ジェターク家の回想 おまけ 視察の帰り
※マイルドですが、少々疚しい表現ぽいものがあります。ラウグエ苦手な方は回避してね。
「おいラウダ、大丈夫か? 足元フラっフラだぞ、歩けるか?」
グエルは半分呆れた顔で、ラウダに肩を貸す。
「そこまで酔い潰れるような量でもなかったろうに__」
「だから!昨日も話したでしょ、緊張したの!僕さ、昔から母さん苦手だから__」
「そうか、しかし悪い人ではなさそうだったけどな。異分野進出について助言や協力は惜しまない、とまで言ってくれたぞ」
「母さんも。僕と同じで丸くなったんだよ、あの人の__兄さんの母さんのお陰でさ」
「俺の母さんもだいぶ印象変わってたな。頑丈そうになってたし、俺に似て来たか? いや、俺が似て来たのか。ま、よく笑うようになってて良かったよ、幸せそうで何よりだ」
「ねえ、兄さん……おんぶ……」
「…酔い過ぎだろ…。それにお前いくつだよ、もう22だろ、副代表だろ。少しは自重しろよ…」
「いやだぁ、もう一歩も歩けない~」
「しぃー!騒ぐな、叫ぶな!」
「…じゃぁ、おんぶ」
「全く、仕方ないな。ほら、そこの狭い通路が終わるまでだぞ」
グエルは片膝をつき、ラウダに背中を向けて両手を後ろに差し出す。すぐにずっしりとした重みが加わる。立ち上がるには結構膝の力が必要だった。思わず『ぐっ、』と声が漏れる。
「何だかお前、地球に降りてガッシリしてきたな。きっとペトラの飼育が良いんだろうな」
「そう?兄さんは逆に体重とか筋力とか減ってない?なんか胸回りが前より小振りみたい」
「こら、人の手が塞がってるからって勝手に触るな。まぁ、忙しいから、学生時分よりは自主トレも疎かなのは否めないが__」
「ああ、久しぶりの兄さんの匂いがする!!」
久しぶりって言うけれど、こいつ先週帰って来なかったっけ?
それよりも。うなじや耳に湿った暖かい吐息が掛かって__。
「耳元でスーハーするなって…。なんだか腹の辺りがぞわぞわする」
「わざと、だよ…?」
おいおい、おいおい__。
首の後ろに口付けするな。吸うな、舐めるな。こいつマジで酔ってんなぁ。
さっきの会食での発言と言い、最近明け透け過ぎない?
いやにモーション掛けてくるし、てか盛んに外堀埋めようとか、してないか?
「やめろって。お前も俺も社用のスーツだ、こんなところ誰かに見られたら、SNSに上がるか週刊誌のネタになる」
「分かってる、ちょっとそこまでだけだから」
「…お前さ、俺を騙してない? ホントはそこまで酔ってなくない?」
「さあ、どうだろうね、当ててごらん」
「お前なあ…母さん達にまで、あんな素っ頓狂な事言って…本気にされたらどうすんだ」
「本気だよ? 僕はいつだって__」
「はいはい、はいはい」
「兄さんはそうやって、すぐはぐらかすんだから。もうそろそろ本気で行くよ?」
「ま、母さん達は冗談だと思うだろうな」
「残念。まぁ仕方がないや、小出しにいくか」
何をだよ…と呆れるが、背中がやけにあったかい。密着しててあったかい、熱いくらいだ。
昔はこうやって、よくラウダを負ぶった。
出会った頃のラウダは特にぽやっとしてたから、転んで膝を擦りむいたり、木登り誘って枝から落ちたり。そんで、ちょっと遅れて、気付いたみたいにぐすぐす泣き出して__。
仕方がないからしゃがんで背中を差し出すと、すぐに俺の背中にしがみ付く。乗せればすぐに泣き止んで。そんな現金な奴だった。
けれど、それが嫌いじゃなかった。くっつくとあったかい。勿論身体もぽかぽかするけれど、心までが暖かい。
母さんがいなくても、ばあやがいなくても、父さんがいつも留守で、遅くまで帰って来なくても__。
ラウダがいれば、こうやってくっ付き合えば、いつも日向ぼっこしてるみたいにあったかだった。
そこそこ大人になってまで、子供の頃と同じような思考をしている自分に苦笑する。
昔とちょっと違うのは、妙に鼓動が煩く感じる事か。
いやいや、多分気のせいだろう。
「ね、兄さん」
掠れた声で囁くな。
「今日はこのまま家に、帰るんだよね?」
甘ったるい声で囁くな、熱い吐息を間近で吐くな。
" 生家に帰る " の言葉の意味__。それをふと考えて。
「ねぇ兄さん。耳、真っ赤だよ」
少しでも睡眠時間を稼ごうと、フロントの本社の一室を、寝泊り出来る簡易的なLDKに改造した。普段はそこで寝起きしている。前回ラウダが地球の支社から帰った際に、何やらペトラが作ってくれたと言う、最新式の探知機で探っていたが、出るわ出るわ、盗聴器や小型カメラの数々。壁の裏、天井の裏、テーブルの下、椅子の下にベッドの下まで。果てはコンセントの隙間から。
テーブルの上が小山のようになり、ラウダは横髪を弄りながら地団太を踏み、顔を青くしながら、何故か俺に八つ当たりする。
『そういうところだよ、兄さん!!!』
何度聞いたか分からない、お決まりのフレーズだ。
『ちょっとは危機感持ってほしいんだが!!?』
持ってるが。怖いなライバル会社。そんな事までするのかよ。というか、いつの間に__。
『兄さん…もういい加減に目を覚ましてくれないか。これは兄さんの厄介ファンとか、後方理解者面の不審者達だ…そうだ、オレが、兄さんを守らないと…』とか低っくい声で言いながら、怖い顔して刃物(大型の斧)を研ぎ出すのは止めてほしい。
それを言うなら、兄さんだって。
デカい猫を拾ったとか、画像を送ってくるから、微笑ましいなと開けてみると。
デカすぎるだろ__。よく見ろよ、背中にチャック付いてるじゃないか。
どこが猫だよ、節穴か?
大体、大の大人一人分もある猫とか普通に疑わないの? となりのト〇ロかよ。
すぐ捨ててこいと叱ったけれど、懐いてるし可哀そう…とか、動画まで送ってくる。
鳴き声も入ってるけど、それどう考えてもおっさんの声だよね?
ニャーとか可愛らしく言ってるけど、裏声出してるおっさんだよね?
なんで時々アホの子になる?? なんで時々認識おかしいの??
まあ、急行して兄さんの外部交渉中に叩き出してやったけど。
兄さんは俺の猫ちゃんの姿が見当たらないとか暫く嘆いてたが…、僕は知らないな、と完全無視を決め込んだ。
そういうところなんだよ、兄さんは!!!
そんな訳でラウダが地球から戻った日には、本社付属の改造LDKではなく、生家でゆっくりするようにしている。
ゆっくりとは言うが、ゆっくり寝かせては貰えないわけだが__。
これで本当に良いのかと、時折疑問が湧いたりするが、頭をくしゃくしゃ撫でられて、背中をぎゅっとされるのは不思議と安心するものだ。
今も時々あの日を夢に見る。俺が消せない罪を抱えた日。あの最悪で、最低な場面を夢に見る。
姿を見るのは嬉しいが、もうちょっとだけ良い形の、良い思い出で、出てきてはくれないものかな…。
あの日の悪夢に魘されて、寝汗びっしょりで起きた次の日辺りは、決まってラウダが地球から、トランク片手に戻ってくる。
執務室のど真ん中でいきなり健康チェックとか始めるのだが。良く当たる占い師とか、魔法使いみたいでちょっと怖い。生体バイタルの数値がどうとかで、兄さんのことは離れてたって、何でも分かるんだとか言ってるが、凄いなお前__。少しばかり恐怖すら感じるぞ。
ラウダは言う。
自分が幼少時にして貰った中で、一番に嬉しかったこと。今度は兄さんに仕返しすんだと、悪戯っぽく笑いながら。
出会ったあの日の俺のように、肩に顔を寄せながら、ラウダは耳元で囁くのだ。
兄さんの弟になれて良かった、って。
瞳に俺が映るくらいまで近付いて。頬にあたる睫毛がちょっと、こそばゆくって。
吐息が直接伝わるくらいに。
肩がぎゅうと抱かれると、その腕はとても温かくって。
髪をわしゃわしゃ乱してくる、その手がとても優しくて__。
お前の言う通りかも。
どうしてなのかは分からないが、こうされてると、なんだか嬉しい。
冷えた心が温まる。なんだかやっぱり安心する。
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