ナンバー1が早期に統一政府の研究機関を殴った結果ドロップしたマコトに補給目的キスで処女のままじっくり快楽を教え込んでる奴 2/2

ナンバー1が早期に統一政府の研究機関を殴った結果ドロップしたマコトに補給目的キスで処女のままじっくり快楽を教え込んでる奴 2/2

ホムンクルスの食性の捏造・憶測(唾液からの栄養補給)・SAN値チェック失敗で負け癖ついたマコト・直接描写はないリョナ、スカの示唆・マコト=カグツチナンバー1の本名説採用・キスしかしない 以上よろしければどうぞ

これの続きです。

https://telegra.ph/ナンバー1が早期に統一政府の研究機関を殴った結果ドロップしたマコトに補給目的キスで処女のままじっくり快楽を教え込んでる奴-12-04-29

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「はーー……、フーー……」

 あれから。唾液の味を気にする段階をとうに過ぎる頃には、マコトはすっかり口付けで感じいるようになった。

 ピンク色に染まった頬。瞬きすれば溢れるほど涙を湛えた茄子紺の瞳。悩まし気な眉。事の最中か、はたまた事後のようであるが、マコトは未だセックスは覚えていない。縮こまった身体をぎゅっと腕で抑え込んだ際の撓みだけが、彼の衣服の乱れである。

 近頃など、口付けが終わる頃には、こんな風に犬のような喘鳴が止まない。空気とナンバー1の匂いをいっぱいに吸い込んで、ぴくん、ぴくんと震えてしまうのが常であった。

「……少し休憩してから食事に行こうか」

「っ、は……い」

 自分からは縋らないマコトを腕に収めて、ナンバー1は彼が落ち着くのを待った。

(随分、危うい事を教え込んでしまったな……)

 いつからか、キスの後、マコトの腰が砕けてしまうようになった。

 後に補給は多少間隔を開けても問題ないと判断された為、2、3日に1回程度。ナンバー1は多忙なので毎回彼の相手をしている訳ではない。不在の時は影武者の彼がマコトに血液を与えている。その内、ナンバー1との補給の時だけ、マコトはふにゃふにゃになってしまう。彼から以外の補給は血液を与えられているので単純に比べられる事でもない。何が要因かは明確であるが。

 正直な所、ナンバー1は自分に特別色事への才能があるとは考えていない。ナンバー1が彼ほど影響を受けていない以上、どちらかと言えばマコトの受容性が高い事が要因だろう。もしくはホムンクルスにとって人間の唾液は催淫作用がある物質である……という可能性もある。

 そうアタリを付けながら、ナンバー1はマコトの背中を摩っていた。ほのかに上がった体温が心地良い。

「すぅ……ん、……はぁ」

 マコトはと言えば、細かに震えつつ、ナンバー1の肩口ですんすんと彼の首の匂いを嗅いでいる。その様子が稚いようでいて、何か極めて艶っぽい。

「……」


——キスでこうなってしまうのであれば、もっと踏み込んだ時、彼はどうなってしまうのだろう。


 そんな不埒な想像を殺して、ナンバー1は少しだけ腕に力を込めた。


 マコトが着実に事実上の調教を受けている一方、精神は回復傾向にあった。庇護を受けた事で落ち着いた彼は、手持無沙汰である事に罪悪感を抱くようになる。

「だったら、ボクの仕事の一部を受け持って貰えないかな」

 ナンバー1の鶴の一声で、マコトは再び探偵稼業を再開する事になった。最も外には連れ出せないので、ナンバー1に変わり安楽椅子探偵のような事をしていた。単純に考えてナンバー1がふたりいる状況である。事件解決の効率は格段に上がった。

 執務室の近隣の居住空間で一部業務を負担。定期的に血液を摂取し、ちゃんと人間の食事を摂り、誰にも脅かされず眠る。ナンバー1が本部に滞在している時は事件の事を聞いたり、クイズを交えた唾液の交換を行う。なし崩し的に共に眠る。

 そんな、実験動物として扱われた日々を思えば穏やかな日常をマコトは過ごしていた。

 マコトとして生まれてからはじめての安寧。記憶上の日々を換算しても、同じくらい穏やかなのは幼い頃ぐらいだろうか。父母による無償の庇護のようであった。

「こんなこと、許されていいのでしょうか」

 採血した血液を試験管から舐め、マコトはそんな事を呟いた。

「私としては、十分世界探偵機構に貢献していると思いますが」

 止血をしながら影武者の男は苦笑した。ナンバー1が直接赴かないにしても、マコトに回された事件は迷宮入りになりかねない難事件である。それも、彼の実力が必要とされる程度に困難を極めていた。

 それを控えめながら「これは、こういう事なのではないでしょうか」「このトリックはこのような仕組みだと思います」と指摘すれば、百発百中で正答する。どう考えても彼は世界探偵機構に貢献していた。それを男が直接伝えても、マコトの顔は晴れなかった。

「ボクは、ナンバー1のようには動けていないのですよ」

 随分と卑屈である。同じポテンシャルを持つなら、同じ動きを求められる。そう単純な事ではないとマコトも分かっている。そもそも彼は立場的に本部から外へ出る事は認められていない。

 マコト本人も重々承知である事実だ。それを差し引いても、卑屈は止まない。

「それに……」

「それに?」

「ごめんなさい。やっぱりなんでもないです」

 影武者の男はそれ以上追及しなかった。マコトは複雑な環境に置かれている。男は彼の卑屈を直ちに止めさせる事の出来る魔法も関係性も持っていない。ならば、下手な追及はいたずらにマコトを傷付けるだけだろうとの判断だ。軽く「そうですか」と打ち切り、今後の業務についての話題にシフトさせていく。

 男の配慮を正しく認識しながら、マコトは甘んじてそれを受けた。マコトは直接の上司ではないというのに、彼はナンバー1と然程変わらない対応を続けてくれている。

 それが余計惨めだった。

 それ以上に、惨めな事は別にあったが。

 性感。

 ナンバー1と補給するようになって、じわじわと取得していった確定的な差異。拒む理由も無かったため受け入れ続けた口付けは、確実にマコトを変容させた。

 違和感がいつの間にか、五感として認識できるようになる。それが心地良いと覚えるのも、身体を抑え込む度に痙攣がよりマコトを惑わせるようになるのも、ナンバー1のキスが齎した変異。

 ついには、自身を慰めるのに口を弄るようになってしまった。意図的に口の中を柔く撫ぜると、ビリビリと背骨に電流が走ったようになる。起立の兆しを見せる股間は、言い逃れができない。ナンバー1との補給前は、勃起しないように事前に抜いている事がバレていないか怖い。感じているのがとっくにバレているにしても、最後の一線は死守したかった。

 そう、怖いのだ。着実に変容していく肉体は、彼がオリジナルから乖離していくのを、他ならぬマコトに如実に教える。そしてそれを与えているのは紛れもなく——。

「……っ」

 それが惨めで、恐ろしい。もしナンバー1の前で絶頂しても、彼はマコトを軽蔑したりはしないだろう。ただ単純に、庇護対象に性感が備わっている事を冷静に認識する。「こんな行為を選んだのだから、キミが興奮してしまうのも無理はない。大丈夫だ。落ち着くのを待ってから着替えようか」そうやって背を摩られて、それに安堵を覚える。匂いや体温を呼び水に、性感の余韻に微睡んで、震えすらなんの心配も要らないと庇護を受けて——それから?

 もうそれは、確実にナンバー1とは言えない誰かだ。もしそんな事が起きたのなら。

(それこそボクは誰になるんだ)

 犠牲の上に成り立った生き物であるのに。生きる為に快感を拾っている。今更拒めない程肉体は熟れている。なんて浅ましいのだろう。恥ずかしい、恐ろしい。

 怖くて堪らないのに。最早、ナンバー1と安心が結び付いて切り離せない事にマコトは気付いていた。

 だからこれは、マコトの細やかな抵抗であった。快楽に取り込まれない為の逃避。ある種の懺悔と自傷。

 業務の間を縫って確認するのは、あの施設の実験記録群。押収された、幾つものアーカイブ。

「あなたが積極的に傷付く必要は無いと思うが。効率的ではない。……この件の解析自体はもう終わっている」

 閲覧をナンバー1に申請した時、彼はいい顔をしなかった。

「それでも、ボクはどんな形であれ、あの場で産み出された者の唯一の生き残りなんですよ」

 逃亡を企てた時も、存在は知っていた。諦めた時だって、忘れた事はなかった。省みる余裕ができたのだ。ここで向き合わなければ、怠惰である。少なくともマコトは、自身に対してそう科す。

「せめて、覚えておきたいのです。助け、られなかったので……だめでしょうか」

 困ったのはナンバー1だ。珍しくマコトから齎された要望。自主性の回復の兆し。出来る限り答えたい所だが、強請られたものがものである。

 それでも「……ある程度制限は設けるよ」と彼は結局許可を出した。マコトの情報だけは除いたようであるが、ナンバー1が許可を出した理由は判然としない。

 元来備わった自身のスペックへの信頼か、単にマコトに甘かったのか。いや、もしかしたら、下手に探られるよりは開示した方がいいとの判断かもしれない。かくしてマコトは記録された死の閲覧権を得た。

 取り分け優秀な者を素体に選んできた統一政府は節操がなかった。男がいる。女がいる。老いも若いもいる。若い、というより幼い者もいる。血統や身分は関係ない。何処かの分野で語られた、メディアの露出もあるような者すら、研究機関が血液を入手できたという一点の不運で、突如地獄に放り込まれる。

 彼ら、或いは彼女らが受けた惨虐の中には、マコト自身が受けた痛みがあった。マコトが受けなかったが、受けるかもしれなかった痛みもあった。

 数年に渡る夥しい報告書、映像記録。それらが誰にも看取られず辱められてきた生き物の死であり、不当であるが数少ない墓標であった。彼らの遺骸の多くはまとめて証拠隠滅されたものが殆どであったから、彼らが存在したと示すのはこのデータ群のみだ。

 マコトは少しずつ、少しずつそれを看取っていった。実験記録や、スナッフフィルム。事件の証拠などとしてではない。人の系列にある生物の最期を見守る。そんな眼差しを経て、記録された死の数々は漸く未来で看取られたのだ。救いにも報いにもならないが、彼らの死は確かにマコトに降り積もった。

 その度にマコトは思う。やはりここで庇護されたままではいけないと。到底情事に蕩けている場合ではないと。そう戒める。

 例え一度壊れようとも、精神に不可逆の疵痕を負おうとも。そも彼の精神性は、高潔と評される部類のものなのだから。

 そうして、許可の下った全ての記録をマコトが看取った後の事だ。

 その日は、本日中に終えなければならない仕事を既に終えて、マコトは暇を持て余していた。

 報告等は全て終えていたが、今できる仕事はないか影武者の男に声を掛けようと、マコトは執務室に向かい、先客が執務室に入っていくのを見かけた。なんの気無しに扉の前に近付くも、直接ナンバー1(影武者であるが)に報告する内容となると暫く時間を要しそうだ。

(出直すか)

 マコトが踵を返そうとした時だ。

「アマテラス社の最重要実験に関する報告です」

 そこでマコトは、ナンバー1に代わり報告を受ける影武者の男と超探偵の会話を聞いた。統一政府はあの研究機関以外にも同様の研究を依頼していた。

 駄目だと、思った。

 自分の生み出された研究所ですら、凄惨を極めていたのだ。あれがまだ、他の場所でも再現されている?

 助ける事すら叶わなかった、後から知る事が出来た無辜の人々。マコトの確かな同胞達。あの研究所の彼らは既に救えない。しかしもし、同じような人々が今も危機にあると言うのなら。

「……行かなきゃ」

 本部は、脱出だけなら研究所より安易な筈だ。部屋の配置も知り尽くしている。それに、マコトは今、拘束もされていなければ暴力に晒されてもいない。完全に元に戻らないながら、マコトの傷は癒えつつある。慈しんだ人間がいたからだ。

 歩みを止めそうになるのは、そんな人間を置いていってしまうから。彼はマコトを庇護対象として見ている。止められてしまうだろう。

 だから、マコトは彼には黙って世界探偵機構から姿を消した。


 そしてカナイ区にて、マコトは運命と出会う。多くの世界線の彼がそうであるように。何と引き換えにしても守り抜くと誓える同胞達に。


 程なくしてカナイ区は鎖国し、アマテラス社は新たな最高責任者を擁する事となった。


ーーーー


 そして某日。ナンバー1改めユーマはカナイ区への侵入を果たし、なんやかんやで夜行探偵事務所は轟沈した。川底に沈むユーマを回収し、ちょっとした“摘み食い”はしたものの、マコトは火照りを誤魔化すべく入浴していた。単純に介抱で衣服は濡れていたし、何よりトンチキな行動を取っていればペースを握れるだろうという打算もあってのことだった。

 扉から困惑気味に現れた、自分が裏切ってしまった人間。そんな彼に対してマコトは芝居がかったような挨拶をする——筈だった。

「やぁ、怪しいボ……」

 言い切る前にユーマが距離を詰める。マコトには知るよしもないが、彼だけではなく、死に神ちゃんも「ご主人様?!」と動揺していた。そんなひとりと一柱の事など露知らず、ユーマは視線を彷徨わせた。そしてジャグジー付近のサナタリーラックを発見し、この家の主の許可も取らずバスタオルを引っ張り出す。

 呆気に取られている内にバスタオルに包まれたマコトに、ユーマは「各々の趣味趣向はあるだろうが」と切り出した。

「軽々しく見知らぬ相手に肌を晒すのは、余り褒められたものではないな」

「っ?!」

『ご主人様キャラ変わってるんだけど?!』

「え? あれぇ?!」

 死に神ちゃんの一声で今自分が何をしているか認識したユーマは、途端に焦りだした。

(しょ、初対面。しかもどう考えても怪しい人間に苦言を呈してしまった……)

 突き動かされるように行動してしまったが、どう考えても自分の方が不審で不躾である。例え相手がよくわからない一つ目の仮面を装着していたとしてもだ。現に目の前の彼は仮面越しながら、びっくりしている様子が伝わってくる。

「ごめんなさい! 信じて貰えないかもしれないけど、無意識というか、じ、自分でもどうしてこんな事したのかわからなくてぇ……」

 わたわたとユーマは目の前の人間から離れようとし、濡れた手で引き留められた。「ねぇ」と、無感情な仮面の内側から囁かれる。


「ちゃんと拭かなくていいの?」


「え」

 随分、甘やかな声だったとユーマは認識した。なんとなく心臓にざらりとした感触が走る。由来不明の既知と、愛おしさがそんな印象を与えているのだ。

 そんな質感すら長く感じさせず、マコトはパッと声音を変えて畳み掛けた。

「いやぁ、手間が省けたよ。存分に拭いてくれると助かるボクだよ。あ、流石にデリケートゾーンは自分で拭くよ。お構いなく」

「えぇ……?」

 一瞬の所感は気のせいだったのか? 自分にも仮面の男にも困惑しつつ、ユーマは大人しくタオルを使用し続けた。

 あまり力を込めないように、水分を布に吸わせていく。それを仮面の男はくすくすと笑って甘んじていた。

「びっくりしちゃったから、自己紹介がまだだったね。ボクの名前はマコト=カグツチ。よろしくね」

「あ、はい。ユーマ=ココヘッドです……」

 そんな二人の様子を死に神ちゃんは冷や汗だらだらで眺めていた。

(やばいよ〜〜!! 硬派な本格ミステリーだと思ったら、いきなり東洋人と超能力者と霊能力者と超高校級が出てきたぐらいやばいよぉ〜〜)

彼女のふわふわした霊体の脳裏では、ユーマもといナンバー1との契約時の風景が蘇っていた。

 さてこれから契約するかというタイミングで、彼女はナンバー1から神妙な顔で「契約の前に伝えておくことがある」と切り出された。

「実は、この街に探しているひとがいてね。もしかしたら、記憶を失ったボクが妙な挙動を起こすかもしれない」

 「その時はキミに殊更に苦労をかけるだろう。先に謝罪しておこうと思ってね」と頬を掻きながら続けるナンバー1に、死に神ちゃんは爆笑した。

「きゃっきゃっきゃ! 痴情の絡れってヤツ〜〜? 恋人に逃げられちゃったとか?!」

 親族や友人知人、部下などの線もあるが、死に神ちゃんはより面白そうな可能性で茶化した。だっておかしいだろう。これから記憶を捧ぐ人間が人探しの心配など。

「恋人というか、同僚……。いや、ある意味恋人が近しいのだろうか。仕事の引き継ぎだけして消えるのも味気ないと彼には文句を言いたくてね」

 顎を撫でながら思い起こす眼差しは存外穏やかだった。「やたら精度が高かったのにもまた、思う所がある」と続ける口元は発言に反して緩んでいる。それは十分「ナンバー1は件の人物を憎からず思っているらしい」と死に神ちゃんが判断するに足る事だった。

(お手付きか〜〜つまんないの)

 つまらない話題は打ち切るに限る。

「ふーん、ニンゲンってフクザツだね。妙な挙動については大丈夫。記憶を失うんだから、そんなの起きる余地ないよ。杞憂ってヤツ!」

「……そうだといいが」

 などという会話をふたりは契約前に交わしていた。そして現在、杞憂は現実となっている。

(絶ッッッッッ体、ご主人様が探してるのあいつだよ!! こわっ!!! ホントに記憶無いんだよねご主人様……?)

 死に神ちゃんは捧げられた記憶自体を覗ける訳ではない。彼女は記憶という金庫を預かることはできても、錠を開閉して情報を引き出す能力は持たないからだ。

 詳細を確認する事は叶わないので確証はないが、どうにもあの仮面の怪しげな男が、ユーマの探している人物であるという疑念が晴れない。

 いや、十中八九彼であろう。

 ご主人様後ろ! いや前! もう眼前!

 ……などと契約上彼女が言える訳もなく。傍目から見ればあわあわする幽体だけが残った。

 ひやひやする死に神ちゃんを尻目に、事態は動き続ける。マコトの言動に翻弄され、ヨミーの襲来をやり過ごし、マコトから協力の打診をされる——そんな流れを経て、ふたりはやっとカナイタワーの外へ出る事が叶った。

 ユーマ以上に死に神ちゃんはどっと疲れたようである。心なしか霊体も重く地面すれすれを漂う。これから夜行事務所の面々を探さなければと思うと、今から気が重い。

「……」

 ぐでっとした死に神ちゃんを他所に、ユーマは何やら口を手で覆って、考え込んでいる。

『何、ご主人様。今更川の水でも味わってるの? あの川って水汚ったないしひっどい味しそうだよね〜〜。まぁ、これからその河川敷に行く訳だけど』

「いや、水の味は正直覚えてないけど……」

 ユーマはそう言って、指で唇を辿った。心なしか湿っているような気がする。

「なんだろう、匂いかな。いや、味……?」

 口腔内に残留する、仄かな後味。酸味を帯びた苦味。これが香ばしい香りから想起されているのか、ユーマには判断がつかなかった。

「……コーヒーの味がする気がして」


ーーーー


 ユーマが目覚める少し前の事。

 無事回収されたユーマを部下から受け取り、マコトは一先ず安堵していた。泥だらけの身体を洗って乾かしてやり、元々纏っていたものは現在洗濯中だ。衣服は一旦自分のものを着せている。着用させたのは、マコトがカナイ区に訪れた時に着ていた世界探偵機構の制服だ。洗濯・乾燥が間に合わず目を覚ましてしまったのなら、そのまま帰してしまってもいい。そこまでの作業を終えて、マコトは漸く一息付いて自分を省みた。

 思ったより身体が冷えている。ユーマを受け取った時から、当然マコトの衣服も濡れていた。そのまま作業をしていたので、身体が冷えたらしい。着替えて尚寒かった。

「お風呂……」

 シャワーではなくジャグジーを使うかと、湯が溜まるのを待つ。暖かい物も飲むかと適当にコーヒーを啜りながら、ユーマの様子を確認する。そのまま、マコトはカナイ区に訪れてからの事を追想した。

 マコトがカナイ区に訪れた段階で、カナイ区は地獄だった。住人はほぼ全滅していて、残った数少ない者も死を待つばかりであった。マコトも何人かは介錯できたが、極々僅かである。住人は概ね苦痛の最中で食い殺された。

 恐るべき事が起きてしまった。このまま事実が露見すれば、カナイ区は実験場として隠蔽されるだろう。

 街ひとつ分のラットが手に入るのだ。これを統一政府が見逃す筈がない。マコトが生み出された研究機関に全ての責任を被せ、新たな研究機関を使って彼らを消費し尽くす。

 それがマコトには許せなかった。

 ある日突然生まれ、罪を犯さざる得ない本能と状況を付与された生き物。そんな彼らを仮に罰するとして、それはあんな陰惨な実験で惨殺されるに足る罪なのだろうか。同族が、またあのような扱いを受けるのか?

 マコトは無辜の民と、同族とを天秤にかけ——最終的に、同族を取った。それがどんな罪であるのかを承知の上で。

 世界探偵機構への……ナンバー1への裏切りである事はわかっていた。わかった上で彼は選び取ったのだ。だからマコトが、本当の意味でナンバー1足る資格を無くしたのは、この時であった。

 その後、マコトは即座にアマテラス社の最高責任者となる。手を尽くし、手を汚し、そうして行き詰まった。

 更に手を汚して呼び込んだのが超探偵達なのだから、笑い話にもならない。その彼らも、殆ど犠牲となった。ヨミーの妨害を承知の上だった。彼らよりカナイ区を取ったのだ。だからこの結果も、マコトの罪であり、裏切りである。

 そう、裏切り。

 慈しんでくれたのに、マコトは彼を裏切って、世界探偵機構すら利用した。

「本当は、もう少しマシな未来を選べると思っていたんだけどね」

 自嘲気味な呟きに、ユーマは応えない。よく眠っていたからだ。その様子が、なんだかマコトはちょっとむかつく。ボクはキミを殺す算段をつけているんだぞ。

「随分間抜けじゃないか。ナンバー1。いや、ユーマくんって、呼んだ方がいいのかな」

 空になったマグをサイドテーブルに置いて、マコトはユーマの頬をつっついた。むずがる様子を見せるも、目覚めない。

 ナンバー1がこんな無防備に寝ている姿を、マコトは見た事がなかった。ああ本当に、死神の書を使用して別人になったのだ。そんな実感が、マコトの口を軽くさせる。

「……ボク、多分あなたの事が、結構好きでした」

 離れてから。何度も困難があり、場合によってはマコトは死んだ。それでも立ち上がれたのは、あの研究所の時のように諦めなかったのは、篝火となるものがあったからだ。

 大切にされていた。守られていた。例え、ナンバー1からは庇護対象に向ける最善策であったとしても。それは十分マコトを暖めるに足りた。そうやって立ち上がる度に、劣等感や罪悪感、性感への怯え以外の感情も、マコトは発見する事が出来た。きっとあの場に居続けたら、一生見つけられなかったものだ。

 そしてその感情の名前を見つけたのは、奇しくもマコトがナンバー1に成り代わる必要性がある事に気付いたタイミングと同じであった。

 好きでした。でも、あなたを裏切ります。ボクには大切なものが出来てしまったから。カナイ区を守らなければいけないから。

「来なければ、あなたは死なないで済んだのですよ」

 ユーマの頭を撫でながら、マコトはそんな嘘を吐いた。彼が自ら来るか、来ないかに関わらず、マコトはナンバー1を殺す事を画策しただろう。そんな事は分かり切っていたが、嘘を吐きたかった。

「ボクを助けなければ、記憶も失わなかったのに。バカだなぁ」

 穏やかで、寂しそうな声音は、誰にも聞かれる事はない。マコトは、身を乗り出して、ユーマの細い喉を掴んでみた。ぐぅっと、呻き声がするも、ユーマは抵抗しない。出来ない。

「……」

 ここでは殺せない。まだ彼にはやってもらう事がある。だから代わりに、マコトは摘み食いをする事にした。主要な栄養補給手段は非道ながら打ち立てた。だからこれは、間食のようなものだ。

 仮面の口元をずらす。少しの躊躇を呑み込んで、マコトはユーマに覆い被さった。唇を食んで、舌を差し込む。抵抗なく開いた口腔の中で、ピンク色の舌と赤い舌が絡み合う。

「れ……ん、ちゅ……」

 久しぶりに味わう舌は、脱力していてマコトを翻弄しなかった。自分がリードする状況が面白くって、マコトはより積極的になる。

「こく……じゅ、ちゅる……ちゅぅ」

 潤んだ瞳は瞼の内に隠して。涎の旨みを吟味する。殺してしまうなら、これが最後のチャンスだ。よく味わうように口腔を舐めていたから、マコトは少し油断をしていた。

 口腔の異変に、ユーマがむずがる。眠りによって認知を阻まれた快感を処理できず、侵入者を押し出す目的で舌が動いた。それだけだった。じんっと、既知の快感がマコトに伝う。

「きゅぅっ……! ひ……? ……んぁ」

 快感を思い出すには十分過ぎた。悲鳴を上げながらマコトは逃げ出す。枕元に突っ伏して快感をやり過ごすマコトの肩はぴくん、ぴくんと痙攣していて、非常に艶かしかった。身体はとっくに暖まっている。

「……は、思い通りにはなりませんね」

 眉を落としてマコトは小さく笑った。どんな形であれ、最後にキスができたのは良かった。

 震える腕でマコトはきゅっとユーマの頭を抱き締めた。あの時は返せなかった抱擁はすぐ解かれる。もう二度とする事はないだろう。

「また後でね……ユーマ、くん」

 仮面を再びしっかり被ると、マコトは覚束ない足取りで去っていった。寝室は再び閉ざされ、主役の目覚めを待つ。

 コーヒーの残り香だけが、この秘密を知っていた。


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