罪の在り処 後編

罪の在り処 後編


前編の続き

____________________


収録は真夜中まで続いた。本番の収録はまさに地獄だった。

台詞に感情を乗せるのもさることながら、相手との掛け合いのタイミングも難しい。

台詞自体も台詞の恥ずかしさも相まって噛んだり詰まったりすることが多かった。

その度に、ミヤコさんからのダメ出しが入るが、声が妙に嬉しそうだった。もしかしたら彼女は本質的に『S』なのかもしれない。

ホシノ「うへぇ~…アポピスと戦うより疲れたよ~…」

ヒナ「…ミヤコ、容赦なさすぎ」

ハナコ「…いっそ殺してください」

アリス「お疲れ様です!明日もよろしくお願いします!」

アリスちゃんの励ましに癒されるが…そっかー、明日もあるのかー。

アリス「ちなみに明日からの収録には一般の生徒の方も来ます!感動の再開です!」

すでに心が折れそうな私がいた。

アリス「そういえば、3人に会いたいという依頼があったのを思い出しました!ついてきてください!」

そう言うとアリスちゃんは、私たち3人(と監視)を連れてある場所に案内した。

アリス「ここです!ちょっと待ってください」

着いた場所は食堂だった。明かりはついているが中に誰もいなかった。

しかし、反抗する気も武器も無いとはいえ特級の犯罪者3人を連れてきても良かったのだろうか?

アリス「お待たせしました!」

アリスちゃんが持ってきたのは、料理だった。

ヒナ「?会いたいって話じゃなかったの?」

アリス「先にこれを食べてほしいそうです!安心してください!アリスはメイドの経験もありますので配膳は得意です!」

目の前に出されたのは、一見、何の変哲もないカボチャの煮付け、そして傍にはおにぎりと味噌汁があった。

アリス「どうぞ!シェフ渾身の出来です!」

ホシノさんやヒナさんと目を合わせたが、朝から何も食べてないことを思い出し食べてみることにした。

ハナコ「(パクッ)…美味しい」

カボチャの煮付けを食べれば口の中で優しい甘みが広がった。

おにぎりの塩気も丁度よく、味噌汁も豆腐と玉ねぎしか入っていないシンプルなものだったが、それが逆に味噌汁本来の味を出していた。

ホシノ「」モグモグ

ヒナ「」ズズゥ

他の2人も食べることに夢中になっており、気づいた時には完食していた。

ハナコ「コレを作った人が会いたい人ですか?」

アリス「はい、連れてきますね」

…いったい誰なのだろうか。私たちに会いたい…料理…なにか思い出しそうな気がする…

アリス「連れてきました!」

そこにいたのは…

ミヤコ「…どうも」

私たちに演技指導をしていたミヤコちゃんだった。

アリス「では、アリスは少し外で待機してますね。監視の人も一緒に外にいましょう!」

監視「えっ!?」

アリス「安心してください!監視カメラもありますし、武器もありませんから大丈夫です、問題ありません!」

監視「いやちょ、力強っ!?」

アリスちゃんが強引に監視を連れて行き、ここには私たち4人だけになった。

ホシノ「…うへぇ~。さっきまで私たちをいじめてたミヤコちゃんじゃん」

ヒナ「…どういうことか説明してくれる?」

ミヤコ「その前に伺いたいんですが」

ヒナさんからの質問を無視して彼女は尋ねてきた。

ミヤコ「美味しかったですか?」

先ほどの料理の感想を聞かれた。

ハナコ「美味しかったですよ」

ホシノ「美味しかったね~」

ヒナ「…ホッとする味だったわ」

ミヤコ「それは良かったです」

素直に料理の感想を言うと彼女は少しうれしそうに微笑んだ。

ミヤコ「…実はアビドスにいた頃、ホシノさんからの無茶振りで皆さんにも料理を作ったことがあるんです」

その言葉を聞いて思い出した。

そうだ、彼女はホシノさんからの任務で捕まえていた対策委員会のメンバーに料理を作っていたのだ。

ミヤコ「あの時とは品が違いますが、頑張って作って皆さんに振舞いました」

その時のことも思い出した。あの日たしかミヤコちゃんの料理を一口食べて、それで…

ミヤコ「一口食べた後、微妙な顔をして、皆さん料理を残して去っていきました」

ヒナ「…」

あの時はみんな、薬に侵されていて『砂糖』と『塩』以外の味が感じられなくなっていた。

あの時のミヤコちゃんの料理がどれだけ美味しかったとしても、味を感じられなかったのだろう。

ミヤコ「つまり、これはリベンジです。皆さんが美味しく感じたのなら目的の一つは達成です」

ハナコ「目的の…一つ?」

つまり、他にも目的があったということだろう。

ミヤコ「もう一つは…改めて自覚させるためでした」

ホシノ「…自覚?」

ハナコ「?」

ヒナ「何の話?」

ミヤコ「私たちがもう少しで奪うところだった物です」

どういうことなのだろうか?

ミヤコ「…程よい甘さも、丁度いい塩気も、味噌本来の味も、あのまま『砂糖』と『塩』で蔓延すれば無くなるものでした」

「「「!!!」」」

言われて初めて気づいた。もしあのまま『砂糖』と『塩』が蔓延したら、全ての料理が『砂糖』と『塩』の味で満たされて、

このような繊細な味は消えて無くなっていただろう。

ミヤコ「…皆さんがしたことは決して赦されることではありません。たとえ薬の影響があったとはいえ、犯した罪は消えません」

それはよくわかっている。曖昧な記憶とはいえ覚えている悪事はいくつもあった。

ミヤコ「ですがそれは、私も同じです」

ヒナ「!…それは」

ミヤコ「皆さんの指示に従って、様々な罪を犯しました。いえ、薬の影響がなかったのに悪事に加担した私の方がより罪が重いかもしれません」

ホシノ「…違う!」

ハナコ「!?」

突然、ホシノさんが叫んだ。監視の人が入ってくるかとも思ったが、入ってくる気配はない。

ホシノ「ミヤコちゃんは何も悪いことはしてない!」

ミヤコ「…」

ホシノ「悪いのは全部私たち、いや私の方だ!薬を蔓延させて!ミヤコちゃんの仲間を奈落に落として!ミヤコちゃんをより深い絶望に落として追い詰めて!逆らわないのをいいことに好き勝手に命令して痛めつけて!ミヤコちゃんはただそれを必死になって耐えていただけだ!」

ハナコ「…」

…ここまで激昂したホシノさんは初めて見たかもしれません。

ミヤコ「…そうですね。ですが同じ罪です」

ホシノ「!?」

ミヤコ「どんな状態だったとしても同じ罪なんです。それに対しての罰は必ず必要だと私は親友に教えられました」

ホシノ「…」

ミヤコ「ですが…私に対する罰は皆さんと同じように、私たちを思ってくれた周りの人のおかげで軽くなりました。先生やFOX小隊の先輩方、そして、シロコさんをはじめとした対策委員会の皆さんも手を貸してくれました」

ホシノ「…みんなが」

ミヤコ「もちろん、罪悪感もありました。このまま赦されてしまっていいのだろうかと…自己満足かもしれませんが、その罪滅ぼしのために各地で料理を作っていた時もありました。このゲーム開発に携わったのも罪滅ぼしの一つと言えなくもありません」

ハナコ「…」

その時のミヤコちゃんの表情はどこか寂し気でした。

ミヤコ「ですが…罪滅ぼしのために色んな場所で料理を作って、ミレニアムで頑張ってるみんなのために夜食を作って、作り続けてわかったことが二つありました」

ホシノ「…二つ?」

ミヤコ「一つは、料理が薬で汚染されることがなくてよかったという安堵でした」

ヒナ「…もう一つは?」

それをヒナさんが尋ねると彼女は満面の笑みで答えた。

ミヤコ「料理を食べて、喜んでくれることが嬉しいということです」

ハナコ「!」

その笑顔を見て私は心に来るものがあった。

ミヤコ「一つ目のリベンジの理由もそれです。あの日の3人は全然嬉しそうではありませんでした。なので今、改めて作ったんです」

嬉しそうにそう語る彼女を見て私たちは何も言えなくなった。

ミヤコ「…先ほども言いましたが、皆さんがしたことは決して赦されることではありません。私が皆さんに言われたり、されたことも絶対に忘れません」

「「「…」」」

ミヤコ「ですが…」

「「「?」」」

ミヤコ「結果的とはいえ、料理と引き合わせてくれたことには感謝しています。厳しい指導のおかげで助かった場面もあります」

ホシノ「…本当にごめん」

ミヤコ「ですので、ゲームの収録と今回のリベンジで私から皆さんへの罰は終わりです」

ヒナ「…それって」

ミヤコ「他の皆さんは赦さないかもしれませんが、私は、私にされた罪を赦します」

ハナコ「!」

『罪を赦す』…そう彼女は言った。これでも私は、元はトリニティの生徒だ。その言葉の重さをよく解っている。

ミヤコ「…ですが、あくまでゲームの収録が終わったらの話です。収録では絶対に容赦しませんので覚えていてください。」

ホシノ「…うへぇ~。手厳しい」

ヒナ「…敵わないわね」

ハナコ「…うふふ、ですね」

アリス『コミュイベントは終わりましたか?』

食堂の外からアリスさんの声が聞こえてきた。

ミヤコ「はい、終わりました。入ってきてもらって大丈夫です」

食堂にアリスさんが監視の人と入ってきたが、

アリス「無事に終わって良かったです。監視の人が途中でイベントの邪魔をしそうでしたので取り押さえるのに苦労しました」

監視の人がのびている姿が見えた。

ミヤコ「…アリスさん、流石にやりすぎです」


その後、ミヤコちゃんは監視の人を起こした。監視の人は意識を失う直前のことをあまり覚えていないらしい。

どうやらアリスちゃんは首を強く締め付けすぎたのだろう。ミヤコちゃんと一緒になって必死に謝っていた。

とりあえず私たちは、自分達の部屋に戻って休むことになった。

明日からは、私たち以外も収録に来る。その中には私たちを赦さない人も、むしろ私たちを知りすぎている人がいるかもしれない。

その人たちの前で演技をするのはとてもつらい。でも…

ハナコ「ふふっ、ミヤコちゃんの料理、美味しかったなぁ」

この赦しを胸に、改めて罪と向き合っていこうと思った。


____________________

SSまとめ

Report Page