続 魔法の言葉
平子♀の認識が逆撫魔法の言葉 の続き
ふと撫子は目を覚ました。
一瞬ここがどこなのか分からなくなる。
そうだ、ここは撫子の家で、退院祝いをするとみんな揃って晩御飯を食べたのだ。
藍染の元から無事に助け出され、治療のために浦原商店へ滞在を余儀なくされたが漸く実家へ戻ってきたのだ。
食事はとにかく量が多かった。もともと大家族だから当然と言えば当然だが、それでも食べきれるとは思っていなかったくらいの量だった。
久しぶりに食器洗って、明日はゴミ出しせな。朝起きたら洗濯機を回して、それから学校に行ってーーーそんな事を考えていたのに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
(なんやろか、懐かしい夢見た気がする)
その割にはあまりよく覚えていないけれど。
まだ夜中なのだろう。畳敷きの部屋にみんなの寝息が重なって聞こえてくる。撫子の隣は夜一が丸まって眠っているし、その向こう側にはリサとひよ里が向かい合って寝ていた。そういえば、母はどこにいるのだろう。
「……」
撫子は体を起こし、そっと布団から抜け出す。
そしてそのまま足音をたてないように階段を下って居間に向かった。
テレビの前に置かれたソファの上で、平子真子がぼんやりと座っていた。
撫子はその隣に座って彼女の肩にもたれかかる。
「何や、起きたんか」
「うん。ごめん寝落ちしてもて」
「疲れとったんやな。電気ついてんのに爆睡しとったで。風呂沸かすか?」
平子はそう言って苦笑した。
その表情はどこか寂しげだ。
「なぁオカン」
「うん?」
「オカンにな、聞きたい事があるねん」
「何や改まって」
「うん、ちょっとな。アタシ、藍染惣右介の事許したわけやないから。でもな、あいつはその、上手く説明できへんのやけど、なんか、可哀想なヤツなんかな、とも思う。」
ーーー平子真子は私の唯一無二だった。彼女に子を産んで欲しいと願い求婚したが、あの人は私の言葉を信じなかった。
「オカン、あいつに無理矢理手籠めにされてアタシが出来たん?」
「…ハァァ?藍染に何か吹き込まれたんか?」
「その、想像上の父親と大分違って。レンアイしたん?あいつの、アイを受け入れた結果アタシが産まれたん?」
撫子の問いに対し、平子は沈黙した後盛大に吹き出す。ひとしきり笑って満足したのか、撫子に向き直り、少し真面目な顔になりようやく口を開いた。
「恋人やった事なんて一度もない。セックスは俺と藍染の普通を繋ぐ唯一の行為やった。撫子がアイツをどう思おうがエエけどな、俺からすればアイツは『平子真子(おや)に何をしても許されると思ってる反抗期の子ども』や」
平子のその言葉は、撫子の胸に深く突き刺さった。
藍染惣右介は女たらしのクズで、母以外にも愛人がいて、仇で、大罪人でーーーー仮面の軍勢を実験台し、多くの人の人生を滅茶苦茶にした。
「俺がアイツを許すことはない」
「……うん。わかった」
撫子も藍染を許すことはできない。あの男は大切な友人や家族を傷つけたのだから。
「僕はあなたの鏡です。僕以上に隊長を理解する男なんて金輪際現れません、なんて生意気言いよったな。キッショいなホンマ。自分しか見えてへん男と一緒くたにせんといて欲しいわ。俺も善性だけで生きているほどの人間ではないケド」
「…アレアレェ?」
ーーー愛は 伝えるのが難しいな。
藍染は子を生ませたかったと言っていた。
ならば藍染の発言の意図はーーーー口説き文句では?そこまで考えて、撫子はハッとした。
今まで気づかなかったが、ひょっとしてオカンは………………
「あの頃の藍染は嘘吐きの癖して新品やったから、女の身体を与えるってのは藍染を監視するにはこれ以上無いくらい最適な方法で尻尾が掴めると思ったんやけどな…結果は裏をかかれて仲間を危険に晒した。ほんまアホな女やな」
藍染の計画に踊らされ、その結果藍染曰く出来損ないの破面となり、現世に逃げ、仲間に多大な迷惑をかけたという負い目があるのだろう。藍染の策略を見抜けなかったことに変わりは無く自嘲する平子。だが、その前に聞き逃さない発言があった。
「ええっと、オカンからあいつに色仕掛けしたん…?それで結婚して、とかも言われたん…?」
「ああ。性欲に負けたんと、侮ってる女に従うのが余程悔しかったんやろうな…俺の聴くジャズはよくわかりませんで終わらした癖に、音楽が好きならこれはいいですよってワーグナーや翻訳が必要な詩を押し付けてきたり。撫子、良いと思って行う事は必ずしも愛情表現にはならん。自分の基準で方法がわからん場合、相手に添って考えなあかんで」
「えぇ……」
撫子の声が低くなったことに気付かず、平子は話し続ける。
「生涯1人の女なんかも言っとったわ。お前がホンマに大切にしとんのは男やのにな」
「は????」
待ってくれ、あの男はどう考えても女好きだろう。そして藍染の愛情表現はどこに行ってしまったのか。既に撫子の理解の範疇を越え始めている。
「性欲と愛は別や。理想と現実が同じとは限らへんようにな。アイツは俺がギンや喜助と絡む事を嫌がってたんや。今にして思えば自分が認める男に話しかける女への嫉妬以外の何モンでもなかったな」
「嘘やろ…何でそんな捉え方になってまうん?」
「藍染はそういう奴や。やから童貞でも恥ずかしいと思ってなかったんや」
「それマジで言うてんのっ?」
これオカンも相当地雷踏んだんちゃう?
撫子は平子の肩に頭を乗せたまま、天井に向かって大きなため息をつく。
2人の関係性が捻れているのは藍染1人が招いた問題ではなかったのかもしれないと思い知らされたが、そもそも藍染があんな事(裏切り)をしなければ、こんな事(母に勘違いされたまま無間行き)にはならなかったはずだ。
撫子はもう一度深い溜息をつくと、平子は撫子を撫でた。
その手のひらの感触に、懐かしさが込み上げる。撫子はこの手が好きだ。
幼い頃、熱が出たとき母はよくこうして撫子の事を甘やかしてくれた。
平子の冷たい手の感触が心地良い。
「オカン、ここ出て尸魂界に戻るつもりなんやろ?」
「そうやな、もう少ししたらな」
「そっか……寂しくなるな」
母と目が合う。ずっと変わらない女。捻くれ屋で、思慮深くて、包容力があって、藍染の心を掻き乱し続ける小悪魔。
「恋愛ってナァに?」
「今日は聞きたがりやなぁ」
「リサ姐の官能小説にもアタシの好きな恋愛小説にも納得いく答えがない」
平子が呆れたように笑う気配がした。
撫子なりの悩みに気付いているのだろう。
「恋愛ってのは一番面倒臭い人間関係のことを言うねん。嫌いなところも含めて愛してるなんて理想で綺麗事や。とにかく忍耐…憎み合ってる癖に他の誰にも替えられへん存在になってしもて、心は離れることもできんとかもある」
ふぅん。
撫子は眉を寄せた。
「オカンは恋したことあるん?」
「失恋してるで。まぁ恋に恋してる時が一番楽しいかもナァ」
「そっかぁ」
撫子が母に寄りかかる力を強くすると、定員1名やぞ、と平子は笑った。
撫子の藍染に対する嫌悪感は変わらないが、それと同時に同情のようなものも確かにある。
撫子に流れる藍染の血が、どこか憐れみを感じさせて仕方がなかったし、アタシはアタシの言葉を信じてくれる人を見つけよう、と撫子は思った。