お前の虚を引き摺り出せ!

お前の虚を引き摺り出せ!

原作24巻214話〜25巻216話あたり

前にあたるお話:決心、あるいは契機



 早朝。

 黒崎一護は初めて破面と遭遇した場所に出向いていた。

 そして、わかりやすく霊圧をこちらに向けているからこそ、振り向かずとも後ろに音も無く立つ者が誰であるかも理解している。


「——撫子。お前に教わるってのは出来ねえのか」

「無理や。アタシのケースは参考にならへん」

「そうか」

 一護は撫子に振り返る。その表情に覚悟が見て取れて、撫子はひとつ頷いた。

「肚ァ決まったんやな?」

「ああ。……案内してくれ」

「わかった。着いて来ぃ」




**




 案内された廃墟で、一護は撫子と共に仮面の軍勢と対面する。

 人数は八名。全員が床が崩れて一階から最上階までぶち抜いたような廃墟の二階以上の場所に陣取っていて、一階部分に居る一護と撫子は彼らを見上げる形になる。大男から小柄な少女まで、統一感のないメンバーだった。

「コイツらが……」

「前言うたやろ? アタシ九人家族やって。仮面の軍勢は、アタシの家族や」

 以前、撫子とした会話を一護は思い返す。


 ——「アタシ九人家族でなァ。買い出しも一苦労や」

 ——「九人?」

 ——「そ。まずアタシとオカンやろ?」

 ——「オウ」

 ——「それからトトロが一人と姉ちゃんが三人」

 ——「オウ……?」

 ——「んで、オトンが三人!」

 ——「⁉︎」


 当時は家庭の事情とか色々あるだろうと思いそれ以上訊かなかったが、成程こういうことなのだろう。誰がどれにあたるかは解らないが、今それは重要じゃない。


 仮面の軍勢のメンバーの中から、細身の女が一歩前に出る。女はストレートの金髪で、オカッパ頭にハンチング帽を乗せている。

「オマエが黒崎一護やな」

 ——撫子に似てる……姉か?

 初対面の一護でさえそう思えるほどに、女——平子真子は撫子とよく似ていた。

「撫子から聞いとるで。ここに来たゆうことは俺らン仲間になる気があんねやろ?」


「無えよ!」

「あァ⁉︎」

「えェ⁉︎ 一護肚決まったんやなかったの⁉︎ アタシそのつもりであんた連れて来たんやけど⁉︎」

 キッパリ無いと言い切る一護に、撫子は驚愕の声をあげる。あの決意の表情はなんだったのか。

「ワリーな撫子。……俺がオマエらの仲間になる? ジョーダンじゃねえよ。俺はオマエらを……——利用しに来たんだぜ」

「……何やと?」

「……一護?」

 不穏な空気を感じ取り、撫子は少しだけ後ずさる。

「オマエらの仲間にはなんねえけど……俺の中の虚を抑える方法は教えて貰う」

「えらいナメられたモンやなァ。誰が教えるかいボケ」

 ——もしかして一護、最悪アタシから教わる気やったりせえへん? アタシは参考にならん言うたのに……! 変な気ィ起こさんでよ……!

 撫子は内心祈る。どうかドンパチとかになりませんようにと。

「訊き出すさ」

「……どーやって?」

「力尽くで!」

 祈りは通じなかったようだ。

「笑かすな」

 一護は代行証を取り出し、死神として肉体から飛び出す。そしてそのまま平子に向かって跳躍する。

 対する平子は足元の斬魄刀を足で器用に跳ね上げ掴む。

「……ナンギなやっちゃ」

 互いが斬魄刀を抜き放ち、打ち合いが始まった。



 戦い始めた友人と母を横目に、撫子はその場で倒れたままの一護の肉体をずるずると端へ移動させる。引き摺ってしまうのは大目に見て欲しい。

「ウソォ……本気かいな一護ォ……いくらなんでも無謀や……」

 何より、撫子は一護に仮面の軍勢は自分の家族であると伝えたのだ。一護が友人の家族相手に本気で戦えるだろうか。

 取り敢えず一護の肉体を安全地帯まで移動させたので、他の家族と合流する。


「……あの一護ってボーイ……真子と互角なんて中々やるじゃないの」

「アホ。ちゃんと見やあよ、真子全然本気出しとらへんやないの」

「一護クンの方も本気で戦ってはいないように見えますガネ」

「フー……ビビッてんねどう見ても」

「ビビるって何に?」

「虚だろ。あのガキ内なる虚を呼ばねえようにビクビクしながら戦ってやがる。尸魂界では隊長格とやり合ったって撫子から訊いたが、そうは見えねえ。俺らが仲間にしようとしてんのはそういうレベルのガキだって話だ」

 一護の戦いを品評する家族。結構好き勝手言われているが無理もない。一護の為人を知っているのは撫子のみだ。

「あん時は一護もルキアちゃん助ける為に必死やったし。第一、一護は優しいからなァ。オカンとやり合うのもホントは躊躇っとったりして……」

「……惚れてんのか?」

「うっっっわ冗談やめぇやラブ! 一護は友だちってだけや! 好みやないもん。それにアタシは……って何言わせようとしてんねん!」

「オマエが勝手に言おうとしただけじゃねーか」

「白姉ぇ〜拳西がいじわるや〜」

「拳西ひどぉ〜い」

「どこがだよ!」


 撫子が家族とじゃれあっていると、そこまで戦いを静観していたひよ里が溜め息を吐いた。

「あり? どこ行くのひよりん?」

「ハッチ、結界もう五枚張っとき」

「?」

「?」

「はいデス」



「……一護オマエ……」

「真子、のけ」

 横合いからひよ里がサンダルで平子をズパンと殴り飛ばすと、平子は「ぷあっ」と気の抜けた悲鳴をあげ、勢いそのままにハッチの結界一枚を突き抜けてアジトの外へ窓からダイブした。

「あーーーーー⁉︎ ひよ里姉ーー⁉︎ 何しとんのーーーー⁉︎」

「……五枚張れてゆうたやんけ」

「そんな……! 間に合わないデス……!」

「かっ……回収してくるー‼︎ 無事かー⁉︎」




**




「オカーン……無事かァー……?」

「ハァーイ無事ですゥー……」

 アジトの外。平子は大の字で転がっていた。

 あれだけ派手に吹っ飛ばされたように見えて、怪我が特にないのは流石と言うべきなのかどうか撫子は迷った。

「……オカン。一護は、」

「解っとる。にしても……甘いやっちゃなあ、アイツ……」

 平子は身を起こして娘を見る。

「撫子ォ……ええか」

「なに?」

 いやに真剣な顔つきなものだから、撫子は思わず何を言うのかと身構える。

「……俺がオマエの母ちゃんやってことは一護には黙っとき」

「……へ? なんで?」

「その方が……面白そうやからや……!」

「そっ……そうかもしれへんな……!」

 ニィ、と鏡合わせのような顔で母娘は笑った。




**




 撫子が平子を伴ってアジト内部に戻ると、ひよ里が虚化していた。

 それにより一護との戦いは激化している。死覇装の左腕部分が吹き飛んだ。


「一護……!」

 撫子が思わず駆け寄ろうとする自分の足をなんとか止めたその時。


一護の絶叫が響き渡った。

「!」

 虚化。

 一護の顔に仮面が出現し始めているのだ。左目部分から出現した仮面は、一護の顔を覆うようにその面積を増加させていく。

 虚化した一護がひよ里の首を鷲掴んだ。ひよ里の仮面が一部砕ける。そのまま虚化した一護はひよ里を叩きつけ、その細い首を縊ろうと力を込める。

「一護! ひよ里姉‼︎」

 撫子の声に反応する様子はない。そして——




 愛川羅武が、鳳橋楼十郎が、六車拳西が、有昭田鉢玄が、矢胴丸リサが、久南白が、平子真子が、斬魄刀でもって一護を取り押さえる。平子はそのまま斬魄刀で一護の顔の左半分を覆っていた仮面を砕く。

 それを尻目に撫子はひよ里に駆け寄った。

「ひよ里姉……大丈夫?」

 ひよ里は応えず息を整えている。撫子は姉貴分に回道をかけ始める。


「……充分や。文句無いな? ひよ里」

「……」

 返答のないひよ里に、平子は了承と捉えたようで、一護に向き直った。

 撫子は右手で回道をかけつつ左手でひよ里の背をさする。


「……オマエもよう解ったやろ一護。オマエの虚は頭やら体やらで考えたぐらいで抑え込めるような代物やない言うことが」

 一護の正気は戻ってきているようで、目前の平子を見上げている。

「合格や。虚の抑え方、魂の芯まで叩っ込んだるわ」


 撫子は家族に囲まれている一護を見る。

 ——あれが一護の虚化。こない間近で見たんは初めてやな。一護、気張りや。負けたらあかんで。

 撫子は回道を掛け終えると、一護の元へ向かった。


 修行開始だ。




一応次にあたるお話:ヴァイザード便覧!

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