無情也、無常也
何か妙だ。
漠然と、モンキー・D・ルフィは感じ取っていた。
一年前のあの日、世界を敵に回してから、その全てを退け続けると誓った。
今、隣で震える大切な幼馴染を――――――ウタを守るために。
そしてその誓いを果たし続けた。
追手を払い、撒き、欺き、打ち砕き、そうして何とか生き延びていた。
落ち延びてから今日日、襲撃を受けた数は枚挙に暇がない。
だからこそ、肌感覚で理解できることがある。
「……追手が少ねェ」
聞く人間が聞けば馬鹿馬鹿しいと切って捨てるだろう。
世界そのものから狙われている状況で出る言葉としてはいささか緊張感がない。
勿論、自分たちを狙う者はいる。寧ろ狙わない者の方が少ない。
金銭を求める賞金稼ぎや心無い民衆、討ち取って名を上げるか引き入れて利用しようと目論む海賊。
この状況下では義兄弟や憧れでさえもおいそれと頼れない……尤もそれは不信感ではなく優しさによる部分も多分にあるのだが。
一方で、その感覚は正しかった。
誰よりも自分たちを放っておかないであろう組織が。
世界最大の軍事力が。
この時代において絶対的正義を掲げる秩序の体現者が。
海軍からの追撃が、はたと止んでいたのだから。
「……こりゃァ一体どういう腹積もりで?」
海軍本部の元帥室にて、苛立ちを隠そうともせず赤犬は目線の先のセンゴクに問う。
同じく元帥室に集っていた青雉と黄猿もまた、呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「……どうもこうもない。そこに書いてあることがすべてだ」
「……」
意気消沈した様子のセンゴクの声に無言になる。
3人の手にはそれぞれ同一の書類が握られていた。
その内容を簡潔に述べるなら「モンキー・D・ルフィ元大佐及びウタ元准将の積極的追跡の停止命令」であった。諜報機関たる各種CPにも、同じような命が発せられているらしい。
何を寝言を、と思う。
胸の内はどうあれ、2人は神に牙を向けた罪人。海軍という組織としては決して無視するわけにはいかない……普通ならば。
つまり今回は普通ではないのだ。指令を出してきた相手が相手であった。
コング総帥よりもさらに上。世界政府最高権力、「五老星」からの勅令だった。
「こりゃァあれですかい、今更2人から手を引けっちゅう訳ですかい。上も随分と日和ったモンですけェなァ」
「言外にそう伝えているとみて間違いない。どのような意図があるかは預かり知れんが……」
そう、つまり有体にいえば五老星――――――世界政府は「二人を追うことを止めろ」と言っているのだ。
そして海軍が世界政府直轄の組織である以上はその命に従うのも必然。
それはルフィとウタの2人が目下最大の脅威から解放されることを意味していた。
「少なくとも、わっしらが積極的に追う理由は無くなっちまいましたねェ~。いい事なのか悪い事なのか……」
不服と安堵をないまぜにし黄猿が言う。
身内から出た罪人を追わないなど海軍の沽券にかかわる問題だが、彼らの場合そうなった経緯とそれまでの実績がコトだ。
黄猿とて、割り切りながらも心を痛めていなかったわけではない。
「しっかしまァ……ルフィもウタも煮え切らねェでしょうねセンゴクさん。1年以上逃げ回っての結末がこれとは」
いつもらしからぬ暗い表情で口を開くのは青雉。
だらけきった正義を掲げつつも平穏を脅かす手合いにはある意味赤犬並みに冷酷な一面を見せるこの男も、流石に同情と落胆を隠せないらしい。
かつてオハラの生き残りを送り出した時にも、似たような思いを抱いたことを思い出す。
そして、ここにいる全員の胸の内に渡来している思いがあった。
それは安堵。
もう、あの2人を追わなくていい。
もう、あの2人に刃を向けなくていい。
もう、あの2人を殺そうとしなくてもいい。
苛烈な正義を掲げる赤犬でさえも、その思いを抱かない例外ではなかった。
そもそもとして海軍が2人を追うモチベーション自体が地の底だったのだ。
現場単位では2人を見なかった事にするものや逆に支援しようとするもの――――――そちらは2人が不信感を募らせていたため上手くいった試しが無かったが――――――が大多数だった上、追跡の為に編成された部隊もまた、誰もが貧乏くじを引いたと認識していた。
海軍と言う組織そのものが、誰よりも2人を助けたかったのだ。心を痛めていたのだ。神から――――――守りたかったのだ。
大海賊時代を終わらせてくれると期待を抱いた2人の英雄を。
「……近いうちに海軍全体にこの通達が回るだろう。2人はこの組織から……世界から消える」
「……それで、いいんすか。センゴクさんは」
「もういい。もうたくさんだ。これ以上2人の尊厳を侵すことなど、私には出来ん」
「言うべきじゃねェんでしょうが、わっしだって同感ですよ。お前さんも似たようなモンじゃねェかい?サカズキ」
「……ふん」
4人は思う。これでいいのかと。これで終わっていいのかと。そして――――――これで終わって欲しいと。
そんな無気力な願いが、元帥室の中に満ちていた。
「……これで良かったのか」
「さて、な。ここにいる誰にも、それは分からぬだろう」
聖地マリージョアのパンゲア城「権力の間」にて、五老星達は口を開く。
思考を巡らせるのは、あの2人が噛みついた神――――――天竜人について。
天竜人は神ではあるというが、あまり正確ではない。絶大な権力を与えられただけで、その実態は畢竟人なのだ。
人ならば何かしら関心事があったとして、それに一切の進展が見られないというならば、徐々に興味を失っていくのが常と言うもの。それが怒りによるものだというなら尚更だ。
彼等はいつまでたってもルフィとウタを捕らえられない海軍に憤ると同時に、2人に対する執着心さえもいつの間にか失くしてしまっていたのである。
「世界政府は2人を罰しない。そうするだけの関心もない。そういうことでいいのか?」
「それが彼らの意思と言うなら、そうだろうな」
この世界の支配者は天竜人。彼らの思い付きで罪のない民衆の幸せが引き裂かれるのであれば、その逆も然りである。
今回ばかりは、彼らの気まぐれに感謝しなくてはならないだろう。
……尤もそういった感情すら抱きたくないというのが、今ここに集う五老星の総意でもあった。
いわんや当人たちの徒労は筆舌に尽くしがたいものの筈だ。
「……あの2人は、我々の都合で随分と振り回してしまった」
「しおらしい物言いはよせ。そうなるよう動かしてきたのは他ならぬ我らなのだぞ」
どこか詫びるかのような言葉を言う長身の男。そんな彼を咎める額に傷のある男も、陰鬱な表情を隠そうとしない。
2人が海軍に入ったと聞いたときに思わず安堵したことを思い出す。
ゴムゴムとウタウタ。共に世界を揺るがしうる規格外の悪魔。
それが世界政府という秩序の下で動いてくれるのならば、五老星としても願ってもないことだった。……そのはずだった。
その思惑は、よりによって身内たる天竜人の手によって無に帰してしまった。
そしてこの事態を招いたのは、巡りめぐれば己達だ。最早己達に、彼等を慮る資格などない。
それならば。
「ならばせめて、誰の息もかからぬ場所で穏やかに、か」
着物を着た男の言葉は、誰に向けられた物であったか。
それに解を返せるものは、この場にはいなかった。
「なんだよ、それ」
「そんな、ことって」
薄暗い洞穴のなか、愕然とした表情でルフィとウタは言う。
その前に立つはサイファーポール"イージスゼロ"に所属する男、ゲルニカ。
あれから一週間後、この男は自分達が隠れていたこの洞窟にやって来た。
どうやってここを見つけたのか、目的はなんなのか、疑念は尽きなかったが、政府の人間である以上は自分達を始末しに来たと考えるのが自然。
それも最上位の諜報機関たるイージスゼロまで出向いて来たということは、いよいよ政府もなりふり構わなくなったか――――――そう思いこちらも応戦の意思を固める。
しかし、そんなものはこの男が発した言葉によって全て断ち消えてしまった。
「もう一度言おう。世界政府は君達を罰することを望まない。それどころかこれから先追うこともしない。君達が望んで我々の前に現れない限り、な」
「……」
ルフィも、ウタも、二の句を次ぐ余裕などない。
呆気に取られたが、少しずつゲルニカの発言を噛み砕いていく。
これが本当の事ならば、自分達にとっては願ったり叶ったりだ。
そして……。
「君たちの望む場所に連れていく。それでこの逃亡劇は終わりだ。世界政府は君達を解放する。そこから先は、君達の好きにするといい」
ルフィもウタも、見聞色によって生き物の感情の機知を読むことに長けている。
特に逃亡生活で更に磨き抜かれたルフィのそれは、意識すれば戯れ言か否かをも漠然ながら判別できるほどだ。
だからこそ分かる。
ゲルニカが言っているのは事実だと。
この男の覇気の練度が、それを裏打ちしていた。
「……納得いかねェ」
憮然と呟く。その声色にはどうしようもないやるせなさが見えて。
逃げ続ける日々に終わりが見えたことではなくその終わり方に、ルフィは納得できなかった。
己はまだいい。
シャンクスがフーシャ村を旅立ったあの日、ウタを一人にしない事を彼に誓ってから今日に至るまで、そのことに納得と満足はすれど、後悔を抱いたことは一度たりともない。ここまでの道はすべて自らの意思で歩んできたと断言できる。
それで彼女が平穏を享受出来るというなら、己はどうなっても構わないとすら思う。
では。
「……ウタは、どうなんだよ」
右腕にしがみつく幼馴染を見やる。
ウタはどうだ。
親から引き離され、新たに見つけた居場所も追われ、シャンクスに抱いた恨みが検討違いだということも思い知らされて。
その終わりが無関心から来る世界からの緩やかな受容と拒絶だというのは。
この逃亡劇ですら無かったことになると言うのは。
あんまりではないか。彼女には何も残されていないではないか。彼女の生きてきた20年は、一体何だったというのか。
ウタはただ……いたずらに世界に喰われただけではないのか。
――――――待て。
ウタが海兵となった切っ掛けは何だ。
自分が誘ったのではないか。
「一緒にシャンクスを捕まえよう」と持ちかけたのではないか。
この道は自らの意思で歩いてきた?とんだお笑い草だ。己の歩みに、ただウタを巻き込んだだけじゃないか。全ては約束のために。そしてそれ以上に、己が離れたく無かったという我儘故に。
その果てがここだというなら――――――
「こうなるんだったら、今までのは何だったんだ。ウタの人生は何だったんだ。おれが……」
――――――おれが、ウタから幸福を奪ったんじゃないのか。
「違うッ!!」
しかし、言う前にそれを他ならぬウタが否定した。
「違う……違うよルフィ……。私、ルフィがいたから死なずに済んだんだよ……?ルフィがいてくれたから、どん底でも生きていこうって思えたんだよ……?誰よりもルフィが一番、私を幸せにしてくれたんだよ……!?」
シャンクスに置いていかれてから今に至るまで、心に空いた穴を埋めてくれたのはルフィだ。
そこにどんな思惑があったのかなどウタにとってはどうでもいい。
大事なのは、ルフィは紛れもなく真心、愛情を以て接してくれた事だ。私を救ってくれた事だ。
大切なのは体よりも心。そしてその心を支えてくれたのはルフィなのだ。
それは逃亡の最中も変わらなかった。どころかより大きく、深く、そして強く満たしてくれた――――――心だけではなく、体も。
何よりも誰よりも、こんな私を、ルフィは愛してくれたのだ。
だから。
「だから……私の幸せをアンタが決めないで……私の幸せを決めるのは私なの……ルフィがいてくれなきゃ、私は幸せでもなんでもないんだよ……!?」
どれ程打ちのめされようとも。どうしようもないほどの自己嫌悪に陥ろうとも。
死ぬことだけは拒否したのは、ルフィの側にいたかったから。この人の温もりを、感じられなくなってしまうから。
それだけで全ての不幸を跳ね除けることができると思ったから。
「ねえルフィ……私と生きていこうよ……どうなってもいいから……何をしてもいいから……お願いだから、私を、独りに、しないでよお……嫌だよお……一緒にいたいよお……!!」
張り詰めた糸が切れたのだろう、これまでに無い程の弱々しさを纏ってウタは哀願する。
嗚咽を漏らし訴えるそんな彼女を見た瞬間、ルフィの中で何かが折れた。
それが何なのかはわからない。
掲げた信念か、誓った約束か……それとも腹に括った一本の槍、原初の祈りか。
分かるのは、海軍の英雄と歌姫はこの瞬間に死んだという事。
そしてフーシャ村の少年と少女に"生まれ戻った"事。
「……なァ、ウタ」
ルフィは声をかける。
戻りたい場所があった。そこは自分達を育んでくれた母のいる場所。近くに姉が住んでいる場所。
帰ろう。コルボ山に。
「ダダンなら……きっとおれ達を受け入れてくれる。おれ達を見てくれる。マキノだってそばにいる」
「……うん」
暫く忘れていた、誰かを信じる事。誰かを信じられる事。
しがらみから解放されてから漸く思い出すとはどんな皮肉か。
「帰ろう、ウタ。おれ達の故郷に。そこで生きていこう、ずっと一緒に」
「うん……うん……!!」
涙を流しながらウタは頷く。
それは暫くぶりの嬉し涙だった。
例え無意味でも、無気力でも。この愛する人とずっと生きていけることが、ウタは何よりも嬉しかった。
そしてルフィも。この愛しい人と健やかに生きていけるのならば、それでいいと思った。いいと、思ってしまった。
ここに――――――世界を狂わせた大犯罪者の禊が"終わらされた"。
あれから一ヶ月後。
ルフィとウタはコルボ山にいた。
久しぶりに会ったダダンは変わっていなかった。
それどころか大罪人だった自分達を泣きながら抱き締めてくれた。
裏表のない愛情を向けられるのはいつぶりだっただろうか。
ウタは勿論ルフィもまた、久しぶりにわんわん泣いた。
暖かい食事と寝床を味わった。忘れていた、それでいて懐かしい感覚だった。
そうしてここで暮らしていく内に、すっかり憑き物が落ちたかのような、穏やかな声になったウタは言った。
「ルフィ、ガープさんが来たよ」
「おう、ありがとなウタ!!ちょっと行ってくるよ!!」
ドタバタと駆けていくルフィを、ダダンと共に見送る。
「相変わらずだねェルフィの奴は。落ち着きのないクソガキのままだ」
「だってそれがルフィだもん。ダダンだって分かってるでしょ?」
「まァな。安心だよ、まだ変わってねェ所があって」
感慨深く目尻を下げるダダン。
その様を見たウタは、まるでお母さんみたいだと思った。
――――――
「すまん」
開口一番に、何度かけたか分からない言葉をガープは言う。
「気にすんな。じいちゃんは悪くねェよ」
それに対しルフィもまた、何度目と知れぬ言葉を返す。
イージスゼロにコルボ山へ行くと伝えた折、そこに海軍からの付添人も宛がわれたが、それが他ならぬガープであった。
それからずっと、自分達をここに隠す為の工作や手廻しを担ってくれた。
世界政府の勅令もそうだが、今ルフィとウタが平穏を謳歌できているのはガープのお陰でもあるのだ。
それだけが、2人にできる唯一の事だと思ったから。
自分の望みを叶えてくれた2人に、自分が見て見ぬ振りをしてきたものを全て背負わせてしまった2人に出来る唯一の贖罪だと考えたから。
「それでルフィ、頼みとはなんじゃ?」
そう、今回ガープを呼んだのはルフィだ。
ガープとしては裏方の任務が終わった時点で、ルフィにもウタにも会う気は無かった――――――そんな資格など無いとも思っていた。
今回わざわざ姿を見せたのも、他ならぬ孫の頼みだったからだ。
「うん、これなんだ」
そう言ってルフィは何かを差し出す。
3つの音貝だった。
「歌とメッセージが入ってるんだ。おれとウタの歌と、メッセージが」
最低限の言葉。
その言葉だけで、ガープは孫の意図を悟った。
「……届けてくれねェか。シャンクスとエースと、サボと父ちゃんに。そんで伝えてくれねェか。「おれとウタは元気にやっている」って」
ああ、とガープは思う。
こんな事になっても、この孫達は己が肉親達を思いやれるのかと。
その気高い精神は侵されていないのかと。
だからこそ悔しいのだ。この優しい2人を縛り付けてしまう事が。意味のある生を送らせてやれない事が。
「……分かった、伝えておく。お前達がここにいるとは言えんが……」
「大丈夫だろ。じいちゃんの言うことなら信じるはずだ」
「信用しとるんじゃな、わしの事も、あやつらの事も」
「当然だろ」
にかっ、とルフィは笑う。
それは今まで見てきたものと同じに見えて。
それでもその笑顔に触れてきたガープは、何かが欠けていることが分かってしまって。
そこにどうしようもない空虚な思いを抱いてしまった。
「……それじゃあじいちゃん」
「ああ。これで終わりじゃ」
踵を返して背を向ける。
これでいい。
2人が生きていてくれるなら、それだけでいい。
自分にできるのは、そう祈るだけ。
ダダンなら大丈夫だろう。きっと2人を支えてくれる。
麓のフーシャ村にはマキノ達もいる。彼らなら、間違っても2人を売るようなことはしない。顔を出してくれるなら、2人もきっと寂しくない。
この一帯には自身の名を利用した防衛網も張ってある。2人の平穏は確約される。
そこに自分は居なくても――――――
「……じいちゃん!!」
そんな思考を、愛する孫の呼び掛けが遮った。
「今までありがとう!!おれ、ここで生きてくよ!!ウタと一緒に!!」
それは今までの世界との決別の言葉であった。
寂しさと感謝の思いを込めて。精一杯の笑顔を浮かべて。
ルフィは言った。
「でも、おれもウタも寂しいからよ!!たまには会いに来てくれよ!!家族なんだからさ!!」
同時に、これからの世界を受け入れる為の言葉を紡いだ。
期待と安堵の思いを乗せて。少しだけ涙声になりながら。
ルフィは叫んだ。
「いいのか、ルフィ。わしを……こんなわしを、家族と言ってくれるのか」
「……当たり前だ!!」
振り向いた祖父の言葉をルフィは肯定する。
お互い、泣きながら笑っていた。
――――――
「ねえルフィ」
「どうした?」
夜の帳が下りるなか。
ルフィとウタはまだ眠らずにいた。
「昔言ったでしょ?私。幸せのために大事なのは肉体じゃなく心だって」
「ああ、そうだなァ」
「でも逃げ回るようになって、ルフィから温もりを貰って、思ったんだ。幸せのためには、心だけじゃなくって肉体も大事だって」
「……ああ」
そんなこともあったと回想する。
どうしようもなくなって、お互いを貪り合った経験。
今思えば愚かの極みだが、あれはあれで得難い物だった。
「……今はね、また違うの。心も肉体も関係ない。私は、ルフィの隣なら幸せだなって思えるの」
「……そっか。おれもだ。ウタが隣にいるなら、おれも幸せだ」
「……大好きだよ」
「……おれも大好きだぞ」
少年と少女は笑い合う。
昔と同じように。それでいて昔とは違う風に。
世界からそっぽを向かれた2人は、その存在は無意味だと言われた2人は。
それでも心の底から満たされていた。
世界は変わらず廻り続ける。
天翔ける竜を支配者に据えて。
かつての英雄と歌姫を忘れて。
無情にも。無常にも。
―
――
―――
――――
―――――
――――――本当に?