幕間・勝手な人

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カワキの自宅


 石田くんが重傷を負った、という報せを受けて空座総合病院を訪れた日の夜中——私は自宅のベランダから夜景を眺めて煙草を吸っていた。

 頭にあるのは、石田竜弦の言葉だ。

 ——敵は、私達の知らない何らかの力を手にした人間……か。

 私を疑った彼の見立てはあながち間違いではない。だけど今回は本当に無関係だ。

 明かりも少なくなった夜の町を眼下に、じっと感覚を研ぎ澄ませる。

 ——……やっぱり、他の滅却師の霊圧は感じないな。


『…………念の為、確認してみるか』


 寝静まった町に背を向けて部屋に戻る。

 端末を手に取って、少し悩んだ。

 ——誰に連絡を取ろう……。

 ——まあハッシュヴァルトじゃなければ誰でもいいか。

 そう思い直して、故郷——見えざる帝国に連絡を繋ぐ。

 すると——思わぬ人物が応答を返した。


「——うわ、本当に連絡が来た……。想像通りではあるけどさ、こんな夜中にかけて来るなんて殿下は本当に勝手だよね」

『……! その声は……グレミィか? 君は幽閉されているはずだろう。どうして君が出る?』


 意外な相手が出て、少しばかり驚いた。

 声の主はグレミィ・トゥミュー——陛下が厳重に封印を施した檻の中にいるはずの人物だ。

 グレミィは端末の向こうで、「ああ」と納得した声をあげると、自分が釈放された理由を語る。


「そろそろ侵攻が近いから幽閉を解かれてね。通信に出たのは……ま、ちょっとした暇つぶしみたいなものさ」


 小さな声で「少しアドバイスをもらったから」と呟いたグレミィは、端末の向こうで何か思い出して笑っているようだった。

 いつも貼り付けたような笑みを浮かべている男だけれど、今回は小さくても本当に楽しげな声だ。


『……?』


 私が、理由がわからず端末を片手に首を傾げていると、すぐに機嫌の良さそうな声が途絶えて——

 一転、つまらなそうに問い掛けられる。


「……何でもない。それより用事は?」


 そうだ、今はグレミィのことなんてどうでも良い。私が気にすることじゃない。

 私の邪魔にさえならなければ、グレミィがどこで何をしようとも、本人の自由なのだから。

 気を取り直して本題を切り出す。


『一つ聞くけれど、私のほかに誰か現世に派遣された者はいる?』

「殿下のほかに? ……さあ? 知っての通り僕はつい最近までずっと幽閉されてたからね。そういう事は詳しくないんだ」

『…………』


 役に立たないな、と思った。思わず眉根が寄ったのが自分でもわかった。

 私は何も言わなかったけれど、グレミィにもそれが伝わったのかもしれない。


「『使えないな』、今そう思ったでしょ。まあ、こればっかりは仕方ない。わかったよ、詳しい人に交代しよう」

『“詳しい人”? それは——』


 私が話している途中だったのに、端末の音声が途切れる。

 ——勝手な男だ。

 そう考えていると、端末から聞こえる声の主が別人に変わった。


「……カワキか?」


 見えざる帝国で、私を「カワキ」と名で呼ぶ人間は限られている。

 ——誰に代わるのかと思ったら、よりにもよって……。


『…………ハッシュヴァルト』


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