幼い歌姫と最高のステージ

幼い歌姫と最高のステージ

10スレ目87

前の話


 赤髪海賊団がフーシャ村を拠点にするようになってから少し経ったある日、いつものようにウタはルフィと遊びまわっていた……というよりは、ルフィにまとわりついていた。何せヒマなのだ。フーシャ村にいる間は酒盛りばかりで誰もウタと遊んでくれない。冷たい父親たちである。

 なので、ウタはヒマそうにしているルフィと遊んであげているつもりだった。

 ———実際には漁師の仕事である釣りの最中だったのでヒマではないのだが。ルフィは内心ため息をついていた。だがそれを口に出して、「どうせほとんど釣れないじゃない」、と生意気に言われればぐうの音も出ない。反論しようとして「素潜りでなら獲れるぞ」、なんて言ってしまうと釣りが下手だというのを強調することになるし負け惜しみのようになってしまうので、ルフィは口答えせず大人しくウタに付き合ってやっていた。

「ウタは意外と大人しいよな。おれなんてガキの頃あちこち走り回ってたぞ」

 海が見える崖の上で、ウタが落ちないように気を配りながら過ごしていたときにふと思った。ウタにはおてんばであちこち遊びまわっていそうなイメージを抱いていたが、実際はそうでもない。遊ぶと言っても一緒に釣りをしたり、こうして歌ったり。それだけだ。シャンクスやルフィの言いつけもちゃんと守る。

 ルフィはといえば、ウタと同じくらいの頃にはフーシャ村が狭く感じて、裏のコルボ山で冒険と称して遊びまわっていた。山を突っ切って“不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)”まで行ってしまい帰れなくなったことも度々ある。祖父のガープにゲンコツを落とされても次の日には反省も忘れて遊びに行っていた。

 そんな自分と比べれば、ウタは格段に大人しい。オンナノコってのはそういうものなのだろうか?とルフィは首を捻った。思い返すと幼馴染のマキノとはそういったことをした覚えがない。そもそもあまり一緒に遊んだことがなかった。ガープの特訓であちこちに放り出されていたからそんなヒマが———。

「……イヤなことまで思い出しちまった」

 トラウマを思い出し、ルフィは渋い顔でひとり身震いする。ウタはそんなルフィを不思議そうに見上げた。

「そんなに走り回らなくても、一番楽しい場所は自分の中にあるもん」

 ウタは己の胸に手を当て、当然のようにそう言った。『自分の中にある』とはどういう意味だかルフィには理解できない。

 ウタは、ルフィにはまだ自分の中の世界———『ウタワールド』について話していなかったのを思い出した。

「あたしの中には、いつだって最高のステージがあるの」

 そう言ってしゃがみこんで、足元に広がる草原を撫でる。

「この草原はあたしの舞台」

 続けて、広がる大海原を背に手を広げる。

「この大海原は、あたしの無限の夢」

 “ウタの中にある”という意味はわからなかったが、ウタが語る最高のステージのことはルフィに思い当たる場所があった。舞台も夢も、よく見える場所。

「———おれもお前の舞台知ってるぞ!!一緒に行こう!」

 そこはきっと、ウタも気に入るはずだ。ルフィはただウタの手を引いただけだが、手を取ってエスコートしてもらった、とウタはロマンチックに変換し、「えへへ」と頬を染める。好きな人に誘われて嫌な気分になるわけがない。ウタはルフィに連れられてご機嫌でそこへ向かうことにした。

 

 いつの間にか日が暮れ始めていた。しばらくなだらかな坂を上がっていくと、途中から石畳で敷かれた街道に合流した。その街道沿いに坂を上がっていくと、やがて古びた風車小屋の群れが見えてくる。もう使われなくなって長いらしい。風車の羽や小屋の壁にツタが這っていた。

 ルフィはところどころに設置された階段を上って更に高い場所へ向かい、ある風車小屋に入った。小屋の中には放棄された荷物がいくつも積まれているし、風車を動かすための歯車も錆びている。それを横目に短い階段を上っていくと、先に階上へ上がっていたルフィが窓を開けた。夕日が小屋の中へ差し込んでくる。

「わあ……!」

 ウタの目にそこから見える景色が映った。

 いい反応だ、とルフィは得意げに笑った。ウタの舞台である草原、ウタの夢である大海原。更に、ルフィの故郷フーシャ村。これらすべてを見渡せる景色。夕日に赤く染まったその景色が、ウタの舞台だと思ったのだ。きっと気に入ると思った。

「ウタの中以外にも、“最高の舞台”ってやつはあっただろ?」

 ウタは呆けたように口を開いたまま、小さく頷く。そしてふらっと後ろに倒れこむかのように何歩か後ずさった。ウタの目には今、この風景とルフィの姿しか映っていない。

「あたしの舞台が、ここにある……」

 振り返ると、ウタは微笑んでいた。先ほどの言葉は無意識に呟いていたらしい。ルフィが見ているのに気づいて、パチパチと瞬きをして取り繕うように口を開いた。

「……なかなか素敵ね。でもあたしは、いくつもの海を航海してきたから、もっと素敵な景色も知ってるよ」

 ウタは、いつか自分が立つ『最高のステージ』にルフィが居てくれたらいいな、と思っていた。しかし照れくさくて口にはできなかった。その代わりに出たのは素直じゃない負け惜しみみたいな言葉だったが、ルフィは気にした風もなく笑って答える。

「そうだな、世界は広いからな!」

 この世界にはもっとたくさん“ウタの舞台”が存在する。ウタにはそれを知ってもらいたかったのだ。『一番楽しい場所は自分の中にある』、なんて言い切ってしまわずに、世界を見てほしい。

 ———いつか『最高のステージ』でウタが歌うのを見てみたいと思った。ルフィがそこへ連れて行ければよかったのだが、彼女は海賊。いつかはフーシャ村を去ってしまうだろう。そしてルフィにも赤髪海賊団についていく気はない。———つまり必ず別れはくる。

 ウタはもう一度窓辺に近づいて、じっと景色に見惚れている。その姿を見ながら、いずれ訪れるだろう離別の時を今は忘れたくて頭を振る。今だけでもウタの隣で、ともに同じ景色を眺めていたかった。


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