たとえ姿が変わっても(2)

たとえ姿が変わっても(2)

一二一


※後天的女性化注意

※ローが他のキャラからは別の名前で呼ばれます

たとえ姿が変わっても(1)の続き





揺れる感覚。

僅かに漂う潮の香り。

あの白の牢獄では味わえなかった懐かしさと、ほんの少しの痛みと共に、ローの意識は浮上した。

木目の見える見慣れぬ天井。それが気を失う前と同じだった事に僅かに安堵した。

一度はあの路地裏で命を捨てようとしたというのにこうして助けられれば安堵するなどと──なんて自分勝手なのだろうと思わずローは心の中で自嘲する。

首だけで部屋を見渡せば、机に向かってあの小さな船医が何か書き物をしていた。まだローが目覚めた事には気付いてないらしい。

最後に見た時と服が変わっているな、ぼんやりとした頭で思いながら声を掛けるために身体を起こそうとすれば、ベッドの軋む音でチョッパーが振り向いた。

「───目が覚め…ッ!!まだ起き上がっちゃ駄目だ!酷い怪我なんだぞ!!」

「悪い……」

「謝るくらいならちゃんと寝ててくれよロロ。ほんと良かった目が醒めて……」

大人しくベッドに横になったローのそばに駆け寄ってきたチョッパーの目には僅かに涙が浮かんでいた。ローの胸に罪悪感が沸き起こる。もう一度「悪い」と繰り返して、気になっていた事を尋ねた。

「おれ、は……何日眠って、た?」

「今日で四日目になるかな。熱が引いて良かった…」

「よっか……」

かなり心配させてしまったようだ。服も、あの忌々しいドレスではなく簡素なシャツに着替えさせられていた。今のローの身体よりも大きいのでおそらく男物だろう。だが服が変わっているということは、身体中にある傷やアザを全て見られたということで───。

「…………ッ!」

「ロロ?」

思わず顔を歪ませれば、心配そうな表情で顔を覗き込まれる。その顔を見てすぐさま、ローは何でもないと取り繕った。こんな穢れて傷だらけの身体を、この小さな船医に見せてしまったのが申し訳なかった。

いくら身元が怪しくても、感染症だと他の医者に言われても、モンスターと蔑まれたローを助けようとしてくれる素晴らしい医者なのに。

『人をモンスター呼ばわりなんて、医者がしていい筈がないだろ!!!!』

こんな医者にかつて出会いたかった。たとえ珀鉛病の治療法が見つからなくても、治してくれようとする医者がいるというそれだけで13歳のローの心は少しは救われただろうなと思う。

数日前の礼を言おうと声を出そうとして、咳き込んだ。何日も寝込んでいたせいで酷く喉が乾いていたせいだった。

「ひ…ひとつ、頼みたいことが…あるんだが」

「なんだ!?おれに出来ることか?」

「できれば、み…水を……。喉…がカラカラ、なんだ」

「水だな…!待っててくれ、すぐに持ってくる!!」

そう言ってチョッパーは医療室から駆けていった。部屋の主がいなくなった部屋の中で、ローは静かに息を吐いた。話していると、心拍数が上がってしまう。

彼らが息をして、歩いている。何も変わらないあの頃のままの姿で、生きている。別の世界の住人だとはわかっている。ローが死なせてしまった同盟相手達とは違う。それでも、どうしても重ねてしまう。罪悪感が湧き上がってくる。ローが巻き込んだせいで死なせてしまったのだから。

一人になると、考えてしまう。思い出してしまう。あの日の惨劇が瞼の裏で蘇る。

鳥カゴに覆われた国で、多くの命が消えるのを見た。小人族の姫の力で全快したドフラミンゴの嗤い声を鮮明に思い出せる。罪なき人々の怨嗟の声が頭から離れない。どうしてお前だけが生きているのだと、皆が責め立てる。


───どうしておれだけが生きているのだろう。


一度そう思ってしまったら、もう駄目だった。

ローは気付けば能力を発動させていた。青いサークルがローの身体を覆う。海楼石がないのは一体いつぶりだろうか。身体が軽い。痛みも鎮痛剤のお陰で普段よりはマシだった。

「“タクト”………う゛っ!」

自分の身体を持ち上げる。万全じゃないせいですぐにベッドの下に落下して、ローは受け身も取れずに床へ倒れ込んだ。無様に床に伸びた身体をなんとか左腕だけ支えて、机に縋り付くように立ち上がる。ただ立つだけでこんなにも疲弊する身体が恨めしかった。

「ハァ…ハァ。……“メス”」

肩で息をしながら、自身の胸から心臓を取り出した。四角いキューブに包まれて、悪趣味な刺繍が施された醜い心臓。

早鐘のように動く鼓動が、鬱陶しい。

刺繍のされた面を見えないように裏返す。こうすればまるで普通の心臓のようだった。机に放置されていたペンを手に取って、高く持ち上げる。これを心臓に突き立てれば、終われるのだ。

ペンを振り下ろそうと力を込めたその時、医療室のドアが開いた。

「物音がしたけど大丈…ぶ…………アンタ、何やってるのよ!!?」


チョッパーが面倒を見ていた重傷の女が机の上に置かれた心臓に向けてペンを振りかぶっている。

そんな光景を目撃してナミは一瞬絶句するが、咄嗟に只事ではないと判断したのだろう。すぐに駆け寄ってペンを持つローの左腕を掴み、ベッドの方向へ下がらせる。上背はナミよりも高かったが、ナミが腕を掴んだ時点で抵抗もせずにされるがままになっていた。

「アンタが起きてる事にも驚いたけど、その……心臓は、ホンモノ…?」

「お、おれの…だ……」

ローがシャツを捲りあげて、穴の空いた胸を見せればナミは心臓と穴を交互に見て驚愕に目を見開いた。あまり気分の良いものではないだろうからすぐに服を戻して、ローは項垂れた。まともにナミの顔が見れなかった。

「それ……まるでトラ男の能力みたい…どういうこと?あなた一体……」

その言葉にどう説明すべきかとローが考えあぐねていた時、チョッパーが部屋へ戻ってきた。

「戻ったぞロロ〜…って起き上がっちゃ駄目だってさっきも言っただろ!? それにどうしてナミがいるんだ?」

「物音がしたから気になって入ったら、そこの心臓に向かってペンを振り下ろそうとしてたのよ。ほんっっっと驚いた……」

「し、心臓って……え、なん……トラ男ーーーーーー!!!」

「は、………」

突然トラ男と叫んだチョッパーの姿に動揺する暇もなく、青いサークルに部屋が包まれる。そして部屋にあった本と入れ替わるように、男は現れた。


この世界の、“トラファルガー・ロー”。

確かに、ローが路地裏で気を失う前に同じ島にいたのは目撃していた。だが、まさかこのタイミングで現れるなんて予想出来なかった。どうしてこの船に乗っている?

「…いきなりなんだトニー屋。おれに用があるなら叫ばなくても───」

「なんだじゃねーよ!?どうしてロロの心臓を取り出したりしたんだ!!」

「は?心臓?」

何言ってんだコイツ、という表情をした“ロー”だったが机の上にあった見慣れた──しかしあり得ない筈のモノを見て目を見開く。早足で近付き、キューブに包まれた心臓を手に取った。ローがマズイ、と思った時にはもう遅かった。心臓を眺めていた“ロー”がある面を見て硬直する。帽子の下で目を限界まで見開いて、驚愕の表情を浮かべていた。

「ちょっとトラ男?どうした…の……なによこれ…!?」

同様に覗き込んだナミも、刺繍の施された心臓を見て思わず悲鳴を上げた。

ドフラミンゴのジョリーロジャー。そして「Donquixote Doflamingo」という流れるような筆跡のサイン。アイツの所有物だという証。糸で刺繍された醜い醜いおれの心臓。こんな状態でも絶えず脈打つ心臓を見ながら、ローは力が抜けたように床へ座り込んだ。

「ふ、ふふ…………ははははっ」

「…ろ、ロロ……?」

あのタイミングで止められた時点で、もう全て話すしかないと思った。


彼らは全部聞き終わったらどう思うだろう。

失望するだろうか。軽蔑するだろうか。

この世界と違って、全て死なせてしまったのだから罵倒されても当然だ。

違う世界の出来事とはいえ酷い話を聞かせてしまうだろう。誰だって自分が死ぬなんて、大切な仲間が死ぬ話なんて嫌に決まっている。それでも見られた以上、拾われた以上は真実を語るしかない。


信じてもらえるかもわからない、違う世界の話を。

性別さえ変えられた惨めな男の話をしよう。




あとがき

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