⑧ローの作戦
前回
⑦再会
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【これまでのあらすじ】
・いよいよ再会! ローとロシナンテ
・ローの命令 ロシナンテをゾウへ!
・ドフラミンゴおこ
※閲覧注意※
原作ネームドキャラが原作ではしない感じの言動をしますが、キャラヘイトの意図はありません。
今は不穏ですがローにとってベストなエンドになる予定。
原作1097話と内容が少し矛盾している部分がありますが、書いちゃったのでこのまま進めます。
◆
ロシナンテはどうにもムカッ腹がたってしょうがなかった。ドフラミンゴはもとより、自分をつき離そうとするローにも、ローを危険な場所に置いていこうとするハートのクルーたちにもだ。でも一番ムカつくのは、この状況で何もできない自分自身である。潜水艦ゆえにタバコに手をだすわけにもいかず、なにも掴めない手をさまよわせるしかないこの状況がひどくもどかしい。
だがロシナンテは17年間も兄の凶行を止めるために動いていたのだ。いまさら潜水艦に閉じこめられたって、ロシナンテは当然のようにおとなしくしていられるはずもない。
クルーたちの指示が飛び交うなか、ゆっくりとひとつの扉に歩み寄る。冷たいレバーに静かに手をかけ。
「お、おい、あんた……キャプテンのコラさん! 潜水中だぞ、死ぬ気か!?」
横からその手をつかまれる。おさげ髪の男だ。ロシナンテが今まさに握っているレバーは、外へとつながる扉の取っ手だったのだ。
「そのレバーから手をはなせ、キャプテンのコラさん!」
「わー! やめろキャプテンのコラさん!」
「そっち海! キャプ……キャラさんあんたバカか!」
「キャラさん、おれらまで沈んじまう!」
事態に気づいたハートのクルーたちが次々と焦って声をかける。それがあまりにもうざったく感じて、ロシナンテはしかめ面で声を荒げた。
「しるか! おれはドレスローザに戻りたいんだ!……って、なんだよキャラさんって!?」
「だって『キャプテンのコラさん』って長ェし……」
「うん、言いにくいよな」
「変」
「お前らなァ……ロシナンテかロシーでいい。おれはもうコラソンじゃねェんだ」
「え~、いやでもそれはちょっと」
「キャプテンをさしおいて……な。へへへ」
「なんなんだよお前らは。いいから船をもどせよ」
ハートのクルーらがどことなく照れた様子でうすら笑いを浮かべる。むずがゆそうに体をくねらす白いツナギたちに、ロシナンテは正直ちょっと引いた。ローの仲間たちはロシナンテのよく知るいわゆる『海賊』とは少し気質が違うらしく、どうにもこうにもやりにくい。
何人かでギャーギャーと騒いでいると、大きな影が現れた。手の止まっているクルーの頭を軽くはたいて喝をいれる。
「やってる場合か、持ち場につけ」
「ゲ……あんた知ってるぜ。一時期たいそう名を上げたよなァ、キャプテン・ジャンバール。ローの船員なのか?」
「おれはもうキャプテンじゃない。ハートの海賊団の船長代理……ただのジャンバールだ。キャラさんはこっちに来てくれるか?」
「お前までそう呼ぶのかよ! も~~~、コラさんでいい! コラさんでいいからキャラさんはやめてくれ、なんか気持ち悪ィ!」
ジャンバールは丸太みたいに丈夫な腕にロシナンテを担ぎ上げた。お伺いとは名ばかりの強制連行だ。クルーのひとりがいってらっしゃいとばかりにピラピラと手をふるのを見て、ロシナンテはやっぱりよく分かんねェなと思った。
「まあ座ってくれ。あんたに見せたいものがある」
「座ったら船をもどしてくれるのか?」
「できない相談だな」
廊下をすこし進み、とある一室にたどり着いてようやっとジャンバールがロシナンテを地面におろした。
「狭いな」
「そうか。船長室だ」
「……ふうん」
人よりすこしばかり大柄なジャンバールとロシナンテが入ると、窮屈このうえないくらいの謙虚な広さだった。ぶ厚いファイルや難しい書類の並ぶ本棚のせいでよけいにそう感じる。小さな机と座り心地の悪いイス、そしてローのサイズのベッドがひとつ。たったそれだけの部屋だ。
「もう暴れないのか」
「あんたがいなくなったらな、ジャンバール」
「ではもうしばらく、ここにいるとしよう」
「ちぇ」
ジャンバールが意地悪に聞くと、ロシナンテはわかりやすく顔をひきつらせた。ジャンバールは大柄なロシナンテよりもさらに大きい。ロシナンテは質量でもパワーでもジャンバールにはかなわないのだ。
へそを曲げるロシナンテにかまわず、ジャンバールは本棚からとり出したファイルを渡した。受け取ったら「これも」「まだあるぞ」「もうひとつ」とどんどん渡していき、持ちきれずにベッドにかさなった紙の束は山のようになる。
ジャンバールは不思議そうにファイルを見つめるロシナンテに言った。
「カルテだ。それらはコピーだが、ドレスローザの国民全員ぶんある。キャプテンの、10年の成果だ」
「全員って……何万人もいるんじゃないのか」
「ああ。その全員ぶんだ」
ロシナンテはファイルを手にとり。ていねいにパラパラとめくった。几帳面な文字が整然とならんでいた。
どのファイルも、どのファイルも同じだった。
「ローは海賊なんだろ? 医者でもあるのか?」
「おれたちハートの海賊団……ドンキホーテファミリーのコラソン軍は戦闘はもちろんだが、この船やキャプテンの特性上、偵察や医療関係の仕事をまわされることが多い。キャプテンは国にいるあいだは一般の患者も診る立派な医者だ」
「すげェ……」
ロシナンテが素直にもらすと、ジャンバールの強面がすこしゆるんだ。
「だがそのカルテはただの『手段』。キャプテンの『目的』はこっちだ」
そう言ってジャンバールがさし出したのは薄めのファイルで、中身を確認すると名簿らしい。意図がわからず、ロシナンテは頭にハテナをうかべる。
「外国人の出入国の記録と13年前の住民台帳。そしてカルテをもとにファミリーに極秘で作成した『いま』の住民台帳だ」
秩序ある国であれば、どこにでもあるような書類である。普通であれば極秘でもなんでもない。それをジャンバールは極めて真剣な顔つきで手渡す。
「さて、お前はこの国の闇をどこまで知ってる」
ロシナンテののどが、ゴクリと音をたてた。
◆
ドレスローザ本島とグリーンビットをむすぶのは、鉄筋のはいった強固な橋だ。それが数十秒もたたずにひとりの人間によって細切れにされるだなんて、いったいだれが信じられるだろう。
しかし王下七武海にしてドレスローザの国王、ドンキホーテ・ドフラミンゴはいともたやすくそれを成せる。指の先から出した鉄よりも固い糸によって、すべての物はあっというまにバラバラだ。
糸の能力だけではない。長い手足は彼の思うがままに動き、おもたい蹴り技が死角から襲う。
ローは息をはずませてその連撃を受けた。隙をついて攻撃をしかけるも、簡単にいなされ、やってくるのはさらなる追撃。やっとのことでドフラミンゴにひとつ傷を負わせても、ローはその何倍ものダメージを受けるハメになる。
ニヤリと怪しく笑いながら、ドフラミンゴがローとの間合いをつめていった。
「さて、“麦わらの一味”のねらいはどうやら工場の破壊……ロシナンテはおれとカイドウをぶつけたいらしい」
「へェ、実の弟にずいぶんと嫌われているんだな」
「減らず口をッ!」
「うッ……!」
「お前がロシナンテを逃がしたのも、あいつらの作戦のうちか?」
「さァな。おれはあの人がドレスローザへ来ていることすら『知らなかった』。もちろん『会ってもいない』し、ましてや『逃がすわけがない』」
もちろん嘘だ。
しかし不自然ではないはずだった。ハートの海賊団は『麦わらの船が入国した』ということしか報告していないはずだし、ローはドフラミンゴからことの詳細をすべて聞いてるわけでもない。
おそらくドフラミンゴはローをロシナンテに近づけたくなかったのだろう。病院をめぐるロシナンテとの半年の旅でローの心境に大きな変化があったことは、ドフラミンゴもよくわかっていた。ロシナンテのことはローに知らせず、早急に処理するはずだったに違いない。
ドフラミンゴにとってもローを失うことは大きな痛手なのだ。証拠がなければ裏切りと判断されることはない。そうローはふんでいた。
「正直に吐けば生かしておいてやる。ロシナンテをどこへ逃がした」
「おれじゃない。てめェだろう、逃がしたのは。13年前も、今も」
ローがまるで余裕たっぷりに口角を上げる。
「……どこまでもムカつく野郎だぜ」
ドフラミンゴの指先にキラリと細い光が躍った。
◆
「ドフラミンゴのやつ、なんてことを……」
ロシナンテが顔を真っ青にしながら呟いた。
かつてドフラミンゴの野望を軍に伝えたことがある。しかしロシナンテがつかんだのは彼の計画のほんの一部だったらしい。ホビホビの能力の恐ろしさに内心ブルりと震えあがる。
「このリストにはすべてが記されている。この世から忘れられた人間の名前が、すべてだ」
「これを公表するのが『作戦』か。方法は?海軍……は使わないな。新聞か?」
ローは海軍が、政府が嫌いだ。ロシナンテもそれをよくわかっていて、だからこそ13年前に海兵ではないと嘘をついたのだ。そんなローが、軍に頼るのは考えがたい。
「キャプテンは軍を信頼していない。新聞にしても、ムダに一般市民まで混乱させるのは得策とは言い難いな」
「じゃあ……?」
「世界の権力者たちに同時に知らしめられる機会があるだろう。今年に限っては」
「アッ、世界会議……!」
「手はじめに各国の王に伝えてドフラミンゴに批判を集め、政府が動かざるを得ない状況を作りだす。信憑性の高い情報をもっとも伝えたい人物たちに正確に伝えるには、世界会議を利用するのがもっとも効果的だとキャプテンは考えた」
ジャンバールがその手には小さすぎるカルテを優しい手つきでふわりと撫ぜる。
「七武海の海賊とはいえドフラミンゴも一国の王。世界会議の参加時は軍艦による形だけの護衛がつくことは、前回と前々回の世界会議のときに確認している。キャプテンの能力でリク王本人と台帳を軍艦に密航させ、会議の場でリク王が他国の王に彼自身の言葉で訴えかける」
「ああ……そりゃあ効果がありそうだ」
「クロコダイルによるアラバスタ乗っ取り未遂も記憶に新しい。自分の国や民たちにも同様の危害が及ぶ可能性を考えると、彼らもすぐにその場で元凶を捕えるべきと考えるだろう。リク王がかつてより平和を好む実直な王であったことは幸いだ。世界の王たちもきっと信じてくれる」
アラバスタのコブラ王の名君っぷりはロシナンテも知るところだ。ドレスローザの件についても親身になってくれるに違いないと、確信すら持てる。
「おれたちはドフラミンゴのいないスキにシュガーを倒し、おもちゃにされた者たちと反乱を起こしてファミリーの幹部を撃退。うまくいけばドフラミンゴはマリージョアで拘束。うまくいかなくても国でやつを迎えうつ。これがキャプテンの作戦だ」
ここまで喋り、ジャンバールがひとつ大きく息をはく。ちらりとロシナンテに目線をやって、フイとそらした。
「今年、やっとすべての準備がそろったんだ。順調だった」
ロシナンテの心臓がドクドクと波うつ。それ以上聞きたくなくてジャンバールに“凪”をかけてしまいたかったが、手は石になったみたいにピクリとも動かなかった。
「だがすべてが狂ってしまった。あんたが来たからだ。キャプテンは、あんただけは放っておけない」
「そんな……」
「あんただけは、この国に来てはいけなかった」
ジャンバールは大きな頭を力なさげに振り、それ以上はなにも言わなかった。彼らの10年を思うと、ロシナンテはジャンバールたちにぶん殴られてもおかしくない。しかし彼らは、そうしなかった。それが無性に虚さをかきたてる。
「あいつ、ずっと戦っていたのか。医者の立場を利用して、ドレスローザのために。たったひとりで」
「ひとりじゃない。おれたちがいる……いた」
「おれは……おれは、なんてことを……」
愛する子どもを死地へと残したあわれな男と、持ち主を無くして色あせた紙の束が折り重なる。
静かな潜水艦に男のすすり鳴く声が響いた。
◆
全身の痛みと血の匂いで目が覚める。両手どころか体がまるきり動かせないのは、海楼石の手錠で拘束されてるからだ。何年たっても慣れないままのハートの椅子に身体をあずけ、ローはドフラミンゴと向かいあっていた。
「お前らのねらいは『SMILE』工場、それだけのはずだ。なぜ“麦わら”たちとグリーンビットの小人たちが繋がってる!? 偶然でなけりゃあ、やつらがこの国の闇の根幹を知っていることになる……」
「答えなさい、ロー! 若が聞いてんでしょ!?」
ベビー5が声を荒げてローの頭をスパンと叩いたが、目線ひとつで黙らせた。子どものころからのお決まりの流れである。
泣き出す彼女を完全に無視して、ドフラミンゴとの話を続ける。
「言ったハズだ。おれは麦わら屋と手を組んだ覚えはねェし、何をしようとしているのかなんて知ったこっちゃねェ。お前の言ってることは、おれにはほぼ理解できねェ……」
「フン……こんな尋問、ヴァイオレットがいりゃあ瞬時に真実を見抜けるんだが。それともお前の差し金ってこともねェよなァ……“リク王”! トンタッタはかつてお前にも仕えていたんだ」
「……」
ドフラミンゴがリク王に話をふる。平和を好むかつての王のたくましい手は、彼に似合わない冷たい錠でつながれていた。
リク王は娘のヴィオラがファミリーに従うことで『生かされて』いる。そのヴィオラが裏切ったいま、リク王にさらに疑惑をかけられるのはローにとって都合が悪い。
「ヴァイオレットは常にお前のそばにいたんだ、リク王は妙なマネはできない。てめェのマヌケを棚にあげて妙な言いがかりをつけるんじゃねェ」
「状況をよく見て発言するんだな」
「……ヴェルゴ!」
「ヴェルゴ『さん』だ!」
「うッ!」
ドフラミンゴの後ろに控えていたヴェルゴが、ローの腹に蹴りを入れた。硬いつま先が内蔵をえぐり上げる。こみ上げる苦味をぐっとこらえてヴェルゴを睨むと、黒いサングラスの向こうから鋭い視線が返った。
「ドフィ、やはりおれがパンクハザードに行っていれば……」
「モネから緊急の通信は『入らなかった』んだ。過ぎたことだぜヴェルゴ」
すました顔でヴェルゴが言ったが、ドフラミンゴはそれを一蹴する。イラついたように足を組みかえたドフラミンゴの声がいっそう深くなった。
「だが、ローの言うことももっともだ。ガキの分際で一丁前に反逆をたくらんでやがるのが癪にさわるがな」
「証拠が無ェな。おれがお前に逆らえないってことは、お前もよく知ってるはずだ」
「証拠ならあるさ」
「なに?」
ローがひっそりと眉を寄せた。
「信頼できる人物からのタレコミだ。お前がロシナンテの情報を黙っていたこと、そして逃亡にもかかわったこと。すべてが筒抜けだったのさ」
「……」
「失望したぜ、ロー。お前は良い部下だと思っていたが今日で終いだ。おれは裏切りを許さない」
「失望したのはこっちだ。おれはファミリーの最高幹部だぜ。他でもない、あんたが選んだんだ。あんたはそんなおれよりも『信頼できる人物』ってのを信じるらしい」
ローがドフラミンゴを睨みつけながら言った。ドフラミンゴはそんなローにひと言も返さず、ひとつの巻貝を取りだした。音貝だ。
長い指が見せつけるようにその殻頂を押すと。
『実はさっきコラさんがこの国に来た』
まぎれもなく、ローの声だった。
『国外へ逃がそうとしたが、どうやら失敗したようだ……それで、おれはこれから会いに行こうと思うんだが……』
額にじわりとつめたい汗がにじむ。
たしかにそんな話をした。
場所はコロシアムの医療室。
あの部屋にいたのはローも入れてふたりだけだった。
「これが証拠だ」
ドフラミンゴの愉悦の声を聞いてる余裕はまるで無かった。
なぜなら、あの会話の相手は。
「悪ィな、ローさん」
「ペンギン……?」
ひょっこりとスートの間に顔を出したペンギンが、一瞬もためらわずにドフラミンゴのそばに立つ。血の気をなくすローを見て、ドフラミンゴはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
◆
ジャンバールは涙と鼻水でドロドロになったロシナンテにサッとタオルを手渡した。海賊のくせに紳士的なふるまいだったが、ロシナンテは茶化すことなく礼を言って受け取った。
顔をぬぐうだけではなく、遠慮なしに鼻までかまれたタオルは糸をひく。汚れたタオルに同情しながら、ジャンバールは話を続けた。
「正直な話、アンタには嫉妬している。十数年かかって準備した作戦を、キャプテンはたったひとりのために投げ出したんだ」
「すばねェ……ほんどうに、すばねェ」
「そう思うなら大人しくゾウに運ばれてくれ。あんたをゾウに置いてすぐにドレスローザに帰る。それがおれたちの最善なんだ」
「わがった。ダオルがえず。ありがどう」
いろんな汁でグチャグチャのタオルを押しつけられ、ジャンバールの眉間にキュッと谷がよる。
しかしロシナンテがこれで落ち着いたのなら、何よりありがたいことだった。事あるごとに暴れられては船も進むに進めない。1秒でも早くドレスローザに帰りローに加勢するには、彼に納得してもらうほかないのだ。
だからジャンバールはロシナンテに安心してもらうため、もうひとつ情報を付け加えた。
「安心してくれコラさん。 所属は違うがキャプテンにはまだ仲間がいる。ペンギンという男だが、スワロー島からの馴染みらしい。きっとキャプテンを助けてくれる」
顔をあげたロシナンテに、ジャンバールもにっこりと微笑む。
「大丈夫だ、彼は信頼できるよ」
続