端切れ話(ほろ酔い加減のコンフェッション)
地球降下編
※リクエストSSです
スレッタが初めて地球へと降りてからそれなりの時間が過ぎた。
最初は不慣れだった地球特有の現象にも少しずつ慣れてきて、スレッタとエランは途切れ途切れの列車の旅をゆっくりと楽しみながら進んでいる。
特に期限が決められている旅という訳ではない。気に入った宿があれば何日か泊まることもある。
その時も列車に揺られる毎日が続いていたので、路線が途切れたのを幸いに小さな村の民宿に数日ほどお世話になっていた。
お宿の女将さんはとても料理上手な人だった。あまりに美味しいのでスレッタがにこにこと料理を食べていると、そばで見ていたエランが宿泊の延期をしてくれた。
地球は本当に色々なものがある。その中でも特に驚いたのは、見た事のない料理の数々だろうか。量も種類も本当に豊富なので、お店に入ってもいつも目移りしてしまう。
野菜や果物、お魚など、水星時代では一度も食べられなかった生鮮食品が食べ放題だ。それ以外の加工食品もとても美味しくて、毎日すごく贅沢をしているとスレッタは思う。
そんな美味しい食材をふんだんに使った女将さんの料理は絶品だった。
この間はどこまでも伸びるチーズを使った変わった料理が出た。一口大に切った食材をチーズのソースに次々と入れては食べる料理で、スレッタはついぱくぱくとお腹いっぱいになるまで食べてしまった。
そんな料理上手で素敵な女将さんが、朝食を持ってきたついでにスレッタに話しかけてきた。
「スカーレットちゃん、今夜はご馳走を作るの。楽しみにしていてね」
「わぁ、本当ですか。すごく楽しみです」
女将さんがとても機嫌よさげに言うので、スレッタも嬉しくなって返事をした。いつも美味しいのに、今夜は更にご馳走が出るなんて夢のようだ。
「お祝い事ですか?」
すぐそばにいたエランが問いかける。すると女将さんは「そうなの!」と返事をしてくれた。
「上の息子が久しぶりに帰って来るのよ。遠くの地域の街に働きに出ていたんだけど、十分技術を学んだから改めて村に帰って仕事をするって」
「わぁ。ご家族が帰って来るんですか?それは嬉しいですね!」
「そうね、とっても嬉しいわ。だから今日はご馳走なの。大きな部屋でパーティも開くから、よかったら参加してちょうだいね。なんと無料サービスよ」
「ぜひ参加させてくださいっ!…エランさん、あの、いいですか?」
先走って返事をしてしまったが、エランはこくりと頷いてくれた。スレッタは嬉しくなって、「参加します!」と改めて元気よく返事をした。
「今日はこれから忙しくなるわね」
嬉しそうに笑いながら、女将さんは帰っていく。それを見送りながら、スレッタは夢見るようにはぁ…っと息を吐いた。
「パーティ…楽しみです!」
「…そうだね」
スレッタの言葉にエランは小さく笑いながら返事をしてくれる。
エランさんとパーティ…。
お城の舞踏会とか、そういうものでない事は分かっている。多分、ホームパーティというものだろう。それも初めての体験だ。
スレッタはどんなパーティになるんだろうとドキドキしながら、女将さんが作ってくれた美味しい朝食を、やっぱりにこにこと食べてしまうのだった。
その日の夜、女将さんに言われた時間に大部屋に行くと、すでにそこはたくさんのご馳走でテーブルがいっぱいになっていた。
「うわぁ!すごいです」
「本当。これを一人で作るなんて、彼女はすごい人だね」
エランも感心したようにテーブルの上の料理を見ている。横を見ればたくさんのジュースの瓶も置いてあり、そのつやつやとした綺麗なガラス瓶を見ているだけで、スレッタの胸は期待に満ち溢れてしまった。
「スカーレットちゃんもカリバンさんも、来てくれたのね。今日はきちんとした集まりというわけではないから、気軽にたくさんお料理を食べて行ってね」
わざわざ女将さんが話しかけてくれる。スレッタは嬉しくなって「はい!」と元気よく返事をした。
そこに近づいてくるひとりの男の人がいた。とても綺麗なブロンドの髪だ。
スレッタが蜂蜜みたいな色だと思っていると、蜂蜜色の彼は親し気に話しかけてきた。
「こんにちはお嬢さん。うちの宿に泊まってくれてありがとう。いつも年配の方が泊っていることが多いからとっても新鮮だ。そこのハンサムな君もね」
「ふぇっ、は、はい、どういたしまして…?」
「…どうも。あなたが女将さんの言っていた方ですね」
見れば男の人は女将さんにそっくりの顔をしていた。彼が今回のパーティの主役らしい。
「うん、最近まで遠くの場所で修行してたんだよ。ようやく形になってきたから、この村の力になりたくて帰って来たのさ」
「わぁ、素敵ですね。修行って、何かの職人さんですか?」
「ははっ、いいや。ちょっと昔気質な言い方になってしまったけれど、職人さんとはちょっと違うな」
そう言って笑った彼は、すぐに種明かしをしてくれた。
なんと、彼は医療の技術を学んできたのだという。大きな街と違って農村は常に医者が不足気味だ。この村だって例外ではない。それを解消するために子供の頃から頑張って勉強をしていたらしい。
すでに医療所も大体の準備を整えて、この夏から開業するそうだ。メインは訪問診療とのことだが、少し先の町の病院とも連携ができるように根回しもしているという。
「時間はかかったけど、子供の頃からの夢がようやく叶いそうだ。このパーティはその幸せのおすそ分けってところかな。料理を作ったのは母さんだけどね」
じゃあ楽しんでいってね、と言いながら、彼は別の宿泊客のところへと歩いて行った。スレッタは今聞いたばかりの話で胸がどきどきしていた。
「すごい…子供の頃からの夢を。しかも、村を守るためのお医者さんになる夢を叶えるなんて。とても立派な人ですね」
「…そうだね、彼はとても頑張ったんだろう。それよりもスカーレット、もう食べ始めている人もいるようだよ。あちらの皿なんか、ほら」
「あっ、ちょっと行って取ってきます」
話をはぐらかされたと気付かないまま、スレッタは料理の方へと意識が向いてしまった。
美味しそうな料理を取り皿にとって、ついでに葡萄の絵の描かれた瓶のジュースをグラスに注ぎ、わくわくとしながらエランの元に戻っていく。
パーティ会場となっている大きな部屋には料理の乗ったメインテーブルとは別に、落ち着いて食べられるように簡易テーブルが置いてある。エランは2席分の場所を確保してくれていていて、スレッタが戻ると同時に彼も食事を取りに行った。
スレッタはエランが戻ってくるまで食事をせずに待つことにした。その間、なんとなしに周りを眺める。
他の宿泊客は数人程度だが、おそらく全員が出席している。年配の人たちみんなが嬉しそうに食べている様子を見て、ふと水星でのことが頭に浮かんだ。
あの過酷な星にいた老人たちも、美味しいものをお腹いっぱいに食べられれば笑顔になれたんだろうか。そう思って少し物悲しい気分になる。
「おまたせ」
「あ、はい。食べましょう、エランさん」
エランが戻ったことで、暗い雰囲気は霧散した。今はせっかくのパーティなのだから楽しむことにしよう。
スレッタはいつもの挨拶を言うと、それを見守っていたエランと一緒にグラスを取り、透明な葡萄ジュースを口に含んだ。
途端にピリッとした刺激が舌を刺し、口の中に果物のような、花のような香りが広がる。香りと一緒に鼻腔も広がったような錯覚を覚えてビックリしていると、その反応に気付いたエランが「どうしたの?」と聞いてきた。
「えっと、この葡萄ジュース、今まで飲んでたのと何か違うんです」
戸惑いながらスレッタが答えると、「それはこの村で造ってるワインだよ」と上から声が降ってきた。
見上げるとすぐ近くにまた蜂蜜色の髪の息子さん…尊敬すべきこの村のお医者さんが立っていた。宿泊客に挨拶を終えて、ゆっくりと歩きながら部屋の雰囲気を楽しんでいたらしい。
「え、ワイン…お酒なんですか?」
驚いていると、息子さん兼お医者さんは「そうだよ」と頷いた。
「この辺りの土地は昔からワイン造りが盛んでね。料理にもよく使われているし、食事と一緒によく出されてるよ。もしかして、飲んだことなかった?」
食事と一緒に出ていたのは水だったはず。スレッタが目をぱちぱちしていると、エランが「アルコールの類は避けてもらってました」と告白した。ここにきて新事実である。
「そうなの?美味しいのに」
「僕らはあまり飲みなれていないので、遠慮してたんです」
「じゃあ今回は単純に母さんが説明し忘れたんだな。準備とかで忙しかったから、頭からすっぽ抜けちゃったんだ。ごめんね」
2人の会話を聞きながら、スレッタは目の前のお酒をどうすればいいか悩んでいた。エランが飲まない方がいいと判断したのならそれに従うべきだ。でも勿体なくも感じるし…。
話し込んでいる彼らを前にうーん、と唸っていると、いつの間にか2人がこちらに顔を向けていた。
「もしかして、ワインの処分に困ってる?」
エランが聞いてくれるので、スレッタはこくりと頷く。
「まだ中身がこんなに残ってます。せっかくの特産品なのに、どうしましょう」
縋るようにエランを見ていると、また上から返事が降ってきた。
「もしよければ、残りを飲んであげようか?」
「え?」
言ったのはお医者の彼だ。自分の飲みさしなのに、いいのだろうか。
「別に飲みかけとか平気なタチだから気にしないで。せっかくの母さんの料理が冷めちゃう前にね」
だから自分が請け負うよ、と脇からワインに手が伸びてきたところで。
「いえ、僕が代わりに処分します」
目の前に大きな手がすっと伸びて、エランがグラスを掴んでいた。
「飲みなれてないって話だけど、大丈夫かい?」
心配するお医者さんを前に、エランはワインを一口飲んでから頷いた。
「大丈夫そうです。僕の水は口を付けてないから、交換しようスカーレット」
「は、はい。ありがとうございます、エランさん」
か、間接キス…!いや、どうなのだろう。口を付けた場所は違う気がする。でも十分に可能性はある。
以前初めてコーヒーをシェアした時も間接キスをしてしまったけれど、やっぱり慣れなくてドキドキしてしまう。
「自分も料理を取ってこよう。もし気分が悪くなったら言うんだよ」
お医者さんの頼もしい言葉に「はい!」と笑って答えると、彼はにこりと笑って料理を取りに行った。
さて、気を取り直して改めて食事の開始だ。スレッタはカトラリーを綺麗な持ち方になるように注意しながら、楽しみにしていた料理に手を付けた。
サラダもスープもとても美味しい。そのままメインを食べようと思っていると、エランの手が途中で止まっているのに気が付いた。
「エランさん、食べないんですか?」
彼はワインのグラスにもう一度口を付けると、おもむろに口を開いた。
「きみはもう少し男性に対しての警戒心を持つべきだと思う」
「はぁ」
突然何だろうか。とは思ったものの、実はこの手のことをエランが言うのは初めてではない。地球に降りたばかりの頃はよく言っていた。
人と目を合わせてはいけないとか、薄着になってはいけないとか。毎日のように言われていた。もちろん今もそれは守っているし、室内だけど帽子もちゃんと被っている。
でも今改めて言うべきことなんだろうか…?スレッタは首を傾げてしまう。
この場所には、優しい宿泊客たちと、料理上手な女将さん、オーナーの旦那さん、尊敬すべきお医者さんしかいないというのに…。
「男は基本肉食獣だ。隙を見せたらダメだよ。ましてや懐いたりしちゃ絶対ダメ。グエル・ジェタークのように突然プロポーズしてくるかもしれない」
「え?」
エランの口からポロリと出た名前にスレッタはビックリした。
「あの時はエアリアルがいたけど、今のきみは走って逃げるしかないんだから、すぐ捕まっちゃう。そしたらまた手繋ぎされて延々とプロポーズされるかも…。そんなの絶対ダメ」
「あの、エランさん?」
どうしたんですか?と聞こうとしたら、ププッと近くで吹き出す声が聞こえてきた。
目を向けると、取り皿とワインの瓶を持ったままのお医者さんがニヤニヤした顔で立っている。
「そうか、男は危険か~。でもきっと彼女は大丈夫だよ」
「なぜ?」
「だって立派な彼氏である君が守ってるじゃないか。自分だったら怖くて近づけないよ。…手繋ぎされてプロポーズとか、可愛いな~ププ」
思い切り笑っている。立派なお医者さんにこんな一面があるなんて…!衝撃を受けるスレッタを余所に、彼は長年の友人のようにエランの隣に座ってきた。
「僕は彼氏じゃないよ」
おもむろにエランは言い放った。お医者さんはビックリしたように彼の顔を覗き込んでいる。
「え、彼氏じゃないの?」
「彼氏じゃないよ」
目の前で繰り広げられる会話をどういう顔で聞いたらいいのだろう。分かっていたことだが、改めて言われるとちょっぴりショックである。
ずん…と心が踏まれたようにスレッタが萎れていると、お医者さんはこちらをチラリと見て、またエランに質問していた。
「でも君、彼女の事すごく大切にしてるみたいだけど」
「それはそうだよ、だって実際に大切だし。だから彼女のことは力の限り守るよ」
僕にとって本当に大事な人なんだ。続けて言われた言葉にぴょこりとスレッタの心が復活する。現金なものである。
お医者さんはこちらの様子を確認しながらも、エランにちょくちょく話しかけた。その度にエランはワイン片手に返事をし続け、その度にスレッタの心は落ち込んだり、喜んだりと、大忙しになってしまう。
───僕が彼女にとっての『危険人物』になる可能性?定義によると思うけど、少なくとも乱暴なことはしないよ。悪口も言ったりしない。約束したから絶対守るよ。
と自信ありげに答えたかと思えば。
───彼女は色の薄い綺麗な髪色が好きなようだけど、前に僕の髪色が地味でも遠くからちゃんと探してくれるって言ってたよ。だからあなたにも負けないよ。
何故だか少し生意気そうに勝ち誇ったりもする。
───僕の周りは酷い大人ばかりだったから、あんな風にはならないって決めてるんだ。彼女のところも酷かったみたい。正直僕は、彼女に故郷には帰って欲しくないな。
最後の方は少し憤っているようだった。
何なんだろうか、これは。もしかして夢なんだろうか。スレッタはドキドキするあまり、途中から会話の内容がよく理解できずにいた。しかし情熱的な言葉を浴びせられているのは間違いなかった。
その証拠に、聞いているうちにだんだんと体が熱くなってくる。
顔も燃えるように熱い。心臓がとくとくと動いているのが分かる。これは現実なんだろうか。いや、やっぱり夢かもしれない。
スレッタは次の料理を取りに行くことも出来ずにテーブルに縫い付けられてしまう。
水をちびちびと飲むフリをしながら、チラチラと彼らのことを盗み見る。するとお医者さんがスレッタに目配せして小さく頷くのが見えた。…何だろうか?
「そうかぁ~、うんうん。しかし色々と彼女に対しての思いを聞いたけど、まだよく分からない所があるな。率直に言って、君は将来彼女とどうなりたいと思ってるんだい?」
「将来…?」
「そう、将来」
もはやスレッタは耳に全神経を集中していた。ドクドク、ドクドク、あまりに集中したせいか血流の音も聞こえてくる。ドクドク、ドクドク…。
「僕は…」
「───」
「…ーれっと」
「スカーレット。しっかりして」
「───あれ?」
気付いたら、スレッタはテーブルに突っ伏していた。混乱しながら起き上がると、顔を強張らせたエランが覗き込んでくる。
「よかった、きみが突然意識を失ったから、どうしようかと思った…」
「エランさん…?」
「ごめんね、ちょっとこっち向いてくれるかな」
反対側にお医者さんがいて、そちらを向くと脈の確認や呼気の確認。小さなライトを取り出して瞳孔の確認などをしてくれた。
「うん、異常はないみたいだ。お酒を飲んだ後の記憶は残ってる?」
「えっと…」
よく分からないが、お酒を飲んだ後に倒れてしまったらしい。自分は確か、ウキウキしながら取り皿に色々な料理を盛って、エランの待っているテーブルへ座ったはずだ。
それで、美味しそうな葡萄ジュースを口に含んで…。その後に…あれ?どうしたんだろう。
「…よく、覚えてません」
そう言うと、エランとお医者さんは顔を見合わせた。お医者さんは少し残念がっているような、エランは少しホッとしたような顔をしている。…何だろうか。
「まぁ栄えある村の患者さん第一号だからね、大事がなくて何よりだよ」
その後はみんなで食事を楽しんだ。お医者さんも一旦は持って来たワインのボトルを引っ込めて、普通の水を飲んでいる。
エランとお医者さんは何故だか仲が良いようで、2人で何でもない雑談を話していた。
その様子をちょっと惜しい気持ちで眺めながら、どうして惜しく思うのか分からずにスレッタは首を傾げたのだった。
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