ザエルアポロ戦 屋外2
全身が気持ち悪い。石田が握ってくれた手以外が不快だ。
『——撫子』
「あ……?」
『私に代わるんだ』
「いやや……」
『何故』
「……お姉ちゃんに、こんな気持ち悪い感覚、味合わせたない……!」
——それでも、こいつを倒して織姫ちゃんを探さなアカン……!
焦燥が強まるほどに、不快感が増大する。
「平子さん、落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだ」
「ふ、うぅ……う……」
「大丈夫だから」
石田の言う通りに、ゆっくりと呼吸し、少しずつ平静を取り戻す。未だに全身の不快感は消えないが、落ち着いたことで多少マシになる。
涙を少し乱暴に拭う。
「……ごめん、取り乱してもうた。ありがとう石田」
**
阿散井は荒く息をしながら立っている。
「……しつこい男だな。これだけ色々つぶしてるんだ、いい加減意識を失ってもいい頃だぞ」
尚もザエルアポロに挑まんとする阿散井。ザエルアポロはまた一つ阿散井人形からミニチュアを取り出す。
「う……おおッ‼︎」
「しつこいと、言っているんだよ」
「ぐあッ⁉︎」
壊されたのは左アキレス腱。立っていられずに阿散井は倒れ込む。
そこへ。
「——縛道の六十一、『六杖光牢』」
「!」
帯状の光がザエルアポロを拘束する。
そちらを振り向けば、内臓や手足を潰された石田とお互いのことを支え合いつつ、掌をこちらに向ける撫子の姿があった。
「破道の六十三、『雷吼炮』……!」
掌から奔る雷がザエルアポロに向かうが、ダメージは殆ど無い。
「この程度——」
「——散在する獣の骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 ——」
詠唱が開始され、阿散井は目を見開く。
「ぐ、後述詠唱か……!」
「——動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる」
掌から奔る雷は、後述詠唱を終えた途端にその規模と威力を増大させる。
しかしザエルアポロは触腕で自身を包み込み、ダメージを軽減していた。
「オヒメサマには少し黙っていて貰おうか。はあ……君のミニチュア、壊しにくいって言っただろう? やたらと硬くて……」
ザエルアポロがミニチュアをひとつ、時間をかけつつなんとか指で潰した。
「声帯ひとつ潰すのにも一苦労さ」
「——!」
「平子さん!」
咳き込むと血が吐き出された。
「——、……!」
喉に回道をかける。
「その有様で鬼道は使えないだろう。最初に言ったろ? 君らをあまり傷付けたくないんだ。だからせいぜい……大人しくしてくれ……」
その時、背後から迫る気配に気付いたザエルアポロが羽の様な触腕と触手を使い防御する。
羽の盾に阻まれ、直接ザエルアポロに当たらなかったそれは、ペッシェの無限の滑走だ。盾に阻まれたが、一部は上下から盾を越え、ザエルアポロの左手にかかる。
「……何の真似だこの……」
途端にヌルつき、三人の人形が滑り落ちる。
「!」
ペッシェがスライディングでその人形を受け止めた。
「よっしゃ取ったァーー‼︎ 今だドンドチャッカ‼︎ バワバワを出せ‼︎」
「オウでヤンス‼︎」
瓦礫の下から現れたドンドチャッカが口を大きく開けると、そこから蛇の様なワームのような、ともかく長い生物——バワバワが現れる。
バワバワは着地すると前進し、そのままペッシェがバワバワの背中に弾き飛ばされる。
「うぐう‼︎」
「なんで……そいつがドンドチャッカの口から……?」
「バワバワはドンドチャッカが体内に飼っている戦闘用霊蟲の一つだ! だがそのことはネル様にはお伝えしていない。我々に関する情報からネル様の記憶が戻ることを恐れたからだ!」
バワバワの背中からペッシェが続ける。
「ネル様は戦いを好まれなかった……そのネル様がようやく戦いの輪廻から外れたのだ……我々はネル様に戦いの記憶を思い出させたくなかった……ただ静かにお守りすることこそが使命と考えた……だが、今ネル様は戦いの意志を示されている!」
ペッシェはバワバワの頭頂部に辿り着く。
「ネル様が戦うと仰るならば、そこへ参じるのが我等が使命‼︎ 貴様ごときにかかずらっている訳にはいかんのだザエルアポロ‼︎ いくぞ‼︎」
**
ペッシェが乗っているバワバワがザエルアポロへと突っ込む。
しかしザエルアポロは触腕を上手く使って受け止めた。
「フン……“お前如きに”……か。随分な口を利くもんだね。従属官風ぜ」
「とうっ‼︎」
ペッシェが高く、高く飛び上がる。
美しいYの字の体勢で、高く。そして——
そして、フンドシに手を突っ込んだ。
ザエルアポロですら予想外の行動に唖然とする。
「……ちょっと待て……お前何を……」
フンドシから取り出す動きに、さらに動揺するザエルアポロ。
「何を出そうとしてるんだ——⁉︎」
そしてそれは取り出され——ザエルアポロに一太刀入れた。
「うっ⁉︎」
「おおっ! あいつあの野郎に一太刀入れやがった‼︎」
「……」
「……」
「……ちっ……」
ペッシェがスマートに着地する。
「見たか! これぞ我が刀、その名も『究極』‼︎ 美しく輝くその刃はあふれ出る霊子によって姿を現す光の刃‼︎」
ペッシェはくるりと石田の方を振り返る。
「どうだ雨竜! 親近感を覚えるか⁉︎ 貴様のナニとよく似ているだろう‼︎」
「……似てないし『ナニと』とか言うな……」
「ツッコミが小さいわこのフヌケ‼︎」
「臓腑を破壊された僕を『腑抜け』とカケたつもりか……! 全然上手くないんだよ……ッ!」
「……お前、意外と余裕あるな……」
阿散井の言葉に撫子は頷くことで同意する。まだ喉は治りきっていない。
ザエルアポロが巨人二体へ指示を出し、その巨人がバワバワへと迫る。しかしその前に立ちはだかる者がいた。
ドンドチャッカだ。
ドンドチャッカは自分の口に手を突っ込み、巨大な鉄塊を引っ張り出す。
「コレ、オラの“刀”でヤンス」
そしてその斬魄刀で巨人二体をいとも容易く殴り飛ばした。
「……ザエルアポロ。お前の敗因はただ一つ。『かつて倒した相手』だと、侮りを以て我等に対したことだ」
ドンドチャッカが四つん這いになり、瓦礫の大地へ固定するかのようにその拳を地面につける。
「我々はネル様をお守りするため常に錬磨を絶やさなかった。今の我々はかつての我々とは次元を異にする存在なのだ」
ペッシェがドンドチャッカの背中へ飛び乗る。そしてドンドチャッカは口を大きく開き、そこから大砲のような機構が現れる。
「受けるがいい。そして滅びろ。これが我々の生み出した新たな虚閃——」
ペッシェの剣の鋒から、ドンドチャッカの大砲機構から、虚閃が発生し——
「融合虚閃」
——融合した二人の虚閃が、ザエルアポロを飲み込んだ。
**
「……何故だ……何故通用しない……!」
融合虚閃を正面から受けたはずのザエルアポロが、無傷でそこに立っている。
「『何故通用しないか』だって? 君らが僕に『時間を与え過ぎた』からさ。仮面を変えたくらいで気付かれないと思ったのか? 気付いていたさ。最初に見た瞬間から君達がネリエルの従属官だとね。だから滅却師と死神と双虚嬢と戦いながら、君達の動きも霊圧も経験も全てを計測し続けた」
ザエルアポロは一旦言葉を切る。
「融合虚閃と言ったかな。全く強力で素晴らしい技だったよ。だか予測の範囲内だ。ペッシェ・ガティーシェ、ドンドチャッカ・ビルスタン。教えよう、君達の敗因は『この戦いの始まった瞬間』に今の技を使わなかった事だ」
ザエルアポロが周囲をゆっくり見渡す。
「……さて、“万策尽きた”と見ても良いかな?」
「……」
途中、一人に視線を留める。双虚嬢と呼ばれている平子撫子だ。
撫子が顔の前に掌をかざしている。
「おや、さっきまで泣いていたオヒメサマ。何をしようとしてるんだい? 王子サマに慰めてもらったんだろう? これ以上——」
「ちから、かりるで、おねえちゃん」
まだ完全に治りきっていない、掠れた呟き。掻き毟るように手を下ろすと、猫を模したような白い仮面が撫子の顔に現れる。
「これは——」
撫子は虚化で強化された身体能力で瞬時に跳躍し、ザエルアポロの首を狙い斬魄刀を振るう。
「これが双虚嬢の虚化か!」
ザエルアポロは背から生えた触腕で器用に撫子の攻撃を弾く。
「もっと見せてくれ!」
ザエルアポロの触手が撫子へ殺到する。撫子は跳び退き、距離を取って右手を前に構える。
「虚閃」
右手から放出された虚閃をザエルアポロは触腕で防御する。攻撃に転じようとして、視界に撫子がいない。
「!」
瞬歩なら分かる。だが瞬歩ではない。
「響転か!」
撫子の刃がザエルアポロの触腕を一本斬り落とした。
「ちっ!」
未だに体を苛む不快感を無視して追撃しようとして、残った三本の触腕で殴り飛ばされ、仮面を砕かれる。
「うあッ⁉︎」
「仕方ない。君のミニチュアは壊し辛いと言ったが——動かないでいてもらおうか」
「っぐぅ……ッ!」
撫子は両足の腱を壊され、倒れ込む。
「平子さん!」
「今度こそ本当に万策尽きたようだね。御苦労様諸君。愉快で冗長なこの舞台もようやく終演を迎えられそうだ。終わりにしよう、何もかも」
**
「誰だい君は?」
「ククク……『私が誰か』……か。その質問に答える意味があるのかネ?」
女性を伴い現れたその死神は、白い羽織を——隊長である証を纏っている。その背には「十二」の文字。
「破面……破面……破面……ククッ、十刃! ククククッ面白い! 実に! 虚圏は宝の宝庫だネ!」
涅マユリ。尸魂界きっての狂科学者が、ここにやってきてしまった。