幕間・犯人捜し

幕間・犯人捜し


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カワキの自宅


 ユーグラム・ハッシュヴァルト——私の剣術の師匠、見えざる帝国で一、二を争う凄腕の剣士。

 事件の犯人が見えざる帝国の滅却師だと考えた時、私が一番に思い浮かべたのが、ハッシュヴァルトの顔だった。

 正体を知られず石田くんを瀕死にできる実力があって、剣を得意とする者なんて、見えざる帝国でもそう多くない。

 ハッシュヴァルトが犯人なら、私の任務を妨げる理由が思いつかないけれど——

 常日頃から、一体何を考えているのか、よくわからない男だ。

 動機なんて考えたって仕方がない。

 端末を耳元に当てたまま黙っていると、ハッシュヴァルトが用件を聞いてきた。


「不服そうだな。お前から連絡してくるとは珍しいこともあるものだ。それで、何用だ?」

『……少し知りたい事ができただけ』

「知りたい事?」

『………………』


 もしも——

 ハッシュヴァルトが犯人だとすれば私に黙って行動した理由があるのではないか。

 私に知られては困る何かがあって、彼が口封じを考えたなら分が悪い。

 そんな気持ちから、つい言葉が止まる。

 耳元でハッシュヴァルトが溜息を吐く声が聞こえた。


「……お前のことだ。大方、報告が面倒で私に黙っている事でもあるのだろう。何があった? 近況を話せ」

『まだ話せる段階じゃない』

「話せる範囲で構わない。何もない、とは言わせんぞ」


 どこまで話すか、それが問題だ。

 ハッシュヴァルトが犯人という可能性もある以上、下手な事は言えない。

 結局、私はこちらの情報を小出しにしてハッシュヴァルトの反応を見る事にした。


『石田くんが斬られた』

「石田……と言うと石田宗弦の孫か。奴が斬られたからどうした」


 通信越しのハッシュヴァルトには、特におかしな反応はなかった。

 不思議がる声に後ろめたさや誤魔化しは感じない。

 もう少し情報を出してみる。


『犯人が見つかってない。それに残存霊圧が死神とも虚とも一致しなかった』

「……なるほど。それでお前は、滅却師の犯行ではないかと疑った……そうだな?」

『……話が早いね』


 正確には、私が石田竜弦から疑われた、と言うべきだけれど訂正はしなかった。

 グレミィに問いかけたものと同じ言葉をハッシュヴァルトにも問いかける。


『私以外に現世に派遣された者はいる?』

「結論から言う。私が把握している限り、現世で任務に当たっているのは、カワキ、お前だけだ」

『……そうか』


 嘘をついているような様子はなかった。

 これで、少なくとも犯人が滅却師であるという線は消えたと思っていいだろう。

 ただでさえ、私は石田竜弦から疑われているのだ。

 滅却師に妙な疑いがかかると私の身元を精査しようとする者が出るかもしれない。

 それは避けたかった。

 ——ハッシュヴァルトが把握していないという可能性もなくはないけれど……。

 星十字騎士団の団長である彼が把握していない者が来ているのなら、それは陛下が直々に送り込んだ者か、離反者だ。

 前者ならば私の任務の邪魔なんてしないだろうし、後者ならば殺して構わない。

 ——それなら、どちらも今は考える必要のないことだ。

 必要な情報が手に入って、犯人の正体を推察していると、ハッシュヴァルトが叱るような声で文句を垂れた。


「今回のような用件なら最初から私に連絡しろ。何故、始めから私にかけて来ない」


 ——そういうところだ。

 思うだけに留めて口には出さない。

 今、これを言うと、また長い説教を聞く羽目になる、と経験からわかるからだ。

 だけど、経験則は私だけに培われたものではない。

 ハッシュヴァルトは目敏く——否、この場合は耳聡くと言うべきか——私の心の内を見透かしたように鋭く言葉を続ける。


「なんだ? 不満があるなら口で言えと、以前にも伝えたはずだが」

『……不満は君の方だろう。文句が多い。とにかく、用は済んだ、切るよ』

「待て、カワキ、まだ話は——」

『じゃあね。おやすみ』


 今夜はもうかけてくるな、という意図を込めて就寝の挨拶をした。

 適当に端末を放り投げて、頭の中で明日以降の予定を整理しながら晩酌の酒を取りに部屋を出る。

 ——明日からは、犯人の捜査と、襲撃犯に狙われる可能性がある井上さんの護衛をしよう。

 ——井上さんが傷付くところは、あまり見たくない。


『忙しくなりそうだ』


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