僕と私で
時々、父さんと母さんはそう言って疲れたような目をする。
そうした時、母さんは父さんに抱き着いて。父さんは母さんを掻き抱いて。
そしてさみしげに笑い合うんだ。
僕と私は、双子として生を受けた。
一番古い記憶は、父さんが僕を背負い、私を腕の中に抱いて、母さんの子守歌を聴いてるってもの。
緑があふれる豊かな山の中で、僕と私は暮らしてる。
山の中での生活は、まあ悪くない。
そりゃあ、不満に思う事は多い。
お店は遠いし、遊ぶ物もないし、年の近い子もいないから友達もできない。後山賊のおばさんは顔が怖い。
でも建物があるから雨風は凌げる。
山賊の皆は狩りが上手だから、毎日お腹いっぱい食べられる。
あったかくて柔らかい布団があるから、毎日ぐっすり眠れる。
なんだかんだおばさんも面倒見てくれる。
そして、父さんも母さんもおばさんも、僕と私を愛してくれる。
父さんと母さんは殆ど外に出ようとしない。せいぜいが、ふもとの風車が立ち並ぶ村に出かけるくらい。
あの高い壁の向こうの街には入らないし、海に出ないの?って聞いた時は凄く悲しそうでイヤそうな顔をした。
父さんと母さんがそうする理由はあって、なんでも山賊のおばさんが言うには、「お前たちの父さんと母さんは守られている」らしい。
最初はおばさんが守ってるのかなって思ったけど、どうも違うみたい。
ひいおじいちゃんは、「2人が無事に暮らせるのはここしかない」って言う。
ここは忘れられた場所だから。世界から取り残された場所だから。
そういう場所だから、守ることが出来るんだって言っていた。
こんな所は、誰しもが無知で無関心らしいから。
なんでって聞いた。なんで父さんと母さんが守られているのか聞いた。
そうしたら、教えてくれた。
昔海兵だった時、母さんは碌でもない神さまに連れ去られそうになったんだって。
父さんはそんな母さんを守る為に、神さまに逆らったんだって。
母さんを二度と独りにしない為に、世界の全てを敵に回したんだって。
そして今は見逃してもらっているだけで、世界が敵なのは変わってないって。
その世界から守るためには仕方ないことだって。
おかしいって、僕は怒った。
おかしいって、私は泣いた。
何も悪いことしてないのに、なんで神さまは父さんと母さんを追い詰めたんだって、悲しくなった。
そしたらひいおじいちゃんは、「そういう風にできているから」って言った。
この世界の神さまは絶対の存在だって言った。
たまたま神さまが興味をなくしたから、父さんと母さんは解放されて。
それでも悪意はずっと残っていたから。
その悪意に二度と触れさせたくなかったから。
無気力でも穏やかで健やかな生を全うしてほしいから。
なにより、父さんと母さんがそう生きることを望んだから。
今ここにいるんだって教えてくれた。
だから決めたんだ。
この間違った世界を正そうと。
父さんと母さんを追い詰めた人たちも。
無気力に生きるよう強いた人たちも。
そうさせざるを得なかった人たちも。
きっと、きっと、味方になってくれるから。
父さんと母さんは間違った事なんてしてないのに、こんな生き方しかできないなんておかしいと思ったから。
僕と私で”新時代”を作ろうって決めたんだ。
山を出て海に漕ぎ出すとき、父さんと母さんは見送りに来てくれた。もしかしたら目を付けられるかもしれないのに。
父さんは「弱くてゴメンな」って言った。母さんは「無事に帰って来てね」って言った。
大丈夫だよ。
僕も。私も。父さんと母さんの子供だから。
父さんと母さんが2人で最強だったなら。
僕と私も、2人で最強だから。
だからまず、頼ってみようと思う。
父さんと母さんが紡いできた人たちに。
父さんのお兄さんだという炎の海賊とシルクハットの竜に。母さんのお父さんだという赤髪の大海賊に。
神が絶対というならば。
僕と私がこの世界を変えて見せる。
この間違った世界に開放と解放を。
そして僕と私を愛してくれる父さんと母さんに――――――真の平穏を。