ハナ咲クハル(4)
コハルちゃん捕らえて監禁してから、もう1ヶ月以上は経った。
「…………っ!」
「い、いらない、って……いってるでしょ……!」
焦点の合っておらず、小刻みに揺れる瞳。乱れた呼吸。カタカタと震える身体。髪や肌にも異常が見られ始め、何も口にしていなくても唾液や汗ですら甘味を感じるほど。誰がどう見たって限界の身体で、それでもなお砂糖を拒絶してくる。薬と砂糖で自意識を無理矢理奪わない限り、彼女の理性は身体の欲求を捩じ伏せてしまう。
「はぁーっ、ひゅーっ……はーっ………!」
(どうして…………っ!?)
訳がわからない。
砂糖の摂取量を比較するなら、コハルちゃんは私のそれをとっくに超えている。アビドスの砂糖の最初の発見者であり、最も砂糖を口にしているホシノさんにすら届きうる量。耐えられるはずがない。はずがない、のに。
「ハナコ」
至上の多幸感が脳を満たしてもなお。身体を苛む禁断症状によって憔悴しきってもなお。こちらをじっと見つめてくる瞳からは、変わらず意思が宿っていて────。
「……………やめて」
「それはこっちのセリフ。ハナコ、もうやめて」
「…………おねがい、やめて」
「散々飲まされたから、わかるの。"これ"は違う。こんなの絶対ダメ。こんな砂糖なんて食べても、誰も、ちっとも、幸せになんかならない」
「…………やめて、ください」
「こんなのが無くたって……あんたも、私も、みんなも、幸せに────」
「やめてって言ってるでしょうっ!?!?」
叫びながら、コハルちゃんの身体を無理矢理押し倒す。乱雑に小瓶の蓋を開けて、そのままコハルちゃんの口に押し込んだ。
「ゔゔぅっ!! ん゙ゔぅっっ!!!」
苦しそうな顔。こんなことするつもりじゃなかった。こんなやり方をするつもりじゃなかった。嘔吐きながら必死に抵抗する小さな身体。そこにまた、高濃度の砂糖が流し込まれていく。消化を待たずとも、口腔や喉に触れるだけでも途端に彼女の脳を快楽物質と多幸感が満たす。なのに。
「…………っ!!!!」
それでも、意思が消えない。涙が浮かんだ目が発する視線は、私の事を見ている。悲しそうに、苦しそうに、辛そうに。幸福なんて微塵も感じていない目で、私に訴えかけてくる。
『一緒に帰ろ?』
「…………あ゙、ぁ、ぁぁぁ………っ!!」
やめて。そんな目で私を見ないで。私が間違っているなんて、そんな風な目で私を見つめないで。
違う。違う。違う違う違う違う違う違う。私は間違っていない。私は確かに幸せを手にしたんだ。煩わしくて鬱屈としたあんな日常を捨てて。ただただ幸福に満ち溢れた、ずっと憧れていた青春を────
「……………………」
本当に?
ただ煩わしいだけだった?
ただ辛いだけの日々だった?
幸せなんて欠片もない日々だった?
────────本当に?
「うっ……あっ……あぁぁぁぁ……!!」
*****
その日から私は、コハルちゃんの意識を徹底的に奪うことに腐心した。
極めて濃度の高いシロップを大量に飲み込ませ、動かなくなった身体に注射を打ち、抱き寄せてフェロモンを吸わせ。過剰なほどのオーバードーズに陥らせながら、時折顔を確認する。虚な瞳に光が戻りそうになる度に、また繰り返し繰り返し砂糖に漬ける。
意識を混濁させてしまえば、コハルちゃんは抗わない。逆らわない。"あの目"で、私を見ない。
これまでは定期的にアビドスに戻って顔を出してはいたけれど、それもなくなって。ただひたすら自意識を奪い続ける日々を続けた。
ある時、少しだけ砂糖の投与を滞らせて様子を見ることにした日があった。ある程度意識が戻っているはずのコハルちゃんは、俯いたままぽつりと呟く様に私に話しかけてきた。
「…………ハナコ。あのシロップ、まだある?」
「……………………っ!……はい、ありますよ♡」
差し出した小瓶を力無く受け取って。自分から蓋を開けて、ゆっくりと口に運んで行った。
「…………ふっ、ふっ、ふふふふふっ……!」
その姿を見て、私は、胸の内を満たす感動の様なものに打ち震えていた。
やった。
やった、やった、やった!
やっぱり私は正しかった。あれだけ意思の強いコハルちゃんですらこうなるのだから。砂糖に抗わないのは、抗えないのは当たり前で、何もおかしいことじゃない。砂糖が与えてくれる幸せに浸ることは、何も間違いじゃない。
私は、間違っていない────!
「……………………」
そんな私を。
コハルちゃんは、じっと静かに見つめていた。
*****
この時、私はいくつもの要素を見逃してしまった。
私をじっと見つめる彼女の瞳、その視線にどんな意思が込められていたのか。
強引に流し込み続けて浸らせ続けて、犯し尽くして壊し尽くして、彼女の意思を挫こうと躍起になって、その結果、彼女の心と体に何が起こるのか。
それらを全て、もとより平静ではなかった私は、ものの見事に見過ごしてしまった。
ずっとずっと後になって、私は。この時のことを、途方もなく後悔することになる。