ハナ咲クハル(5)
「────────あれ?」
一瞬、自分の状況が理解できなかった。
「私は……何を……?」
久しぶりに見たDVDが、場面の途中から再生された時のような。それまでの過程を直ぐには思い出せない、そんな奇妙な唐突感があった。
記憶を辿る。こうなる直前に、何があったのか、私が一体何をしていたのか、それを思い出そうと試みる。
「あ…………」
ふっと記憶が蘇ってくる。そうだ、確か私は、この部屋にコハルちゃんを閉じ込めていて。1ヶ月以上かけて、とうとう、コハルちゃんを私と同じように堕とすことができて。
「たしか、そのあと……」
『ハナコみたいな変な力、私にも使える気がする』
確か、コハルちゃんがそんなことを言って、試させて欲しいと頼んで来た。彼女を自分と同じようにできた、と浮かれ切っていた私は、言われるがままそれを試させて。
一体どんな力なのかと、疑うことなく眺めていた私の目の前で、コハルちゃんがゆらりと顔を上げて。
おもむろに振り上げた右手の中には、鮮やかなピンク色に光り輝く手榴弾が握られていて。
それがいきなり破裂した瞬間、目の前が光に包まれて。それで、それで────
記憶は、そこで途切れていた。
「────ゔ、ぅぅ……ううぅぅぅぅ…………!」
「…………こはる、ちゃん?」
不意に聞こえて来た声に視線を向ける。そこにあった光景を見て、呆然と名前を呼ぶ。コハルちゃんが、すっかり見慣れた小さな身体が、地面にへたり込むように蹲って、苦しそうに呻いていた。
「あれは……」
あれは、そう、あれはアビドスシュガーの禁断症状。身体が砂糖を求めて、強く強く苦しみを訴えているんだろう。砂糖を食べるとこで、緩和することができるはず。
(なら、早く、砂糖をあげないと……)
────あの砂糖を?コハルちゃんに?
「…………ぇ…………?」
まるで常識のように、条件付けされたみたいに、当然のように浮かんできた思考。それに対して真っ向から反対するような考えが浮かんできて、戸惑ったような声が漏れた。
────今まさに彼女を苛んでいるのは、その砂糖に他ならないのに?禁断症状を緩和させるための投与なんて、悪循環にしかならないのに?
問われる度に、私の中の"何か"が、薄れて、萎んで、無くなっていく。それに反比例するように大きくなる、私に対して問いかけてくる思考。
────そもそも、彼女をこうしたのは誰?
(それは、私。私が、彼女に砂糖を……)
────何のために?何を思って?
(砂糖を食べれば幸せになれるから。あれは素晴らしいもので、幸福が手に入るから、そう、考えて…………)
────"あんなもの"の、どこが?
「……………ぁ……」
頭が、一気に冴えた。
浮遊感にも似た空虚な多幸感も、それをもっと味わいたいと身体から湧き上がる飢えのような欲求も、綺麗さっぱり消えていた。
「…………わたし、は…………わたしは、なに、を…………?」
昨日までの私なら頭に掠めもしなかった思考が即座に浮かんで来る。芋蔓式に、考えさせられる。考えさせられてしまう。
「…………ぁ、ぁ」
記憶の中にある、甘さによって熱に浮かされていた過去の自分が成して来たこと。今目の前にある、他ならぬ私自身が壊した女の子のこと。
「はっ、はっ、はっ……!」
"正常"に戻り、"普通"の判断基準が取り戻されて。嫌になるほど聡明な頭が、過不足なく記憶を受け止めて。理解した。
「あ……あ、あ」
理解、してしまった。
「あああぁぁぁあああああああーーーーー!!!!」
受け止めた現実に認識が追いついた瞬間。湧き上がってきた感情に押し潰されるように、目の前が真っ暗になるような感覚がした。