る感触を感じ取ってしまった。
「くそっ、触んなや……ッ!」
背を、腕を、腹を、胸を、足を、首を、生温かいものが体を確かめるように、ゆっくり滑るような感触に、自分自身を抱きしめて耐える。
「ひ……平子さん……?」
「う……うぅ……ぃや……」
撫子はその場にペタンと力なく座り込む。
ザエルアポロが撫子人形を触手に預け、預けた人形にゆっくりと舌を這わせる。ぞわぞわと這い上がる生温かく不快な感触。生理的嫌悪が撫子を苛む。
「ひっ……いッ、きもちわるい、……やめろ……触んな、……やだ、やだやだやだやだ……っ!」
ついに堪えていた涙が、ぼろぼろと溢れた。
「うぅっ……ぐす……もう、やめ……っふ……いやぁ……! こわい、やだ、たすけ、ぅうう……!」
「おや、泣いてしまったねえ。かわいそうに。君のその顔、なかなかソソられるよ」
「平子さん!」
石田は自身の腹部の痛みを無視して、咄嗟に撫子の手を握る。
「ぅ、いしだ……?」
手を握ったところで何ができるというわけでもない。それでも、涙を零した撫子を見てその手を握った。
「……落ち着いて、平子さん」
未だに涙が止まらない撫子を見て、心臓が軋む音がした。