シロコの夏休み 1日目・上

シロコの夏休み 1日目・上


これは、『新世界』から2ヶ月とちょっとのお話。

7月27日

シロコ「ん、バカンスに行くべき」

手紙の中身を後ろ手に持ちながら、私は3人に提案をした。

彼女達は予想通り困惑している。

セリカ「・・・急にどうしたのよ先輩。あのリゾートならもうないじゃない」

ノノミ「バカンスって言っても〜どこもかしこも廃墟だらけですよ〜?まだ戦いが終わってから半年弱しか経ってないですし、『砂糖』の処理とかで忙しくてどの自治区も観光業なんて・・・」

そう言うと思った。私の口角が少し上がる。

シロコ「見て」

後ろ手に持っていた4枚のチケットと手紙、それらを纏めていた封筒を見せる。

アヤネ「・・・ゲヘナからの・・・特別速達?」

シロコ「ん」

封筒に書いてある校章はゲヘナ学園のもの。

そして特別速達なんてものをわざわざ使うのは1人しかいない。

『至尊なる尊厳者、神により戴冠されし、偉大にして平和的な、ゲヘナ学園を統治する議長』

羽沼マコトだ。

セリカ「・・・マコト議長からのね・・・今度は一体なんなのかしら・・・」

そう言いながら私の手からチケットを取り、見てみるセリカ。

セリカ「・・・「ゲヘナ・ラグジュアリーホテル&リゾート」利用権・・・」

沈黙が流れる。

昨夏に騙された以上、本当にバカンスに行けるとは思っていなかったので、皆は思考が停止していた。

セリカ「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

セリカの叫びがアビドス新校舎にこだました。

─────────────────────────

『いかがお過ごしだろうか。砂狼シロコ生徒会長、そしてアビドス高等学校生徒会諸君。イブキはついに油絵が描けるようになり、早速私の肖像画を描いてもらった。

さて、ついに先月、かねてより進めていた『世界政策』の一環であった『ゲヘナ・ホテル&リゾートアラバタワー』がグランドオープンし、ついにアラバ海岸にも本格的に観光客が戻ってくる運びになった。そこで、これまでの友好を祝い、そしてこれからの友好を願うため、貴女ら4名を『ゲヘナ・ラグジュアリー・ホテル&リゾート』に3泊4日で招待したい。先にオープンしたここは少人数制のホテルで、セキュリティはもちろん、各種サービスも充実しており、模範的なエグゼクティブ向けホテルだ。充実した4日間をお約束しよう。訪問を楽しみにしている。羽沼マコト

p.s. 新肥料事業に関してのお金も入金しておいた。確認してくれ。』

私は手紙を読み上げて、机にそっと置いた。

3人とも私の顔とチケットを交互に見ている。

ノノミ「こ、こんなすごいのを・・・」

アヤネ「確かに私たちは友好的な関係を築いていますけど・・・羽振り良すぎませんか?」

シロコ「ん、新肥料事業が成功してるおかげもある。」

新肥料事業。それはアビドスの厄災だった、『砂糖』を活用した化学肥料の事業だ。私達が持つ『砂糖』をゲヘナに輸出。それをゲヘナ内で加工してレッドウィンターや山海経などの食料生産に強い自治区に売る。この化学肥料で育てられた作物は、大きくて甘みがあり、コストも安いので、現在食糧不足に喘ぐトリニティなどで販売されるらしい。セリカが持ってきたもので、ずいぶん美味しい計画だと思ったのでサインした。

そのおかげでアビドスの借金を完済した。

ん、これは有能生徒会長砂狼シロコ。

シロコ「それに、このホテルを『視察』することでアビドスに観光地を作る時の参考になる。それに今後もゲヘナからお金を無心するためにもいい関係は保ちたいし、何よりみんなの羽休めになる。絶対に行くべき」

すると、セリカがうーんと三回くらい唸った後、

セリカ「そ、そうね!確かに毎日砂漠を歩き回る日々も少し疲れちゃったし・・・。たまには、ね!」

アヤネ「・・確かにそうですね。せっかくご招待していただいたもの無下にはできません。行きましょう!!」

ノノミ「それじゃあ、準備してきますね〜☆」

こうして、私たちのほのぼのバカンスが始まろうとしていた。

─────────────────────────

3日後

ノノミ「準備できました〜☆」

セリカ「んっ・・・3泊4日って初めてだから手伝ってもらったけど・・・・重いわね・・・」

アヤネ「そうですね・・・・」

隣の部屋で、すでに準備を終えた3人が話している。

その間私は、準備を急いでいた。

シロコ「・・・これはいる。・・・水着・・入るかな・・・?」

そう言いながら物を詰めていく。

ボストンバックのジッパーを閉める。

立ち上がった私の目に入ったのは

見覚えのあるサングラスだった。

シロコ「・・・・・」

ホシノ先輩がリゾートに行く時につけてたもの。

あの旧校舎から取り出せた、先輩との思い出。

私は少し迷った末、頭の上にかけてみることにした。

シロコ「・・・ん、意外と似合ってる。」

まだあの先輩と一緒にいられるような雰囲気がして、なんだかいいようなよくないような感じがする。でも、悪い気分はしない。

何はともあれ準備はできた。

私は隣の部屋に向かう。向かう先は、ゲヘナのリゾート地。

─────────────────────────

ゲヘナ自治区 アラバ海岸

タクシーから降りた私たちを迎えたのは、5人の黄金の像だった。

セリカ「デッッッッッッッッッッッ!」

ゲヘナ学園の生徒会にして、旧アビドス廃校戦争の英雄として知られる万魔殿の5人の像だ。

よく会談しているので誰がどの像か簡単にわかる。ついでにイロハの像が微妙に似てないのも。

アヤネ「す、すごいですね・・・。道中にもプロパガンダポスターや銅像がたくさん置いてありましたけど、これは一際・・・」

ノノミ「あの戦争の勝利はこの人たちなくしてなかったですからね〜」

このように、今や羽沼マコトの名を知らぬ人はいなくなった。去年の冬まではゲヘナでも知る人がほとんどいなかったと聞いていたから、この変化は驚くべきものだろう。

シロコ「ん、入ろう」

私たちはその像の横を通り抜け、ガラス張りの扉の前に立つ。そして中にある豪華な空間に入った。

─────────────────────────

シロコ「・・・ん。砂狼シロコ御一行です」

セリカ「自分で御一行って言っちゃったぁ!」

私は受付に3枚のチケットを見せる。

すると受付のロボットは、あそこのテーブル席で待っていてくださいと言って、奥の方に消えていった。

明らかに緊張しているアヤネを連れて、テーブルで待っていると、1人の女性が来た。

長身で、クールな格好だ。

ハイネ「・・・ようこそお越しくださいました。砂狼シロコ生徒会長御一行。私はこのホテルの総支配人を務めております、ハイネです」

丁寧にお辞儀をしたこの人の名前、聞き覚えがある。

シロコ「・・・ん、聞き覚えがある。確か体育部長」

アヤネ「せ、先輩!そういうのは・・・」

ハイネ「そうだよぉ・・・」

急にしょんぼり顔になるハイネ。

ハイネ「元連邦生徒会のハイネだよぉ・・・あと体育室長ね。」

そういうと、彼女は続ける。

ハイネ「連邦生徒会の縮小でクビにされちゃって〜・・・気がついたらここで総支配人をやってたんだよぉ・・・あとなんか雰囲気のために僕じゃなくて私使えって言われちゃったし・・・」

戦後、連邦生徒会は疲弊した。その影響でクビになり、こうして新天地を見つけた人もいるのだろう。

ハイネ「ついてきて。僕がお部屋に案内するよ」

いつの間に立ち直ったのか、彼女は元のイケメンフェイスに戻り私たちを先導した。

─────────────────────────

306号室

ノノミ「わぁ〜♤」

とても広い部屋だった。おまけに角部屋。

お嬢様ということで有名なノノミも目を輝かせるということは、相当な高級部屋ということが伺える。

ハイネ「こちらが当ホテルのスイートルームでございます。お飲み物のサービスはこちらのタブレットからご注文でき、また館内の全サービスももちろん使い放題です。」

丁寧に説明していく総支配人。

ん、流石はプロ。

ハイネ「それじゃ、ごゆっくり〜」

扉が閉まる音がする。

「「「「・・・・・」」」」

沈黙が巨大な部屋を支配する。

第一声はセリカから上がった。

セリカ「すごい部屋じゃないここ〜!!!」

荷物を置きソファにダイブするセリカ。

シロコ「ん。エグゼクティブなんだから当然」

すると、ノノミがテレビの下の棚に何かを見つけたようだ。

ノノミ「あ!GBOXpromaxじゃないですか〜☆私の家にも同じのがあるんですよ〜」

最新据え置きゲーム機のハイエンドモデル。

4人の注目が一気に集まった。

アヤネ「・・・すごいですね・・・。夢みたい・・・・」

ゲーム機の隣に、ダウンロードされているソフトのリストがあった。

シロコ「『アンハッピー・シュガーライフ』、『AC勇者の拳GBOX版』、『ゲヘナカートDX』・・・たくさんあるね」

私たちが収録に参加したゲームの名前もある。

アンハッピー・シュガーライフ。カジュアルな名前に聞こえるが、内容は本当に、ゲームの中であってほしかった出来事ばかりだ。

アヤネ「あ、本棚もあります!」

本好きな人うってつけの本棚まであるらしい。

アヤネ「・・・『チェリノの奇妙な冒険』・・『まんがタイムキキキ』・・『ゲヘナの星』・・」

セリカ「全部プロパガンダじゃない!!!!」

13分ぶり本日21回目のツッコミが入る。

すると、その中でも一際赤い本があった。

アヤネ「・・・『万魔殿語録』?」

ついにド直球のものが出てきてしまった。

確かマコト議長が出版した、戦時中やそれ以前の万魔殿5人衆の名言を記したものだ。

アヤネは中をじっと見る。

そして顔をあげて一言。

アヤネ「・・・ほぼ全部イブキさんのです」

セリカ「やっぱりイブキファンクラブじゃない!」

万魔殿がイブキファンクラブということはほぼ当たり前のことだが、これで再確認された。

でも、イブキのような存在を元に団結するのはとてもいいことだ。

そうこうしながら荷物を広げ、ひと段落した私たちはコーラを片手に話していた。

シロコ「夕飯まで自由行動だけど・・どうする?」

ノノミ「私は下の売店に行きたいです〜」

セリカ「私はそうね・・・。フィットネスにでもいこうかしらね」

アヤネ「私・・・中央区にあるパンデモニウム・ミュージアムってところに行こうと思っていて・・・」

恥ずかしそうにしているアヤネ。気にすることはないのに。

シロコ「ん。それじゃあ午後6時まで自由行動で。私はプールにでもいく」

こうして、私たちは各々動くことになった。

─────────────────────────

用語集(今作から登場)

マコトの称号:チェリノに対抗するためにマコト自ら考え、名乗るようにした。元ネタは神聖ローマ皇帝の称号。

世界政策:マコトが自らの名声を広め、キヴォトスにおけるゲヘナの覇権を確かなものにするために行なっている様々な事業。元ネタはヴィルヘルム二世の世界政策。

ゲヘナ・ホテル&リゾートアラバタワー:『新世界』に出てきたホテルのリーズナブル版。

新肥料事業:世界政策の一環。アビドス、ゲヘナ、赤冬、山海経などの間で行われる加工貿易事業。『砂糖』の有効活用の方法として注目が集まっている。アビドスの借金は消滅した。大丈夫シロコちゃんそれ大丈夫?

砂糖肥料化概念の始まりにしたい。

総支配人ハイネ:連邦生徒会のリストラに巻き込まれた可哀想な元体育室長。スタイルが良かったことからまさかの総支配人に採用される。

GBOX:カイザー・ゲーミングのフラグシップゲームハード。大人気。

ゲームの数々:ゲーム開発部が作ったゲーム達。この世界ではマコトが資金提供をして販売にこぎつけた。モモイは儲かったけど疲れた。

万魔殿語録:そのままの意味。元ネタは毛◼️東語録。

シロコの夏休み 1日目・下へ

末期ゲヘナシリーズ一覧に戻る


Report Page