しょくざい

しょくざい


(人の道から外れた道は目を引く。それは未開の地故に働く探究心か)



なにやら最近ハルナの様子がおかしい

いつもはゲリラ的に私の元へ押し寄せて、攫って、おかしな食材を調理させられるのだけれど、最近はゲリラ的に私のもとに押し寄せては料理を振る舞ってくる

初めの頃は、あまりの怖さに麻酔弾を用意したほどだ

まぁ、それがあの女の私に対する贖罪という見方もできるけど、でもあの女がそんな事をするなんて思えないし…

あ、いけないいけない。早く明日の仕込みをしないと───


初めはほんの出来心。悪気なんてなかった

私は私の道を進んだだけ。強いて言うのなら運が悪かった

気に入らない飲食店を爆破させたら店主が死んだ

あとで食材入手のために調べたけれど、アリウス残党の兵器だった

あの人たちは全く役に立った。この包丁だってそこで買った

だって普通の包丁じゃ大事な食材が切れないから

それに、ニンゲンを殺すのだって、あの爆弾じゃなきゃ面倒だ


───ふぅ、明日の仕込みは終わりっと

明日も早いし今日はもう寝よう

瞼にかかる重力には逆らい難い

バタン!!ドアが強く開かれる音がした


「フウカさんはいらっしゃいますか?」

「なに…いるけど…」

「ふふ、やはりいらっしゃいましたね♪ 実はですね、フウカさんに振る舞いたいお料理がございまして♪」

「また?まぁ私を攫うよりはよっぽど健全だけど」

「今回も期待してくださいねフウカさん。今日は…『ハンバーグ』と『肉スムージー』の二品ですわ♪」


今日で確か7回目だったかな…?

というかまた肉料理ばっかり…料理の腕は凄くなったけど、それと同時に偏食家になったような気がする。美食家兼偏食家。彼女の手料理から肉料理以外が出てきたことがない


「また肉料理?ちゃんと栄養バランス考えないと駄目って言ったでしょ」

「それもそうですが、とりあえず食べましょう。ほら、私が食べさせてあげますから」

「それは良いから」


とりあえずハルナを座らせる

お箸とナイフとフォークを2セット用意する

まったく、洗い物が増えたじゃない。これくらいは用意しておきなさいよ

足りない食器を持ってハルナが待ってる席に行くと、とても美味しいそうなハンバーグと薄ピンクの液体…(じゃないや、肉スムージーだっけか)がテーブルに並んでいた


「あら、ありがとうございますフウカさん。すいません、すっかり失念してしまいまして」

「はぁ、いいよもう。早く食べよ」


白い陶器のお皿にハンバーグ。透明な水筒に肉スムージー。これが2セット

特にハンバーグは美味しそうだ。テラテラと脂が光っているのが見える

肉スムージーに関しては何とも形容し難い。濁った薄ピンクの液体だ。食欲よりも先に恐怖心がそそられる


「いただきます」「いただきます♪」

「はい、フウカさん、お口を開けて下さい♪ あーん、ですよ」

「ちょっ、いきなり何すんの?!」

「私が食べさせて差し上げますから♪」

「そういうことじゃなくて!」

「あーんですわ♪」

「ああもう……あーん…」

(恥ずかしい、こんな歳にもなって…顔が熱い)

ここ最近というか、料理を振る舞いに来るようになってからいやに距離感が近い気がする…いや、そんな事考えてどうするの。今はそういうことじゃない

口に入れたハンバーグは出来てからまだそんなに時間が経っていないのか温かい

咀嚼するたびに脂が口の中を駆け回る。弾ける脂が熱い

豚肉?牛肉?鶏…は流石にないけれど、私の知るハンバーグとはまた違った味がした

それでも美味しいことに変わりはない

というか最初から気になっていたけれど、このお肉は何の肉なのだろうか

ハルナの肉料理に使っている肉の種類はいつも同じもののようだけれど、何の肉かは検討もつかない

はじめは美食研といえど料理初心者には変わりないのだから、変な味になっても仕方ないと思っていたが、それで素材の味が分からなくなることもないだろうし

こんなに美味しいお肉があるなら、私も給食部として知っておきたいし

今のうちに聞いておくのも良いかもしれない


「んんっ!美味しい!ハルナって本当に料理上手になったよね」

「ふふ、お褒めいただき光栄ですわ♪ はん──んっ──はん──んん♪ やはりお肉というものは美味しいですわね♪」

「そういえばさ、ハルナがいつも使ってるお肉って何のお肉なの?」

「……」

「?」

「ひ・み・つ…ですわ♪」

「なんで?!」

「私が自分で調達したものですし、この味はフウカさんにとって、私だけがフウカさんにあげられるものであって欲しいですから♪」

「そうなの、なら聞かない」

「ふふ、ありがとうございます♪」


───目の前で人が死んでいる。私が殺した

そして食べる決意もした。でも可食部が分からない

そうだ、まずはバラバラにしてみよう

まずは腕、足、首

次は指、耳、目

最後に内蔵を掻き出す

食べられそうな場所を選別する

とりあえず肉の部分は食べられそうだ

肉と呼べる部分を、骨を抜きながら袋に詰める

マグロの目は食べられるのだから目もいけそうだ

細く長い神経を引きちぎり、目を袋に詰める

あとは食べられそうな内臓も

ネタネタと纏わりつく血液をぬぎとって内蔵を袋に詰める

脳みそも食べられると聞いたことがある

頭部から頭蓋骨を抜き取り、袋に詰める

結局、骨と幾つかの内蔵以外全部袋に詰めてしまった

とりあえず持ち帰って食べてみよう───


会話しながら食事をするとあっという間に食べ終わってしまった。それぐらいハルナの料理は美味しかった

いや、まだ1個残ってたっけ


「おや、フウカさん。まだ肉スムージーはお口にしていらっしゃらないのですか?」

「なんか、ちょっと怖くて…」

「そうでしたか、それでは私が飲ませて差し上げましょう♪」

「だから!なんで!あなたが私に!飲ませるのよ!」

「怖いのではなかったのですか…?だったら私が飲ませて差し上げようと思ったのですが…」

「はぁ…もう分かったから…ん───」


ハルナの方を向いて顔を突き出す


「はい、どうぞ♪」


そう言ってハルナは席を立って、左手を私の後頭部の右側に添えてきた

目と目があって少し気まずくて恥ずかしい

(迫る恐怖はいつしか、彼女の瞳の中に呑まれていた)

ストローの中の空気をゆっくりと吸い出す

迫ってくる肉スムージーが怖いけど、ハルナの目を見たらその恐怖心も少し安らいだ

舌先に冷たい液体が触れた

口に広がった肉スムージーはとろっとして少し気持ちがいい


「───ぷはっ」

「お味はいかがでしたか?」

「意外と…美味しかったかも」

「それは何よりです♪ まだ飲ませて欲しいですか?」

「もう良いから!返して!」


急いで肉スムージーを取り返す

もう恐怖心はない。ズズズズと胃に送り込む


「はい!ごちそうさま」

「お粗末様ですわ♪」

「はぁ…」


ついため息をついてしまった


「フウカさん…?あまりお気に召さなかったのですか?」

「あっ!ごめん…そうじゃなくて。こんなに料理が出来るなら給食部に入ってくれないかなって思っちゃって」


給食部は2人いるけど、実質的にはワンオペだからきつい

あと一人でもまともに料理できる人がいれば私の作業量は2分の1になるのに

そう思ってしまう


「お言葉は嬉しいのですが、ごめんなさいフウカさん。私は美食研究会ですので、食の配給ではなく、食の探求が目的なのです」

「うんん、謝らないで。私の方こそ無理なおね───

prrrrrr…prrrrrr…

!ビックリした…携帯の鳴る音だ


「あっ!ちょっと失礼させて頂きますね」


そう言ってハルナは外に出て、2分弱した後に帰ってきた


「すいませんフウカさん。あの、この後予定があることをすっかり忘れていて」

「こんな夜遅くに?何の予定か聞いても良い?」


こんな遅くになんて普通心配になる。ここが例えゲヘナでも


「何と言ったら良いか…いえ、先程フウカさんに食べて頂いたお肉の調達ですわ♪」


何故だろう。嘘をついているように感じてしまうのは

怪しい。というのが私の直感だった

とはいえこれ以上直接探るのは気が引ける。素直に帰らせてあげないと


「そうなんだ、じゃあ気をつけてね」

「はい、ではまた」


そう言って私はハルナを送り出した

さて、と。夜の外気は冷たいから、何か羽織るものを準備しないと

すでに私は決めている。尾行することを

ハルナは嘘なんてつかない。おいしい食べ物を食べたときは絶賛して、気に入らない飲食店だったら爆破する。そんなやつだ

けれど、さっきのハルナはあからさまに怪しかった

きっと嘘をつき慣れていないせいだろう

もし本当にあのお肉の調達なら私にとってはメリットでしかないし、嘘なら嘘でハルナに対して優位に出れる情報を得られるのだから、事の真偽を確かめに行くことを辞める理由がない

急いでエプロンを脱ぎ、コートを羽織って後を追う

(黒の外套が夜によく馴染む)

ハルナの後ろ姿はまさに夜そのものだった

月明かりが髪以外には反射しない

あの白銀の髪が無かったらもうとっくに見失っていただろう

それに、足運びがとても軽やかだ

夜の闇にすぐにでも溶け出してしまいそうなほど足音が小さかった

見失わないよう、見失わないように後をつける

一体どこまで行くのだろうか───







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