その面影を見る

その面影を見る


前にあたるお話:激突の先触れ




 撫子は織姫と共に、一護とウルキオラの戦いに巻き込まれないように壁際、階段前で待機していた。


「織姫ちゃん、きっと大丈夫やって。あの一護やで?」

「そう、だよね。信じなきゃだよね。あたしは——撫子ちゃん!」

 突然、織姫は撫子の後ろを見て声をあげる。

「え?」

 振り向こうとして、何者かに背後から腕を取られる。それは撫子の背中で一纏めに掴まれる。

「っ織姫ちゃ」

「大人しくしててよ……」

 織姫の背後に人影を見て、同じように声をあげようとして、それを阻止される。

 織姫の方は手で顔を掴まれるように口を塞がれている。

「捕まえた」

 織姫の背後にいたのは破面であり、撫子も知っている相手だった。

 ——……ロリ・アイヴァーン……ならアタシを捕まえとんのはメノリ・マリアか……?

 撫子はこのひと月の間、両手の指の数で足りない程度には脱走を試みていた。その度に撫子を連れ戻すのは大抵がこの破面二人だったのだ。

「なに? アタシに用があるんやったら織姫ちゃんのことは離したげてよ。今回は脱走……はちょっとしたけど、結局ここに戻ってきたんや、二人ともアタシ探さんで済むでしょ?」

 撫子の言葉には見向きもせず、ロリは織姫に詰め寄る。

「あたしのこと憶えてる? 憶えてないかもね、あんたみたいな化け物が、あたしみたいなフツーの奴のこと憶える必要無いものね!」

「化け物ってなんや! かわええコ捕まえて化け物はないやろ!」

「大人しくしなよ、もう!」

「なんのつもりや? ねえ!」

 撫子には破面二人の思惑はわからない。


「でも、そうして階段の上に腰掛けてられる時間も終わりよ、藍染様は言われたわ。あんたは“用済み”だって。わかる? これでもうあんたに何しても藍染様のお叱りを受けることは無くなったってことよ。——あんた、終わったのよ。そこにいるお嬢様もね。あんたがあたしから奪っていった何もかも、あんたから毟り奪ってやるわ……‼︎」

 ロリは織姫の衣服の左肩部分を引き裂く。

「織姫ちゃん……! ねえ離して!」

「大人しくしなって言ってるんだよ……!」

 女性の姿でも破面は破面だ。その膂力で頬を殴られる。

「ぅぐっ……離して、」



「井上‼︎ 何だあいつら⁉︎」

 気付いた一護が織姫の方へ向かおうとして、

「来るなっ‼︎ 近付いたらこいつの目玉抉り取るわよ‼︎」


 ——今なんて言うた?

 撫子の思考が煮え滾るように冷えていく。最適な鬼道を弾き出す。


「——月牙、」

「縛道の三十、『嘴突三閃』」


 メノリによって取り押さえられていた撫子が、静かに縛道を発動させた。ロリが織姫から弾かれ、鬼道により近くの柱に拘束される。

「……え?」

 撫子は呆気にとられたメノリの拘束をすり抜ける。

「っ何すんのよ! あんたも良い気になってんじゃ無いわよ! 藍染様の娘だからってね」

「破道の七十三、『双蓮蒼火墜』」

「っひ、ぁあ"あああ"アぁあッ⁉︎」

 鬼道の炎がロリを包む。

「ロリッ‼︎」

 メノリはロリが拘束されている柱へと駆ける。



 黒崎一護にとって、井上織姫にとって、平子撫子は友人だ。

 いつもニィッとした笑みを浮かべていて、ケラケラ笑っていて。

 その平子撫子の貌に、一切の表情が見えない。

「撫子……?」

「撫子、ちゃん……?」

 撫子は、恐ろしく色の無い目で破面を見ている。

「——ねえ、アタシの友達に何しとんの?」

「は……」

「聞こえなかった? アタシの友達に何しとんの、って。織姫ちゃんに何しようとしたの? ……答えられへんの? ロリ・アイヴァーン」

「……」

「ねえ、メノリ・マリア。アタシ、訊いとるんやけど」


 無感動なその視線に、ロリは別人の姿を、己にとっての絶対者の姿を見た。

「ひ……、あ、藍染、様……?」



「破道の——」

「待って!」


 織姫が撫子の腕に縋り、止める。

「織姫ちゃん……」

「撫子ちゃん、あたしは大丈夫だよ……! ほら、肩のとこ破られただけだから!」

 撫子の顔に少し表情が戻る。心配の色が見えた。

「……ホンマに大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「……さよか。……ごめん。なんや、頭に血ィ昇ってたみたいやわ。でもホンマに傷つけるようなことはやめてな?」

 鬼道を解除し、ロリが柱から床に降りた。その顔には恐怖が浮かんでいる。

「……」

 ——なんなのよ……コイツも化け物なの……?


「ここ、一護達が戦っとるから危ないで。もしここに居る言うんやったら、壁際に寄っといた方が」

 ええよ、と続けようとした言葉は飲み込まれる。何者かが轟音を立てて床を突き破るように出てきたのだ。

「アイツは……」

 撫子も、織姫も見覚えのあるその巨体はヤミーだった。

「ウ〜ルキ〜オラ〜あ、手伝いに来てやったぜえ〜」

「俺が何時手出ししろなどと言った? ヤミー」

「つれねえ事言うなよ。その死神のガキ随分強くなったみてえじゃねえか。俺にもやらせろよ」

「——……そうか、どうやら完全に回復したらしいな。だが、お前の仕事はここには無い。お前は戻って寝るか下の隊長格共を片付けていろ」

「何だよケチケチすんなよ! ウルキオラ‼︎」

「その状態になると我儘が増すのはお前の欠点だヤミー」



「……ヤ……ヤミー……」

「ああん?」

 次の瞬間、片手で虫を払うようにヤミーによってメノリが飛ばされて、

「ッ縛道の三十七、『吊星』!」

 咄嗟に撫子が縛道を発動する。『吊星』によって、壁に激突する事態は避けられた。

「メノリ‼︎」

 ロリが叫ぶのを横目に、鬼道の詠唱を開始する。

「君臨者よ・血肉の仮面・万象・羽搏き ヒトの名を冠す——」

「うぜえ」

「ぎっ……」

 先ほどのメノリと同様、撫子も片手で払われ、柱に激突する。骨が何本かやられたような気がする。

「撫子ちゃん‼︎」

 織姫は反射的に六花を飛ばす。撫子に双天帰盾を発動させ、織姫も撫子の元へと駆けた。

「ウルキオラぁ! なんでこのメス犬共がこんなとこに居やがんだぁ⁉︎」

「そいつらに訊け。それとヤミー、双虚嬢は殺すな。藍染様も仰っていたろう」

「あァん? そうだったかぁ? オイ! 死んでねえよなあ‼︎」

「……げほっ……」

 双天帰盾の光の中にいる撫子が咳き込んだ。血が口から零れる。


 こちらに走ってくる織姫の姿がぼんやりと見える。

 それ以上は瞼の重さに耐えられず、撫子の意識が落ちた。




**




 呼ばれているような気がする。

 でも、もうちょっと寝ていたい気もする。


「——」

「————!」


 予想外に呼ぶ声が強い。そんなに呼ぶことある? と撫子は思う。寝ていたいと思ったけれど、これでは寝ていられない。

 撫子は目を開けることにした。




「——撫子ちゃん」

「……平子さん」

 視界に飛び込んできた二人を見る。

「織姫ちゃん……石田……?」

 ゆっくりと周囲を見渡す。激突した柱から離れ、ヤミーが開けた壁の穴周辺に横たえられていた。

「よかったあ……! ケガを治しても目を覚さなかったから……どうしようって……!」

「っせや、ヤミーは⁉︎ ロリとメノリは⁉︎ どうなったんや⁉︎ 織姫ちゃん怪我しとらん⁉︎ 石田はなんでここに⁉︎ 治ったの⁉︎」

「取り敢えず落ち着いて平子さん」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に織姫はわたわたと困惑し、石田は落ち着くように促す。撫子は数度深呼吸する。

「……ヤミーって奴なら涅に貰った破面用地雷で足場を崩して落下させたよ。今頃一番下なんじゃないか。僕はあの後、涅に治されたよ。それから井上さんと平子さんの奪還の為にこの塔に来た」

「あたしは特にケガしてないよ。えーっと、あの二人は……メノリがロリを回収しに行ったみたい」

「さよか……一護は?」

「——天蓋の上だ」

 天蓋の上。虚夜宮を覆う偽物の空。

「それって……」

「今から僕と井上さんは天蓋の上に向かう。平子さん、君はどうする」

「……もちろん、アタシも行く」

 撫子はほぼ聞き流していたが、天蓋の下でやってはいけないことの話は耳にしたことがあった。天蓋の上に向かったというのはそういうことなのだろう。

「——分かった」

 天蓋の下でやってはいけないこと。撫子は思い出そうとする。

 ——禁止されとるのは帰刃と王虚の虚閃だったはずや。……どちらにしろ厄介やな。


 壁の穴の前に三人が並び立つ。天蓋の上へ辿り着くための一歩を踏み出した。




次にあたるお話:帰刃第二段階ウルキオラ戦


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