再会

再会


⑥おれは一般市民

https://telegra.ph/%E3%81%8A%E3%82%8C%E3%81%AF%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%B8%82%E6%B0%91 -09-10


【これまでのあらすじ】

・決裂! グリーンビットの取り引き

・ロシナンテ&シーザーの逃走

・サニー上空の戦い! ドフラミンゴVSサンジ

・ぐるわらシーザー戦線離脱

・ドフラミンゴVSロシナンテ ~ジョーラを添えて~

・ロシナンテ グリーンビットへ逃走

・ローとの再会←NOW!





「いきてた……コラさん!」

「………………ロー?」


 長いあいだ待ちのぞんだ再会は、すこしジメジメしたうす暗い森のなかだった。背の高いしげみから顔をのぞかせたローが、早足でロシナンテにかけ寄る。

 ロシナンテは驚きのあまり立ちあがり、落としたタバコを踏みつけた。その目に涙をうかべながら、ローに向かってまっすぐに手をのばす。


「お前、そんなに大きくなって……」


 しかしその手はボトリと落ちた。

 妙に地面が近くなる。

 あごに草が触れてくすぐったい。

 顔のすぐ隣にそびえるのは、長い足。

 いつの間にか手や足だけじゃなく、胴体も首も、体のありとあらゆるパーツがバラバラになってそこに散らばっていた。


「は?…ちょ、なに、切れてる!? 痛……くはねェけど気持ち悪い! なんだこれ、なんだ!?」

「黙れ」

 

 事態もわからずバタバタとうごめく足に頭が蹴られそうになったが、そのタイミングでふわりと頭が宙に浮いた。そのまま連れていかれたのはローの顔の真正面。

 子どものころの面影に鬼の形相とあごひげを足しただけで、他はなにも変わっていなかった。まぎれもなく『あの』ローであるのだと、ロシナンテはこのときはじめて確信できた。


「オペオペの能力だ。あんたが命がけでおれに食わせたあの実の能力。おれはこの力で、自分の身体から珀鉛を完全に除去した……病気は、治った」

「良かった。本当に良かったよ。ずっとそれが心配だった」


 鼻をすすりながら、ロシナンテはホッと息をついた。

 いっぽうローは眉間の谷を3割ほど深くし、地をはう声でロシナンテの頭に迫る。


「なぜ麦わら屋の船でいっしょに行かなかった。おれは言ったはずだぞ。この国を出ろと」


 ローが殺気のまじる声で言った。

 ロシナンテはすこしバツが悪かったが、これについては彼の言いぶんがおかしいと思った。あまりにも一方的にロシナンテの意見を無視していると感じた。

 

「そんなこと言われて、ハイそうですかと簡単に従えるはずないだろう。ここまで来るのにどれだけ大変だったか」


 たったひとりでいくつもの島をこえて、13年もかけて、やっとたどり着いたのだ。どんなに怖い顔をされても、ごまかされるわけにはいかない。

 ロシナンテは血をわけた実の兄弟の阻止を、いわば使命のように思っていた。彼が裏の世界で活躍すればするほど、何の罪もない人が傷つき、国を追われ、人知れず死んでいく。とてもじゃないが我慢ならなかった。

 それに。


「お前にも会いたかった」


 じっとふたりで目を合わせた。ロシナンテの顔がニコニコとほころぶ。対照的にローは顔のパーツをひとつも動かさず、ひとつ大きな呼吸をしてからやっと次の口を開いた。


「この国でいま何が起きてるのか知ってるか?」

「アー……それは全部知ってるわけじゃないがドフラミンゴのことだ、ロクなことじゃねェのは確かだ」

「この国には闇がある。あんたの手におえねェほどの、大きな闇だ」


 ローは淡々と語りながら、ロシナンテの身体のパーツを手遊びのごとくクルクルと宙に浮かせた。足の先から頭のてっぺんまで。慣れたようすでもとのとおりに組み立てる。ロシナンテの視界がいつもの高さにもどるのは、あっという間のことだった。


「なら、なおさらなんとかしねェと」

「話を聞いてたか? あんたの手におえねェとおれは言ったんだ」

「じゃあ見すごせってのか? 手におえねェからしっぽ巻いて逃げろって? それはおれをバカにしすぎだぜ」

「あんたの正義なんて知ったことか、ドンキホーテ・ロシナンテ『中佐』」


 ロシナンテがグッと言葉をつまらせた。情けなくまゆ毛をハの字にして、とぎれとぎれにローに問う。


「なあ、ロー…………怒ってる、よな」

「なんの話だ」

「嘘をついてた。海兵じゃないって」

「今さらだな」

「でも傷つけた」

「……」

「悪かった」


 ためた息といっしょに吐きだした。

 ローは何も言わなかった。なにやら思案をめぐらして黙りこむ彼に、ロシナンテはさらに言葉を重ねた。


「ロー、お前のほうこそ逃げるべきだ。なぜドフラミンゴについてるのかは知らねェが、ハートのコラソンをやってるっていうじゃねェか。頭のいいお前がその危険性を知らないわけがないよな」


 ロシナンテの片手がローの腕をつかむ。筋肉のついた、大人の男の腕だった。あんなに小さかったのにと、ロシナンテの頭のどこかで熱いものがあふれた。


「おれは……おれの意思で動いてる。あんたには関係ねェ」

「ほかでもない、お前のことだ! 関係ねェわけあるかよ!」

「あんたがおれの何を知ってる? 何年も前、たったの半年いっしょに過ごしたってだけの関係だ!」

「知らねェ……なにも知らねェよ。でもそれはお前がなにも話さねェからだ!」

「……!」


 ロシナンテが強めの口調でいうと、ローは静かに目線をさげた。身長差があり、おまけにローはつばのついた帽子をかぶっているため、彼の表情がロシナンテからはまったく見えない。


「おれはお前を信じてやりてェ。ドフラミンゴの部下でもだ」


 それでもロシナンテは続けた。ローの本当の気持ちを知りたかったのだ。

 道を違えたふたりの空白を真実で埋めたかった。


「なあ、聞かせてくれよ。お前の話を」


 ゆりかごみたいに優しく、それでいて腹の決まった声色でロシナンテが言った。いまだローの腕をとっている手に自然と力がはいる。

 ローはその腕をじっと見つめた。静かに静かに息をはく。そしてそっと、ロシナンテの手をふり払った。

 ロシナンテの頭がスッと冷えた。力のない声が意思に反してまろび出る。


「……ああそうかよ」


 ガキのころの方が食ってかかってきたぶんまだマシだった。怒鳴りあいになったとしても、それもコミュニケーションだったからだ。

 それなのにいまとなっては言葉のひとつも交わせない。ロシナンテは急に自分がたまらなく情けない存在のように思えた。


「それなら、おれはおれで勝手にやらせてもらう。じゃあな、ロー。元気なお前に会えてよかったぜ」


 ローの目の前に立つのがあまりに苦しくなって、早口で彼に別れを告げて背を向ける。嫌われてしまった、二度と一緒にはいられない、でもしょうがないことだ。そう自分に言い聞かせて。この場から早く消えたくて、もつれようとする足を無理やり動かした。


「……っ! あんたはッ!」


 愛しい子どもの声がした。思わず立ちどまり、振りむかないという選択肢はなかった。少しだけ鼻声がまじるのを指摘するのも、いまはヤボだ。


「あんたは引かなかったじゃねェか! 13年前あの島で、銃つきつけられて、てめェは今にも死にそうだってのに……引かなかったじゃねェか! 引鉄を!」


 ロシナンテはハッと息をのんだ。ローの色をなくしたふるえる唇からしぼり出される心根は、恨み言にもよく似ていた。


「おれは信じていたんだ、コラさん。あの瞬間まで。あんたはきっと死なないって……となり町でおち会う約束を守ってくれるって、信じていたんだ」


 ガツンと頭をなぐられた気分だった。同時にストンと腑に落ちた。

 たしかにローは怒っていた。だがそれはロシナンテが海兵だったことにではない。いちばん最後の嘘に怒っていたのだ。

 いっさい弁解のしようもない。ロシナンテのついたやさしい嘘は。彼を守ってくれるはずだった、まっ白な真綿の嘘は。


「おれがすぐ後ろにいて……あんな約束しておいて……おれにさんざん生きろと言ったくせに……たったの一本、指に力を入れるのをためらった」


 千本の針になって、傷だらけになったローの心を無残に貫いたのだ。


「あんたにドフラミンゴは倒せない」


 まさしく拒絶だった。

 ロシナンテの顔がぐしゃりとゆがむ。


「だからおれが引く。あの日あんたが引けなかった引鉄は、おれが代わりに引く……あんたは足手まといだ、コラさん」


 ローの決意は本物だった。心臓の鼓動も、熱いまなざしも、にぎった手のひらに食いこむ爪のひとつひとつにいたるまで、全身がそれを物語っていた。彼もドフラミンゴを倒す気でいるのだ。

 ロシナンテの呼吸が、一瞬だけとまった。自責、後悔、罪悪感、その他もろもろ。いまにも飛び出しそうなすべての感情をグッとのみこみ、噛みしめた唇からは鉄くさい赤がつたう。

 たっぷりゆっくり長い息をはきだしたあと。脳みそから産地直送の感情がロシナンテの口から転がった。


「いやだ」

「あ?」

「あんな間違いはもうしない。ドフラミンゴはおれが倒す」

「ダメだ。ドフラミンゴは今度こそあんたを殺す気だ」

「じゃあふたりでやろう。な?」

「足手まといだって言ってるだろ」

「まあそう言うなって。おれだって強くなったんだぜ!」

「それとこれとは話が別だ」

「頑固だなー、お前」

「お互い様だな」

「あとでアイスおごってやるから」


 ロシナンテは引かなかった。引けなかった。

 どんなにローに拒絶されても、遠ざけられても……嫌われたとしても、どうしたってローを死なすわけにはいかないと思った。

 だってローは未来なのだ。ローの進む未来は、ロシナンテの未来なのだ。優しいものかはわからない、輝かしいかもわからない。けれどもきっとローなら正しい道を歩める。ロシナンテはそう信じているのだ。

 きわめて自分勝手な話であるが、ロシナンテはロシナンテのために、ローをひとり敵地へと送り込むことなどできやしなかった。


「…………わかった」

「ロー! ありがとう、3段にしていいからな!」

「いやそうじゃねェ! アイスはいらない!」


 どちらも譲らぬにらめっこが続き、果たして白旗をあげたのはローだった。あきれを含んだしかめ面が、パッと花ひらいたロシナンテを見あげる。


「わかった。いや、わかってた」

「……ロー?」

「久しぶりだったんで、すっかり忘れてたが」


 どこか含みのある物言いに、ロシナンテは内心首をかしげた。ローは口の端をニヤリとあげ、茶化すように続ける。


「あんた、直情バカで融通のきかないクソ野郎だったな」

「ひでェ言いぐさだな」

「おれがどんなに泣きわめいて嫌がっても、無理やり病院に連れまわしたり……」

「ぐ、その説は面目ねェ」

「そのコラさんがおとなしく引き下がるわけがねェんだ」


 グルグルと重たい、イヤな予感が腹にうずまく。なにかを告げるように、首のうしろがチリチリとうずいた。


「……なにが言いたい」

「まともに話を通そうとしたおれが悪かった」


 ローはじつに涼しい顔をしていた。


「コラさんの本懐はおれが遂げる。あんたはお行儀よくしてただ見ていろ。おれの宝箱のなかで」


 すばやく、ローが墨のはいった細い指を3本立てた。展開する青のドームはどんどん範囲を増していく。

 ついには島の海岸線を超えて海までのびていった。

 ローの意図がつかめず、ロシナンテはただバタバタと慌てるしかない。


「“ROOM”」

「 お、おい! なにをする気だ!?」

「ああそうだ、コラさん」


 そのいっとき、ふたりのあいだの剣呑はさっぱりと消え去った。

 スッとほそめたローの瞳にまろやかなぬくもりが宿る。こっそりと内緒話をするみたいに頬をほころばせ。


 ローが笑った。


 世の中の悪いことなんてなにも知らないガキみたいに、ローが笑った。

 そういえば大人になったローの笑顔を初めて見た。ロシナンテはうっすら思って、あのころと少しも違わぬそれに安堵すると同時に。


「『愛してるぜ』」


 背筋が凍った。


「ロー! やめ……」

「シャンブルズ」


 次の瞬間、ロシナンテはつめたい金属の一室に放りだされていた。背をおおう巨木の森は人工的な精密機器に。ザラついた土の大地はつるつるとした金属の床に。そしてローは、白いツナギの十数人の集団へと変わった。グリーンビットの近くで潜航待機していたハートの海賊団だ。


「おい、なんだ……どこだここは、ローは……!」


 初シャンブルズ体験をしたロシナンテが、いきなりの景色の変化にとまどった。キョロキョロとあたりを見まわし、目あての人物を探す。

 ハートのクルーが予告もなしに現れた大男に武器をむける。これでも新世界を行くやり手の海賊。正しく反射的な行動だった。

 しかし相手は敵意も戦意もなく、その姿は船長から聞き及んだ特徴と一致する。武器に迷いがでるのは時間の問題で、すぐにそれぞれザワつき始めた。彼らにわかるのは、なにか良くないことが起こっているということだけだ。


『ハートの海賊団、総員』


 両者の膠着をくずしたのは船室に備えられた一匹の電伝虫だった。いつもとなんら変わりのない、ローの落ち着いた声が響く。全員の目線がそちらに向けられたが、ロシナンテだけがその小さな生き物に飛びかかった。


「ロー! お前いったいどういうつもりだ!」


 ロシナンテの語気は強かったが、ローはロシナンテにかまわずに続けた。


『いま艦に送ったでくのぼうのドジ野郎は二代目コラソン。ドフラミンゴが命を狙ってる。そいつを今すぐ無事にゾウへ送り届けろ。これは命令だ』

「ダメだ、ロー!」

「そうですよ! そんなことをしたらキャプテンが!」

「裏切りがバレたらタダじゃ済まねェよ!」

『おれは動きすぎた。もうバレてる頃合いだ』

「そんな……!」


 あせって言葉を返すクルーらに、ローはつとめて冷静に答える。


『おれはこれから一か八か、ドフラミンゴに一矢報いるために動く。お前らはゾウで、ほとぼりが冷めるまで待機していろ』

「そんな命令きけるわけがないでしょう!」

「死ぬ気か、あんた!」

「キャプテンも一緒に行きましょう!」

『おれの作戦はすべてペンギンに託した。あとのことはよろしく頼む』

「ロー! バカなこと言ってんじゃねェ!」

「キャプテン! あんたを置いていけねェよォ!」


 自分を投げ出すようなローの物言いに、ロシナンテもハートのクルーも黙っていられるはずがなかった。一緒になって腕をふり上げ、電伝虫ごしに抗議をかさねた。


『お前らだから、頼めるんだ』


 しかしローのその一言で、クルーらがピタリと口をつぐんだ。

 彼らは長い航海の日々をともに過ごした。ゆえにローの性格をよく知っている。

 心に秘めた誇りと情熱を知っている。

 ハートを刻んだ胸にやどる、長年の覚悟を知っている。

 ローがそれを仲間といえども他人に『託す』ということがどういうことか。

 彼らは、よく知っている。


「おい、ロー! 聞いてんのか!」

『コラさんはおれの心で、おれの心臓だ』

「待て! おれを戻せ!」


 ロシナンテがどんなに必死になって叫んでも、ローがそれを拾うことはない。


『絶対に守り抜け』

「おれの話を聞け! ロー!」


 クルーたちは知っている。ローの覚悟を無駄にしないためには。その答えはたったひとつだ。


『返事ィ!!!』

「アイアイ、キャプテン!!!」

「ロー!!!」


 電伝虫が満足気にひとつだけ頷く。

 それが最後だった。一方的に通話は切られた。


「進路をゾウへ! ハクガン、舵を頼む。10時の方角、下げ舵20度。海流に乗る」

「アイアイ、ジャンバール」

「動力室に人手をくれ! ウニ、手ェ空いてるか」

「まかせろ!」

「イッカク、海図を。予測をたてる」

「すぐに持ってくる」


 くずれ落ちるロシナンテをよそにジャンバールの指示がとんだ。頬に伝ったいくつものすじを乱暴にぬぐい、たるんだケツをけり飛ばす勢いでクルーらが動きはじめる。

 バタバタとせわしなく動く白のツナギを、ロシナンテはぼう然と見つめた。


「お、おい……お前ら、なにしようとしてんだ。船をもどせよ。なァ、あいつ死んじまうぞ」


 クルーたちは聞こえないふりをした。いちど聞いてしまえば足も手も止まってしまって、大好きな船長の命令に背いてしまうからだ。


「そんなバカな話があるかよ。やっと、やっと会えたんだ! それなのに……ロー……」


 ロシナンテののどからしぼり出た小さな声は、まるで迷子になったあぶくのようだった。

 寂しいあぶくは深海をさまよい、だれにも届かずこわれて消えた。





 潜水艦が島を離れていくのを確認し、ローは胸をなでおろした。これでもう大切な人が自分の目の前で死にゆくのを見ずにすむ。それだけでも危険を犯した価値がある。心からそう思えた。

 ひとりぶんの足音と強者の気配を背に感じる。彼が姿をあらわすのに合わせてふり返った。


「おれはいまロシナンテのやつを探していたんだが……」


 額に青筋をうかべたドフラミンゴだ。


「ロー、お前いったいなにをした?」





Report Page