端切れ話(見知らぬエイリアン)
地球降下編
スレッタは宇宙生まれのスペーシアンだ。正確にどこのフロントで生まれたのかは聞いていないが、まだ幼いスレッタと母は宇宙を転々として、ようやく水星に居つくことが出来たのだという。
基本的に宇宙には生物は自然発生しない。もしかしたら太陽系を跳び越えていけば起源を別とするお友達と出会うこともあるのかもしれないが、今のところ生きて動いているすべての命は地球で発生したものだ。
なので限られたスペースと資源しかない環境で育てられたスレッタは、あまり命の種類を知らなかった。水星時代は人間と少しの植物だけ。アスティカシアでは山羊やヤク、鶏と言った動物たちとも知り合えたが、それだって限定的なものだった。
そんなスレッタは今、すべての命を育んだ場所である地球に居る。毎日目にする命は新しいものばかりで、その度に新鮮な感動がある。
「エランさん!大きい動物が草を食べてます。あれってヤクさんですか?」
「あれは牛だね。どこかの農場から逃げ出したんだろう。周りの人も驚いていないから、もしかしたら野良牛…なのかな。体当たりされたら大変だから、あまり近づかないようにね」
「エランさん!空を見てください、鳥さんです!なんて種類なのか分かりますか?」
「何かの猛禽類だと思うけど…。詳しくないから判断できないな。鷹とか鷲…じゃないかな?写真を取って後で調べてみようか」
「エランさん!ち、小さい子がウロウロしてます!尻尾が凄く長いから、もしかして鼠さんですか…?」
「そうだね。昼間の屋外で見るのは珍しいな。彼らは菌やウイルスを持っているかもしれないから、触ったりしないよう気を付けて」
そんな風に最初は毎日のように驚いていた。その度にエランは嫌な顔をせずに付き合ってくれ、スレッタの知らない事を教えてくれたり、また時には一緒に調べ物をしてくれた。
そうした毎日を過ごしていると、段々とスレッタも新しい命に慣れてくる。草を食む大型動物も、空を飛ぶ鳥も、小動物も。見つけても大げさに騒ぐことは無くなった。
同時にスレッタの目に映り始めたのは小さい命…昆虫たちだ。存在は知っていたが、あまり映像作品にも登場しなかった子たちである。
大抵物語の中のヒロインは悲鳴を上げていたと思う。けれどスレッタは特に苦手意識は持っていなかった。何だかモビルクラフトに似ていたので、親近感すら覚えていた。
だから見つけてもジッと観察することが多かったのだ。
ある日、スレッタは木の上をワシャワシャと走る小さいモノを見つけた。手足が細くて長くて、足が八本もある生き物だ。
「エランさん!小さいモビルクラフトが居ます。この子ってもしかして、クモですか?」
「そうだね。毒は無さそうだけど、噛まれるかもしれないから手を出しちゃダメだよ」
ある時は羽を持った小さいモノが近くに飛んできた。すごく早く飛べそうなのに、高速で動く羽とは裏腹に近くをふよふよと浮いている。
「エランさん!この羽の生えた子、ハチ…ですか?近くを飛んでますけど、刺されないでしょうか」
「確かにこれは蜜蜂だね。大人しい性質だから、よほど驚かせたりしなければ大丈夫」
そんな風に日々を過ごしていると、ある日スレッタは不可解なモノを見つけてしまった。
近くにあった大きな木の根に腰を下ろして、コクコクと水を飲んでいた。そんな気の抜けたひと時に、スレッタは緑色の小さなうごめくモノを見つけてしまった。
「…っ!?」
何だかそれを見た瞬間、スレッタの背筋に怖気が走った。水星のレスキューで危ない目にあった時のように、体が勝手に警戒態勢を取ってしまう。
だって…うごうご、うねうね、それは不気味にうごめいているのだ。
スレッタの視線に気付いたのか、エランも未知の物体に目を向けた。
「あ、青虫」
青虫。これが。スレッタは恐怖で固まりながら、その不気味な生き物を見つめていた。まるで目を離したらすべてが終わる、そんな恐怖に駆られていた。
「えらんさん、これ…これぇ」
「森だから幼虫も多いみたいだね。あ、ほら、もう一匹きみの後ろにも」
「キャアァッ!!」
「えっスレ…ッ!?」
その瞬間、スレッタは大きくぴょんと飛び跳ねて逃げ出していた。全速力でその場を離脱し、すぐにはエランが追い付けないほどの全速力で走り抜けた。
半狂乱になったスレッタを一生懸命エランが追いかけて来る。
そうして捕まえられたスレッタは、「あれはエイリアンです!!」と力説することになった。
スレッタが何かを頭ごなしに否定するのが珍しいのか、エランはぱちりと目を瞬かせた。
しばらくして感慨深げな声を出す。
「きみにも苦手なものがあるんだ。あんな悲鳴、初めて聞いたよ」
そうして何故か嬉しそうに微笑んだ。スレッタはその瞬間に大いにむくれ、エランを困らせる事になる。
番外編SS保管庫
◇オマケの4号視点◇