夜はお静かに
原作21巻184話〜あたり背後。
殺気を感じ取った一護は振り向きざまにその一太刀を斬月で受け止め、しかし表情を驚愕で染めた。
「てめぇっ……撫子……⁉︎」
一護に刃を振り下ろしたのは、友人の平子撫子だった。
「やっほ。ええ夜やねんな、一護」
話す調子は常と変わらず。右手に握られた刀だけが異質だった。平子撫子は死神の力を使うが、斬魄刀は持っていなかったはずだ。その撫子が、何故。
「そいつは……斬魄刀か⁉︎ なんで、」
「しッ! あまし騒なや一護。一護みたいな霊圧の奴が、そない簡単にザワついたら——世界に響いて感づかれるで」
「感づかれる……? 誰にだよ撫子!」
一護の言葉に、撫子は心底呆れたと言わんばかりに顔を歪める。
「……“誰に”やと? ……そこまで言わな解れへんの? ホンマに? 一護アホなん?」
「解んねぇから訊いてんだ、ろッ!」
受け止めたままの一撃を霊圧で押し返す。撫子も押し返された瞬間に霊圧で勢いを殺し、すぐさま体勢を立て直した。
「……来よった」
「撫子……お前……急になんなんだよ……」
「見てみあっち、言わんこっちゃない。霊圧ガタガタさしよるからやど」
「どうしたって訊いてんだよ‼︎」
撫子は視線を少し逸らして、ため息をついた。
「ナンギやなぁ。そない気になる? まぁええわ」
撫子が、左手を眼前に翳す。
「ほれ、よう見い? ——コレ、なーんや?」
その手には、白い仮面が当たり前のように存在していた。
「‼︎ 虚の……仮面……!」
「せや。死神の刀に虚の仮面……もう解るやろ。アタシは死神から虚の領域に足を踏み入れた者」
仮面を抱え直して、撫子は一護へ一歩踏み出す。
「アタシは『仮面の軍勢』。一護の同類や」
平子撫子は、黒崎一護にとって友人だ。クラスメイトで、金髪で、関西弁で、大家族で、死神の力を持っていて、共に朽木ルキアを助けるために協力してくれた仲間だ。
その平子撫子が、死神どころか虚の領域に踏み込んでいる。俄には信じ難い。けれど、その手にあるのは間違いなく虚の仮面だった。
「一体……いつから……」
「んー……そら、あれや。一護が母ちゃんのお腹ン中に居てる時より前から、やな」
「は……?」
「アタシらんとこにおいで、一護。あんたはそっち側に居るべき人間やない」
泰然と微笑む撫子に、一護は誰かを思い出そうとする。誰かに似ている。誰か、そう、それは尸魂界で——。
「‼︎」
思い出しかけた矢先。突如一護は霊圧を感知する。
「……な……何だ? この霊圧……しかももう一コのバカでかいのは……虚か……⁉︎」
——……虚の方も今頃気ィ付いてんのかい。ホンマに大丈夫なんか一護? ……でもこの死神の方の霊圧……知らん奴やな……誰や……? なんとなく誰かの霊圧に似とるような気もするけど……。
思わず友人として一護を心配してしまった撫子。しかしその思考は何かを蹴る音で掻き消される。
「……って、あァ⁉︎」
一護だった。
「待てコラどこ行くねん一護ォ! まだアタシの話の途中やー!」
「断る‼︎」
「まだや言うてるやろ‼︎」
「いいんだよ話の内容なんか! オメーの言う“仮面の軍勢”ってのがどんな組織だろーが、俺は虚に片足突っ込んでる奴の仲間になる気は無えんだからよ!」
「やから話最後まで——」
「……俺は死神だ! “仮面の軍勢”の同類じゃ無え!」
空を蹴って駆け出した一護の背を見送る。
——虚に片足突っ込んでる奴、か。
「……ホンマ、ナンギなやっちゃのォ……」
「——それから撫子!」
「うわまだ居ったん⁉︎ 行かなくてええの⁉︎」
「お前、何か巻き込まれてんだったら言えよ? “仮面の軍勢”なんて怪しい組織、抜けた方がいいと思うぜ」
じゃあな! と言って今度こそ一護が遠ざかる。
「あ〜……抜ける抜けないの問題やないんやけどなァ……」
撫子は家族から借りた携帯を取り出す。連絡先を選んでワンコール、ツーコール。相手が出る。
「もしもぉーし。平子やけど。猿柿さんのケータイですかァ? え、もちろんカワエエ撫子チャンの方やで。……ごめーん失敗してもたー。……しゃーないやろヤイヤイ言わんでよもー。友だちだからって無理があったわ。……堪忍してやぁひよ里姉ぇー。……どうせ時間の問題やろ。気長にいこ」
遠く、虚の霊圧が消えたことを感じ取った。