端切れ話(乙女の深淵)
監禁?編
※リクエストSSです
「エランさん、買いたいものがあるんですけど…」
そう遠慮がちに申し出たスレッタの様子に、エランは小さく首を傾げた。
アパートに越してきてからというもの、いつも必要な買い出しをするのはエランの日課になっている。スレッタも心得たもので、事前に欲しい物をリストアップしてメモに書いてくれている。
わざわざ買いたいものがあると宣言するなんて、どうしたのだろう。
もしかして大きな金額が動くような買い物がしたいのだろうか。それなら事前に相談するのも頷ける。
エランは勝手に納得して、「内容次第だね。何が欲しいの?」と聞いてみた。
スレッタはモジモジして、あー、うー、と意味のない声を出してから、顔を真っ赤にして答えてくれた。
「し、し、下着をぉ…!あと服を…!」
「………」
エランは少し待ってくれ、とスレッタにジェスチャーで伝えると、自分の端末を取り出して近くのショッピングセンターの総合サイトにアクセスした。
手数料を払えばサイトで注文した品を自宅に届けてくれるサービスがある。店の種類も豊富で、もちろん服飾関係も揃っている。
すぐに必要な情報を入力して、電子マネーもある程度チャージしておいた。
「ごめんねスレッタ・マーキュリー、言いづらい事を言わせて…。今サイトに登録したから、今度から頼みにくいものはこの端末で買うといいよ」
「え、あ、え…。こ、これで買えるんですか…!?」
「もう届け先の住所は入力してお金もチャージしてあるから、後は買いたい商品をカートに入れて、清算すればいいだけだよ」
そう言って使い方を教えると、スレッタはほぅ…と感心したような息を吐いた。
「便利ですね」
「少し時間はかかるけどね。とは言っても近くの店だから、明日か明後日あたりに届くんじゃないかな」
「十分です。ありがとうございます」
嬉しそうなスレッタに、エランも小さく微笑んだ。
「ついでに必要そうなものがあったら買うといいよ。色んなテナントが入ってるみたいで、日用品とかも売ってるみたいだよ」
女性なら色々と入用な品があるだろう。スレッタは遠慮して必要最低限のものしかメモに書かないが、きっと他にも欲しいものがあるはずだ。
「じゃ、じゃあ遠慮なく。でもその間、エランさんの手元に端末が無くなっちゃいますね…。あ、そうだ。よかったらわたしがエランさんの端末を使っている間、エランさんもわたしの端末を使ってみてください」
「きみの端末を?」
「けっこう面白いコミックも揃ってるんです。それを読んでたらあっという間に時間が過ぎちゃうはずですよ」
使い方はこうです、とアプリの立ち上げ方、すでに購入済みのコミックの読み方などを教えてもらう。
「………」
せっかく教えてもらったのだから、少しくらいは触った方がいいだろう。それに普段の彼女がどんな物語を読んでいるのか純粋に興味もある。
必要な買い物が終わったらお互いに端末を返す事にして、その間は自室で久しぶりの読書をすることにした。
とはいっても、学園で読んでいた哲学書とはずいぶん趣がちがうのだが…。
アプリを立ち上げると、いくつかの作品がサムネで出てきた。どれも女の子が表紙にいて、色使いは淡く、目が大きく描かれている。
確かスレッタがお気に入りだと言っていた作品があったはずだ。せっかくなのでそれを読もうと画面をタップした。
端末全体にその作品の表紙が広がり、画面をスライドさせて疑似的なページを捲っていく。主役の女の子は眉毛が太く、少し誰かに似ている気がした。
「………」
舞台は今より数百年前。まだ人類が宇宙にほとんど進出していなかった時代の話。とある学園に通う女の子が主人公だ。
今まで田舎で過ごしていた主人公は、親の転勤を機に、金持ちの子が多く通う進学校へ行くことになる。
友達がたくさん出来るだろうか、そんな希望を抱いて学園に転入してきた主人公は、少しの失敗をしながらも、転入初日で何とか友達を作ることに成功する。
しばらくは学園生活を楽しんでいるのだが、途中で友達になった女の子がトラブルに巻き込まれ、そこから事態は急変することになる。
学園の『四天王』に目を付けられた友達が、ある日ムリヤリ交際を迫られ始めたのだ。犯罪間際の行為の数々に主人公は驚き、追い詰められた友達を助けるために『四天王』の1人と対峙することになる。
・・・四天王とは随分と大仰な呼称だとエランは思う。恐らく物語的な誇張が入っているのだろう、きっと。
どうやら4人は偶々同じくらいの規模の実家を持った、偶々同じくらいの優秀な成績の跡取り達が、偶々同じ学年として1つのグループに纏まっているらしい。
彼らは特に役員などもしていない、一般の学生だ。…にも関わらず、絶大な影響力を持っていて、学園で好き勝手をしているようだ。
そんな無法者相手に、か弱い女の子である主人公が反発して大丈夫なのだろうか。少し心配になってしまう。
エランが危惧した通り、友達にちょっかいを掛けてきた四天王の指示により、主人公への苛めが始まってしまった。
それも犯罪だと思うくらいの過激な苛めだ。正直なところ、見ていてキツイ。
しかし主人公はその苛めを撥ねのけて、友達を助ける為に孤軍奮闘していった。次第に理解者も増え、四天王の1人からもアドバイスを貰えるようになっていく。
四天王の中で特に目立っているのは『横暴な男』と『穏やかな男』だ。主人公と対峙している方と、主人公にアドバイスを与える方である。
『穏やかな男』は嫌いじゃないな…と思いながらページを捲っていくと、ちょうど1巻が終わるタイミングで主人公のビンタが『横暴な男』に炸裂した。可愛い反撃ではあるが、主人公の精一杯だろう。
すると突然『横暴な男』は目を煌めかせ、主人公に顔を近づかせるとこう言った。
『おもしれー女だな、俺のモノになれ!』
「───は?」
あまりの展開につい低い声が出てしまう。どういう事だと思ったところで、コンコンとノックの音がした。
「エランさん、買い物終わりました」
「あ、あぁ。スレッタ・マーキュリー」
いつの間にか結構な時間が過ぎていたようだ。エランはアプリを閉じるとドアを開け、お互いの端末を交換した。
「…きみのお気に入りのコミックを少し読んだ。古い学園もので、四天王相手に頑張る女の子の話」
「わ、あれを読んでくれたんですか!少女漫画ですけど、大丈夫でした?」
「色々と分からない所はあったけど、概ね楽しく読めた…と思うよ。それで気になったんだけど、主人公の女の子は最終的には誰と結ばれるの?」
続きを自分で読む気はない。けれど、結末は少し気になる。そんな心境だった。
あれは恋愛ジャンルのようなので、主人公は誰かと恋をするはずだ。理解不能な『横暴な男』は論外として、色々と助けてくれた『穏やかな男』と結ばれるのだろうか。そう思ってつい聞いてしまった。
「ネタバレになるけど、いいんですか?」
「構わない。よければ教えて欲しい」
「えぇっと、最初に意地悪してきた男の子ですよ。主役の子にたくさんアタックして、最終的に2人は結ばれるんです」
───は?
心の中で低い声が出た。
「…穏やかな男のほうでなく?」
「穏やか?いえ、違います。ヤンチャな方です」
「………」
あれだけ酷いことをしておいて…?友達に迫り、主人公を苛め、犯罪的な行為まで働いていたのに…?
それを許して結ばれる主人公も、お気に入りだと言うスレッタも、あまりに大らかすぎて理解が出来ない。
スレッタはにこにこと笑っている。
───えぇ?
その朗らかな笑顔に、何故だか少しショックを受けているエランがいたのだった。
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