たとえ姿が変わっても

たとえ姿が変わっても

一二一


※サンジ視点

※IFローが『女になる病』で後天的に女体化しています

※IFローが本来の名前とは違う名で呼ばれます

※『女になる病』について色々捏造しています

※ちょっと中途半端なとこで終わります









最初に気がついたのはチョッパーだった。

辺りを見回して、匂いを嗅ぐ仕草をしたかと思えば真剣な顔になる。

「血の匂いがする」

「……こんな平和そうな街中でか?」

「うん。たぶんだけど女の人、だと思う。香水のキツい匂いも一緒だから」

「レディが怪我!?」

真っ先に反応したのはやはりというべきか、サンジだった。得意の見聞色で辺りを探り、物凄いスピードで駆け出していく。

そのサンジをチョッパーも慌てて追いかける。医者として怪我人は見過ごせるわけがない。

路地裏に入ると鉄臭い匂いが鼻につく。

道には点々と赤い染みが続いていた。そこには壁に寄り掛かる1人の女がいた。

肩まで伸びた黒髪で表情はわからないが、暗がりでもわかるほどの病的な青白さが印象的だった。身に纏っているドレスは血に塗れて本来の白を侵食している。サンジが駆け寄り抱き上げると彼女は苦しそうに眉を寄せた。意識はないようで呼吸は浅く早い。

「酷い怪我だ……チョッパー!」

「腹に銃弾を受けてるみたいだ…多分弾も抜けてないよ。急いで処置しないとマズイ…!ああもう、買い出しだからって医療ポーチを置いてくるんじゃなかった!」

「ないものは仕方ねェさ……サニー号へ連れて帰るよりこの街の医者に連れてった方が早い。確か来る途中にデカイ病院があったからそこへ行くぞ!」

サンジが彼女を横抱きで抱えようと力を込めれば、ボトッと何か重いものが落ちた感覚があった。一体何だ、と音のした方を見ると女性の右腕があったはずの場所に手袋と一緒に肌色の糸束が大量に落ちていた。まるでそれが腕だったかのように。

「は!?」

「どうしたんだサン……うっ腕が、右腕が取れたー!?」

「いや、これは……元々こちらのレディには右腕がなかったみたいだ…」

右腕が切断されてから時間が経っているようで、きちんと処置をされているようだった。最初発見した時は両腕があると思っていたが、肘までを覆う手袋を左腕と糸束のどちらにも付けられていたせいか見間違えたようだ。

「ったくこんなのに驚いて時間をロスしちまった……急ぐぞチョッパー!」

「うん!」

路地裏を抜けて太陽の下へと来たとき、彼女の目が開いた。

焦点の合っていない瞳で辺りを見回し、眩しそうにしているのに気付いたチョッパーは自身の身体で日陰を作った。

口をパクパクと動かしているのに気付いたサンジは口元に耳を近付ける。

「…ラ、さ……」

「大丈夫だよ、すぐに病院に連れていくからね」

彼女が何を言っているかわからなかったが、なるべく優しい口調で病院に行くことを伝える。そうすると、病院という単語を言った瞬間顔を青褪めさせた。

「…ょう、ぃ…は……め、だ……うせ、…い出さ…ぇ……ぅ」

「患者を追い出す病院はないさ。安心して」

掠れて声にならない音を拾い上げて、サンジは彼女に優しく語りかける。街の規模から行ってきっといい医者がいるだろう。


病院が見えてきた頃には意識がハッキリとしてきたのか、少し受け答えができるようになっていた。

自分たちの名前を告げた時に驚いていたから手配書を見たことがあるのかもしれない。それでも大人しく抱えられたままだったのは助かった。

「どうしてあそこで倒れてたのか、とかは聞かない方がいいのかな?」

「そ…そう、して…も、もらえる、と…助かる……」

「じゃあ名前は?受付できっと聞かれると思うから事前に知っておきたいんだけど…」

チョッパーが訊ねると、彼女は一瞬目を見開きどこか遠くを見ながら口を開いた。とても小さな声だった。

「なまえ……な、まえ……ろ……ろぉ……」

「ロロ?ロロって言うのか?」

「…………………」

彼女は名前を告げたきり、口を閉ざしてしまった。きっと怪我で喋るのもキツいのだろうと病院に着くまではそっとしておく事にした。


病院に着いて事情を説明すれば、急患ということですぐに診てもらえる事になった。付き添いとしてチョッパーがロロに同行した。本当はサンジも行きたかったのだが、1名しか付き添えないと知れば医者であるチョッパーを推したのだ。

診療室の前で待ちながら、サンジは当たりを見回す。入ってくる時も思ったが中々大きな病院のようだった。患者の数も医療スタッフの数も多いように感じられた。

「しっかし軽かったなロロちゃん……」

ロロを抱き上げた時の感触を思い出す。いくら右腕がなくて血が抜けているからと言ってあそこまで軽いだろうか。身長はおそらくサンジよりも高いくらいだろうに身長と体重の比率が釣り合ってない気がした。

食べれないような環境にいたんじゃないか、と心配していた時だった。


「ふ、ふざけるなよ!!!!」

目の前の診療室から怒号が響き、サンジは思わず飛び上がった。周りにいるスタッフや患者達も一体何事かと目を白黒させている。今の声は確かロロを診てくれている筈の医者の声だった。

会った時はずいぶんと優しそうな先生だと思ったのに、その医者からあんな声が出るとは一体どうしたのか。思わず扉を開けて中に入ると、予想外の光景が飛び込んできた。

「おい、一体どうし……」

「珀鉛病は根絶された筈だろう!?どうしてまだ生き残りがいるんだ!!」

まるで恐ろしいモノを見たかのように壁に張り付いている医者と、着ているドレスが中途半端に脱げたまま震えているロロ、そのロロを庇うように抱き締めているチョッパー。サンジと同じように大声に反応してやって来たスタッフ。どうしてこうなったのかわからなかった。

「待ってくれよ!ロロがその珀鉛病だなんて証拠はどこにもないじゃないか!」

珀鉛病。サンジはなんだか聞いたことがある気もしたが思い出せなかった。だがそれを聞いたスタッフの目に恐怖の色が浮かぶのを見て相当よくない病気なのだとは察しがついた。

「その肌に浮かぶ白いアザが証拠だ!ああああ、私は13年前にも一度見ているんだ…北の海で!!間違いない!!!一体どこからそのホワイトモンスターを連れて来たんだお前達は!!?」

「人をモンスター呼ばわりなんて、医者がしていい筈がないだろ!!!!」

ホワイトモンスターとは、白いアザが全身に浮かび上がるからそう呼ばれるのだと。伝染病で、ひとたび感染すれば治療法のない致死率100%の病なのだと。他にも色々喚いていたが、不快すぎて記憶に残したくなかった。

医者の声に反応して病院内が騒がしくなる。遠くでガスマスクを持てだの、消毒液を用意しろだの叫ぶ声がする。

そんな中でロロは、チョッパーに抱き締められてずっと頭を抱えて震えていた。目を瞑り耳を塞いで少しでも外界のことをシャットアウトするように。まるで小さな子供のように。

その姿を見て、ブチリと何かがキレる音がした。


気がつけば、部屋にあった机が真っ二つに折れていた。無意識に脚が出ていたらしい。

「おい……」

「ヒィ!?」

「さっさと帰るぞチョッパー……時間の無駄だった」

悲鳴を上げる医者を無視して、自身の上着を肌を隠すようにロロに被せる。チョッパーも我慢の限界だったのか凄い形相だ。震えている医者を一瞥して、足早に部屋から出る。まるで人を化け物かのように呼ぶ医者の方が、サンジには化け物そのものに見えた。

看護師や病院に来ていた街の人たちから遠巻きにされながら大通りへ出る。ズンズンと歩き続け病院からある程度離れたところで、チョッパーは涙を浮かべながら抱えているロロへ謝った。

「ごめんなロロ…!おれ達が病院に連れて行ったからあんな風に拒絶されて…」

「本当にすまねェロロちゃん……患者を追い出す病院はないさ、なんて自信満々に言っておいて…」

「……………別に、いい。慣れ…てる」

「いや慣れてるって……」

慣れてしまうほどに、医者からあんな言葉を言われ続けたのだろうか。

あんな風に、何度も医者から拒絶の言葉を言われて。ホワイトモンスターだと蔑まれて。

だから最初にロロは言ったのだ。『病院は駄目だ。どうせ追い出される』と。あの時の言葉を聞いていれば、無理に病院に連れていかなければ傷付けずに済んだのに。

今更後悔しても遅いがそう思わずにはいられなかった。

「しかしその…ロロちゃんが珀鉛病って病気なのは本当なの?」

「アイツは根絶された筈って言ってたけど……」

「それ、は………」

言い淀みながらも、ロロは珀鉛病について教えてくれた。他人には感染らないこと。伝染病ではなく正確には中毒なこと。自分以外の罹患者は既に存在しないこと。

中毒なのに何故さっきの病院で医者があんな態度だったのか、どうして発症したかなど聞きたいことはまだあったがロロの息が先程よりも浅くなっている事に気付いてやめさせたのだ。病院での出来事が強烈すぎて彼女が腹を撃たれた怪我人だというのを一瞬だが忘れてしまっていた。

サンジは心の中で自分を罵倒しながら、チョッパーと共にサニー号へと急いだ。


船番として残っていたゾロが船から顔を覗かせる。そしてチョッパーが抱えるロロの姿を見て眉を寄せる。

「おいクソコック!なんだその女は」

「……街で助けた」

「じゃあ街の病院行きゃいいだろ。わざわざ船に連れてくるなんざ…」

「五月蝿えな!街の医者が頼りにならねェから連れて帰ってきたんだよ!!」

「今は説明してる暇ないんだ!!!」

チョッパーからも怒りに満ちた声で反論されて驚いたのか、ゾロは面食らった表情で固まった。

その横を通り抜けて、ロロを抱えて手が塞がっているチョッパーよりも先に医療室の扉を開けた。


医療室のベッドにロロを寝かせて、サンジが部屋から出ようとした時だった。

「──待────っ」

小さな声で呼び止めるロロの声が聞こえた。

サンジはすぐさまそばに駆け寄り、耳を傾ける。

「どうしたの?」

「今、すぐ……手を」

「手を…?」

握ってほしいのかとロロの左腕に手を伸ばせば、弱々しく跳ね除けられる。違ったらしい。

「手を…ッ!洗って、うがいと……服の消毒して…くれ…このままじゃ、うつる……」

「感染るって……いや珀鉛病のことならさっき中毒だって、」

「ちが、う……っ」

「違う?」

「おれ、は…おんなじゃ……ない。病で、性別が……変わってる……」

「は!?」

近くで見ていたチョッパーと顔を見合わせる。

病で性別が変わってるとはどういうことだ。そんな病気あるのか?おれも初めて聞いた、なんてアイコンタクトで思わず会話する。

「黒足屋、トニー屋……この病は…空気感染、するんだ。女になりたく、なければ……今すぐ、消毒、を………」

ちょっと待て、とサンジが叫ぶ間もなくロロはそう言い残すと意識を失った。体力の限界だったのだ。

ギギギ、と音がなりそうなほどゆっくりとチョッパーの方を向く。

「今さ…ロロちゃん、おれのこと『黒足屋』って言ってた気がするんだけど……聞き間違いだよな?そうだと言ってくれチョッパー」

「おれも聞いたけど聞き間違いじゃないよ……おれの事もトニー屋って…ど、どういうことだ?」

女じゃないと言われ、病で性別が変わっているなどとカミングアウトされただけでも混乱していたのに、屋号の付いた特徴的な呼び名に脳が理解を拒んでいた。

「まさかロロはトラ…」

「やめろ想像させんな!!!」

人のことを『黒足屋』『トニー屋』などと呼ぶ人間を一人しか知らなかった。

だが、それでもチョッパーはロロの治療のために動かねばとすぐに再起動した。治療の邪魔だとチョッパーに部屋から追い出されたサンジも茫然自失になりながらロロに言われた通り、普段よりも入念に手洗いうがいを済ませて着ていた服はあとから洗うために袋へ入れた。

「ロロちゃんがあのローの筈がねェ…いくら性別が変わったからといって可愛すぎるだろあり得ねェそうだったら蹴っ…いやいくらなんでも怪我人相手だ落ち着けおれ。それにあの子が男だったらおれは野郎相手にあんな態度を───」

そもそも、ロロがトラファルガー・ローであるならば右腕がない時点でおかしいのだ。ワノ国で別れた時は普通に両腕は揃っていた。ユースタス・キッドとの共闘とはいえビッグマムを倒した男だ。あれほどボロボロで憔悴しているのも違和感があった。珀鉛病という病気のことだって発症しているならオペオペの能力で治せているのに放っておいてるのは何故だ?

何もかもわからなかった。とにかくロロが目覚めてから話を聞こうと甲板へ出たとき、ナミが自分を呼ぶ声が聞こえた。



「サンジ君、一体チョッパーと街で何したの!?なんでか知らないけど今トラ男君から凄い剣幕で電話がかかってきてるんだけど!?」

「は?電話?…………ローから!?」




あとがき・補足

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