ごめんねスレッタ・マーキュリー─美しい男(後編)─
※性格の悪いモブ視点、一人称SSです。
モブの頭が柔らかくなり、唐突にセンシティブ表現が挟まれます
───カリバン・エランス。
それは俺がいま一番気になっている人物の名前だ。
あの事件から1週間が過ぎた。あれだけモビルクラフトが暴れまわったなら復旧なんて無理だと思っていたのだが、数日の片づけを従業員総出で行ったところ、意外と何とかなってしまった。
兄貴たちの工場からもいくらか人や物を回してもらって、色々調べたり復旧までのめどを立ててもらったりしたことも大きいらしい。
俺は役員室に閉じこもっていたから知らないが、電源や重要なケーブル類といったものが奇跡的にすべて無事だったそうだ。派手に壊れたものはすべて替えの利くものばかりで、致命的なものではなかったらしい。けが人だって少なかったと聞く。ふ~~ん、て感じだ。
まぁそんなどうでもいい話は置いておいて、あれから俺はカリバンの事を調べてみた。といっても取り巻きに言って書類を取り寄せて、あとはテキトーな噂話を聞いただけだ。
彼は下級の市民IDを持っていた。履歴書ではスペーシアンの家に奉公しながらどこかの学校に通っていたと書いてある。学校を卒業して地球へと戻って来たらしい。
それがどうしてウチの工場なんかで働くことになるのか、それが分からない。志望動機にも特に詳しい事情は書かれていない。
せっかく市民IDを持っているのだから、お世話になったスペーシアンの元で働き続けてもいいし、どこかのフロントで働いてもいいと思うのに。
「ねぇ、今日はカリバンに話しかけられた~?」
「い、いやー無理っすよ。なんか俺が近づく時に限ってクーフェイ爺さんが近くにいるんですもん。俺あの爺さん苦手で…」
「え~?あのイジワル爺さんがぁ?まさかカリバン苛められてないよねぇ?」
「変に気に入られてるみたいですね。毎回行くたびにドヤされてますよ」
「カリバン可哀そう~…」
そんな会話を毎日している。ハッキリ言って進展がない。
「でも今日はビッグニュースがあるんすよ」
「はぁ、毎日言ってるよねそれー」
でもそんな無能な取り巻きでも、カリバンに対する噂話は毎日のように持ってくる。
なんせ被害が拡大する前にそれを抑えたヒーロー様だ。カリバンの話題を出すことが従業員のトレンドになるのは、当たり前といえば当たり前の話だった。
俺が取り寄せた名簿や履歴書でも分からなかった彼の情報が、真偽に関わらず活発にやり取りされている。
「何か明日から、モビルクラフトの運転をすることになったそうですよ」
「うそ、カリバンが?」
「補充が入るまでの代わりみたいですけど、何かすげー運転上手かったらしいです」
「み、見たい…」
普段はどうでもいい噂話を仕入れて来るのに、この日はとても貴重な情報を持って来てくれた。お前やるじゃん、と取り巻きを褒めてやる。
モビルクラフトというのはとても頑丈に出来ているのか、あんなに大暴れしたのに少しの修理ですぐに復帰することができた。最後に衝突した車のほうはもう使えなくなっているのに、すごい代物だと思う。だてにスペーシアン様が作ってるわけじゃないって事だろう。
取り巻きの話を聞いて、これはチャンスじゃないかと思いついた。今度は暴走しないか確認しに来たって説明すれば、カリバンの運転風景も見られるし、彼に話しかけられるかもしれない。
実は俺は、クーフェイ爺さんに邪魔されたあの時から彼と話すことができないでいた。
一番の理由は工場の復興に人手が入り乱れていたせいだ。
兄貴たちの工場の人員がいる中で仕事もせずにウロチョロするだけなんて、すごく格好が悪いし、もしかしたら怒られる可能性があった。
だから書類仕事をしているフリをして、ここしばらくは役員室に籠っていたのだ。
でもそれも終わった。なんとか工場は元通りになって、明日から生産ラインを再開させることになった。
兄貴たちが寄こした助っ人も帰り、また俺は自由に工場内を過ごせるようになるのだ。
「明日は午前中から運転するらしいです。行ってみますか?」
「うん。…あ、いや、いきなりそれはちょっと露骨で恥ずかしいかも。どうしよう。あ、そうだぁ!」
良いことを思いついた俺は、今まで寄り付きもしなかった場所に行ってみることにした。
次の日にほんの少しだけ早く出勤して向かったのは、従業員用の食堂だ。
初めて来た食堂は、何だか安っぽいテーブルと安っぽい椅子がズラリと並んでいる、安っぽい所だった。忙しそうなおばちゃん連中がテキトーに料理を盛って、それを従業員に次々と渡している。
俺は取り巻きに自分の分の料理を取りに行かせ、きょろきょろと周りを見渡してみた。普段来ない役員の姿があるからか、こちらを見ている奴もいるけれど、そんなどうでもいい奴らには興味はない。
右を見る───いない。
左を見る───いない。
お目当ての姿が見えずガッカリしていると、取り巻きが料理を持って戻って来た。雑に盛り付けられた料理を食べる気も起きず、そのままにして帰ろうかと思った矢先に、彼…カリバンが来た。
「…!」
彼が入ると俺を含めてみんなが注目するのが分かった。
カリバンは視線が気にならないのか普通にトレーと食器を取ると、それをおばちゃんに渡して料理を盛ってもらっていた。彼は笑顔のおばちゃんが勝手に大盛にしようとするのを断っている。
すごい、本物のカリバンだ…。
この1週間は人づてに話を聞くだけだったので、少しだけ思考回路が可笑しくなっていたかもしれない。
俺はカリバンが端っこに座るのを確認して、その対面へと勝手に座った。
他に席がいくらでも空いてるのに対面に座られたのが気になったのか、カリバンがこちらを向く。俺は心臓をバクバクさせながら、表面は冷静を装って挨拶した。
「よ、よ、よぉ。カリバン・エランス。そ、倉庫での時以来じゃあないか」
「……どうも」
会釈をするカリバンは、相変わらず綺麗な顔をしていた。彼は何も言わない俺の顔を首を傾げて見た後、小さく「いただきます」と挨拶をして料理を食べ始めた。
彼は立ち振る舞いが美しかったが、食事する仕草も美しかった。小さく口を開けて料理をほおばる姿に見入ってしまう。まつげが長すぎて、伏せた目元に影が掛かっているように見える。
「はい、若。デザートもついでに持ってきましたよ」
「う、うむ。では我々も食べようじゃないか」
「何かしゃべり方変ですよ」
取り巻きが突っ込んでくるが、俺はそれどころじゃない。ここからどうやってカリバンに話しかけるか考え中なのだ。
そんな事を思っていると、「今日はクーフェイ爺さんいないんすね」と勝手に取り巻きが彼に話しかけていた。
自分が話しかけられたと気づいたのか、こちらを…正確には取り巻きのほうを向いたカリバンは、「昼食の時間はズレているので」と返事をしてくれている。
あの爺さんはただの技師のはずで、カリバンの元々の仕事(って何だっけ…)とは関係なかったはずなのに、何をそんなに話すことがあるのか。
俺はゴクリと大味な料理をのみ込みながら、カリバンを独占する爺さんに怒りつつも、とうとう口を開いた。
「も、も、モビルクラフトの運転、見に行くからぁ!」
「?……はぁ」
カリバンは要領を得ないような雰囲気で首を傾げていた。正直失敗した。普通に世間話をしながら、モビルクラフトの運転を見に行くとさり気なく伝えるつもりだったのに。
「あー、若はこう見えて役員なんすよ。先日の事故現場にもいたし、一応モビルクラフトが問題なく動くか確認したいそうなんです。ね、若?」
取り巻きの言葉にこくりと頷く。なんだお前、たまにはいい仕事するじゃないか。
俺たちの様子に合点がいったのか、カリバンは小さく頷くと「お待ちしてます」と返事をしてくれた。
「モビルクラフトを動かしますが、あまり近づかないように気を付けてください」
少し遠くから俺と取り巻き、指導役の3人がモビルクラフトの操作を見ることになった。
カリバンくらいの技術を持っていると指導役はほとんど意味をなさないらしいが、まだ仕事の細かい部分が分からない為、指導役がしばらくついてあげているらしい。羨ましい事だと思う。指導役が。
そして始まったカリバンの仕事ぶりは、はっきり言って異次元だった。
モビルクラフトは4つの腕がある。それぞれが違う動作をするから単純に戦力が倍になるかと思うと、それは違う。操作が難しく、オートで操作する単純な作業くらいしか4つの腕は生かせないものらしい。
でもカリバンはおそらくマニュアルで操作している。今は出来上がった製品を積んだコンテナを、所定の位置に移動していく作業だった。
以前工場内をぶらぶら散歩していた時に、モビルクラフトの作業風景を見たことがある。けれど彼が操作するモビルクラフトは、スピードも精密さも桁違いだった。
けっこう重量があるコンテナなのに、スッと取って、スッと置いている。あまりに滑らかに動くものだから、早いスピードなのにまったく見ていて不安がない。ものすごい安定感がある。
しばらく見ていると、気付いたらコンテナが無くなっていた。カリバンはモビルクラフトから降りると、俺の前まで歩いてきた。
「とりあえず基本的な動作をしてみました。どうでしょうか」
「う、う、うん。すごいな。とても、上手かったぞ。これからも頑張ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
静かな表情で俺にお礼を言うと、カリバンはまた新たな仕事の指示を求めて指導役と歩いていった。
次の日から、俺は昼食を食堂で取るようになった。さりげなくカリバンの近くに座るようにして、あまり話はしないが一緒に食事するのが普通な空気を作り出していく。
これには取り巻きの空気を読まない性格が役に立った。こいつは図々しいが、カリバンのような大人しい男には効果的らしい。
それで気付いたのは、彼は心根だけでなく、もしかしたら体も綺麗かもしれないという事だった。
取り巻きが調子に乗って俺の恋愛遍歴を語った時だ。人妻に手を出したことを面白おかしく吹聴したところ、カリバンが珍しく難色を示したのだ。
彼はほんの少し眉根を下げると、困ったような顔をした。そうしてその話題を避けたいような素振りをしていた。
そんな事が何度もあった。何度も、何度も。
どうやら彼は、恋愛話が苦手らしい。頑張って探りを入れてみると、信じられないことに誰とも交際をしたことがない事が分かって来た。
主に話を聞き出したのは取り巻きの方だが、俺は細かく彼の反応を観察していたので、間違いはない。
その時は、彼にも苦手なものがあるんだな、と微笑ましい気持ちになっていた。
───彼とキスをする夢を見たのは、その数日後の事だった。
「………」
今時は同性同士の結婚も珍しくはない。けれど俺は、あくまで異性が好きなはずだ。
カリバンに対してのぼせ上がっていたのは、出来の悪いヒーローに一喜一憂する、そんなガキみたいな心理が働いていたせいだ。
そのはずなのに、その日から彼の唇をよく観察するようになってしまった。
「若、またボーっとしてますよ?」
「んんッ、し、仕事で疲れているからしょうがないよ、君ぃ」
「そんなに仕事してましたっけ?」
余計なことを喋る取り巻きの足を踏みつつ、カリバンの様子を観察する。
彼は相変わらず美しい所作で、小さく口を開けて食事をしている。
女性とは違って色味が薄い唇を、じっと凝視してしまう。俺の視線に気づいたのか、カリバンが食事を一旦やめて首を傾げてきた。
「な、なんでもないよぉ、はは…」
「?そうですか」
何も知らない綺麗なカリバン。
俺はその日から、たまに食堂に行くのを控えるようになった。
「ねぇ~、カリバンに関する話って何かない~?」
「何ですか、気になるなら食堂に行けばいいじゃないっすか」
「いや、食堂の味にちょっと飽きちゃってさぁ。たまには休まないと。でもカリバンの話は聞きたい」
「もー。我が儘なんですから」
そう言って久しぶりに取り巻きが噂を調べに行った。もうあの事故の日から3週間近くは経っている。少しは下火になるかと思ったが、今も時々カリバンに対しての噂は聞こえて来た。
実は亡国の王子だとか、モビルクラフトどころかモビルスーツのパイロットだったとか、色々だ。
俺がぼんやりしていると、取り巻きがいつの間にか帰って来ていた。
「若、ちょっとカリバンの所に行ってきましたよ。面白い話が聞けました」
「え、今って仕事中じゃないの?クーフェイ爺さんいなかったのか」
「案の定いました。でも盗み聞きしてみたら、珍しい事に雑談してましたよ」
「へぇ、あの爺さん怒ってるだけじゃないんだな」
「ですね。それで分かったんですが、カリバンには妹さんがいるらしいです」
「妹…カリバンに?」
「なんでも妹さんが具合を悪くした時に、爺さんが手助けしてくれたみたいで。カリバンが礼を言ってました」
「………」
俺はその話を聞いて、カリバンの妹なら好きになってもいいんじゃないかと、そんな事を思っていた。
カリバンの妹なら、きっと可愛くてキレイな子だ。ならカリバンの妹と恋に落ちた方が絶対にいい。その方が自然だし、彼に拒絶される恐れも少ないだろうと思えた。
だって、彼は恋愛に奥手な綺麗な男なんだ。俺の気持ちを知られたら、きっと怖がってしまうだろう。
いや、俺の気持ちってなんだ…。そんな事を思ったが、俺は深く考えないことにした。
「な、なぁ、カリバン。君、妹さんがいるんだって?」
「……なんですか、その話は?」
数日ぶりに来た食堂で、俺はさっそくカリバンに話しかけた。唐突だったのか、彼は俺の言葉に首を傾げている。
「いや、俺が偶然クーフェイ爺さんとの話を聞いちゃったんすよ。具合が悪くなった妹さんって聞こえたから。…もう調子はいいんすか?」
取り巻きがフォローを入れる。カリバンは納得したように頷いた。
「もう大丈夫です。ですが、あまりその話は広めないで頂けると助かります」
あれ、と思った。なんだか今のカリバンは普段よりも壁があるように見えた。気のせいだろうか。
俺は少し不安になりながらも、話を進めてみた。もう彼とはだいぶ仲良しになっていたから、問題ないと思っていたのだ。
「カリバンの妹なら、か、可愛いんだろうなぁ。少し会ってみたいな。紹介してくれたまえよ」
「───お断りします」
「え」
「彼女を誰にも会わせる気はありません。この話はもう二度としないでください」
それは明らかな拒絶だった。
あの大人しく静かなカリバンが、そうと分かるほど語気を強めて噛みついてきた。
俺はビックリして、声も出せなくなって、嫌な具合に心臓がどくどくした。
食事をしたかも覚えてなくて、気付いたら自宅の部屋でボーっとしていた。
カリバンの目を思い出す。
人形のように綺麗な緑の目は、どこか見覚えのある光に濡れていた。
嫌な事は立て続けに起こるものだ。
再び食堂に行けなくなった俺に、またしてもカリバンの噂が入り込んできた。今度は取り巻きは関係なく、本当に偶然俺自身が聞いてしまった噂話だ。
なんでも、カリバンはスペーシアンへの奉公中に、性的な奉仕もさせられていたとか、そんなことを言っている奴がいた。
俺はそんな出鱈目話が許せなくて、すぐにそいつらに文句を言ってやろうとした。…でも結局は言えなかった。そんな元気すらなかったのだ。
根も葉もない噂だ、と思いつつ、俺の頭は嫌な可能性を考えてしまう。
すっかり忘れていたけれど。どうして宇宙ではなく地球に帰って来たのかと、最初の頃は疑問に思っていたのだ。
性的な奉仕を強要されていたのだとしたら、逃げ帰るのも分かってしまう。
俺は首を振った。あれだけ恋愛に臆病なカリバンが、そんな事する訳ないだろう。
そう思うのに、頭のどこかが『性的暴行を受けていたなら、恋愛に消極的なのも頷けるじゃないか』と囁いてくる。
俺はぶるぶると震えた。
その日から、女の上で腰を振るカリバンと、男の下で腰を振られるカリバンの夢を、見たくないのに見るようになってしまった。
「………」
「若、なんか元気ないですね。…もしかして、あの話聞いちゃいました?」
「……ん、なんのはなしぃ?」
「いや、聞いてないならいいんです。もう少ししたら、ちゃんと伝えますね」
「?……うん」
取り巻きがらしくもなく心配している。こんなのはまったく俺らしくない。
女の子をとっかえひっかえ、楽しくテキトーに遊ぶのがモットーの俺なのに。
けれど最近ずっと見る夢のせいで、もう俺は認めるしかなかった。
あの夢が本当かどうかなんて、怖くて俺は確かめられない。でも、俺はカリバンが好きなんだ。見た事もない妹と結ばれるよりも、カリバン自身と結ばれたいんだ。
思えば妹にコナをかけようとしたのが悪かった。カリバンは妹思いの良い兄に違いない。俺みたいな爛れた恋愛遍歴を持った男が妹に興味を持つなんて、きっと気が気じゃなかったんだろう。
頭を整理して、何だかすっきりした気分になる。そうだ、少しずつ仲直りして、時間をかけてアタックしていけばいい。
カリバンは恋愛もしたことがない綺麗な男なんだ。……少なくとも心はそうだ。だからあんまり急いだら怖がってしまう。
ゆっくり進めて行けばいい。
少し元気になった俺は、取り巻きを連れて久しぶりにナイトクラブへと出掛けてみた。思いきり騒いでまだ残っている胸のモヤモヤを発散させたかったからだ。
気分転換が功を奏したのか、クラブで過ごすうちにだんだんと前向きな気分になってきた。時間が経つごとにますます元気が湧いてきて、帰るころにはもう俺は大丈夫だと思えていた。
夜も更けたところで解散だ。俺は心配する取り巻きを帰らせて、ナイトマーケットで腹ごなしをする事にした。
何か腹に溜まるものでも頼もうか。そう思いながら店を覗いていると、ふと見覚えがある姿が掠めたような気がして顔を上げた。
俺は目を見開いた。
人ごみの中でも目を引く姿。
カリバンだ。
俺は女の子と手を繋いで歩いている、好きな人の姿を見つけてしまった。
「………」
心臓がぎゅっとしたが、あの子はきっと妹さんだと思い直す。
だって彼女は同じような褐色の肌をしていて、背がとても高そうに見える。髪の色は焦げ茶色でカリバンとは違うけど、染めたりすることもあるだろう。
きっと血がつながっているんだ。きっとそうだ。そうなんだ。
俺にはまだ前向きな心が残っていた。だから声を掛けようとして、偶然カリバンの顔を見てしまった。
彼は笑っていた。隣にいる女の子が愛しくてたまらないというように、目を細めて笑っていた。
それくらい、家族なんだから当たり前だ。家族なんだから…。
そう思っていると、女の子がカリバンの手を引いて、耳元で何かを話しかけた。彼は眉根を下げて、くすぐったそうな顔で聞いている。
女の子が商品を指さして、そちらへ行こうとカリバンから顔を逸らした。
その、一瞬。
「───」
俺は見ていられなくて、ナイトマーケットから逃げ出した。
呼吸が荒い。目の前がぼやけてくる。俺はボロボロと泣きながら、自分の家に逃げ帰った。
「うぅ~~うぅう~~」
タオルを被って、ベッドの上でしくしくと泣く。
カリバンの顔を思い出す。
女の子の顔が逸れた一瞬、カリバンは切ないような、腹が減ったような、そんな顔をして彼女のことを目で追っていた。
あんな顔、血のつながった妹にするわけがない。あんな、女の体を欲しがっている男の顔なんて…。
泣きながら、カリバンの事を思い出す。あの美しい男の姿を思い浮かべる。
モビルクラフトに立ち向かう姿。静かにたたずむ姿。料理をほおばる姿。首をかしげる姿。
そして、俺の事を拒絶する姿…。
俺は泣いて泣いて、泣きすぎて、ぼうっとした頭でようやく気付いた。
どこか見た覚えのあるカリバンの目の光。
あれは女を取られまいと必死になる男の目だ。
俺はあれを何度も見た。何度も見るような事をしてきた。
───それは憎しみにも似た、他の男に対する嫉妬の目だった。
平穏な朝の終わり
SS保管庫